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屋敷の案内を受けてアキは自分の部屋に向かう。キッチンは結構広く、色々な料理が出来そうでアキ的には嬉しかった。ついでに言うとレオやソフィーが「いっぱい料理できますね」ともの凄いアピールしてきたので毎日作れということなのだろう。ダイニングも5人で食べるには十分なスペースがある。屋敷にはその他にも浴室やトイレといった設備がちゃんと完備されていた。この世界にも風呂がある事には正直何より安心した。トイレもちゃんと排水されていてこの世界のインフラ事情がすごく気になったが、ミルナはよくわかっていなかったのでまたいつか自分で調べる事にする。ちなみに生活用水に関しては外のタンクに魔法で貯めておくらしい。
一先ず風呂はミルナ達に先に譲り、主寝室である自室に辿り着いた。ミルナが言う通り結構な広さがあり、おそらく40畳近くはあるのではないだろうか。キングサイズクラスのベッドが部屋の奥に鎮座していて、お城で貴族が使うような天蓋がついている。そして残りのスペースにソファーやテーブル、書類などを書いたりできる執務用の机があった。さらにはバルコニーまで完備されており、ガラス張りのドアを開けると気持ちのいい風が部屋全体を吹き抜ける。
「確かに広くて快適だな。いいのかね、俺が1人で使って。確かに広すぎて寂しく感じる気持ちはわかるけどね。」
アキは着ていた服を脱ぎ、ミルナにあげた物とは別のTシャツに着替える。寛ぐのに珈琲が欲しいなと思ったので、一旦キッチンまで下りる。お湯を沸かし、適当に置いてあったカップに珈琲を淹れ、部屋へと戻る。屋敷の物は自由に使っていいと言われているので気にする事はないだろう。しかしこれだけ広い屋敷だと、自分以外に4人居ても誰にも遭遇しない。とりあえずアキはソファーに座り珈琲を啜りながら一息つく。街に入ってから色々ありゆっくり考える時間もなかったので、今日の出来事を整理する。
まず街中での事だが、予想以上に馬鹿が多いことがわかった。おかげで想定通りに計画を遂行する事が出来るだろう。協力者が欲しかったがそれもすぐに見つかった。受付嬢のセシルだ。彼女は真面目で優秀な人間だったので適任だろう。ミルナ達に既に親しくて信用出来る人物がいたことにアキは感謝した。それに冒険者協会の受付嬢であれば文句はない。情報もかなり収集出来るだろう。だからこそセシルという人物に懐かれたのはよかった。かなり不自然で強引な方法を使った気がしたが、案外すんなり懐いてくれた。ただアキは「この世界の女性ってみんなチョロいのか?」と逆に心配になった。
とりあえず、そちらの計画進行に問題はない。それよりも街の住人だが、馬鹿も多いが、意外に話の通じる人間がある程度いそうなのは嬉しい誤算だった。ミルナ達から見るのではなく、真っ先にアキを見ていた連中だ。純粋にアキに興味があるようで、人となり次第では友好関係を結ぶのも手だろう。商業地区の人達の中にも商売を理解している優秀な人材が多数散見出来た。接客態度や店構え、店頭ディスプレイ等からある程度の商才は伺える。明日以降の予定に関わってくる事なので探す手間が省けた。
ミルナ達の金銭事情は予想外だったが、それについては多少の方向修正ですむ。それより自分らしくなかったなとアキは苦笑する。指名依頼の内容は確かに不愉快だったが、あそこまで感情を出してしまうとは思わなかった。だが感情を出した事に対しては不思議と嫌な気持ちはしない。段々と彼女達の前では自分の感情を隠さないようになってきている。そしてそれがすごく楽だ。1人で抱え込むなと偉そうにレオやソフィーには言ったが、人の事は言えないなとアキは反省する。
この世界に来て彼女達に出会えた事は幸運だ。街に来て改めて思った。一番に出会ったのがあの子達じゃなかったらまたきっと前の世界の繰り返しになっていただろう。そういう意味で自分は運がよかった。だが逆に、前の世界でも彼女達のような子に出会えていれば自分も違っていたかもしれない。異世界へ移動するのは早計だったかなという考えが一瞬頭を過る……がすぐに振り払う。ミルナ達だったからこそアキは気付いた、気付けた。この世界に来たからこそアキは変ろうとした。そしてミルナ達がそんな自分を変えてくれたのだと自分に改めて言い聞かせる。
