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適当に雑談しつつ商業地区を歩いて、アキ達は目的の商会が商店を開いている通りに来ていた。周りからの視線は相変わらず感じるが今日は相手にしない。歩いているだけで十分にヘイトは稼げているし、それよりも優先する案件がある。
「それではどこから行きますか?」
「任せる。適当に3つの商会の服屋を回って欲しい。店との会話や買い物は俺がするからとりあえずミルナ達は見てて。」
「はい、わかりましたわ。」
レオ、エレン、ソフィーもミルナに続いて頷く。
それからアキ達はトリニア商会、ゼクス商会、ミレンド商会の店舗を巡る。アキは店に着くなり外套を取り、地球の時の服装で店中を歩き回る。ミルナ達はその行動に驚いた様子だったが、アキに言われた通り黙って見守ってくれている。アキは店内の商品や店全体を見回した後、店員に声をかける。
「すいません。責任者の方とお話がしたいのですが取り次いで頂けますか。」
その対応は三者三様で、トリニア商会は怪訝な目でアキを見たものの一応丁重に断わり、ゼクス商会は取り付く島もなく邪魔者扱いするように断られた。一応ミレンド商会については確認しますと言ってくれたので店内で待っている。
「他2つは見込みないな、あの店舗だけかもしれないけど。見る限りミレンドくらいかな……可能性があるとすれば。ただここもダメなら次の方法を考えないと。」
「どういうことですの?」
ミルナが堪え切れなかったようでアキの呟きに反応する。
「とりあえず見ていて。ミルナには特等席用意しているんだからさ。」
「ふふ、わかりました。」
アキはミルナに店にいる間はずっと隣にいるように伝えていた。ソフィー、レオ、エレンは自由に店内を見ていてもいいよと言ったが、静かにアキの後ろをついてきている。
「遅いな、もう少し待って駄目なら出ようか。」
「いいんですの?」
「うん、構わない。」
客を長時間待たせるのであれば一言断りにくるべきだ。1回向こうの話を中断してでも「時間が掛かりそうですがよろしいですか?」と言いに来ない店に期待はできないし帰ってもいいだろう。そろそろ引き上げるかとアキが思った時、店員が慌てて戻ってくる。
「大変長らくお待たせして申し訳ございません。支店長及びに商会長がお会いになるそうです。ご案内してもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
それならば時間もかかるかと納得した。まさか商会長が出てくるとは思わなかった。むしろ商会のトップにこんな短時間で連絡が取れるものなのだろうか。とりあえず要求は通ったので黙って店員の後に続く。
「ミルナ、部屋に入ったら俺の隣に座って。何も言わなくていい。」
「はい。」
アキはミルナに囁く。
「ソフィー達は後ろに立つか、椅子があるなら座ってもいい。ただ口は出さないで貰えると助かる。」
3人も静かに頷いてくれる。
「こちらになります。」
店員は店舗の2階にある一室に案内してくれる。
「中で支店長と商会長がお待ちです。」
店員は扉をノックして開ける。
「お客様をお連れ致しました。」
そう言ってアキ達を招き入れる。アキが中に入ると商談用のテーブルとソファーが置かれており、その横に2人の男性が立っている。アキは先手を打って挨拶をする。
「貴重なお時間を頂いてしまい申し訳ございません。本日はお話させて頂きたい事がございます。私は冒険者のアキと申します。以後お見知りおきを。」
丁寧な挨拶をすると共に一礼する。
「これはご丁寧にありがとうございます。お客様の為にお時間を取るのは当然でございますのでお気になさらないでください。私は商会長のエスタート・ミレンドと申します。こちらこそよろしくお願い致します。そしてこちらが支店長のレインです。」
「支店長のレインです。私も同席させて頂きますのでご了承ください。」
エステートは60代くらいの初老の男性。白髪で顎には立派な髭があり、いかにも会長といった風貌だ。鋭い目をしており商会のトップとして様々な修羅場を潜って来た威圧感を感じる。だがどこか気のいいお爺ちゃんのような雰囲気も持っている。レインと名乗った男は30代くらいで中肉中背。金髪の髪をオールバックにしてきっちり纏めており、仕草に卒がない。きっとこの若さで支店長として店を任せられるだけの腕があるのだろう。
