19
「じゃあアキ、先に寝るね!」
「うん、おやすみ。」
「アキ、寝る前にもっかい。」
レオはそう言ってぴくぴくと耳を動かして催促する。何を要求したいか丸わかりなのでアキは苦笑してしまう。
「はいはい。」
そういってアキはレオの頭を優しく撫でてやった。満足したのか嬉しそうに尻尾を振りながらテントの中に入っていく。
「やれやれ。」
「レオにもすっかり懐かれましたねー。」
「光栄なことだな。」
ソフィーは軽く背伸びをして眠気を覚ましているようだ。やはり中途半端な時間に一度起きないといけないというのは辛いのだろう。伸び程度では完全に覚醒しないのかソフィーが無防備な状態で欠伸をする。
「眠そうだね。」
「え……?あっ……!み、見ました?」
欠伸を見られていると思っていなかったのかソフィーが顔を赤らめる。
「可愛い欠伸してるとこなら見たよ。」
「わざわざ言わなくていいです!忘れてください!」
ソフィーがポカポカとアキの背中をたたく。相変わらずの魔性の女なソフィー。間違いなく天然でやっているので困ったものだ。接する男全部を落としているのではないだろうか。それこそまさしく飛ぶ鳥を落とす勢いで。
「落とすのは本物の鳥だけにしたほうがいいぞ。」
「なんのことですかー?」
「気にするな、そんなソフィーにも特別に珈琲を淹れてあげよう。」
ソフィーは「うーん?」と指を顎に当てて首を傾げる。アキはその仕草のことだよと激しく突っ込みをいれたい気持ちを抑える。
甘いのが好きなのかと思ったソフィーだが、意外にもブラックが一番合うようだ。
「アキさんと一緒ですね!」
アキと同じブラックの珈琲が好きなことに喜びながら美味しそうに飲むソフィー。本当にこの子には言動や仕草について一度注意したほうがいいのではないだろうかと真剣に頭を悩ませる。実際に言われないとソフィーは多分何が悪いのか理解しない。さっきはレオだったが今度はソフィーだ。ソフィーもこの性格だからきっと色々と抱え込んでいる事もあるだろう。この際1人も2人も変わらないので、ソフィーにも少し肩の荷を下ろ貰おうとアキは会話を始める。
「ソフィーはいつでも笑顔だよね。」
アキはソフィーの隣に移動して腰かける。
「えへへ、笑顔は大事ってお母さんに教わったんです。」
確かに笑顔は大事だと思う。決して悪い事ではない。でも誰にでも笑顔を振りまくのは意図しない事態も招くことになる場合がある。ソフィーはきっと誰にでも優しい、誰にでも笑顔だ。そして彼女の女の子らしい仕草が加われば、男が勘違いするということは想像に容易い。
「そっか、偉いね。」
アキはソフィーの頭に手をおいて撫でみた。ふぁーと言う表情をして気持ちよさそうに撫でられている。アキはこの辺りから少し踏み込んでみるかと考える。
「ついつい撫でたくなる、ごめんね。」
「大丈夫ですよ。嫌ではないので。」
「ソフィーは誰にでもこうやって撫でさせるの?」
かなり強引な展開だと思ったが、ソフィーは特に違和感を覚えていないようだ。
「そ、そんなわけありません!アキさんは特別です!」
「ほんとに?」
「はい!今まで撫でてもらった事があるのはミルナさんやイリアだけですし。あとはお父さんとお母さん。」
「なんで俺は特別なの?」
「え、えっと……その、仲間だから……です。」
一応そのあたりのスキンシップの線引きは出来ているようだが、逆にそれがよくない。勘違いした男が逆上する可能性がある。
「そっか。ソフィーはアリステールの街は好き?過ごしやすい?」
「え、う、うーん。悪い街ではないと思いますが……。」
ソフィーが言い淀むのを見てやはりそうかとアキは思う。
「街で男から変な目で見られたりしたことはあるよね?」
「……あります。」
「そういうのは平気なの?」
「正直嫌です。き、気持ち悪いです。」
「彼らに気持ち悪いって言った?」
「そ、そんな、言えません!何もされてないですし……」
