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翌朝、アキはミルナとソフィーを連れて屋敷を出る。指名依頼の報告の為に依頼者の屋敷へ向かう為だ。アキも同行すると宣言したので一緒に向かっているのだが、どうも2人の表情が険しい。
「どうした、2人とも緊張してる?」
「いえ……指名依頼者に会うのはいつも苦手でして……。」
「私も嫌です、行きたくないですー。」
ミルナとソフィーは単純に指名依頼主が嫌なだけらしい。多分今までの指名依頼の積み重ねだろう。碌な依頼が無かったらしいし同情はするが、受けてしまっている今、それに文句を言ったところで仕方ない。
「なるほどね。あ、ミルナ。」
「はい、なんでしょう?」
「昨晩のミルナ面白かったなー。」
「な、な、なんで今それ言うんですか!」
急に昨日の恥ずかしい事件を蒸し返されたミルナは取り乱す。
「いや、ミルナが作った新たな黒歴史をお祝いしなきゃね?」
「やめて!しなくていいから!」
ミルナがアキの肩を掴んで揺らす。本当にやめてと必死に懇願してくる。
「ソフィーはどう思った?」
「あはは……えっと、言ってもいいんですかね?」
「ソフィーお願い、言わないで……。」
ミルナは限界寸前なので、とりあえず落ち着かせる。
「あとでこうなるんならやるなよ。」
「だって……」
「悪ノリした俺も悪かったけど。でもいい勉強にはなっただろ。」
「うー……はい。」
「まあ、俺はあのミルナ好きだったけどね。」
「エ、エッチだからですか……?」
「それもあるけど、普通に可愛かったし。それに俺は素のミルナの方が好きだって言っただろうに。」
そういつつミルナを撫でると彼女は少し嬉しそうに微笑む。
「はい、じゃあまたあの格好で遊びにいってもいいですか?アキさんになら見られてもいいですし……。」
「まあ、いいけど。」
ミルナの方はこれでいいとして次はソフィーだ。
「ソフィー。」
「はい?」
「あれからアレ聴いてる?」
「はい!昨日も寝る前にずっとアレ聴いてましたー!あと今日の朝も!」
嬉しそうにソフィーは返事する。
「好きなのあった?」
「う、歌いませんからね……?」
「じゃあ後で一緒に聴こうか。」
「はい!やったー!」
今日の楽しみが増えましたと、大分緊張がほぐれたようだ。
「とりあえず、2人とも少しはリラックス出来たみたいだね。」
「あ……はい!それにアキさんもいるから大丈夫ですよね?」
「そうだね、大丈夫だよ。」
ミルナの方も大丈夫ですとアキにお礼を言う。ただミルナはソフィーとの会話が気になったようでアキに尋ねる。
「それはそうとさっき2人が言ってたアレって何のことなんですの?」
「うーん、内緒。ね、ソフィー?」
「えへへ、はい!内緒ですー!」
2人で示し合わせたように返事をする。それを見たミルナが少し頬を膨らませて拗ねる。アキは丁度いいと思いミルナに声を掛ける。
「ミルナ、真面目な話ね。依頼の件だけじゃなくて今日1日しっかりと見て、自分に何が足りないかを学ぶ事。」
「え……は、はい。」
急に真面目な話を始めたからかミルナが戸惑いながら返事をする。
「まず今のやり取りだけど、あれはよくない。あれだといくらでも賭け金をレイズ出来る。交渉では感情のコントロールを忘れずにね。」
ミルナに説明する。今の場合本当に内容を知りたければ内緒と言われた時点で一度退くべきだ。勝負できるカードがあるなら別だがないなら退く。2人がその情報を知っているとあの段階で引き出せているのだから十分と考えるべきだ。後はどちらから情報を引き出すか決めて、1人に的を絞る。1対2で有利なことなんてあんまりないのだからまずは互角に持ち込む。
「なるほどですわ。」
「次に反応には気を付ける事。」
内緒と言われたら適当に「そうか、残念。」とでも言っておく。そうすれば相手は自分がこの情報を本当に知りたいと思っているかどうかがわからない。わからなければ不用意に賭け金をレイズしない、つまり無茶な要求が出来ない。対等な条件で交渉のテーブルに着くことができる。ただミルナのちょっと拗ねた反応を見ると本当に知りたいのだとわかるから無茶な要求が出来てしまう。