「いえいえ、支店長殿にご同席頂けるのは大歓迎です。しかしまさか商会長殿までいらっしゃるとは思いも寄りませんでした。」
「ははは、たまたまこの街を訪れておりまして。先ほどの者からお客様がお話があるとのことでしたので私も同席しようかと思いました。」
エスタートが説明する。その後アキは2人と社交辞令的な挨拶をして簡単な握手を交わす。続いてミルナ達の事も紹介する。
「ああ、ご紹介が遅れて申し訳ございません。私の冒険者チームのメンバーである、
ミルナミア、ソフィアルナ、レオンナード、エレイナです。彼女達は特に今回のお話とは関係ございませんが後学の為に同席させて頂ければ幸いです。」
紹介を受けてミルナが軽く一礼する。それに続きソフィー、エレン、レオもたどたどしくお辞儀をしてくれた。多分女性であればカーテシーでもいいのだろうが、全員レオに合わせたのだろう。彼女は男の振りをしなければいけないのでカーテシーなんてしたら怪訝な目で見られるのは間違いない。
「お気になさらず。男だけというのも華がない。このような美しい女性が同席して頂けるのであれば大歓迎です。」
やはり基本の会話はエスタートがするようだ、支店長はミルナ達と同じ同席者という立場でいると考えたほうがいいだろう。
「そう言って頂けると恐縮です。」
「ではどうぞお掛けください。」
エスタートはアキ達に上座に座るように勧めてくる。アキは言われた通りにソファーに座り、ミルナを隣に座らせる。そして予定通りソフィー達をアキの後ろに立たせる。するとエスタートが即座にレインに言って彼女達の椅子も用意してくれたので、遠慮なくそこに座って貰う。ずっと立たせておくのは可哀そうだし、この気遣いは正直助かる。
「ご配慮ありがとうございます。」
「いえいえ、お気になさらず。それでお話というのは。」
エスタートとレインがアキの正面に腰かけ、早速本題を尋ねてくる。
「はい、お話は2つございます。まず1つ目は私が今着ている衣服について、2つ目はそれに伴う商談でございます。」
「なるほど、お伺いいたしましょう。」
エスタートが話を聞くと宣言したので、アキは一呼吸おいて説明を始める。
「先ほど、こちらのお店の衣服を拝見させて頂きました。どれも素晴らしいデザインだと思います。ただ素材については……失礼な言い方になってしまいますが……まだまだ改良の余地があると思います。今私が着ている服ですが、素材を確認してみて頂けないでしょうか。」
アキは今日は外套の下にいつものワイシャツとジーンズだけでなく上着も羽織っていた。その上着を脱いで彼らに手渡す。
「これは確かに……レインさん見た事ありますか?」
「エスタート会長、私も初めて拝見する素材です。」
興味深そうにアキの上着を触る2人。素材は麻と合成繊維だったかな。さすがにこの世界に合成繊維はないだろう。店の服を見た感じ大体がウールや麻だったと思う。綿も見ないのでもしかしたらないのかもしれない。アキは少し探りを入れる。
「ありがとうございます。あとこちらのシャツも素材が珍しいものです。皺になりにくく強度も高い。こちらのパンツは素材が綿です。特殊な編み方をしており破れにくく、動きやすい。履いていると段々と癖がつくようになっており、使えば使うほど履き心地がよくなります。さすが脱いだら彼女達に怒られるのでご勘弁を。」
「ははは、さすがに私としても遠慮したいです。男の裸体に興味はありませんから。しかし確かにこれらの素材は目にしたことがございません。綿とはなんでしょうか?よろしければお教えください。」
やはり綿はないらしい。ただ探せば似たような植物もこの世界にきっと存在するだろう。これ以上情報を現段階で与える意味はないので、最低限の情報のみを伝える。
「そう言った名称の素材で、とても触り心地がよく肌着等には最適です。よろしければこちらを触ってみますか?」
アキは予備のTシャツを取り出しエスタートに渡す。
「いや、これは本当に素晴らしい。レインさんどう思いますか?」
「はい、衣服を専門にする者としては是非取り扱ってみたいですね。」
2人はTシャツの触り心地を確かめ、少し名残惜しそうにアキに返す。
「ありがとうございます。そして2つ目のお話次第ですが……こちらの服はご提供します。代わりにこの店の服を何着か頂ければ。」
