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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第二章 魔素
32/1143

20

 話を終えてソフィーに新しい珈琲をいれてあげる。さすがに自分は飲みすぎだと思ったのでソフィーの分だけだ。そしてさすがに自分はそろそろ訓練しないといけない。


「私は何を教えればいいですか?」


 ソフィーが尋ねるがエレンやレオに教わった事で正直一杯一杯なのが現状だ。


「うーん、レオとエレンの課題があるからな……。ソフィーに弓や斥候の方法教わりたいんだけどね。今はとりあえず素振りじゃダメ?明日の移動中にまた改めて教えてくれない?」

「いいですよー、でもそれなら私を今晩指名しなくてもよかったんじゃないですか?」

「まあ確かに。じゃあソフィーと2人でお話したかったってことで。」

「えへへ、じゃあそういうことで。」


 アキは早速素振りをしようと音楽プレイヤーを取り出す。イヤホンをつけようとしたところでソフィーが話しかけてくる。


「それエレンがいってた音を出してまわりの雑音を遮断するやつですよね?どんな音がでるんですか?」

「興味があるの?」

「はい!エルフは音に敏感なのでちょっと気になります。」

「音というより音楽なんだよね。」

「音楽ですかー!どんなのですか?聞きたいですー!」


 ソフィーが前のめりに食いついてくる。そこまで興味を見せると思ってなかったアキは少し驚く。


「音楽好きなの?」

「はい、エルフは音楽を愛す種族なんですよ。あと個人的にも凄く好きです。」

「そうなんだ。うーん、ソフィーが気に入るかわからないけど聞いてみる?」

「はい!あ、でもそれだとアキさんが集中できないですよね……。」


 ソフィーがそれは駄目なのでと残念そうに遠慮する。音楽プレーヤーは自分が素振りの際に使うので確かに貸せないが、タブレットと音楽は同期してある。ソフィーにはタブレットのほうを渡しておく。


「こっちでも同じのが聴けるからソフィーにはこっちを貸すよ。」


 ソフィーは顔をパァと明るくして嬉しそうにタブレットを受け取る。


「ソフィーが好きそうな曲は……。」

「アキさんと一緒のがいいですー!」

「うーん、そう?」


 アキはいつも素振りする際に再生してるプレイリストを選択する。自分がノレる邦楽などが主に入っている。ソフィーにはクラシックがいいかなと思ったが、彼女が一緒のがいいと言うのであればこれでいいだろう。


「画面の文字読める?」

「いえ、読めません……。」


 やはり文字は読めないようだ。果たして録音された音楽の歌詞は理解できるのだろうか。とりあえずソフィーに再生と停止などの基本操作を教える。


「音量も最初だけ調整手伝うね。ソフィーちょっとごめんね。」


 アキはそういってイヤホンをソフィーの耳につけてあげる。ソフィーはあわわと少し顔を赤くする。だがそんな事よりアキは音に敏感なエルフにイヤホンなんかつけて音楽を流しても大丈夫なのかなと気になる。


「少しずつ音量あげていくからちょうどいいところで言ってね。」


 アキはプレイリストの音楽を流して音を上げていく。


「音楽が聞こえます!すごいすごい!あ、今くらいがいいです。」


 ソフィーは感動したように嬉しそうな声をあげる。話しづらくなるのでアキは一旦再生を止める。


「ちなみに言ってる事わかった?」

「はい、わかりました。」


 録音された音声データでも言語であれば理解できるようだ。であればますます不思議だ。魔素の力がなにかしら作用して言語を理解できるものに変換しているのかと思ったが、音声データも理解できるとなればまた別だ。脳に伝わる際に魔素がなにかの影響を与えるのだろうか。そもそも魔素が関係しているとは限らないし、今考えても答えは出ないので一旦考察を打ち切る。


「そっか、じゃあ後でどれが好きだった教えてほしいな。」

「はい!火の番の間に音楽聴けるなんて幸せです。」

「あ、でも火の番をしているのに音楽聴いて周囲の警戒大丈夫なの?」

「問題ありません。音も大事ですが人も魔物も基本気配で察知できるので。」


 ソフィー曰く魔物は必ず気配がするので問題ないという。Sランク冒険者で気配を消されたら多分わからないが、そもそもそんなランクの人は音なんか出すわけがないので音を聞いている意味もない。それに襲われた時点でどのみち何も出来ないとのこと。アキはどちらにしろ役に立たないのでソフィーがそう言うのであればそれでいい。


