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屋敷の後始末をミルナ達に任せ、アキはユキを城まで送っていった。もちろんエリスとルティアは護衛として同行させている。
城までの道のりは特に問題なかった。一応ルティアに警戒してもらっていたが、襲われたりする事はなかった。今日のところは諦めてくれたのかもしれない。とはいえ完全にユキの暗殺を諦めたとは考えにくいが。
それより大変なのはイニステラ城に到着してからだ。ユキの私室に直接転移出来るようになる為にはアキがユキの私室に行く必要がある。ただこの城の主であるユキに「はいどうぞ」と案内してもらう訳にもいかない。
「アキ、どうする?私から提案しておいて悪いんだけど・・・」
何かいい案ないかしらとユキが申し訳なさそうな顔で聞いてきた。
さすがに王女であるユキの寝室にアキが堂々とついていくのは不味い。ベルのように婚約しているならともかく、ユキの場合はただの友人。しかもユキは暗殺されそうになったばかり。そんな敵がいるような状態で男の影をチラつかせたりなんかしたら、立場的にも悪くなってしまう。アキとしてもユキとの間に変な噂が立つのは避けたいし、何よりアキの関与は出来る限り秘匿しておきたい。つまりアキは誰にもバレないようユキの私室まで忍び込む必要がある。
「大丈夫だ。何の為に俺がルティアを連れてきたと思ってるんだ。ルティア、わかってるな?」
「ん、もち。」
ルティアがいるなら簡単な話だ。ユキには1人で私室まで戻ってもらい、ルティアがそれにこっそりついていく。その後アキがルティアの案内で城へ忍び込む。これでばっちりだ。
「ユキは先に私室まで戻ってくれ。」
「なるほどね。わかったわ。じゃあ待ってるわ。」
そう言うとユキは裏口から城の中へと入っていった。
「じゃあ3人で15分くらい適当に時間潰すか。」
「あれ?いいのか?ルティアはついていかないのだ?」
計画が違うんじゃないのとエリスが心配そうに首を傾げる。
だが問題ない。ユキにルティアがついていくと言ったのは方便だ。
「ルティア、この城の下調べはとっくに終わってるんだろ?」
「よゆう。」
だろうな。何回も城へはルティアを連れてきているんだから、そのくらいはやってくれていると思った。つまりユキが私室へ到着した後、ルティアの案内でユキの私室へ忍び込む。それだけでいい。
「というわけだ。光学迷彩魔法を使えばバレる事もないだろ。」
「なるほどなのだ!でもユキは大丈夫なのだ?」
なるほど。今日襲われたばかりなのに、1人で行かせて大丈夫なのかとエリスは言いたいのだろう。
だがここは彼女の城だ。そんな場所で襲撃するほどこの事件の黒幕は馬鹿ではないはずだ。そもそも城の中でユキが暗殺されたとなると、犯人はかなり限定される。そんな状況下で連中が動くわけがない。
「さすがに城内で襲われる事はないと思うよ。それにユキの気配は魔法で確認してるから大丈夫。襲われそうな気配を感じたらユキをここへ転移させればいい。」
まあそれは本当に最終手段だが。
「なるほど!それならいいのだ!」
適当にエリス達と雑談していたら、ユキの動きが止まった。私室に着いたのだろうか。まあとりあえず忍び込むとしよう。
「じゃあルティア背中にくっつけ。エリスは手を繋ごうか。」
「ん!」
「わ、わかったのだ。」
アキがそう言うと、エリスは恥ずかしそうに手を出し、ルティアは嬉しそうに背中に飛びついてきた。相変わらずルティアは積極的だ。
「じゃあ案内頼むね。」
光学迷彩魔法を展開し、3人で城へと忍び込む。二人羽織りのような滑稽な状態ではあるが、誰に見られるわけでもないし、この状態が実は一番効率がいい。耳元でルティアに指示を出してもらえるし、3人とも接触しているから、光学迷彩魔法も1人分で済むというわけだ。
(あっち。)
ルティアの指示に従い、城内を進む。イニステラ城の内部はやはり豪華絢爛と言った感じで気品がない。以前はこれはユキの趣味かもと思ったが、今となっては違うとわかる。多分ユキもこういうのはあまり好きではないだろう。きっとこれは国王や王妃の趣味だ。
(こっち・・・次あっち。)
城の内装についてはさておき、ユキが1日いなかったことで城内は物々しい雰囲気に包まれているかとも思ったが、そんな事は全くなく、何事も起きてないかのような静けさだった。兵士やメイド達は普通に仕事しているし、ユキが城を抜け出した事は一切気付かれてないらしい。それはそれでどうなのかと思わなくもないが・・・まあ騒ぎになってないならよかった。
(そっち。)
しかし本当に迷路だな、この城は。さっきからルティアの指示に従って右へ左へ歩き回っているのに中々ユキの私室に着かない。ベルの城へ行った時にも思ったことだが、非常に入り組んだ造りになっている。むしろベルの城以上に複雑だ。ルティアの案内が無かったら間違いなく辿り着けない。さらには随所に兵士が配置されているし、誰にも見つからずに突破出来るのはほぼ不可能だ。強行突破ならともかく、忍び込むのは相当難しい。
まあエヴァグリーンの情勢を考えたらこうなるのも仕方ないと言えば仕方ない。
(アキ、あそこ。曲がったら部屋がある。ユキの部屋。)
(わかった。)
やっと到着らしい。本当に広い城だ。
こういう城には正直憧れる。住んでみたいとも思う。だが移動に数十分もかかるのは嫌だ。アキにはやはり今くらいの屋敷が丁度いいのかもしれない。まあ自分の屋敷も大概でかいとは思うが・・・。
(あの部屋。)
ルティアに言われた角を曲がると、さらに奥へと続く廊下があり、その先にはメイドが数人待機していた。そしてメイド達の背後には扉がある。どうやらあれがユキの私室らしい。
しかしメイドが待機しているとは聞いていなかった。動く気配すらない。
(ユキの性格的にも部屋の中にメイドを待機させるとは思えないし・・・こうなるのも仕方ないのか・・・)
多分あれはユキの側仕えのメイド達だろう。交代でユキの部屋の前で待機しているに違いない。しかしそうなると少しめんどくさい。あのメイド達を掻い潜ってユキの部屋へと侵入しなければならない。いくら光学迷彩魔法を使っているとはいえ、扉は物理的に開かなければ部屋へは入れない。壁抜けとか出来ればいいが・・・さすがにそんな事は現実的に不可能だ。
(ルティア、どうすればいい?)
アキは小声でルティアに相談する。