「それは問題ございません。そのような事でよろしければ私からも是非お願いしたいです。それではアキさん、その肝心な2つ目の商談とはなんでございましょう?」
商談部分については出来るだけ優位に進めたいのか、エスタートの方から切り出してくる。ただアキは優位性については既に問題ないと考えている。十分にカードを切ったのでここから向こうの逆転は難しい。彼らが見た事のないような物を出せば、間違いなく商人としての心を擽る事が出来るのはわかっていた。
「はい。結論から申しますと、私の服のデザイン、それに衣服以外の商品のアイデアなどをこちらのミレンド商会でご購入、お取扱いただければと思いまして。」
「なるほど、ではどのようなデザインや商品になりますでしょうか?」
何も見せないのは商談として成り立たない。多少の物は見せる必要があるとわかっていたので、予め洋服のデザインをいくらかスケッチしておいた。電子書籍に入っている小説の挿絵や漫画に描かれている衣装、雑誌でモデルが着ている洋服などを模写してある。絵も1人で没頭できる趣味の内の一つだったのである程度の画力はある。決して上手いわけではないが。まあ、人に見せても恥ずかしくない程度の画力だ。
アキはそのうちの1枚をテーブルの上に置く。
「こちらをご覧ください。何も出さないのは商談として成立しませんのでこちらは無償でご提供させて頂きます。これ以降は契約締結後ということでお願い致します。」
そういってアキは残りの30枚程度の紙の束をエスタート達にパラパラと見せてミルナに持っているようにと渡す。こうすることで1枚だけではなくちゃんと複数用意していると証明できる。相手に信用してもらうのに重要な事だ。
「これはなかなかに素晴らしい。斬新ながらもセンスがある。」
「エステート会長、これは売れるでしょう。」
アキが見せた1枚は夜会で着るような黒のロングドレスだ。肩の部分はレース編みで色気を。スカートはフワッと広がるように特殊編みを施し清楚さを。シンプルだがどこか目をひき、大人の女性を演出するドレスに仕上がっている。肩のレースの部分がこちらの世界では見ないデザインだとミルナが言っていたので大丈夫だろう。
「そう言って頂けて光栄です。そちらはこちらのミルナミアをモデルにスケッチ致しました。モデルが素材として最上級なのもよく見える理由ではございますがドレス自体も必ずや気に入って頂けると思っております。」
ミルナをモデルにするとドレスも数割増しで映えるのはわかっていたので、昨日モデルになってもらっていた。ただそれを見ていた他の3人も自分を描いて描いてというので、1枚ずつ描いて彼女達にあげた。ただ皆をスケッチする羽目になったのでこの束を仕上げるのにほぼ徹夜したのだが。
「なるほど、モデルが素晴らしいのはありますね。ただこちらのデザインも十分に魅力的でございます。その他にも商品のアイデアがあると言っておられましたがそちらはお聞かせいただけるのでしょうか?」
とりあえずデザインについては及第点だろう。そして向こうから次を催促してくるというのは、他の商品も確認して納得すれば商談を受ける意志があるという姿勢だと考えられる。
「そうですね、そちらについても1つお見せできればと。こちらは香水と言うものになります。ミルナ、腕をだして。」
ミルナが腕を出してくれたので軽く香水をかける。
アキは昨日、服のスケッチの他に香水を調合しておいた。香水に関しては書籍があった上、魔法で作ったので大した手間はかからなかった。魔素を使って花から水蒸気蒸留法で精油を抽出、アルコールに溶かした。本来であれば手間も機材も必要だが、魔素でその工程を代用できるのはなんとも便利なものだ。苦労したのが香りを決める部分だが、何種類かミルナ達に嗅いでもらい好評だったのを持ってきた。ちなみにこの世界に香水の概念は当然ないとのこと。
「では、こちらを嗅いでみてください。どこか甘い香りがしませんか?」
「花のような香りが致します。」
エスタートが少しばかり目を見開いて答える。商談で取り乱していては商人として失格だ。常に冷静に見たものを判断しなければならない。ただやはり香りを体につけるという発想はなかったらしく、興味津々だ。アキの予想通り上手く彼らの商人心を擽る事には成功したようだ。
「はい、こちらはミルナミアの香りではございません。こちらの液体に匂いを付与しており、それを振りかけることで香りが体に付着し、このような匂いを演出できます。女性にとっては嬉しい商品かと思います。」