可愛い女の子だなって見たりするくらいだったらいいだろう。チラ見くらいなら目くじらを立てる程の事でもない。だが明らかに不快な視線を与え続けているのであればそれは精神的苦痛に繋がる事もある。地球なら下手したらセクハラ案件だし、部下に女性を持つ会社員などは注意を払っているとよく聞く。実際に自分の大学の教授が疲れると愚痴っていたのを知っている。その教授の研究室は全員女性で大変だったそうだ。プライベートならともかく仕事上の付き合いで女性に囲まれるのは発言などにも気をつけなきゃいけないので結構しんどいらしい。
話が逸れてしまったが、そういう時は態度で牽制したりすることも大事だ。男ははっきり言われないと理解しない場合が多い。エレンであれば間違いなく「気持ち悪い、なにみてんのよ。殺されたいの?」くらいは言うだろう。
「ソフィーそう言った連中からよく声もかけられるんじゃない?」
「そうですね……ミルナさんやエレンは声をかけられるまではあまりないのに。なんで私だけって思います。」
ソフィーもせめて視線や態度で威嚇すればいいんだがこの子は多分できない。ミルナやエレンは自然と軽蔑した目線で牽制していているはずだ。
「そういう時はどうしてるの?」
「エレン達がいれば止めてくれます。いないときは止めてくださいって言います。それでもダメなら逃げます。」
「ぼこぼこにしちゃえばいいのに。」
「そ、そんなひどいことできません!」
手を出せというのはさすがに冗談だけど。それにミルナ達も問題を起こしたくないから手までは出さないようにしていると言っていた。まあ、ソフィーの実力なら触られたりする前に逃げる事も容易だろうからそう簡単に問題は起きないだろう。だがだからこそ問題が蓄積されていくとも言える。ミルナ達はうまく対処するから男性への牽制にもなるが、ソフィーはそれが出来ないので男達はきっと「あの子は嫌がらないでくれる、なら押せばいける。」などと考えるだろう。
「ソフィーってむやみやたらに男性から好意を寄せられるよね?」
「……はい。」
「そして女性には嫌われたりしない?ミルナ達は別として。」
「……!そ、その通りです!」
やはり地球と同じようにぶりっ子仕草の女性はそういう扱いなのかと思う。男性からは可愛いって思われる反面、女性からは男に媚びへつらっていると思われやっかみを受ける。
「男に声をかけられるだけじゃなくて、『君も俺の事好きなんだろ?』くらい言われたりするんじゃない?」
「……あります。勘違いです好きじゃないですっていいます。」
「さらには『君は俺の女だろ?なんでだ。』とか『俺の気持ちを弄びやがって』とか言われて逆上されたりもしてそうだね。」
結果男性からも女性からも嫌われる。
「なんでわかるんですか……?」
いつもの笑顔が嘘のように悲しそうに俯くソフィー。
「ソフィー、少し真面目な話するね。」
「……はい。」
「ソフィーって自分の事可愛いって思ってる?」
「そ、そんな、私なんて可愛くないですよ。ミルナさんのほうが美人だし、エレンやレオのほうが可愛いし……。」
自分の事を可愛いって思っていないのはソフィーのいいところでもあるが、それが必ずしも美徳ではない。世界最高に可愛いとか思う必要はないが、自分は異性からみて魅力的に見えるんだと多少は認識するべきだ。
「ソフィーは可愛いよ。一般的に男性から見て魅力的なんだよ。まあ、自分の事を別に可愛いって思わなくてもいいけど……でもソフィーの仕草はとても可愛くて女の子らしいから男受けするんだよ。それは理解するべき。」
「そんな……。」
「ソフィーの事をしらない女性からは男に媚びてるように見えるんだ。だから嫌われる。男性は自分に惚れてるんだと勘違いする。」
「私そんなつもりじゃないです!」
必死に否定するソフィー。でも大事なのはそういうつもりが有ったとか無かったではない。周りがどう受け取るかだ。
「勿論ソフィーがわざとやってるわけじゃないのはわかってる。でもそうじゃなきゃ親しくもない人から『俺の事好きなんだろ?』とか言われないって。」
「確かに……本当によく言われます。いつもなんで?って思ってました。ほとんど話した事ないし好きって言ったこともないのに。普通にお話しただけなのに。」
言われた時のことを思い出しているようだ。ソフィーが俯きながら話す。自分は自然にしているだけなのに勝手に男に好かれて、逆上されて、同性にはなぜか嫌われて。自分の事は自分ではなかなか気付けない、誰かに注意してもらう必要がある。だが損な役回りを進んでやる人はなかなかいない。
