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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第三章 アリステール
51/1143

18

 今日の用事はあと1ヶ所で終わりだ。アキ達は冒険者協会を出て次の目的地へ向かう。ただアキにはどこへ行けばいいのかさっぱりわからないので結局のところミルナ達が頼りだ。


「今日はもう終わりですの?まだどこか行きますか?」


 ミルナが次の予定はあるのかと尋ねてくる。昨日、大まかな予定は伝えているので、多分彼女は次の目的地をちゃんとわかっている。ただアキが疲れて帰りたいならと気遣って念の為に確認してくれたのだろう。


「いや、最後に1ヶ所、鍛冶屋にお願い。でももし疲れたなら先に帰っててもいいよ?一杯連れまわしちゃったしね。」

「僕は残るよ、さすがにアキを1人にはできない。」

「そうね、ちょっと1人にするのは危ないわ。」

「はい、私もお付き合いします。」


 レオ、エレン、ソフィーが順に答える。確かに彼女達の言う通り、1人になったら何をされるかわからない。彼女達が守ってくれているから悪意ある視線だけで済んでいる。現在進行形で軽く周囲からは殺意を感じているし、ミルナ達には感謝だ。


「そういうことですので、最後までご一緒さてくださいね?」

「わかったよ、ミルナ。確かに1人されたら困る。俺弱いしね。」

「ふふ、おまかせください。では鍛冶屋ですが武器を買うご予定で?」

「作ってもらおうかと思ってる。ミルナ達御用達の鍛冶屋があるんだよね?」

「あるにはありますが……。」


 ミルナが言葉を濁す。


「僕は苦手かな。悪い人じゃないんだけど職人気質というか。」


 レオが説明してくれる。その鍛冶屋は根っからの職人気質で、気に入られないと武器を作ってくれないどころか話すらも聞いてもらえないらしい。そして勿論、金で動く人間でもない。


「ということはミルナ達は気に入られてるの?」

「うーん……どうでしょう。エレンは多分気に入られてますわ。」


 ミルナがそう言うのでアキはエレンの方を見る。


「凄いな、エレン。」

「ぶっころ……」

「どうした?」


 アキに遊ばれると思ったエレンはいつものセリフを言う予定だったようだが、普通に褒められたので戸惑っている。


「ああ、遊んでほしかったのか。ごめんよ。猛獣使い失格だな。」

「ちっがーう!」


 そんな嬉しそうに怒鳴られても反応に困る。なんだかんだ彼女は素直に接することが出来ないから、アキが弄るなりして会話の切欠を作って欲しいのだろう。


「まあ、気に入られるのが問題だと言うのなら多分大丈夫だ。ミルナ、とりあえず案内を頼む。」

「はい、喜んで。」


 




 ミルナの先導に付き従い、アキ達はアリステールの商業地区を抜け工業地区へと入る。鍛冶屋などが工業地区に工房を構えているのは知っていたが、実際にこの地区へ来るのは初めてだ。商業地区に比べて少し埃っぽいのはしょうがない事なのかもしれない。鉄を叩く音や木を打ちつける音が絶え間なく辺りに鳴り響いているし、この地区にはやはり職人が多いという事がわかる。そのまま暫く工業地区の大通り歩き、ある路地を奥に入ったところでミルナが薄汚い工房の前で立ち止まる。おそらくここが目的地なのだろう。


 石造の工房はいかにも頑固職人が居そうな佇まいだ。建物の至る所が灰で黒ずんでいるし、くず鉄や打ちそこなった金属破片などもそこら中に散乱している。とても何かを売っているようには思えない。ミルナがそのまま工房の中に入るので、アキ達も後に続く。中は一応武器屋のような空間になっており、剣や短剣が数点展示されている。あとは数打ちのような剣が無造作に樽に多数放り込んであり、工房ならではの情緒を感じさせる。


