16
「いやー、疲れた。」
アキはそう呟き、短剣を下ろしてみんなのもとへ戻る。
「アキさん、すごいですー!」
ソフィーが純粋に凄かったと褒めてくれる。だがレオとミルナは何故という表情を浮かべている。勿論手合わせしたエレンもだ。
「アキ!どういうことなの、説明しなさい!なんで、なんでよ!」
エレンが悔しそうに、今にも泣きそうになりながらアキに問いかける。
「ちゃんと説明するから落ち着け、エレン。ほら、とりあえずこっちおいで。」
俯いて近づいてきたエレンにアキは携帯水筒から水を注いで渡す。
「ほら飲みなさい。大丈夫だから、エレンは弱くないから。」
そう言ってエレンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「うん……。」
そもそもアキはエレンに勝つつもりはなかった。勝てるとも思っていない。先ほどのやることリストの中の1つ「エレンの癖を本人に教える」為に手合わせをお願いした。他の3人にくらべて一番エレンの剣を見る機会が多かったのでまずエレンを指名したのだ。しかし瞬殺されていては目的を達成できないのでなんとしてでもエレンの攻撃を防ぎ続ける必要があった。まず動体視力を魔素で強化し、エレンの動きを視認できる状態にする。短剣をエレンに教わった位置で構えて彼女の動作や視線から攻撃を予測して必死に防御した。あとは風魔法で圧縮した空気の壁を短剣の周囲に作りエレンの剣戟の目測を誤った際の保険につかった。素人のアキだと剣で防御なんて100%出来るとも限らないので、剣で防いでいるように見せる為の苦肉の策だ。
正直ぎりぎりだった。なんとか上手くいっただけでいつ攻撃を食らってもおかしくなかった。体力や集中力には多少の自信があったアキだが、たった十数回の斬撃で集中力・体力ともに限界だ。エレンの速度がどれだけ凄いかを改めて理解した。この世界の実力者と自分の差に愕然とする程に。
「落ち着いた?」
「ええ、教えてくれる?」
隣に座ったエレンはアキを見上げる。
「私も知りたいですわ。」
ミルナ達もアキの説明を待っているようで話すのを促す。
「初めに言うけど、昨日から強くなったわけでもない。特殊な事をしたわけでもない。」
「そんなことないわ!だって全部防がれたもん!」
アキは頭を振る。
「エレン、俺が攻撃しなかった理由はわかる?」
「わからないわ。」
「単純にできなかっただけだよ。する余裕なんてなかった。」
「でも!全部防いだわ!」
「そう、それをエレンに伝えたくて手合わせしたんだ。勿論魔法を使えるようになった今の自分の実力を確認したかったのもあるけどね。」
「どういうこと?」
「俺がエレンの攻撃を防げた理由、それは攻撃を全部読んでいたからだよ。エレンの剣舞は一番見せてもらっていたからね。」
「そんな!見せてない連携もあったわ!」
「癖だね、エレンは癖が多いんだ。」
アキはエレンに自分が気づいた彼女の癖を説明する。エレンは横に剣を払う時わずかに視線を振るう剣の方に落とす。上から垂直に斬り下す時は呼吸を少しだけ深く吸い込む。袈裟斬り、切り上げの時の癖も説明する。体を反転させる時でさえエレンは視線と呼吸に癖があった。さらには腕や体の予備動作が少なかったり、多かったりで攻撃が至極読みやすい。踏み込みの深さも斬撃によって違う。
「そ、そんなに……わかりやすいの?」
「口で言うだけだとわからないと思ったから実際に防御してみせたんだ。かなり辛かったけどね。」
アキは苦笑しながらエレンを見る。
「素人の俺が防御できるくらいなんだからわかりやすい癖だと思うよ。」
「全く気づかなかったわ……悔しい。ねえ、ミルナ達は私の癖気づいてた?」
3人とも首を振る。
「全然知りませんでした……。でもあれに気付けるのはアキさんくらいではありませんか?そんな小さな癖、多分誰も気付かないと思いますわ。」
ミルナが代表するように答え、ソフィーも同意する。
「そうですよ、わからないと思います。」
「確かに気付ける人は少ないかもしれない。でもSランク目指すなら無くすべきものだと思うんだよね。Sランクの人達は気付いてくるかもしれない。」
やはり彼女達は対人経験があまりないのだろう。魔獣相手なら癖なんてどうでもいい。ただ対人相手となると癖は致命的な弱点になりえる。アキみたいに事前観察していれば誰でも気づけるのではないだろうか。戦闘中だと厳しいのかもしれないが、人外レベルになればあれを戦闘中にも気付ける可能性は高い。攻撃しつつ、反応速度だけでエレンの攻撃をいなし続けて観察もできる化け物。
