10
「そろそろ屋敷に戻ってユーフレインへいくか。」
ガランから剣を受け取った後、噂の甘味処でお茶をした。エレンと他愛もない話をしていたら何時の間にか夕方だ。シズの仕事もそろそろ終わるだろうし、名残惜しいがデートを切り上げるには丁度いい時間だろう。
「ねえ・・・まだ少し大丈夫かしら?」
「ん?大丈夫だよ?」
「えっと・・・あのね・・・前に行った時計塔に行きたいんだけど、駄目?」
――時計塔。
以前エレンやミルナ達とデート終わりに登ったエスぺラルドの王都であるこのミスミルドの中心に聳え立つ塔。あれからまだ数か月しか経ってないはずなのに・・・どこか懐かしい。
「そうだな、行こうか。」
「うん!」
デートの締め括りにはあそこへ行くのは悪くない。良い提案だ。
早速街の中央にある時計塔へ向かう。時間も丁度夕暮れ時だ。時計塔の展望公園から見る景色は絶景だろう。
「しかしここは相変わらず人がいないな。」
時計塔の階段を上り、展望公園に辿り着く。街全体を見渡せるここからの眺めはやはり絶景だ。それに夕日が街を紅く染め上げていて、とても美しい。まるでこの世のものとは思えない。
しかしこんな素晴らしい絶景スポットなのに、相変わらず人の気配はない。この世界では絶景スポットというのはどうも人気がないらしい。
「景色眺めている余裕なんてないのよ。そこがアキの世界とは違うとこね。私も以前はそうだった。アキが来るまでは色々必死で・・・でも今は違う。アキのおかげで今まで見えなかったものが色々見えるようになったわ。そう、この景色のようにね?」
エレンが振り返りながら小さく微笑む。
確かに景色を眺めて何になるのかと聞かれれば、何にもならないと答えるしかない。金にもならなし、生活が豊かになるわけでもない。だが無価値なものほど価値がある。のんびりと、何もせず、景色を眺める心の余裕くらいはあってもいいのではないだろうか。そうする事で今まで見えなかったものが見えてくる。悩みだって解決するかもしれない。
まあベルフィオーレは地球とは違う。犯罪が少ない平和な国かもしれないが、生活水準レベルは地球に比べると遥かに劣る。医療が発達してないから寿命は短いと聞し、街を出ればいつ魔獣に襲われ命を落としてもおかしくない。そんないつ死ぬかわからないこの世界で、皆が生き急いでいるのは仕方ない事だろう。それでいて娯楽も少ないのだから・・・心に余裕なんて出来るはずがない。きっとエレンが言いたいのはそう言う事だ。
ただ・・・
「エレンがなんか滅茶苦茶恥ずかしい事を言ってる。」
エレンがあまりにも臭いセリフを言うのでつい揶揄ってしまった。
「う、うるさいわね!!!ぶっころすわよ!!!なんなのよ!!!!」
不機嫌そうにぷりぷりと怒るエレン。
だがそんな文句を言うエレンも美しい。夕日に照らされた彼女はそれもう綺麗で、言葉にならない。真正面から睨まれているのについドキっとしてしまう。
「悪い。エレンがあまりに綺麗だったからつい照れ隠しで。」
「ば、ばか・・・でも私だって恥ずかしいの我慢して頑張ってるんだから・・・あんたも頑張りなさいよね・・・」
確かにちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれない。さっきからエレンは顔を真っ赤にしながらも素直な言葉を口にしてくれているし、アキも彼女を見習うとしよう。
「悪かった。エレン、ぬいぐるみおいてこっちにおいで。」
「う、うん・・・」
ぬいぐるみをベンチに置き、アキの方へタタタと駆け寄ってくるエレン。
――ギュッ
そんなエレンを思いっ切り抱きしめてやる。
「きゃっ!?な、なにすんのよ!」
「エレンが可愛くてずっとこうしたかったからな。」
「は、はぁ!?あんた何言ってるのよ!?」
何を言ってるも何も、エレンに「頑張りなさい」と言われたからアキも素直になっただけだ。抱きしめたいと思ったから抱きしめた。ただそれだけ。
「というよりそれはこっちのセリフだ。いつも意地っ張りでツンツンしてるくせに・・・そんなエレンがぬいぐるみを抱きかかえて嬉しそうにしてるとか可愛すぎるだろ。」
あれは卑怯だ。可愛くないわけがない。
「ば、ばか!知らないわよ!!!」
「エレン可愛い。」
「う、うるさい・・・!」
「エレン可愛い。」
「わかったら!もうそれやめて・・・恥ずかしい・・・うぅ・・・」
アキの胸に顔を埋め、ギューッと抱きしめ返してくるエレン。
「ごめんごめん。とりあえず、あれだ。座ろうか?」
「うん。」