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さて・・・そろそろ話を切り上げるとしよう。気になっていた事も効けたし、ミルナで遊んで満足もした。それに早く出掛ける準備をしないとそろそろもう1人の王女様が怒鳴り込んでくるはずだ。
――バーン!
そんな事を考えていたら、リビング扉が勢いよく開き、ユキが戻ってきた。
うん、予想通り。
「ちょっと何してるのかしら!ずっと待ってたのよ!早く来なさい!!!」
ユキが飛び出して行ってから、アキは索敵魔法を展開し、ユキの位置はちゃんと把握していた。ユキが屋敷から出ていない事はわかっていたのだ。ゆっくりミルナ達と雑談していたのもそのせいだ。
もし屋敷から出たら追いかけるつもりだったのだが、面白い事に、ユキはちゃんと玄関でアキ達が来るのをずっと待っていた。そのうち文句を言いに戻ってくるかなと思って放っておいたのだが、まさか数十分も待っているとは思わなかった。
なんだかんだでいい子だ。
「何してたって・・・ミルナ達とお茶してお喋りしてたんだが?」
「ちょっと!?私が出掛けるって言ったんだから来なさいよ!」
「じゃあ30分近くも玄関で待ってないで呼びに来いよ。」
「だ、だって!それはあれよ!そう!わかるでしょ!」
何も言い訳が思いつかなかったらしい。プライド的にも「アキの準備があると思っていい子に待ってました」と言えないようだ。
なら代わりに言ってやろう。
「いい子だな?」
「う、うるさい!!!」
ユキが大声で叫ぶ。
「しかしイニステラではこんなユキ、見た事ないぞ。」
「だ、だって・・・!」
「だって楽しいから?」
「うん・・・楽しい・・・」
恥かしそうにそっぽを向くユキ。
しかしそんなに楽しいなら普通に楽しめばいいのに。まあユキはツンデレというか天邪鬼な性格だから中々素直になれないのだろう。こういうところはうちのエレンとよく似ている。
「じゃあ変な意地張らずに笑ってろよ。その方がユキももっと楽しめるだろ?」
「わ、わかってる。でもまだ無理。恥ずかしいもん。」
「難儀な性格だな。」
「仕方ないでしょ。それが出来たら苦労はしない。出来ないからずっと『氷姫』なんて言われてたんじゃない・・・察しなさいよね。ばか。」
そうは言っても出会った頃に比べたらユキは随分と素直になった。アキにもすっかり心を開いてくれている。一人の男としてこんな美少女に心を開いて貰えるのは大歓迎だ。普通に嬉しい。
まあその分ミルナ達が不機嫌になるのが難点だが・・・
「アキさん、私以外の王女とイチャイチャしないで貰えますか。」
特にベル。さっきからもの凄く不機嫌そうにしている。正直暗殺者や魔獣なんかより、この子のほうが怖い。
「してないからそんな目で睨むな。」
「してます!あとでお話があります!」
またお話か・・・まあいつもの事だし別にいいが。
「それよりユキ、そろそろ街へ行くか?」
「当然行くわ!ちゃんとエスコートなさい!じゃあついてきなさい!」
それだけ言うとユキは再びリビングから飛び出して行った。
「エスコートして欲しいんじゃないの・・・なんで王女ってのはこう・・・」
「・・・アキさん?王女である私に何か不満でもあるんですか?」
「ないよ?」
「なんで目を逸らすんですか!ちゃんと目を見ていってください!!!」
王女ってのはなんでこうも一癖も二癖もあるんだろうと思っただけだ。まあ口には出さないが。言ったら絶対に怒られそうだし。
「それより出掛けるぞ、ベルも来るんだろ?」
「当然いきます!アキさんの隣、あんな王女に渡せません!」
「おう、頑張れ。」
そんな理由でついてくるのか?まあベルの好きにすればいいけど。
「次はあっちがいいわ!アキ、早く案内して!」
あれからユキと街に繰り出したのはいいが、それはもうあちらこちらに連れ回されている。ユーフレインとそこまで大きな違いはないのに、ユキのはしゃぎようはどうしたものか。
「そこまで目新しいものはないと思うけど・・・そんなに楽しい?」
「そうね・・・平和と言う事を除けば、私の国とそんなに変わらない。でもだからこそよ。イニステラで私がこんなのんびり街を散策出来ると思う?」
「ああ・・・思わないな。」
「でしょ?」
きっとユキはベル以上に「日常」に飢えていたのだろう。あのベルでさえ普通の生活に憧れていたのだ。ユーフレインで王女をしているユキなら余計そう思っていても不思議ではない。向こうの世界でユキが自由に街を出歩く事なんてほぼ不可能だ。ちょっと油断したらすぐ今日のように襲われるだろう。
「思う存分楽しむといい。ここにユキを殺そうと思うような連中はいないからな。」
「うん。そうする。それにしても其方は・・・ふふ・・・『魔人』なのね?」
ユキがくすくすと笑う。
楽しんでくれてるのは何よりだが・・・やめろ。そこを弄るな。せっかく「楽しめよ」とかかっこつけたのに、その二つ名で弄られるのは恥ずかしい。
「・・・一応聞けど・・・なんで知ってる?」
ユキにバレたらこうなる気がしたからずっと黙っていたのに。
「え?だって行く先々で聞かれたんだもの。其方の知り合いなの?って。そうよって答えたら『魔人と知り合いなんてすごいですね』だって。」
なるほど・・・どうやらミスミルドでアキはアキとしてではなく、二つ名の方で通っているらしい。まあ全国民の前でアキと名乗った覚えはないし、そうなるのも当然かもしれない。だがこれは恥ずかしい。ベルに頼んで名前の方が浸透するように情報統制して貰おうか本気で悩むレベルで嫌だ。
「アキさん、どうせ何しても無駄ですわ。諦めてくださいませ。それよりご飯にしません?私、お腹が空きましたわ。」
ミルナが会話に入ってくる。くだらない事で悩んでもしかたないと励ましてくれた。だがその言い方だと励ます気があるのかないのかまったくわからない。慰めるつもりならもう少し言葉を選んで欲しい。単純にお腹が空いたからご飯にしたいだけに聞こえてしまうだろうが。
「・・・食ってばっかだとデブるぞ?デブルナになるぞ?」
「デブルナってなんですの!!すぐに新たな渾名作るのはやめてくださいませ!!そもそも私はナイスバデーですわ!!!」
目をカッと見開き、抗議してくるミルナ。
「自分でナイスバディとか言うのはどうかと思うぞ。」
まあ確かにミルナはスタイルはいい。太ってるとも思わない。
「うるさいですわ!!!大体デブとか女性に言うとか何を考えてるんですの!女性に言ってはいけない言葉ランキング1位ですわよ!!!」
2位はなんなんだろう。気になる。
「デブとは言ってないぞ?俺はデブルナって言っただけで・・・」
「それ一緒!一緒ですわよ!!」
「其方達はどこでもそうなのね・・・なんていうか凄いわ。」
ミルナとアキのじゃれ合いを見ていたユキが呆れ顔だ。
「止めてくれていいんだぞ?」
「嫌。もう好きにしなさい。でも私を巻き込まないで。」
なんというか・・・賢明な判断だ。これに関わると火傷で済まないからな。さすがエヴァグリーン王国第一王女。
ちなみにアキはそのあとミルナの機嫌を直す為に10回くらい「ミルナは最高。スタイルいいし、色気もある。」と言わされたのは言うまでもないだろう。しかし最近はいつも自分で火をつけては消している気がする。まあこれが楽しいからいいんだけども。