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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第三章 アリステール
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2

 冒険者協会に入ったアキは周りを見渡す。入って左手に巨大な依頼ボードがあり、様々な依頼が張り出されている。右手にはちょっとした武器屋、雑貨店、食事処等の店が併設されているようだ。そして正面には受付カウンターがあり、ギルドの顔である受付嬢が数人並んでいる。


 結構遅い時間なのに冒険らしき人が一定数いて驚いた。大抵冒険者は朝に依頼を受けて夜には酒盛りしているようなイメージだ。


「依頼は一日中張り出されるのでいつでもある程度の方はいらっしゃいますわ。」


 ミルナに聞いたところ、朝に良い依頼に巡り会えなかったら夜に来たりするらしいので、冒険者協会が閑散としていることはあまりないという。


「しかし皆ミルナ達を見るのな。」

「ふふ、今日に限ってはアキさんですわよ?」


 街中を歩いていた時よりも協会に入った瞬間の時の方が視線を感じた。協会内にいた冒険者全員がアキ達の方を見ているようだった。いや、確実に見ている。



「おいふざけんな、誰だよあいつ。」「メルシーの連中とどういう関係だよ。」



 どこからともなくそんな声が聞こえる。やはりアキとミルナ達の関係性が気になるようだ。動体視力の強化と同じように、聴覚強化が使えることは確認していたので、必要とあらば使おうと考えていたアキだったがそんな必要もなさそうだ。どいつもこいつも声が大きい。耳を澄ますまでもなく聞こえてくる。


「この世界の連中は声を落とすという事をしらないのかね。」

「彼らのご希望とあらば見せつけて差し上げますか?」


 ミルナは黒い笑顔で笑う。


「今はいいだろ、とりあえずやる事を先に済ませようよ。」

「そうですわね、あ、セシルがいましたわ。」


 ミルナは右端にいる受付嬢の方へ近づいていく。何故か冒険者協会が急に静寂に包まれ、異様な雰囲気になっている。全員アキ達の行動を見ているようでさっきまでの喧騒が嘘のようだ。


「セシル、こんばんは。」

「ミルナさん、お疲れ様です。」


 2人が挨拶を交わすのを見る限り知り合いなのだろう。その様子を他人事のように眺めていたアキだが、ミルナは振り返り声をかけてくる。


「アキさん、こちらセシルで私達メルシーの専属受付担当ですわ。Bランク以上になると専属を付けて頂けるんですの。」


 ミルナに紹介されたセシルはとても落ち着いた雰囲気で冒険者協会の制服であろう服を着ている。白いワイシャツのようなものに、桃色のベスト、そして黒のタイトスカートだ。頭にはちょこんと小さな帽子が乗っている。とても仕事が出来る真面目な印象のする女の子だ。年齢は17くらいだろうか。髪は茶色のセミロングで、毛束を結んで横に出している。何より一番の特徴は大きな兎耳。おそらく兎の獣人だ。瞳も深紅色でいかにも兎っぽい。そしてミルナ達に劣らぬ凄い美人。やはり受付嬢は美人でないとダメなのだろうか。ただセシル以外の受付嬢も見た目麗しいので、そういう採用基準があっても不思議ではない。


「そうなんだ、それはいいね。」


 セシルの事を紹介し終えるとミルナは改めて彼女の方を向き話を続ける。


「セシル、彼は私たちの新しい仲間ですわ。冒険者登録とチーム登録をお願いできますか?」

「はい。ではこちらの書類にサインを。後チーム登録の為にこちらにもお願いします。」


 セシルは少し驚いた顔をするがすぐに仕事モードに切り替えて書類を取り出す。アキはその様子に感心する。余計な詮索をせず、冒険者の要望に則って仕事をしている。そういう性格だから彼女はきっとミルナ達にとって良き担当者なのだろう。しかしそれよりも、ミルナの発言を聞いた周囲のざわめきの方が目立つ。


「ありがとう、アキです。セシルさんは優秀な人なんですね。ミルナ達が気に入るわけです。今後ともメルシーをよろしくお願いします。」


 ミルナに紹介された手前無言なのはどうかと思い、周囲の事は無視してアキも軽く挨拶をする。


「さすがアキさん、よくわかってますねー。」


 ソフィーがひょこっと横から顔を出す。


「い、いえ、そんなことは。お仕事ですから。でもそう言ってもらえるのは嬉しいです。」


 セシルは少し照れながらもアキに書類を渡す。美人で真面目な人かと思ったが、どちらかというと可愛いと言った方が正しいかもしれない。


 アキはセシルに礼を述べると受け取った書類に目を落とす。


「やっぱりわからないな……、ソフィーちょっと手伝って?」

「はい!こっちで書きましょう!」


 ソフィーは頼まれたのが嬉しいのか、アキの手を引っ張って近くの空いているカウンタースペースに移動する。アキが書類をカウンターに置くと、ソフィーがくっつくように体を寄せてきて書いてある事を説明してくれる。ソフィーの説明を聞きつつもさっきから騒がしい周りの様子をこっそり伺う。