「そうね、アキ。あなたの言う通りかも。」
エレンが素直に頷く。
「ねえ、癖を無くすの手伝ってくれる?」
「俺に出来る事であれば喜んで。」
「ありがとう、頼りにしているわ。」
やっとエレンが笑顔を見せる。
アキもそんなエレンをみて安心する。
「でもさ、癖で防いだのはわかったけどアキが最後にしてたのなに?あれ何かしていたよね。エレンの攻撃を避けるやつ。」
レオが最後の攻防がよくわからないと言った顔をする。
「あー、あれね。ちょっと魔法を試したんだよ。」
確かに最後は攻撃を読むだけでなく、思いついた魔法も使ってみた。
「魔法ですの?何?何をしたんですの!」
「ミルナはとりあえず落ち着け。」
魔法の事になるとすぐ熱くなるのがミルナの悪いところだ。人の事は言えないが。
「それでアキさん、何かの魔法でエレンの動きを邪魔したんです?」
ミルナに代わってソフィーがアキに確認する。
「これみて。」
そう言ってアキは手のひらを見せる。
「アキさんの手?」
不思議そうにまじまじとアキの手を眺めるソフィー。
「やっぱり見にくいか。ちょっと色をつけてみるね。」
「なんか赤い豆粒見たいなのが見えます。」
「ただの水なんだけどね、ソフィーちょっと手のひらをこっちに向けて。」
「はい、こうでいいですか?」
アキは豆粒程度の水球をソフィーの手のひらに向けて打ち出す。
「あ、手のひらになにか当たりました。」
今ソフィーにしたようにアキは水を米粒状にしてエレンに高速で打ち出していた。魔素の枯渇も考え、限界速度ではなく150kmくらいまで抑え、エレンの攻撃に合わせて腕に当てる。水なので傷つけたりはできないが腕の振りを邪魔することは出来る。力学の基礎の作用、反作用の原理だ。それで腕の振りを鈍らせアキでも避けられる程度に時間を稼いだり、軌道をずらしたりして攻撃自体を当たらないようにした。
「そんな方法で……。」
ミルナが驚いている。自分では思いもよらない方法だったのだろう。この技はアキが魔法の開発をしないといけないなと考えている時にふと思い浮かんだものだった。視認しにくいものを飛ばせばエレン達のような実力者にでも当てられるかもしれないと考えた。ダメージを与えるのは難しいが、攻撃阻害くらい出来ればと思い使ってみたが上手くいった。水じゃなく硫酸だったら尚更よかったが、生成途中で魔素が足りなくなった。やはり特殊な物は豆粒大でも魔素の消費が多いらしい。まあ生成出来ていたとしてもそんなものエレンに使うわけはないが。
「ミルナ、豆粒のような水球は作れる?」
「はい、問題ありませんわ。えっと……大気を少しだけ潤せ、アクア」
ミルナが顔を赤くしながら手のひらに豆粒大の水を展開させる。
「今更照れなくても……。」
「今まではしょうがなかったので諦めていたんです。でもアキさんが詠唱を使わないでやっているのを見て、恥ずかしさを改めて身に染みて理解したというか……。」
「そっか、やらせてごめんね。じゃあとりあえず見ていてくれればいいよ。ちなみに1つじゃ心許無いから複数展開させる。こんな感じ。」
アキはわかりやすいように色を付けて豆粒大の水球を10個ほど作る。複数打ち出しているのはコントロールを無視する為だ。どれかが当たればいいのであれば集中力を無駄にしなくて済むし、他の事に考えを回せる。
「これなら大して魔素も消費しない。あとは高速で打ち出すイメージなんだけど、これは説明が難しいからまた今度ね。」
実際アキがイメージしたのはピッチングマシーンだ。豆粒大の水球を連続してピッチングマシーンにいれて発射させる。
「私の腕に当たっていたのは水だったのね。思い通りに短剣が触れなくて焦ったわよ。」
何をされたかわかったエレンが呟く。
「エレン相手だから水だったけど、実践では高温の火でやる。あそこの岩に打ち込むから見てて。」
アキは手のひらに5000℃くらいの豆粒大の火球を複数展開してミルナ達に見せる。そして岩に向かって打ち込む。すると岩に小さい黒点がいくつかできたのが確認できる。実際火でやっても結局は豆粒大の火球をぶつけるだけなので、火傷程度の効果しかない。ただ火傷により動きが鈍るのであればそれはそれで一石二鳥だ。
「さらにこれを溜めずに一連の動作で行う。いちいち炎を手のひらで見せていたら気づかれるしね。」
アキは手のひらを何度か開いたり閉じたりする。この動作に意味はない。彼女達へ今からやるよというただの合図だ。アキは「いくよ」と宣言し手を突き出すと同時に火球の顕現と射出を行う。