「ソフィーがそう言うなら問題ないね。じゃあ俺は訓練始めるね。」

「はい、頑張ってくださいー!」






 アキはソフィーから少し離れて立つ。一度ソフィーをちらっと見るとソフィーもこっちを見ていたようで可愛らしい笑顔を向けてくれた。アキも軽く会釈で返事をして素振りを始める。そしていつものように思考の世界へと入っていく。


 ほぼ計画通りに色々と進んでいる。彼女達には申し訳ないが順調に懐いてくれている。レオやソフィーと話す時間を取ったのも、もう少し懐柔しておきたかったからだ。勿論その気持ちを弄んだりするつもりは無いが、アキの計画には彼女達にもっと慕ってもらう必要がある。そして街に着いたらもっと顕著に行動する事になるだろう。


 仲間に加えてもらう提案として周囲の風当たりを引き受ける。その為に彼女達とはある程度仲良くなる必要があった。街で仲良くスキンシップを取っていても不自然じゃないくらいに。何より彼女達に不快感を与えない為に。ある程度親しくなる前に頭を撫でたりすれば彼女たちは嫌がるし、周囲からの視線を自分に誘導できない。しかしレオのように自分から撫でてって言ってくるくらいになっておけば問題ない。ミルナ、エレン、ソフィーも試しに何回か撫でたが全員嫌がっているようには見えなかったから準備は大丈夫だ。


 街についたら彼女達には甘美で優しい言葉を嫌というほど使う予定だ。可愛いとか魅力的とか。実際彼女達が可愛くて魅力的なのは事実なので言いやすくて助かる。そしてそうすれば周りの視線は確実に自分に集めることができる。アキの考える計画の最終段階まで事を進められるのは確実だと思う。フラグを立てまくって折るみたいになるからもしかしたら彼女達に見限られるかもしれない。自分自身ながらに腹黒いなと苦笑する。ミルナどころじゃない暗黒物質だ。


 それにアキは街に着いてこれを実行する事でどんな風当たりを受けることが出来るのか少々楽しみだった。何故ならこの世界の人間について知りたかったから。ソフィー達の話を聞く限り碌な男がいない。本当にそんなどうしようもない連中ばかりなのか、それとも話がわかる人達もいるのか非常に興味があった。なんせアキは未だにソフィー達以外のこの世界の人間と会話したことがないのだから。


 後この計画とは別に、街で多少の路銀を稼ぐ事も考えなければならない。ソフィー達はイリアの事以外に時間を割きたくないと言った。もし彼女達が生活の為に不必要な依頼などを受けているようであればそれはある程度排除してあげるべきだ。アキの異世界の知識があればいくらでもお金を稼ぐことは可能だろう。これはあくまで彼女達がお金に困っていた場合だ。そしてその可能性は非常に低い。何故ならソフィー達の冒険者ランクはAに近いB。指名依頼も通常依頼も山ほどあるだろうし報酬も破格だろう。なのでどちらかというとお金を稼ぐのは自分の為になるだろうとアキは考えている。


「だってこのままじゃヒモ生活まっしぐら……。」


 優しい彼女達なら快く養ってくれそうだからこそ、自分でなんとかしなければとアキは思う。「異世界からやってきました。お金がないので美少女4人に養ってもらいヒモ生活をしています。」夢のような響きだが、実際にそうなると自分の情けなさにさすがに心が折れると思う。それになにより「彼女達の隣」はアキが自分の意志で初めて居たいと思った居場所だ。だからこそ自分の身銭くらいは自分で稼ごう。


 後はミルナの紹介の鍛冶屋で自分の武器を作る事だ。レオには長剣といったがアキは太刀を作りたい。日本刀製造の書籍は確かタブレットに入っていたはずなので専門知識を持つ鍛冶屋ならなんとかできるだろう。日本人が古来より使っていた武器という意味では西洋刀に比べれば自分に合うはずだ。それに世界最高峰の切れ味と言われている日本刀、日本人として使ってみたいという理由もある。サブ武器としては脇差等いいかもしれないな……。


