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「そうだエリザ、今回は前に出て見る?」
「え、いいの?」
「うん、この前は俺が前だったからね。」
アキがしっかりフォローすればエリザに危険はない。そもそもエリザが訓練で普段相手にしているのはエリスだ。こんな暴漢程度に後れを取る事はまずないだろう。
「じゃあエリザ行け。もし怪我したら尻尾モフるからな。」
「はぁ!?にゃんでよ!?」
にゃんこ可愛い。
「じゃあ辞めるか?」
「い、いいわよ!それでいいわよ!それにどうせ怪我しなくても触るんでしょ!!うにゃー!!!」
そう言い残し、エリザは全力で地面を蹴り暴漢との距離を一気に詰める。
そしてアキの渡した新しい短剣、タチアオイで暴漢に斬りかかるエリザ。
「くっ!貴様!年増の分際で!!」
暴漢はエリザの攻撃を剣でなんとか受け止める。
「と、年増じゃないわよ!!さっさと死なさい!死ね!!」
っていうか殺すなって言ってんだろうが。あの馬鹿猫。
しかしさすが猫人族。相変わらず身体能力が高い。接近戦が本職でもないのにかなりの攻撃速度だ。訓練でもエリザの身体能力にはいつも驚かされる。接近戦が得意なエレンやエリスと遜色がない。本当に魔導士か?と思ってしまう。
しかしそれを防いだ相手もそこその手練れだ。いくらエリザが本気で無かったとはいえ、並みのハンターや冒険者ではあれを防ぐことができないだろう。まあなんとか防いだ・・・というところを加味しておそらくこいつはBランク冒険者程度。ハンターランクでいうとⅢくらいの腕だ。さすがにセシルのような正確なランク判断は出来ないが、観察や予測が得意なアキ、間違ってはいないだろう。
「エリザ、いいぞ。そのままだ。」
まあそこそこの手練れとは言え、それはあくまで一般的にみた場合だ。エリスやミルナ達といったSランクに比べれば大した相手ではない。
「っと。もう1発。ほいっと。」
とは言え戦闘で怪我をしない可能性がないわけではない。だからアキは暴漢が反撃出来ないよう、炎魔法と氷魔法を適宜打ち込む。
「アキ君ありがと!」
攻撃が出来なければエリザが傷つく事は万が一もない。うちの大事な猫に傷を負わせるわけにはいかないからな。
「くっ・・・」
エリザの短剣による斬撃とアキの魔法で防戦一方になる暴漢。正直殺そうと思えばいつでも殺せる。そしてエリザも当然それはわかっている。
ただアキは「殺すな」と指示をした。
だからエリザは適当に攻撃を仕掛け、意識を刈り取る隙を伺っているのだ。
「このババア!!!」
「ま、またババアって言ったわ!殺す!もう殺すわ!」
「だから殺すなっていってんだろ、この馬鹿猫。」
何度目だ、このやり取り。
エリザを落ち着かせる為、アキは水魔法でエリザの頭上に水球を作り、頭に落とす。すぐに興奮するのがエリザの悪い癖だ。まあ愛らしいところでもあるが。
「にゃああああ!?」
うん、良い感じに頭は冷えたようだ。
びしょ濡れにはなっているが。
「な、なにするのよ!アキ君!!!」
「殺すとか言うからだろ。ちゃんとやれ。」
「うー・・・わかってるわよ!」
口では文句を言いつつも、エリザは油断する事なく攻撃を続けている。まあ二対一だしな。戦況は優勢どころではない。むしろ手持無沙汰になるくらいに余裕だ。
「くそが!二対一とか卑怯だろうが!」
何が卑怯だ。そもそもアキ達はこいつらに襲われてるんだ。どんな手を使おうが文句を言われる筋合いはさらさらない。
「エリザ、もう面倒だし・・・行くよ?」
エリザと一瞬視線を交わす。
「ええ、もう飽きたわ。」
アキは氷魔法を暴漢の足元に撃ち込み、軽く後へ下がらせる。
そして怯んだところへ炎魔法で作った火球を放つ。
「エリザ、後は任せた。」
あとはエリザの役目だ。
「おねーさんに!まかせなさい!」
アキの魔法によって隙が出来た暴漢の鳩尾目掛け、短剣の柄で全力の一撃を叩き込むエリザ。
かなりの衝撃だったようで、暴漢の体が中に浮き、くの字じ曲がる。
「うーん、痛そう。」
凄いパワーだ。
改めて実感したが、やっぱりエリザ含め、うちの子達の身体能力は本当に凄い。
というか本当に女の子か?見た目は華奢でスタイルは抜群(エレンの胸部を除く)、無駄な筋肉なんて一切ついてない。なのに何故これ程までに敏捷性や筋力があるのだろう?
