11
「まあ・・・座ろうか?」
「うん。」
近くにあったベンチに腰掛け、エレンを膝の上に乗せてやる。
「綺麗ね。」
夕焼けに染まったミスミルドの街を見て呟くエレン。
うっとりと街を眺めるエレンはどこか儚げで美しい。
彼女の深紅と紺碧のオッドアイが夕日の淡い光で宝石のように輝いている。
「綺麗だな。エレンの目は。」
「ど、どこみてんのよ・・・私は街の事を言ってるのに・・・ばかぁ・・・」
彼女の頬が赤いのはきっと夕日のせいではないだろう。
アキはエレンの頭をそっと撫でる。
「ねえ・・・アキ。」
「なに?」
「アキがこの世界に来てくれて本当によかった。家族がいなくてずっと1人だった私に居場所をくれた。改めてお礼を言うわ、ありがとう。」
そしてそっと頬に口付けしてくる。
「ふっ、今更何言ってんだよ。」
「う、うるさい!笑うな!私は真面目にいってるのよ!」
真面目・・・そう言うならアキも聞いてみたい事がある。
「なあ、エレン、俺がもし前の世界に帰る・・・」
疑問を口にする。
だがアキがその文章を終わらせる事はなかった。いや出来なかった。
何故ならエレンが目に涙を浮かべながらこちらをキッっと睨みつけていたからだ。
そして・・・
――パァン!!
エレンに思いっきり平手打ちされた。
まさか平手打ちが飛んでくるとは思わなかった。
叩かれた頬が痛い。
しかもいつもは手加減してくるのに、今日のは滅茶苦茶痛かった。どうやら本気で怒らせてしまったらしい。しかしアキはそんなにエレンを怒らせるような事を言っただろうか。頬を殴られた痛みよりも、それが気になって仕方がない。
「エレン?」
「ばか!二度とそんな事言わないで!!私の前からいなくなったら絶対、絶対に許さないんだから!!!もし前の世界に帰るっていうなら私も一緒に行く!アキとは絶対離れない!でも、もし、何も言わずに私の前からいなくなったりなんかしたら・・・その時は許さない!絶対に!絶対に許さないんだから!!」
ああ、なるほど。そう言う事か。
エレンは怒っているわけじゃない。
1人になる寂しさ。もう孤独は嫌だという恐怖。
「でもミルナ達がいるだろ?」
「違うわよ!確かにミルナ達は大切な仲間だけど・・・違うの!私にはアキがいないとダメなの!あんたがいない世界なんていらない!なんでわからないのよ!!」
そんな事はアキもわかってる。今更エレンをおいてどこかへ行こうとは思わない。行くにしても必ず帰ってくるし、帰ってこれないなら絶対に連れて行く。
ただエレンにここまで言って貰えるとは思わなかった。いや言わせてしまったと言った方が正しいかもしれない。
「大丈夫、どこへも行かないよ。」
「ほんと!?絶対!?もう1人は嫌よ!」
「うん、ずっと一緒だ。」
「アキ!」
「お、おい・・・んっ」
エレンに抱きしめられ、そのまま唇を奪われた。
「・・・んっ・・・」
そしてエレンの勢いはただのキスだけでは止まらず、そっとアキの口に舌を入れ、優しく絡めてくる。
「あっ・・・んっ・・・」
エレンから艶めかしい吐息が漏れる。
エレンとの大人のキスは、どこか甘い、優しい、砂糖のような味がした。触れ合っている唇も柔らかくて、温かい。彼女の髪からは仄かな花のような香りがして、アキの鼻孔を擽る。彼女の全てが魅力的すぎて理性が飛びそうになる。
というかまたこのパターンだ。
ソフィー、ルティアに続き、まさかエレンにまで「初めて(大人のキス)」を奪われる事になるとは思わなかった。まあ割とそういう雰囲気だったし、覚悟は出来ていたが・・・さすがに驚いた。
「ぷはっ・・・えへへ、やっちゃった・・・」
唇を離したエレンとアキの間には銀色の糸がうっすらと見える。
「エレン。」
「あ、ご、ごめん・・・こんな私としたくなかったよね・・・?」
必死に言い訳を始めるエレン。ごめんごめんと繰り返す。
「謝る事ないぞ。俺も嬉しいしな。」
「で、でも!私乱暴で女の子らしくないし、胸だって無いし・・・!」