 ……等とそんな事を考えている辺りでソフィーに肩を叩かれる。


「アキさん、そろそろ時間ですよー。」


 アキは思考から抜け出し、レオから借りっぱなしになっている大剣を下ろす。もうそんなに時間が経ったのだろうか。アキは辺りを見渡すがエレンの姿は見えない。火の番は次はエレンのはずだが。


「あれ、でもエレンは?」


 するとソフィーは少し下を向いて言いづらそうにしている。アキはとりあえずソフィーの言葉を待つ。


「ええと……まだ少し本当は時間あります。アキさんと話したかったから。」

「なるほど。」

「ほ、ほら、音楽の感想言わないといけないです!」


 ソフィーが必死に理由付けする。別に理由なんてなくてもいいのにと苦笑する。どちらにしてもアキもソフィーが地球の音楽をどう思ったのか聞きたかった。前の世界では音楽話をできる友人もいなかったしと少し感傷に浸る。


「それは嬉しい、俺もソフィーと話したかったんだよね。」

「ほ、ほんとですか!やった。」


 ソフィーは花が咲いたような笑顔になる。


「で、俺の世界の音楽どうだった?ソフィーに合ったならいいんだけど……。」

「とても素敵でした!私の知ってる音楽は基本楽器だけで声を音楽にするなんて……!」


 この世界の音楽は声を乗せるという発想がないのか。普通一番に思いつきそうなものだけど。ともかく気に入ったのならよかった。


「音楽の話できる仲間が欲しかったんだよね。ソフィー相手になってよ。」

「私からもお願いしますー!」

「で、今日聴いた中でどれが気に入った?」

「えっと……あの優しい君と~ってやつとか世界で貴方に~ってやつです!他には……」


 曲名がわからないソフィーが必死に歌詞で気に入った曲を説明しようとする。タブレットに表示されてる曲名が読めればよかったんだがやはり無理なようだ。どうやらソフィーはバラード系の恋愛の歌が好きらしい。


「うーん、よくわからないな。歌ってみて?」

「ええー!私がですか……?あ、あの~やさしい~……うぅ……無理です!」


 ソフィーが頑張って歌おうとするが直ぐに恥ずかしくなって辞めてしまう。


「あ、ごめん。普通にどの曲かわかってた。歌わせたかっただけ。」

「ア、アキさん!」


 ソフィーが涙目ながらに訴える。


「ソフィーの声綺麗だし歌ったら素敵かなーって。」

「だめです!もうやりませんからね。」


 ぷんぷんと言う感じで可愛らしく怒り始める。


「タブレットは大きいから、はいこれ。ソフィーが預かってて。好きに使っていいから。」


 アキはそう言って音楽プレイヤーの方を渡す。


「ええ!だめですよ、これアキさんの大事な物じゃないですか。」

「ソフィーなら信頼してるしいいよ。それに聴きたいでしょ?」

「それは聴きたいですけど……。」

「その中には1万曲くらい入れてあるから好きなの探すといい。」

「こんな小さな箱の中にそんなに……!」


 それはアキも思う。音声をデータ化することだけでも凄いのに、何万曲も入れられる容量を持った機器を開発するって地球の技術は本当に凄い。


「言ったよね、音楽の話が出来る仲間が欲しいって。ソフィーがいらないっていうなら……しょうがないから返して。」

「いやです、いります!絶対返しません!あ、いやアキさんの物ですからそういう意味じゃなくて……。」


 目を潤ませながらアキから音楽プレイヤーを隠すソフィー。多分取り上げたら泣きそうだ。わかったからとソフィーを撫でる。


「楽器だけのもあるよ、色々聴いてみるといい。訓練するときだけは返してね。後、動かなくなったら言ってね。それ時間制限あるからその都度直してあげないと動かなくなるんだ。」


 さすがに電池が切れたから充電させてと言ってもわからないと思ったので適当な理由を伝えておく。


「はい!いっぱい音楽のお話しましょうね!」


 ソフィーが嬉しそうに返事をしてくれたタイミングで丁度エレンが起きて来た。火の番はエレンに引き継いでアキもソフィーも寝ることにする。ソフィーはテントに向かったが、アキは外で寝るので、適当に焚火の横で寝転がる。ただ今日も色々あったし雑魚寝でもすぐに寝付けるだろうと思ったのだが、見張り番のエレンがしきりにアキと話そうとし続けたせいで眠りにつくまでに相当の時間を要した。

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