ミルナ達もきっとソフィーに注意をしようとしたことはあるはずだ。でもソフィーは別に悪いことをしているわけじゃないから言いづらいし、それなら自分達で守ろうとでも思ったんだろう。
「じゃあ私が勘違いさせるような事してたんですね……私のせいだったんですね。」
「ソフィーが悪いわけじゃない。でも悪くないわけじゃない。笑顔なのは良い事だ。でも誰にでも笑顔なのは必ずしも良いわけではない。」
「じゃあどうすればいいんですか?」
「何もしなくていい、ソフィーはソフィーのままでいいよ。」
「アキさんの言ってる事矛盾してます!私のせいなんですよね、私が悪いんですよね!」
とりあえずソフィーに落ち着けとだけ言って、アキはぬるくなった珈琲を啜る。彼女が落ち着いたのを確認してアキは再び話を続ける。
「ソフィーはそのままでいいんだ。誰にでも優しくて、誰にでも笑顔なのがソフィーのいいところだと思うから。ただそういう風に見らてるって認識する事が大事だと思う。」
「それでいいんですか?でもそれだと結局なにも変わらないです。」
「まず認識してるとしてないとじゃ違う。していれば勘違いさせて何か言われても吃驚したりはしないだろ。」
あまりにも相手に意図しない感情を与えてしまっているなら原因を考えるべきだ。自分の仕草や言動が誤解を与えてる可能性がある。それを知った上で、別に気にしないのでそのまま行くのか、不愉快だから人への接し方を変えるかは自分次第だ。
「それはそうですけど。」
「それが嫌なら自分を変えればいい、そこは結局自分次第だから。ソフィーが決めなきゃ駄目。ただ俺はそういう風に見られてるんだよって認識して欲しかったんだよね。」
「確かに言われてないとわからなかったかも……。でもどうしたらいいかなんてわからないです、何が正解なんですか?」
「ソフィーのしたいようにすればいい。それが正しい事だと思う。」
「よく……わからないです。アキさんはどう思いますか?アキさんは私がどうするのがいいと思いますか?」
「俺……?俺の意見なんか聞いてもしょうがないと思うけど。でもそうだね、俺はソフィーは今のままでいいと思う。でもソフィーの一番の笑顔を見せるのは親しい人や大事に想ってる人だけにすればいいんじゃないかな。」
人によって露骨に態度を変えるまでする必要はない。少しだけ笑顔を使い分ける。愛想笑いとわかるように笑うのは意外に大事なこと。そして嫌な事はちゃんと嫌だと言う。相手を傷つけるのを恐れずに嫌だと伝える事が大事だとソフィーに告げる。
「あくまで俺の意見だから適当に聞いておいて。」
「うーん、難しいです。よくわからないです。」
「きっとそのうちわかるからどこか心の片隅にでも覚えておいてくれればそれでいいよ。」
「……はい、そうします。でも言われてなるほどって思いました。ありがとうございます。」
「どういたしまして。少しはすっきりした?」
「そうですね……ちょっと溜め込んでたかもしれません。」
素直にお礼が言えるのもソフィーの言いところだ。少しでもすっきりして自分自身の事を理解出来たのなら街での暮しが多少は楽になると思う。どうするかはソフィー次第だからあとは彼女が決める事だ。
ソフィーは何か言おうと逡巡しているようで口をもごもごさせている。それに気づいたアキは彼女に遠慮するなと促す。
「どうした?聞きたいことあるなら聞いていいよ?」
「あ、えっと……その……。」
それでもなかなか踏ん切りがつかないのか手に持ったコップをくるくると回したり落ち着かない様子だ。アキはその様子を眺めていたが、暫くしてやっと決意したのかソフィーはアキに尋ねる。
「一般的にみてその……私は可愛いって……ましたが、ア、アキさんは私の事可愛いって思うんですか?」
「もちろん思うよ。」
「そ、そうなんですか。」
聞きたかったことはそんなことなのかとアキは苦笑する。もっと重大な相談があるのかと思ったのでちょっと肩透かしをくらった。
アキはソフィーを優しく撫でる。
「特別なんだよね?」
ソフィーは嬉しそうな笑顔を見せてアキに答える。
「えへへ、はい!アキさんは特別にオッケーです。」