「感情を出すな、は違う。必要な時に必要な感情を出すこと。その方が交渉をうまく進められる事が多い。交渉の時はそこを意識するようにね。」
「はい、わかりましたわ。」
「まあミルナならあれでも交渉にはなるんだけど。」
「どういう事ですの?」
「拗ねたとこ可愛いからつい教えたくなる。」
「……はい。」
ミルナが少し照れて視線を外す。
「『女』としての自分も交渉術に使うのであれば今のでも問題ない。でも使わない方法を覚えて。」
「使うのはダメなんですの?」
「ダメじゃないよ、俺が嫌なだけ。」
「ふふ、そういうことですね。はい、それなら喜んで。」
「とりあえず今はこんなとこかな。」
「わかりました、覚えておきますわ。」
ソフィーも隣でふむふむと必死に聞いている。正直この技術はソフィーに覚えて欲しくないのだが。こんな暗黒物質な性格の女性は2人もいらない。
「今失礼なこと……」
「ソフィーにはミルナみたいな暗黒物質になって欲しくないって考えてた。」
「せめて最後まで言わせてください!そして本当に考えてたのなら隠し通してくださいませ!」
ソフィーがその様子を見て楽しそうに笑う。
「さて、着くまでに少し依頼主の事教えて。情報は入れておかないと。」
「は、はい。わかりましたわ。」
ミルナは深呼吸をして自分を落ち着かせると、今回の依頼内容、依頼主について説明してくれる。
依頼主はブラン・ミセランダという貴族。出身は王都らしいが現在はこちらに住んでいる。噂では両親から邪魔物扱いされてこの地で暮らすように命じられたとか。噂の出どころは屋敷で働く元メイドらしいので間違いはないとのこと。ちなみにその元メイドは嫌気がさして辞めた。簡単に言えばブランは女好きですぐにメイドに手を出そうとするらしい。ただメイドも別に主人に絶対服従ではないらしく、人権ありきの雇用契約なので嫌ならすぐに辞めればいい。ちなみにこの世界に奴隷制度はないとミルナが言っていた。だからブランという貴族はよくメイドに逃げられて、人の入れ替わりも激しいそうだ。
「ただここ最近は変わってないようですね、この前依頼を受けに行ったときはメイドが2人だけいましたわ。」
屋敷の大きさはミルナ達の借りている屋敷くらいらしい。特に守衛や護衛などはおらず、主人とメイド達だけのようだ。
「ミルナ、家の中の様子は?」
「通された部屋は豪華でしたわ。私の好みではありませんでしたけど。」
「依頼された時、それを聞いていた人物は?」
「依頼主、ソフィー、私の3人ですわ。」
「依頼の話をしていた時の態度は?」
「私と話しているはずなのに目線はずっとソフィーを見てました。私の方はほとんど見てなかったと思いますわ。」
「うう……気持ち悪かったです。」
ソフィーが嫌そうに言う。
「ほんとなんでそんな奴の依頼を受けたんだ。」
「依頼内容自体は普通だったのと、色々とわかったのが受けた後だからです。セシルがその元メイドと知り合いらしく、教えてくれましたわ。」
ミルナ曰く、指名依頼はまとめて冒険者協会から渡され、受ける依頼を選別する。受けると決まったら直接依頼主のところに出向いて話を聞く。受託したら冒険者協会に受託の旨を報告する。完了したら依頼主に報告をして、依頼書に完了のサインをもらって冒険者協会に提出。そこで初めて報酬が支払われるそうだ。
「未達成の場合は?」
「依頼主に未達成の報告をして、違約金を払うか相談します。依頼書の裏に未達成用の項目があり、違約金有り違約金無しのどちらかにサインして頂き、協会に提出します。」
「協会に最後提出しなければ達成率に影響しないんじゃないのか?」
その対策は大方想像がつくが念の為にミルナに説明させる。
「指名依頼は協会に受託の報告をしているので一定期間結果の報告がないと調査されます。そこで未達成報告書を提出していなかった場合、ランクの降格、悪質だと冒険者証の剥奪です。」