「ガランさん、いらっしゃいますか。」


 ミルナが奥の作業場らしき場所に向かって声をかける。だが返事はない。ミルナは諦めずに何回か声をかけるが、やはり一向にガランという人物からの反応はない。


「いるけど気づいてませんね。奥に入ると怒るので何とか気づいて貰いたいんですが。」

「うーん、俺がやっていい?今日は俺の買い物だし。」

「ええ。構いませんけど?」


 アキはミルナ達から彼は職人気質だと聞いている。きっと好き嫌いも激しいのだろう。そして作業中は集中していて客より鍛冶という性格だと想像出来る。つまり自分の作品にプライドを持っていると言える。その辺りをうまく刺激すればいいのではとミルナに説明する。


「なるほど、さすがアキさん。ではどういう言葉を掛けるんですの?」


 アキは軽く息を吸い込んで大きめの声でガランを呼ぶ。


「なんだこの低レベルの剣は!鉄の純度も低いし、話にならないなー!」

「刺激するってそっちの方向ですの!」


 てっきり褒める方向だと思っていたミルナは焦る。だが効果は覿面だったようで店の奥から怒号が響く。


「てめえ!喧嘩売ってんのか!」


 そういってガランと呼ばれた男が顔を出す。まさに職人という風貌で、立派な髭を携え、気難しそうな顔をしている。背丈は小柄だが、ドワーフというほどではない。おそらく160cmくらいなので男性にしては小柄という程度だ。


「なんだ、嬢ちゃん達じゃねーか。あん、その男は?」

「私たちの新しい仲間のアキさんですわ。」

「ふん、それで?何の用だ。」


 アキには興味がないといった感じでミルナに要件を尋ねるガラン。ミルナが説明しようとしたのだが、アキはそれを制して前にでる。


「いや、俺の剣を作って欲しくてね。」

「嫌だね、帰れ。」


 シッシッと手を振って追い返そうとするガラン。


「まあ、それならそれでいいけど。このレベルの武器だったら別にここでなくてもいい。いらない。」

「なんだと!てめえ喧嘩売ってんのか!」

「いや、売ったのはそっちでしょ、こっちの話も聞かずに帰れって。」

「俺は剣を打つので忙しいんだ!素人の為に剣なんか作ってられるか。」


 アキが剣の素人だと一目見ただけで見抜いたらしい。鍛冶屋としての観察眼は確かに持っているようだ。


「じゃあ俺が持っている面白い短剣を見せよう。それに興味があったら俺の話を聞く。興味がなかったら話は無しでいい。どうだ?」

「まあ、いいだろう。それくらいならな。」


 面白い短剣ということで食いついてきた。うまく鍛冶屋としての好奇心を擽れたようだ。


「話は2人だけでしたい。彼女達には待てる場所を提供してくれ。」

「てめえ、俺が話聞く前提じゃねーか、そんなに自信があるのか。面白い。わかった、いいだろう。」


 アキはミルナ達に見えないよう背を向け、ガランの正面に立つ。


「あんたが本当に優秀な鍛冶屋ならおそらく一目でわかるはず。」


 そう言ってアキの短剣を見せる。


「……おい、ふざけんな。なんだそれは……。」


 ガランは驚いたかのように目を見開く。アキが見せたのは短剣、もとい、サバイバルナイフだ。地球の製鉄技術ならこのサバイバルナイフ程度の鋼でも彼は驚くだろう。だがアキが望むのは玉鋼で作る日本刀。だからこそ、この鋼の質を瞬時に理解できる者でないと困る。


