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「そろそろ寝ようか。でも本当に泊まっていいの?」
「はい!」
「じゃあお言葉に甘えて・・・そうするよ。」
そう言ってベルのベッドに横になる。
すると花のような香りが鼻を擽った。ベルの匂いがする。どこか落ち着く、優しいそんな香り。
「えへへ・・・」
ベルがすかさず抱き着いてくる。
どうやらもう今日は徹底的に甘えるつもりらしい。部屋に来てからずっとこんな調子だし、やはり最近ほったらかしていたから寂しかったのだろう。
「ねえ、アキさん?」
「どうした?もう眠いか?」
「ううん、寝るのはやだ。だから何かお話して?」
「お話か・・・童話とか?」
「ううん、なんでもいい。アキさんが話したい事、聞きたい事、なんでもいい。」
せっかくアキと一緒にいるのにまだ寝たくない、ベルの目がそう言っている。
「んー・・・じゃあ質問していい?」
「はい、何でも聞いてください。」
「今日ユキが『王女に婚約者はいて普通』って言ってたよね?」
「そうですね、言ってました。」
「ベルはいなかったの?」
もちろんベルに婚約者がいなかったのは知っている。そうでなければアキと婚約するはずがない。だがベルに婚姻の申し込みが無かったわけではないだろう。
「ベルの両親が『自分で婚約者をみつけなさい』という主義なのは聞いた。そしてベルは俺を選んでくれた。でもベルくらい美人で聡明な王女様ならいくらでも婚約したい男はいると思うんだよね。だから婚約の申し込みや縁談はなかったの?」
その辺りの事は聞いた事がなかったので、実はちょっと気になっていたのだ。以前ベルを殺そうとした貴族はその1人だったし、さすがにそれ以外にも大勢絶対にいたに違いない。
「えへへ・・・美人・・・」
「こら、ベル、戻って来い。」
「はっ・・・す、すいません。」
「すぐに理性を手放すその癖、治した方が良いと思うぞ?」
「いやです。それにこうなるのはアキさんの時だけなんでいいんです。」
全くよくないと思う。まあこんなベルがちょっと可愛いと思ってしまう自分も自分だが。
「それでどうなの?」
「まあ・・・その、いましたよ。光栄な事に私に求婚してくる方は沢山いました。この国の貴族、他国の貴族、色んな方からお話は頂きました。」
やはり婚約の話は沢山あったようだ。
当然と言えば当然だが・・・なんかこう複雑な気分になる。
「ふふ、ヤキモチ妬いてくれました?」
「自分で聞いておいてなんだけど・・・ちょっとだけ。」
「えへへ、やった。」
ベルが嬉しそうに笑う。
「でもベルは全部断ったんだろ?なんで?」
アキより優秀で二枚目な男なんていくらでもいる。
貴族からの求婚ともなればそれはもうごまんといるだろう。
それなのにベルはそれらを全部断った。
「確かに優秀な方は沢山いらっしゃいました。私の事を大事にしてくれるとも思いました。でも私の心を奪ってくれる方は誰一人いませんでした。だからです。」
「それはつまりベルが惚れなかったってこと?」
「そうです。心がキュンキュンしなかったです。」
「キュンキュンって・・・乙女だな。」
「ふふ、王女だって恋に恋い焦がれるただの女の子なんですよ?」
ベルのお眼鏡に適うような男はいたが、惹かれなかった。恋をしなかった。だから全ての縁談を断った。そう言う事らしい。
しかし一国の王女が本当にそれでいいのだろうか?王族は大抵政略結婚すると聞いた事がある。もちろん恋愛結婚がないわけではないだろうが、大抵は親が婚約者を決め、それに従うとものだと思っていた。
それにアキは王族でも貴族でもない。将来の国の事を考えるなら、それ相応の家柄の人間と結婚するべきではないだろうか。
「ベル、あのさ・・・」
「アキさん言いたいことはわかります。家柄や地位。それは確かに大事かもしれません。でもそれを差し置いてもアキさんは優秀なんです。魔法技術、為政に関する知識。まあ為政者としての器は・・・これからですね?」
くすくすと笑うベル。
確かにアキはこの世界の人達が知らないような技術を知っている。
だがそれは・・・
「前の世界なら誰もが知ってる事だ。別に特別な事じゃないよ。」
自分で言うのもなんだが、以前の世界では天才と呼ばれていた。まあ天才というより、ボッチで勉強以外する事がなかったから、そればかりしていたらそう呼ばれるようになっていただけだ。自分では天才だとは思っていない。他人より知識量が多く深いとは思うが、ただそれだけ。それに基本的に地球で過ごしていた人間であればこの世界の人たちにとって「優秀」であると言える。アキが特別なわけではない。
「それでもこの世界でその知識を持っている人間はアキさんだけです。そう言う意味では特別ですし、それはアキさんの個性です。それに・・・それだけで私がアキさんを選んだわけじゃありません。そんな簡単な女じゃないんすからね、私。」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねるベル。
「そっか、そう言ってもらえるのは嬉しいな。」
「そうですよ。異世界の私の知らない知識。もちろんそれも理由の1つです。でもそれがなくてもアキさんは優秀だと私は思います。冷静で、頭もいい。それでいて優しくて・・・あと・・・えへへ、かっこいいです。」
なるほど。まあ自分がかっこいいとは思わないが、ベルの言いたい事はわかった。
「ベルは俺に惚れたってことなんだね。」
「そ、そうですよ・・・?私はアキさんに惚れたんです。」
「しかしこんな俺に惚れるかね・・・」
ベルの言葉についつい苦笑してしまう。
「どこに惚れたか?惚れた理由?正直なところもう忘れました。思い出せません。でもアキさんの事を考えると胸が熱くなるんです。そ、それでいいじゃないですか・・・」
ベルが顔を真っ赤にしながら呟く。
顔だけじゃない、耳まで真っ赤だ。
可愛い。
「そうだね、理由なんかどうでもいいよね。ありがとう、嬉しいよ。」
「うん。」
ベルの頭をぽんぽんと撫でる。
「あ・・・ちなみに今ではもう求婚はないのか?」