「違約金の有無は何か関係するの?」
「はい、お察しの通り、違約金無しで未達成の場合、依頼主と合意したと判断され依頼達成率には一切影響しません。つまり依頼自体が白紙になると考えて頂ければ。」
「つまり依頼達成率に影響あるのは違約金ありの未達成の場合?」
「その通りです。あと協会依頼のものは違約金がないので達成か未達成のどちらかしかありません。」
ミルナの説明を聞き一度整理する。指名依頼は報酬の割がいい。だが依頼主との交渉や違約金があり手間やペナルティが存在する。ただその違約金も合意できれば達成率には影響しないし依頼に失敗しても自分の時間だけのロスになる。依頼主が常識人で依頼内容も正当な物であれば、指名依頼は割と効率がいいのかもしれない。でも依頼主を通すのは手間ではないだろうか。一括して協会が管理したほうがトラブルも少ない。
アキの予想だとおそらく依頼主の希望でこういう制度になったと考えられる。何故なら高額な報酬を出すのだから、自分の目でみて依頼するかを判断したいのだろう。だが受託に来た冒険者が想像と違ったら、依頼主から依頼を白紙にすることも可能なのだろうか。
「指名依頼を協会が完全に管理しないのは依頼主が冒険者を自分で見定めたいからってことでいい?もし自分の想像と違ったら依頼者から断ることも可能?」
「はい、その認識であってますわ。」
やはり推測通りのようだ。自分が依頼する立場なら受託する冒険者に直接会ったことがない場合、間違いなく会いたいと言うだろう。指名依頼は噂で聞いた程度の冒険者を指名することも多いって言っていたし納得がいく。
「受けたことに納得はしないけどわかった。」
「……わかってます、軽率ですいません。」
ミルナが昨日のアキの態度を思い出したのか、申し訳なさそうに謝る。
だが多分ミルナはわかってない。彼女はアキが指名依頼の内容を気に入ってないから受けたことを申し訳なく思っている。勿論それもあるが、アキが納得いっていないのは指名依頼を受けるにあたって事前調査などせず軽率に受けたからだ。セシルにその貴族の事を聞いていれば受けなかった可能性は高い。ちょっと調べるだけで問題なかったはずだ。交渉前の情報収集は相手より有利な立場に立てる可能性があるので必須になる。手間をかけてでもやるべきだ。果たしてミルナが手間を惜しんだのか、そこまで頭が回らなかったのかは後で説教するとして、今は依頼報告のが先だ。
依頼主が面倒だったら色々と考えなければと思っていたアキだが、正直ただの馬鹿だろう。話を聞く限り、おそらくブランは両親に愛想をつかされた。そして適当な額の金を渡され、死ぬまで自分達に関わらないよう暮らせとでも言われたのだ。屋敷の大きさやメイドが2人しかいない事を考慮すると大体そんなところで間違っていないだろう。
現在の2人のメイドが辞めていないのは可能性としては2つ。その貴族と同じ穴の貉の人間。それか何か弱みを握られている。ミルナは奴隷制度はないと言ったが、抜け道などいくらでもある。例えば病気の母親の薬代を肩代わりしたので返しきるまで働けとか。雇用契約書と借用書を作ってしまえば奴隷の出来上がりだ。メイドの件については屋敷についてから確認すればいい、多分見ればすぐわかる。元メイドの話から推測するとおそらく後者だろう。後者ならメイドにもよく思われていないだろうからかなりやりやすい。
「アキさん、あそこですわ。」
ミルナが道の先にある屋敷を指差す。
「とりあえず俺は口を出さないからミルナに任せる。」
「はい。」
「俺の事は普通に紹介してくれていい、むしろ隠さないで。」
「わかりました。」
「問題が起きたら俺が入るからそしたらミルナは……。」
「はい、わかっています。その時はアキさんにお任せますわ。」
アキが話し終わる前にミルナが頼りにしていますと頷く。
「まあ大丈夫だから。心配しなくていいよ、ソフィー。」
隣でまた少し緊張気味になっていたソフィーを撫でて落ち着かせる。
「はい、アキさんを信じているので大丈夫です。」
「じゃあ行こうか。」