アキは思考の海から抜け出し、そろそろ軽く訓練して風呂でもはいろうかと考えていたら扉がノックされた。
「アキさん、よろしいですか?」
「ミルナか、勝手に入って来ていいよ。」
わざわざ扉のところまで行くのが億劫だったのでソファーに座ったままアキは返事をする。すぐに扉が開いてミルナが入ってくる。
「アキさん、さっそく遊びに来ましたわ。」
「いやそれはいい、それよりその格好をなんとかしろ。」
アキはミルナの格好を見て呆れる。風呂上りなのだろうか、ミルナの髪は少し湿っており、いつもとは違う色気がある。そしてアキが上げたTシャツを着て、というかそれだけしか着てない。サイズが大きい男性用のTシャツを着て胸元をはだけさせ、裾から惜しげもなくすらっとした綺麗な足を出している。誰がどう見てもとても煽情的な格好だ。
「変でしょうか?でもこのTシャツという物はすごく着心地がよくて!すごく気にりましたわ!これから毎日これ着て寝ます!」
ミルナはTシャツの裾を軽く持ち、くるりと回る。裾が少し捲られ際どいところまで見えそうになる。わざとやっているのかと思うレベルだが、本当に本人はよくわかってないようだ。
「聞け、ミルナ。エロい。」
「はい?」
「濡れてる髪がエロい。胸元がエロい、足がエロい、Tシャツの裾から色々見えそうになってるのがエロい。」
とりあえず思いつく限りの煽情ポイントをミルナに挙げる。アキの言葉を聞いていたミルナはどんどん恥ずかしくなってきたようで、胸元を片手で覆いながらもう片方の手でTシャツの裾を下に引っ張って足を隠そうと必死だ。
「え、え、え、あの……・。」
「そのポーズの方が余計エロいよ。」
「ええええ!み、みないで……。」
「まあ、いいから。とりあえずこっち来て座りなって。」
「う、うん。」
「横。前に座るな。見えるから。」
正面に座ろうとしてアキが注意したので顔さらに赤くして、恥ずかしそうに俯いてアキの隣に座る。
「とりあえず落ち着こうね。」
「はい……そんなにあのその……エッチですの?」
「それはもう。ミルナ、真面目に気を付けたほうがいいよ。今までは女性しかいなかったんだろうけど、今は俺もいる。だから格好は気を付けたほうがいい。」
「はい……でもこの格好がそう見えるなんて知らなくて。」
「普通に考えればわかるだろうに……。」
「でもちゃんと……む、胸とかは隠れてますわ……?」
「でも見えそうだから。」
「見えてないんですよね?」
本当にわからないようだ。そもそもこの世界の人は見えそうで見えない物に色気は感じないのだろうか?元々冒険者の服とかは露出が多いし、そういうものなのかもしれない。そうだとしたらミルナが悪いわけじゃなく、地球のエロの方向性がぶっとんでいるという事だ。
「ミルナ達の世界では見えるのがエロいの?見えそうで見えないとかそういうのは?ミルナが知らないだけ?」
「え、えっとその……エッチかどうかは私が知らないだけかも?でも普段の格好とそれほど布地面積かわりませんよ。今のほうが……ちょっと足が出てるくらいですわ。」
布地面積で考えれば確かに変わらないのかもしれない。それにこの世界にはTシャツがないのだからこの格好がエロいのがどうかの判断がつかないのかもしれない。
いやいや、それはない。絶対にない。
真面目に考えたけどさすがにない。だれがどう見てもエロい。ミルナの考え方がおかしいだけだ。
「ミルナの考え方が間違ってるわけじゃないけど、その格好はエロいから絶対人前ではやらないほうがいいよ。見えそう見えないって多分一番エロい。」
「は、はい、気を付けますわ……。」
素直に返事をするミルナ。
「Tシャツが気に入ってくれたのは嬉しいからいいけどね。でもミルナは本当にこういう方向ではダメダメだな。」
「そ、そんなことないですわ!」
ミルナは力強く反論するが全く説得力がない。はいはいと生返事をすると、ミルナは少し拗ねて斜め上の行動に出る。
「なら……ダメじゃないとこみせます!」