「確かに、その通りです。こちらも商品としては申し分ございません。商談が成立したら製法を教えて頂けるということでしょうか?」
かなりの食いつきだ。やはり服と香水は相性がいい。綺麗な服を着る女性が良い香りもさせたいというのは万国共通なのだろう。念の為前もってミルナ達に感想を聞いておいたが、やはり香水の受けは彼女達にもよかった。こういう時事前に情報取集しておけるので仲間が女性なのはかなりありがたい。
「もちろんです。ただし注意点がございます。こちらの香水や私の服の素材は特殊な方法で生成、製造されております。もちろん私がその作り方をお伝えさせて頂きますが、それを再現できるかはミレンド商会様次第になることをご了承ください。出来るだけご尽力はさせて頂きます。」
「おっしゃる通りそれを再現出来るかは当商会次第ですのでご心配には及びません。商談が成立後、製法を教えて頂いたのにも関わらず再現できないのであれば当商会の責任でございます。」
もちろんアキは魔素で作る方法を教えるつもりはない。蒸留技術は問題なく再現出来るだろうし、香水については正式な製造方法を伝えるつもりだ。問題は服の綿や合成繊維について。こちらは正直再現出来るかわからない。商会の力を使ってそのような植物を発見するしかないだろう。アキが注意を敢えて言ったのはこの部分の責任を追及されないためだ。
「それではエスタートさん、金額の交渉に入らせて頂いてもよろしいでしょうか。」
「はい、もちろんですアキさん。何卒ご容赦を。」
「単刀直入に金額を申し上げます。服のデザイン提供、そして香水や他の商品のアイデアの提供及び製造方法で1万金。いかがでしょうか。」
1万と聞いた瞬間背後で物音がしたが、誰も何も言わない。必死に我慢しているようだ。隣のミルナも手で太ももを握りしめ必死に堪えて平静を装っている。
「ははは、なるほど。1万金とは大きく出ましたね。」
エスタートも眉毛を動かした程度で声色を変えずに返答する。正直1万金なんてこの商会の規模からしたら大した金額でないのはわかっている。敢えて反応してみたという感じだ。
「いえいえ、むしろミレンド商会様の利益から考えると破格かと。」
「何故その金額にしたのかをお伺いしてもよろしいですか?」
多分ここが最終試験というところだろう。適当な金額を言っているようでは話にならない。この値段にしっかりした理由付けがあれば、対等な相手としてこれからも長く付き合って行こうと考えてくれているはずだ。
「ええ、ミレンド商会様は大陸中に店舗を展開しているとお伺いしております。服屋だけに絞ってもおそらく100店舗近いでしょう。先ほど下のお店を拝見させて頂きましたが服の平均価格は1着500銀と高額。つまり相手を上流階級に絞っていると言えます。店に出入りする客層を見てもそれが伺えます。」
「なるほど、続けてください。」
「客の出入りや服の金額設定から推測するとおそらくこの店の売り上げは1日平均5金貨程度、1ヶ月で150、年間1800。原価率が30%と考えるなら店の利益は約1200。そこから人件費や店舗運営費など多めに引いたとしても500~600金は純利益として残る。つまり年間100店舗での純利益は約5万金。服屋以外の店舗も展開していると考えるとその倍、ミレンド商会全体で約10万金。服が中心の商会だとお伺いしたので売り上げの半分は衣服になると計算しました。かなり雑ですが数値はそこまで乖離してないと思います。よって年間利益の10%として1万金貨を提示させて頂きました。それに私の商談を受けてくだされば確実に10%以上の利益増が見込めるのは間違いありません。」
この数値はある程度の予測から計算したフェルミ推定だ。大陸の大きさ、人口、街の数は前もってミルナ達に確認しておいたし、あとは店の金額設定や客層から計算できる簡単な推測方法だ。それに先ほど全体の売り上げを口にした時、エスタートがわずかに反応したので大きくは間違ってはいないはずだ。
エスタートは暫くして息を一つ吐き、肩の力を抜く。
「ふふふ、いや素晴らしい、そこまで推測できるとは恐ろしい。大体合ってますな。」
エスタートの口調がわずかばかりに砕けたのを見てアキも崩す。
「ではもうこの口調やめていいですか?正直疲れるんですよね。」