まさに異世界七不思議の1つだ。
以前ミルナ達にちらっと聞いた事があるが、「乙女の秘密ですわ!」と一蹴されてしまった。乙女の秘密怖い。
ちなみにエリザの渾身の一撃をくらった暴漢だが・・・地面に突っ伏していた。上手く意識を刈り取れたようだ。さすがにあの一撃を食らって無事とはいかなかったらしい。
「おつかれ、エリザ。よくやった。」
「ふふん!」
嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしているエリザ。
「俺とエリザって相性いいよね。今のも阿吽の呼吸だった気がするよ。」
「当然よ!だっておねーさんだもの!」
一瞬のアイコンタクトであれだけ連携出来たのだからいいパートナーだと思う。ただお姉さんかどうかは今全く関係ないな。まあドヤ顔のエリザが微笑ましいからから余計な事は言わないでおくけど。
さてエリスとルティアの方は・・・
「まあ問題ないよな。おつかれエリス。」
まずはエリスの様子を伺うが、そこには涼しい顔で愛剣である時雨月を納剣しているエリスの姿があった。そして足元には気絶した暴漢その2。やはりなんの問題もなかったか。
「うむ!余裕なのだ!」
「おう、さすがだ。ルティアは・・・」
続けてルティアの方を見るが、そこには暴漢その3が転がっているだけで、ルティアの姿はなかった。なるほど、どうやら瞬殺で自分の相手を片付け、シズを呼びに行ってくれたのだろう。相変わらず仕事が早い。
そんな事を考えていたら急に背中に重みを感じた。
「あなたのルティアはここ!戻った!」
いつの間にかルティアが背中にくっついていた。嬉しそうに頬ずりしてくる。
うん、発言から行動まで・・・いつも通りだな。
「ところでシズは?」
「ん、もうくる。」
そういってルティアが前方を指差す。
『おーい!アキー!!!』
噂をすれば・・・シズの声が遠くから聞こた。
「っていうかルティア、一緒に来ればいいのに。なんで先に戻って来たんだよ。」
「アキに甘える時間が減る。死活問題。」
「そうですか。」
もう何も言うまい。
「はぁはぁ・・・アキ、お待たせ。」
そしてシズが息を切らせて到着した。
「シズ、ごめんね、面倒事任せて。」
あと呼ぶだけ呼んでルティアが先に戻ってごめん・・・と心の中で謝っておく。
「大丈夫だよ!むしろアキ達が無事よかった!まあ私より強いから心配する必要なんてないんだろうけど・・・友達だから心配しちゃった!」
「そっか、ありがと。あとは任せても?」
「もちろん。ここからは私の仕事。アキは帰っていいよ。」
それならお言葉に甘えるとしよう。
シズに簡単に事情だけ説明し、アキ達は屋敷へ引き上げた。
後で聞いた話だが、暴漢達はハンター崩れの犯罪者だったらしい。そして現役ではないから当然アキ達の実力やハンターランクは知らない。どうりで襲われるわけだ。いくらハンターランクが高くても、知らなければ意味ないかというのを改めて実感した。これは面倒事を避ける為にはもう少し名と顔を売る必要がありそうだな・・・
ちなみにアキ達にはお咎めなし。正当防衛で問題ないとの事だ。