何故この子は必死に言い訳してるんだろう。そもそも婚約者であるエレンとのキスを拒むわけがないのに。
あと何故ここで急に胸が無い話に繋がるのかはさっぱりわからない。やはり胸については相変わらずコンプレックスがあるのだろうか。というか胸どうこうに関わらず、エレンは根本的に自己評価が低すぎる。
「んー・・・エレン、ちょっといい?」
「な、なに?」
少し強引、いや大胆な手かもしれないが、そのコンプレックス、今ここで1つ解消してみよう。
アキはエレンの小さな胸部に手を置き、そっと揉みしだく。
「ちょ!?」
完全なセクハラだ。だがアキとエレンは恋人どうしなのだからこれくらいしてもいいだろう。というかそろそろ少しくらい関係を進展させてもおかしくない時期だと思う。
「・・・あっ・・・な、なにする・・・のよ・・・んっ・・・」
口では文句を言ってくるエレンだが、振り払ったり、引っ叩いたりはしてこない。なんだかんだで受け入れてくれている。
「ほら、エレンだってちゃんと胸あるから大丈夫だ。」
エレンの胸は柔らかく、とても気持ちいい。程よい大きさのせいか、手の収まりもいい。ずっと揉んでいたくなくような触り心地だ。
うん、やってる事、言ってる事は完全に変態だ。
「ち、小さくてもいいの?」
「うん。だから気にしなくていい。エレンは美人だし、スタイルもいい。どこをさわっても柔らかくて、いい匂いがする。エレンの全部が好きだよ?」
「アキ、はずかしいから・・・」
それもそうだ。というかアキも普通に恥ずかしい。
人気が無い場所とはいえ、公衆でやることじゃないしな。
「ごめん。いきなり胸とか触って悪かった。」
「あ、ううん、それは別にいい。アキだもん。好きなだけ・・・いいよ?」
胸から離そうとした俺の手を掴み、再度自分の胸へと押し付けてくるエレン。そしてとろんとした目でアキを見つめてくる。
何故そんな積極的なんだ。
「いや、これ以上はさすがにな?」
「・・・その先も・・・する?私は、い、いいよ?」
エレンはそっと目を閉じ、アキの好きにしていいよと体を預けてくる。
可愛い。
よし、今すぐ押し倒そう・・・と思ったのは仕方のない事だろう。
「また・・・今度な?」
エレンの耳元で囁く。
なんとか残った理性で我慢した。正直危なかった。っていうか卑怯だろう。こんな状況、男なら誰だって押し倒してると思う。
「私やっぱり魅力ないの?」
違う。
違うからそんな悲しそうな目をしないで欲しい。
「いやいやここでそんな事するわけにいかないだろ。」
「ち、近くに逢引き宿・・・あるわよ・・・?」
よし、行こう。
・・・じゃない。違う。そうじゃない。
珍しくエレンが積極的というか暴走している。しかも質が悪いのが、ソフィーと違って恥じらいを持っているあたり、なんていうか可愛さの破壊力が違う。
「エレン、その目はずるい。我慢出来なくなるからやめて?そう言うのは一区切りついてからって言ったよね?」
「あ、うん・・・ごめん、そうだったわね・・・でも我慢できなくなっても・・・その・・・私は・・・ま、毎日でも・・・平気よ?」
エレンは理性と言う名の城を攻め落としたいのだろうか。というかもう陥落寸前なのだからそろそろ止めて欲しい。
「エレンならそう言ってくれるのはわかってた。でも俺なりのケジメだよケジメ。」
「そっか。めんどくさい人ね。アキは。」
「まあな・・・あー・・・えっと・・・さっきのキス、もう一回していい?」
体を重ねるのはまだ無理だが、キスくらいなら問題ない。むしろアキがしたい。
「うん、したい。」
ミスミルドの街が夕日で赤く染まる中、アキとエレンは再度唇を合わせ、濃厚な口付けを交わす。
エレンは「ロマンティックな雰囲気が好き」とよく言っているが、希望通りのシチュエーションは作れただろうか。
答えはわからない。
だがエレンは幸せそうに笑っている。それならきっと大丈夫だろう。