14
それからはミルナに時間をもらい自習とさせてもらった。質問があったらその都度確認させて欲しいとだけ伝えて魔素の使い方について自分なりに考察する。知識が無い状態で色々検証したほうが先入観なしで考えられると思ったからだ。
まず大気中にある魔素だが、おそらくこれは相当反応性が低い物質である。化学的に不活性、そして他の分子と反応を起こしにくい単体で安定した元素のようなものではないか。いわゆる元素周期表の右側の列。呼吸の際にそれを体内に取り込むことによりその性質を変化させ、魔素の反応性が増す。そして魔法を発動する際にその性質変化した魔素を使用する。詳しい事は研究施設などないのでわからないが、おそらく大筋はこんな感じではないだろうか。ともかく魔素については不確定要素が強すぎるので、とりあえずは大気中に存在し、体内に取り込んではじめて魔法に利用できる物質とだけ考えればいいだろう。
次に魔素を使って出来る事だが、多分なんでも出来る。魔素を反重力物質として発動させれば浮遊できるだろう。おそらく理論を理解して魔素展開出来れば核融合なども可能だ。だが逆にほとんど何もできないともいえる。何故なら体内の魔素の量があまりにも限られているからだ。空中浮遊しようとしても半重力物質を魔素展開している段階で足らなくなる。そして魔素の消費量は現実的に不可能な現象を起こそうとすればするほど増えていくようだ。例えば火や水というのは日常的に存在するので魔素を使って展開させても消費は少ないと思われる。逆に、ハイパーノバのような重力崩壊から起きる超現象は道端に落ちているものではないので魔素の使用量が莫大で、魔法展開は不可能。
あと非現実的な事も不可能だ。例えば光の壁で防護障壁を作りたいとしよう。障壁が「光っている壁のような何か」だとして、その「何か」が現実的に存在しない物質であれば魔法展開は不可能だ。始めは詠唱を使えばいけると思った。ミルナの想像力で火が顕現していたように、光の壁という想像で詠唱すればいけると踏んで試してみたが、何も起きなかった。ミルナが「光で壁作って何になるんですの?」と呆れていたので人間が非現実的な現象と認識しているものは魔素で生成できないのだろう。それに冷静に考えれば、現実的に光の壁で物理的な衝撃を防げるわけはないと誰でもわかる。勿論魔素が足りなかっただけという可能性はあるが、普通に考えて魔素量は関係ないだろう。
そして物体を作り出すことも不可能だ。正確には可能だが維持ができない。例えば金貨を魔法で生成するとしよう。これは金の原子と金貨の形を想像すれば出来る。だが手の上にできた金貨を地面に置くとすぐに消える。魔素の供給が無くなったので形を維持できないのだ。炎で何かを燃やす場合、炎は魔素で生成するが、その後の「燃やす」という事象についてはただの自然現象なので魔素の供給がいらない。つまり魔素で生成した物を維持するにも魔素の安定供給が必要ということになる。
これは付与魔法からも証明できる。ミルナが使っていた炎や氷の武器への付与魔法だが、あれはあくまで魔法発動のきっかけを与えているだけなのだという。レオの剣に氷の付与を与えて氷剣にしたとしよう。その氷剣にするきっかけを与えるのが付与魔法で、維持はレオ自身の魔素で行っている。その証拠に剣を置くと剣から氷属性が消える。実際にミルナから短剣を借りて検証した。魔法が使えない人でも魔素を持っているとミルナが言っていたのでその魔素を強制的に使わせているということなのだろう。
魔素の考察を経て、重要な課題が2つある。まずアキが最優先でしなければいけない事は保有している体内魔素でどの程度の事が出来るのかという検証。限りがあるからこそ魔素切れにならないように魔法行使を考えなければならない。次に大気中の魔素の直接利用。もしこれが実現可能ならそれこそ本当になんでもできるようになるだろう。これについてはいずれ研究する課題としてタブレットにメモしておく。
「調子はどうですかー?」