「どうだ、話を聞いてみないか?」

「ふん、さすがにそれを見てはな。いいだろう、工房へ来い。嬢ちゃん達はそこの階段を上がって2階で待ってろ。」


 ついて来いとアキに告げ、ガランは工房の奥へと戻っていく。


「ごめんだけど、ちょっと待ってて?」

「はい、わかりましたわ。」


 みんな嫌な顔一つせずに、頷いてくれる。アキには勿体ない優しい子達だと改めて思う。ミルナ達に礼を述べ、アキはガランに続き工房の奥へと向かう。







 それから1時間程ガランと話した後、ミルナ達と合流した。ただ彼女達はアキとガランの関係性の変化に驚きを隠せないようだ。


「がははは!いいな、お前。気に入った。要望通りのやつを作ってやろう。ただ少し時間をくれ、さすがにあの技術はまだ完璧に使いこなせねえ。1週間ちょっと寄越せ。」

「いいよ、っていうかその程度で出来るってそれしかしない気かよ。」

「当たり前だ!俺が今まで作ってたのはゴミだ!一からやり直しだ!」

「まあいいけど。楽しみに待ってるよ。あとこの短剣はやるよ。」


 アキはそう言うとサバイバルナイフをガランに投げる。


「いいのか……、相当な値打ちもんだぞ。」


 口ではそう言いつつも嬉しそうだ。


「大したことない。俺が望む玉鋼に比べれば。」

「そうかもな。いつでも工房に来い、好きに入って来ていいぞ。」

「わかった。じゃあ頼んだ。資料は好きに使え。」


 最後にそれだけ言い残し、アキはミルナ達と工房を出る。







「アキ、あんた意味わかんないわ。」


 エレンが呆れる。


「何が?」

「1時間ちょっとでなにあいつに気に入られてんのよ!おかしいでしょうが!」

「職人なんだろ?ガランが欲しがる知識で交渉すればあんなもんだって。」


 アキが彼に教えたのは鋼の基本製法と日本刀の素材である玉鋼の製法だ。そして日本刀の基本的な作り方。教えたというかメモに書いて渡した。アキはこの世界の文字はまだ書けないので、昨夜ミルナに書き起こしてもらった物だ。正直、玉鋼製法のたたら吹きとかアキには専門外すぎてわからない。勿論化学的な理屈はわかる。ただ古くから研究を重ねられた名刀の製法は不明すぎてわからない。門外不出な技術も多数あるだろう。なので結局は玉鋼の製法、選定、刀剣鍛錬は鍛冶屋の発想とセンス次第になる。アキがガランに渡せるのは鍛冶に関連する様々な情報のみ。それをガランが読み解いて名刀を作れるかに賭けるしかないが、アキが自分でやるよりは何倍もいいだろう。


「とりあえずこれで武器の目途は立ったし、今日は帰ろうか。」

「はい。でもアキさんって結構人によって話し方変わりますよねー。」


 ソフィーが不思議そうに尋ねる。


「相手が話しやすいと感じる人物を演じてる感じかな。演技といっても嘘を言うわけじゃない、言い方を変えるだけだね。」

「なんで、そういう風にするんですか?」

「そうだね……じゃあミルナ説明して。」


 せっかくなのでミルナに説明させる。1日アキの隣にいたのだからきっとこれくらいは余裕で答えられるはずだ。


「は、はい。アキさんが話し方を変え、相手が話しやすいと思う人物を演じたとしましょう。」

「はい、します。」

「そうすると相手は話してて楽しいと思えます。話さなくていいことまでつい話したりしてしまいますわ。つまりこちらのお願いを聞いて貰いやすくなったりするのではないかな……と。合ってます?」


 ミルナがちょっと不安そうにアキに確認する。


「大体そんな感じだね。細かい事言い始めればきりがないから言わないけど、簡単に言えば相手に気持ちよく話して貰おうって事。」

「なるほどー!」


 ソフィーが納得したように頷く。ただ今度はレオが何か気になることがあったのか、口を挟んでくる。


「じゃあさ、僕たちと話す時のアキもそういうことなの?」


 そういや今日はまだレオを撫でてなかったと彼女の頭に手を置く。すると嬉しそうに尻尾を振るレオ。


「正直に言うと何も考えてない。レオ達の前では何も考えないで話せるから。」

「ほんと?それは嬉しいかも。」

「前の世界では何でも話せる仲間はいなかったからね。俺の居場所って感じで心地いいよ。」


 少し照れくさいが、誤魔化さずレオ達にちゃんと言葉で伝えてやる。みんなそれが嬉しかったのか、楽しそうな笑顔になったのでよしとしよう。

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