「俺の微笑みの女神とあんなにくっつきやがって……」「てめえ、微笑みの女神は俺のだろう、お前のじゃねぇ。」「俺のだろ!」



 本当に声を落とすという事を知らない連中だ。彼らにそんな事を期待するだけ無駄なのだろうと諦める。アキは覚えたての聴覚強化魔法を使うチャンスだと思っていたのにとんだ期待外れだ。しかしソフィーに彼らの声は聞こえていないのか、まったく気にしていない様子でアキに話しかけてくる。


「アキさん、わかりました?」

「ああ、ここにサインすればいいんだろ。」

「はい!」

「ありがとう。さすが微笑みの女神、わかりやすい。」

「な、何言ってるんですか!アキさんまで呼ばないでください……。」

「やっぱ、聞こえてたのね。」

「あんな恥ずかしいのに反応してられませんもん……。」

「したじゃん。」

「だって……アキさんが言うからつい……。」


 ソフィーとアキはさらにくっついて周りに聞こえないように小声で話す。さすがにどこぞの連中とは違い、声量を落とす事を知っている。


「変態!ソフィーにくっつきすぎよ!」


 内緒話が気に食わないのかソフィーにくっついているのが気に食わないのかはわからないが、エレンが喚きながら2人の間に割り込んでくる。アキは「後ろの連中じゃなくて仲間のお前が邪魔するのかよ」と心の中で呆れた。



「おい、解き放たれた猛獣だ!猛獣がいったぞ!」「解き放たれた猛獣に絡まれるとは、あいつ終わったな。」



 外野が騒がしい。しかしエレンは解き放たれた猛獣なのか。まあ、的確だなと思うアキ。


「落ち着け。ソフィーに教えてもらってただけだ。」

「だったら私でもいいでしょうが!」

「え、エレン文字読めるの?」

「いますぐぶっころす!」

「だから落ち着け、解き放たれた猛獣よ。」

「その名で呼ぶなー!」


 エレンもちゃんと聞いていたようだ。とりあえずエレンを隣に来させる。


「じゃあこっちの書類はエレンが教えてくれるか?」

「なんで私が教えなきゃいけないのよ。」


 エレンは視線を逸らし憎まれ口を叩くので、いつものように撫でてやる。


「ダメか?」

「し、しょうがないわね。」

「ありがとう。あ、エレンちょっとこっち見て?」

「な、なによ。」


 素直にアキの事を見つめるエレン。


「単純にエレンのその綺麗なオッドアイが見たかっただけ。好きっていったでしょ。」

「そ、そう。」


 彼女の機嫌を直す為に、そして周りを煽る為にちょっと臭い言葉でエレンを褒める。実際彼女のオッドアイが好きなのは本当だが。思惑通り、あっという間に機嫌を直して嬉しそうにするエレン。そしてなんだかんだちゃんと丁寧に書いてあることをアキに説明してくれる。ちなみにアキは今ソフィーとエレンに挟まれた状態だ。



「あ、あいつ死にたいのか……あの猛獣を煽ってるだと。」「さらに煽るだと、確実に死ぬじゃねーか。」「懐柔した!あの猛獣を一瞬で!」「猛獣使いだ!猛獣使い!」



 アキとエレンのやり取りの間に周りが言っていた事を時系列にならべると大体こんな感じだ。エレンは普段からどれだけ暴れているんだ。


「エレンのせいで猛獣使いになったぞ、どうしてくれる。」

「私に言うな!」

「あまり無茶するな、心配するだろ。」

「だって……うん、気を付ける。」


 今まではどうだったかわからないが、もうエレンは暴れる必要はない。むしろ暴れてもらったら困る。アキが今やっている事が台無しになる可能性がある。この言葉で少しは抑えてくれると助かるが……。