考え事を一旦打ち切ったアキにソフィーが話しかけてくる。
「あれ、斥候は?」
「今休憩ですよー、さっきミルナさんが言っていたのを聞いてなかったんです?」
「全然聞いてなかった。」
「考え事に集中しすぎですー、何か面白いことわかりました?」
「じゃあ面白い魔法を見せようか。」
「やった!見たいですー!」
可愛い笑顔で素直に喜ぶソフィー。純粋な子の笑顔は何故こうも眩しいのか不思議だ。自分やミルナなら決してこんな笑顔できないだろう。
「アキさん?なんか失礼な事考えていますわね?」
「気のせいだ。」
勘のいいミルナを軽くあしらい、アキは適当な岩を見つけ手を当てる。
「いくよ。」
「わくわくします!」
そんなハードルを上げられても困るのだが、とアキは思いつつも魔素を掌から岩に向けて放つ。想像するは大気中にある水分の液化。岩の周りを覆うように待機中の水分を液化させ、数ミリの水の膜を作る。そして瞬間冷凍する為に液体窒素を展開する指示を魔素に伝達。これをほぼ同時に行う。すると岩が凍ったようにソフィーには見えるはずだ。実際には表面を覆った水分が凍っているだけだが、ミルナの話を聞く限り、この世界にこういう魔法は無いので驚くはずだ。ちなみに大気中の水分を液化させた水を凍らせているだけなので、氷の維持に魔素供給はいらない。裏を返せば時間経過で当然溶ける。
「岩が凍りました!すごいすごい!しかも詠唱してない!」
素直に驚いてくれるソフィーがアキには嬉しい。
「そう言ってもらえると嬉しいね。頑張った甲斐がある。」
エレンとレオも吃驚してくれたようでアキ達に近寄ってくる。
「いや、あんた意味わかんないわよ。」
「アキすごいねー!魔法でこんなん見た事ないよ!」
レオが興味本位で氷を触ろうとするので止める。瞬間冷凍させたので低温火傷する可能性もある。
「魔法職なら誰でもできるって。」
「できませんわ!そんなん出来るわけないです!」
ミルナが頭を抱えてアキに抗議する。
「アキさんは魔法職としてなら既に私を超えている気がしますわ……。さっき教えたばかりなのに……。」
「そんな事ないって、ミルナも凄いよ?たいきよー……。」
「ふふ、アキさん。それを最後まで言ったらお仕置きですわよ?」
やはり真っ黒な笑顔しか浮かべられないミルナのようだ。
休憩を終えるとアキは再び魔素について実験する。ミルナ達には申し訳ないが今日は移動中は完全に自分の世界に入らせてもらう事にした。
ミルナは「魔法職は不遇」そして「アキは魔法職としてならミルナを超えている」と言っている。この2点についてある予想をアキは立てていた。早急にその検証をする必要がある。そしてアキは数時間ほど色々な魔法を試しその結果が予想通りだったことに頭を悩ませる。
魔法が使えるだけではアキは戦闘においてほとんど何もできない。
唯一使えそうだったのが治癒魔法だ。治癒魔法は奇跡でもなんでもなく、おそらく魔素で細胞を活性化させて回復を促進させているだけ。だが怪我をしたら治せるというのはありがたい。戦闘の役に立つかというとほぼ意味はないが。攻撃されて怪我したら治せるというだけだ。
エレンの動きが見えなかったことについては魔法でなんとかなった。魔素をつかって動体視力を向上させることが可能だったので安心した。魔素の消費量も微々たるもので、永続的に持続させつつも他の魔法行使に大して差し支えることはない。実際エレンにお願いして本気の速度の剣舞を見せて貰ったが、はっきりと動きや太刀筋が見えた。
だが見えただけ。今まで見えなかったのが見えるようになっただけで自分の身体能力に一切変わりはない。エレンが俺を殺そうとした場合、今までの「いつの間にか斬られていた」から「斬られる瞬間が見えるようになった」だけ。戦闘経験がないアキにとってエレンの動きが見えたとしても出来る事がないのだ。まず見えても体が反応しないし、反応したとしても間に合わない。