「いや待て、その理論はおかしい。」
「ふふ、アキさんを見事に誘惑してみせますわ。」
本人的には少しでもやられた分やり返したかったのだろう。でもダメじゃないところを見せる為に誘惑するっていうのはいつ襲われてもおかしくないというのがわからないのだろうか。それに気づいていない時点でアキは「あ、こいつダメだな。」と思った。それに「誘惑します。」は「襲ってもいいよ。」と許可している事と同意義なのにそれも理解していない。それを言えばすぐ終わるのだが、面白くなりそうなので少し付き合うかと思いミルナの行動を見守る。
「アキさん……?私の胸元とか足とかそんなにエッチですか……?」
たどたどしいが頑張ってアキに抱き着くミルナ。
「そうだね。ミルナはスタイルいいし、肌も綺麗だし、その格好は煽情的だよ。」
「ふふ、嬉しいですわ。」
ミルナがアキの耳元で囁く。風呂上りの甘いミルナの香りが鼻をくすぐる。濡れたアクアブルーの美しい髪がアキの顔に触れ、理性が飛びそうになるのを必死に堪える。
「いい匂いがするよ。」
「ふふ、どうですか……?私、誘惑できているでしょう?」
アキは心の中で「これで終わりかよ」と突っ込むが口には出さない。ミルナはやりきったと満足したような表情でアキから離れようとするが、今度はアキが逆にミルナを抱き寄せるように腕を回し、顔を間近で見つめる。
「な、な、な、なにを……?」
「ミルナ、そうやって誘惑したら次は襲うっていったよね?」
「え……待って……ちがうの。」
「ダメじゃないとこみせるって言ったよね?誘惑するって言ったよね?それは襲ってくださいってことだよね?」
「ちがう……まだ……まだ、だめ……」
ミルナが涙目になりながらアキを見る。しかしミルナが本気をだせば、アキを振りほどく事なんて容易だ。それをしないのは完全に嫌がっているわけではないからだろう。懐かれたもんだなとアキはしみじみ思う。とりあえず男には気を付けないと逆に手玉にとられるぞとわかって貰えればいいし、まあもし襲ったとしても……そろそろかな?とアキはミルナを押し倒す……のではなくミルナの体を自分の方へ引き寄せ、自分を押し倒すような格好にする。
「この、変態!ミルナになんかしたら・・って……え?」
完璧なタイミングでエレンが部屋にはいってくる。当然のようにソフィーとレオも後ろにいる。
「エレン助けてくれ。見てわかるだろ、俺、襲われてるんだ。」
その言葉にエレン達3人は驚く。よく見ると確かに馬乗りになるようにミルナがエロい格好でアキに覆いかぶさっている。ミルナも一瞬きょとんとしたが自分の体制に気付くと必死に否定する。
「ち、ちがいます!アキさん嘘いわないで!」
「ミルナさん……その格好でその体制は説得力ないです……。」
「僕もそう思うなー……。」
ソフィーとレオも完全にミルナを冷めた目で見ている。
「ミルナ……あんたなにしてんのよ!エッチな格好してアキの部屋に行くの見かけたからまさかとは思ったけど……!」
「エレン、やっぱミルナの格好はエロいよな?」
一応エレンに確認する。
「何言ってんの、当たり前じゃない!誰がどこをどうみてもエロいわ!」
ソフィーとレオも頷く。ミルナは愕然としている。やっぱりこの世界でもエロいらしい。そしてやっぱりミルナの頭がおかしいだけだった。
ちなみにどうせこんなことになるだろうとアキはミルナがあの格好で部屋に入ってきた時点で聴覚強化魔法を使い部屋の外の音を確認していた。大体この格好でアキの部屋に行こうとすればエレンあたりが絶対に後をつけてくる。案の定、ミルナが来て少ししたら扉の外で話し声が聞こえてきたので、突入タイミングがすぐにわかった。まさか初めての聴覚強化魔法を使う理由がこれになるとは思っていなかったのでさすがのアキも呆れる。
その後、何故かアキの部屋でミルナと3人の「お話」が始まったせいでなかなか訓練や風呂に行けずに困った。必死に違うと説明するミルナだが、その格好では説得力がない。ある程度見届けたところで、反省しろとミルナに伝えてアキがエレン達に事の成り行きを適当に端折って説明する。どのみち3人には呆れられたミルナだったが、お話は終わったのでよしとしよう。