「肝心の書類は書き終わったんですの?」


 今度ミルナがアキに声をかけてくる。



「暗黒の天使までいったぞ!」「さすがに暗黒の天使は無理だろ……」「あの笑顔で踏まれたい……」



 ミルナが加わろうとしたことで外野が一層騒がしくなる。


「終わったよ、暗黒物質。」

「なんで私だけそれなんですの。」


 ミルナの笑顔が引き攣る。不満そうな顔だ。


「ピッタリだからじゃないか?」

「勝手に渾名確定させないでください!せめて私の事も暗黒の天使と呼んでください!」

「言ったら踏んでくれるの?暗黒の天使よ。」

「踏みません!」

「それに自分で暗黒の天使って言うの恥ずかしくなかった?今日寝る前に考えてみるといい。」

「私が悪かったです。やめて、黒歴史作ろうとするのやめてください……。」


 なんだかんだでアキ達が話しているとミルナもすぐに入ってくる。まあ、ミルナは基本的に寂しがり屋のようだからしょうがない。


「しかし凄い渾名で呼ばれているんだな。」

「ほんとやめてほしいです……。」


 ソフィーがしょぼんと肩を落とす。


「まあ、今は気にするな。ちなみにレオはないのか?」

「え、僕?ペットだよ。」

「なるほどなー。」


 ある意味的を得ている渾名だ。レオは温厚だし確かに猛獣というよりはペットだろう。そんなことを考えながらとりあえずレオを撫でる。気持ちがいいのか尻尾を揺らしてもっともっとと催促してくる。しょうがないなと思いつつもレオがある程度満足するまで撫でてやる。しかしいつまでも団欒していても仕方がない。アキはセシルにサインした書類を提出する。


「セシルさん、よろしくお願いします。」

「はい。しかし皆さんにずいぶん慕われていますね。」

「光栄なことに。あ、耳触っていいですか?」

「いいことだと思います。それではこちらが冒険者証になります。耳は駄目です。」


 そう言って冒険者証と白い用紙を重ねてアキに手渡す。冗談にも律儀に返事してくれるあたり、やはりセシルはかなり真面目な性格なのだろう。それに淡々とにべもなく断れるのは凄いと思う。きっと受付嬢をしていると言い寄る輩も多いだろうからこういうのには慣れているのかもしれない。


「ではアキさん、そのまま持っていてください。」


 セシルはそう言うと、冒険者証を持っているアキの手の上に自分の手を重ねる。少し暖かくなった気がする。おそらく魔法を使ったのだろう。


「はい、こちらで協会への登録も完了です。お疲れ様です。」


 セシルが白い紙だけをアキから回収する。アキは振り返ってミルナに尋ねる。


「今のが個人識別用の魔法?」

「ええ、そうですわ。」


 なるほどとアキはセシルに手招きをして顔を近寄らせ、彼女に囁く。


「指紋を転写したんだね?」


 小声でセシルに確認する。セシルが手おいて魔素を送り込んだのはわかる。その時温かく感じたのは正確には指先だった。つまり指先にある個人識別要素は指紋。それを先ほどの白い紙と冒険者証の両方に転写したと考えるのが妥当だろう。


「な……!」


 セシルが仕事モードの表情を崩して驚く。そんなセシルを見てアキは推測が正しいと確証する。焦るセシルをみてアキは少し彼女で遊びたくなった。


「なるほどね。耳触っていい?」

「アキさん、あのその……これは……。耳は……ダ、ダメ……。」


 セシルはかなり取り乱しており仕事用の表情を忘れている。まあ一般公開されてない魔法を言い当てられたのだからセシルが驚くという失態を犯したのはしょうがないと言える。前の世界では指紋認証は常識だったのでアキにとっては珍しい物でもない。だがギルドの機密情報がアキにバレてしまったのは事実。


「誰にも言わないから。大丈夫、セシルさんのせいじゃないよ。」

「ありがとう……、助かります。い、一応支部長だけには報告してもいい?」

「別に構わないよ。耳触りたいなー。」

「え、あのその……じゃあそのうち?」


 意外と押しに弱いのかもしれない。


「ちょっとアキさん?なに速攻でセシルを落としてるんですの?」


 アキ達の話を聞いていたのかミルナが会話に割り込んでくる。


「落としてないって。」

「ずるいですわ、私も触りたいのに。」

「そこかよ。じゃあ俺が右、ミルナが左でどう?」

「素晴らしい提案ですわ。」


 ミルナが黒い笑みを浮かべる反面、セシルは涙目になっている。


「耳ダメ……。」

「冗談です、ごめんね。もう言わないから。」


 取り乱したセシルが落ち着くのを待つ。ミルナは少し残念そうだが、これ以上は止めてやれと視線で合図する。暫くしてセシルはコホンと咳払いを一つした。仕事モードへと戻る儀式のようなものなのだろう。


「取り乱して申し訳ありません。ただお2人には、特にアキさんには、敵いそうにありませんのであまり苛めないでください。それではミルナさん、依頼の完了報告もありがとうございます。あと指名依頼が来ておりますのでご判断をお願いできますでしょうか。」


 アキが書類を書いている間に依頼の報告もしたのだろう。しかしさすがミルナ達はBランクだけある。指名依頼が大量に来ているようだ。セシルから渡された紙の束が全部指名依頼らしい。


「こんなに……しょうがないですわね。」


 ミルナがちょっと疲れたような顔をする。指名依頼があるのはいいことではないのだろうかとアキは思うが、とりあえず大人しく成り行きを見守る事にする。


「時間もかかるでしょうしお部屋を用意しますね。2階の右奥のお部屋をお使いください。」

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