「すごい!手を出したと同時に火が飛んで行った!」
レオが興奮しているようで尻尾がピンと立っている。
「これでも避けられる可能性はあるけど複数打てば当たると思うんだよね。エレン、これ避けられる?」
「うーん実際やってみないとわからないわ。だけど避けたとしたら攻撃は止まるからアキの計算通りにはなるんじゃないの?」
「それもそうか。」
エレンの言葉にアキは納得する。避けられるようなら視認しにくい水でいいかと思ったが、火だと避けようと体が動くのでどのみち攻撃阻害に繋がりそうだ。相手が鎧とか着ていたら水でいいとは思うけど。
「でもアキ凄いじゃん!これなら戦力になるんじゃない?」
レオが尻尾をパタパタさせながらアキを見る。
「いや、俺はやっぱり何もできないよ。」
アキは先ほど自分でわかった事をみんなに伝える。今は確実に出来る事をやる。そしてやらなきゃいけない事を皆にも手伝って欲しいと。
「申し訳ないけど今は守って欲しい。」
そういってアキは軽く頭を下げる。
「だから攻撃しなかったのね。わかったわ!守ってあげる。その代わり私の訓練にも付き合いなさいよね。」
「まかせて、ちゃんと守るから僕の癖とかもあったら教えてね?」
「アキさんの事は私が全力で守りますー!」
「お任せください、その代わり、あの……魔法を……無詠唱を……。」
4人が各々の返事を返してくれる。女性に守ってもらうとは情けないが、今は仕方ない。でも頼りになるこの子達だったら安心出来る。
「頼りにしてる。よし、じゃあご飯作るかな。」
それに守って貰う分、自分に出来る事を必死にすればいい。まずはこの子達へのご飯の準備だ。
今日もソフィーとレオが用意した食材を適当に調理して食事を済ます。
「アキさん、今日の訓練はどうします?エレンとの手合わせで疲れていませんか?」
ミルナがアキに確認してくれるが、問題ないと伝える。
「それでは……そうですね、アキさんどうします?誰がいいですか?」
「それじゃあレオとソフィーがいいかな?」
「寝不足になりませんか……?」
心配してくれるのは嬉しいがアキは日中ほとんど何もしていないので問題ない。それに今はやらなければいけない事が沢山あるので寝る時間が惜しい。
「アキさんがそうおっしゃるなら。レオとソフィーはそれでいいですか?」
「いいよ!アキ、ビシバシいくからね!」
「私でよければ喜んで。よろしくお願いしますー。」
2人とも快く引き受けてくれた。この2人を指名した理由は、レオとソフィーとはまだゆっくり話していないからだ。ソフィーにはかなり懐かれているけど、レオは胃袋掴んでいるだけな気がするし。
「では火の番はレオ、ソフィー、エレン、私の順でいいでしょうか?そして一番重要な件がありますわ。アキさん?」
「え、なに?」
「今日はどこで寝るおつもりですの?」
ミルナが今日一番の笑顔を見せる。
「外だけど。重要な話かそれ。」
「最重要です!そして駄目ですー!」
「却下だね。」
「1人だけ外はダメよ、許さないわ。」
「ソフィー、レオ、エレンは反対らしいですわよ?あ、私も反対ですのであしからず。」
こうなったら1人1人説得していくしかないようだ。アキは18年の人生で培った交渉術を無駄に駆使してやろうと心に決める。まず攻略しやすいとこから順に攻める。
「ソフィー、テントの中で寝てもいいけど可愛い寝顔のソフィーが隣にいたらずっと見ちゃうけどいいの?」
「ダメです!見ちゃダメですー!」
「エレン、俺寝相悪いから抱き着いちゃうかもよ?」
「へ、変態!ぶっ殺すわよ!」
「レオ、寝ぼけて尻尾もふもふしちゃかも。」
「だ、駄目だよ!尻尾はダメ!」
「でしょ?明日には街に着くんだし、今日だけ許して?みんなを不快にさせたくないんだよね。」
そういうと3人は納得したのか、渋々ではあるが許しを出してくれる。
「よし、解決したということでいいかな?」
ミルナが不満そうに手をあげる。
「あの……アキさん?私の事忘れていません?」
「外で寝る、許せ。」
「せめて説得してくださいませ!」
「めんどくさい。」
「もう知りません、意地悪する人嫌いですわ。」
「嫌いな人となんて隣で寝られないよね?じゃあ外で問題ないってことで。」
ミルナがしまったという顔をする。
「次は負けませんわよ。」
悔しそうな声色でアキに告げる。期待しておくとミルナに伝え、アキはテントを広げて組み立てる。
「じゃあおやすみ。よき夢を。」
火の番であるレオとアキを残し、ミルナ、エレン、ソフィーはおやすみなさいとテントの中に入る。