それを補う為、身体能力向上はどうだろうと考えた。だが結果意味がない。筋力を上げたとしよう。でもそんな筋力いきなり扱えないし、そもそもが攻撃に反応出来な
い。じゃあその為に反応速度をあげる。すると今度は逆に体が悲鳴をあげる。多分筋断裂する。自分が出来る以上の反応を魔法で無理やりやっているのだから当然だろう。それならその動きに必要な身体能力を全て向上させればいいのではないかという結論になるが、強化場所が多すぎて間違いなく魔素不足に陥る。
次に、動きは見えるのだから得意の観察をして癖を見抜けばいいと考えた。結論は……観察する前に殺される。見えるだけで反応できないのだから初撃でおそらく殺されるだろう。低ランク冒険者ならともかく高ランクになるとエレン以上の実力であるのは間違いない。事前に情報収集や観察が出来て弱点や癖が分かっていれば、防御くらいは出来ると思う。エレンの動きは何回も見せてもらっているので多分エレンの攻撃であれば予測である程度防御出来るだろう。
ただ結局のところ、なんとか防御できるだけ。攻撃が通じない。短剣なんて訓練したのは昨日が初めてだし、そんな素人の攻撃が通用する冒険者なんていないだろう。例えエレンの攻撃を防御して反撃したとしても、隙が大きすぎる素人の攻撃を容易くエレンは交わし、防御不可能になった体制のアキに止めを刺すだけになる。
魔法での攻撃も同じ。ミルナの言う通り魔法職が不遇な理由がよくわかる。例えば火魔法で攻撃しようとする。威力をあげれば速度が落ちる、速度をあげれば威力が落ちる。アキが速度の限界を試したところ、米粒サイズの炎を200kmくらいだった。それ以上の速度を出そうとすると魔素が足りなくなる。ミルナ曰く野球ボールくらいの炎を140kmくらいで打ち出すのがちょうどいいらしい。確かに魔獣だったらそれでなんとかなるかもしれない。でも人間相手になら間違いなく当たらない。考えてもみて欲しい。野球でピッチャーが140kmのデッドボールを投げてくるとわかっている、避けられる?当てに来るとわかっているのだから大抵の人は避けられるだろう。実力ある冒険ならなおさらだ。近距離であれば当たるかもしれないが、近づいたら魔法を放つ前に斬られて終わりだろう。
他にも色々問題点はあるがアキが戦闘で役に立たないのは明白だ。打開する為には結局自分の身体能力を鍛えるしかない。反応できるようになれば相手の攻撃を避けつつ魔法や剣で反撃することもできる。
「それについては時間をかけてやっていくしない。」
エレン達が教えてくれるのだから必死に出来る限りの努力はしよう。アキの身体能力が最終的にどこまで鍛えられるかはわからないが今のままではダメだ。
「だからチームとして自分が出来る事を考えよう。」
アキはタブレットを取り出してメモ帳に整理する。
まず戦闘でアキに出来る事。観察に基づく予測。あとは支援魔法、治癒魔法。彼女達に守ってもらうのは申し訳ないが後衛ポジションで指示を出し、付与魔法で支援する。後は徹底的に事前に戦闘対象の情報収集をすること。それによってチームの戦闘力は格段にあがるはずだ。
次に戦闘外で出来る事。彼女達の戦闘能力強化。ミルナに魔法を使う際の現象理論を教え、エレン、ソフィー、レオにはアキが観察した彼女達の弱点や癖などを伝える。
最後に自分への課題。身体能力の強化、戦闘訓練。そして魔法の応用や開発。おそらく自分の異世界の知識は魔法の応用に大いに役に立つはずだ。先ほどソフィーが岩を凍らせて驚いたように彼女達が想像しないような使い方を開発すれば、戦闘において間違いなく優位に立ち回れるだろう。
「とりあえず今晩はエレンに癖でも教えるとこからはじめるか……。癖をしっている相手なら防御だけに専念すれば結構行けると思う。攻撃は一切ダメだが、防御ならいい線行けると思うんだよね。後は自分の訓練と魔法の開発かな。」
アキはそこまで考えるとタブレットを閉じて、ミルナに終わったよと声をかける。今日は結構頭を使ったし、残りの時間は彼女達と談笑して癒して貰う事にしよう。




