8
アキは自室に戻って寝る前のひと時を楽しむ。
この時間の為に今日は解散としたのだ。ミルナ達はまだ遊びたそうにしていたが、疲れたからごめんねと謝ると、素直に引き下がってくれるうちの子達はなんだかんだ優しい。
しかし早めに引き上げてきたのには別の理由がある。疲れたのは本当だし、1人の時間を楽しむ為というのも本当だ。ただうちにはもう1人構ってあげないといけない寂しがり屋の女の子がいる。リビングに居たときからひしひしと早く出てきたいという気配を感じていた。
「アキ。」
ルティアが姿を現してトトトと近寄ってきてアキに抱き着く。彼女が呼ぶ前に出てくる事は今までなかったのでやはり相当寂しかったのだろう。
「まだ呼んでないぞ?」
「我慢できなかった。」
ルティアが「ダメだった?」と上目遣いで見つめてくる。
「寂しかったの?」
「うん。」
なんでもミルナ達とアキが楽しそうにしているのが羨ましかったそうだ。ずっと1人だったルティアはみんなでわいわいするのに憧れているのかもしれない。
「あの子達なら信用できるからルティアも出てきていいよ?」
「やだ。」
首をぶんぶんと左右に振って、頑なに嫌だと言う。
「どうしても?」
彼女を撫でてあげながら優しく尋ねてみる。
「……恥ずかしい。から。」
彼女達の事を信用してないとか、嫌いとかそういう事ではないらしい。アキが信用している相手なのだから大丈夫なのはわかっているとルティアは言う。でもどう接していいかわからないし、何を話していいのかもわからない。そして恥ずかしい。
「じゃあ俺が一緒にいる時だけ出ておいで。ちゃんと紹介する。」
小動物のように怯えた目でアキを見るルティア。
「大丈夫だから。」
「ほんと?」
「俺の事は信用しているんだろ?」
そう言うと、腕の中のルティアが小さく頷く。
「わかった。頑張る……から……ぎゅってして?」
恥ずかしそうに呟くルティア。
そんなことでいいならとアキはルティアをそっと抱きしめてやる。彼女の柔らかい髪が顔にあたり、優しい花のような香りが漂ってくる。
「ルティアの匂いなんか落ち着く。」
「アキの匂いも落ち着く。好き。」
表情は見えないが、嬉しそうにしているのがわかる。どうやらこの紫髪の美少女は寂しがり屋だけじゃなく、相当な甘えん坊らしい。
それなら彼女が満足するまで抱きしめてやろうと思ったのだが……何故かルティアが急にアキから離れる。
「誰か来る。隠れる。」
残念そうな顔をしつつ、スッと姿を消すルティア。
誰かが来るとルティアは言った。なら間違いない。この子の察知能力、隠密能力は飛び抜けている。
果たして誰が来るのか……とアキは扉の方に目を向ける。
「アキさーん!」
ノックもせず扉を開け放ち、うちの暴走エルフが部屋に飛び込んでくる。
「ノックしろ。この駄エルフが。」
とりあえずテーブルの上にあった本を思いっ切り投げつけてやる。
「ぐへっ……。」
見事額にクリーンヒットした。凄い変な声が聞こえた気がするが……気のせいだろう。気のせいにしておこう。
そんなソフィーは痛そうに蹲って額をさすっている。ただ、寝る前だからか、ソフィーはシャツ1枚しか着ていない。そのせいでしゃがむと色々見えそうになっている。やめて欲しい。
「うぅ……痛いですー……。アキさんのばかー……。」
額を擦りながら涙目で文句を言うソフィー。
「ノックしないソフィーが悪い。」
「だ、だって!大変なんですー!」
「大変じゃなくてもノックしないだろうが。」
もう一発頭に鉄拳制裁しておく。しかし大変な事とはなんだろうか。
「どうしたんだ、話せ。」
何か重大なトラブルでも起きたのかと思い、早く話すようにと促す。
「アキさんの部屋に女の気配があったんです!」
ソフィーが大変なんですと必死にアピールしてくる。
うちの馬鹿エルフに呆れ果てるアキ。そしてなんという無駄な察知能力だ。
「なんでそう思ったの?」
確かにさっきまでルティアがいた。ただ彼女の存在に気づける人間がいるとは思えない。やはりエルフだから察知能力は長けているのだろうか。
「私の『アキさんお話探知機』が反応したんです!これが反応すると『お話』しなければいけない状況がアキさんの身に起こってる事を示しているんです!」
「そんなわけのわからないものに頼るのは今すぐやめなさい。」
察知能力でもなんでもなく、ただの女の勘らしい。何という使い道のない無駄な才能だ。まあある意味恐ろしくはあるが。
「私にはアキさんの事ならどこにいてもわかる才能があるんです!」
「よし、今すぐその無駄な才能はポイしろ。」
「なんでですかー!」
酷いですと頬を膨らませるソフィー。
「とりあえず、女はいないからさっさと出てけ。」
「えー、せっかく来たんです!ここで寝ますー!」
「え、やだ。」
速攻で拒否されたソフィーは絶望の表情を浮かべる。そして必死にここに居座る為の方法を考えているようだ。ただソフィーが思いつく案だ。どうせ碌な事じゃないだろう。アリアが置いていってくれた銀のトレーだけ握っておく。
「そうです!アキさーん、さぁ……私をた・べ・て?」
ソフィーが服の裾を軽く捲り上げ、下手くそな誘惑をしてくるので、とりあえず殴る。役に立ってよかった銀のトレー。
「どこでそんなの覚えた。この駄エルフ。」
色気もへったくれもないが、捲り上げた裾からソフィーの真っ白な太ももが見えたときはさすがにちょっとドキっとした。
だがこの下手くそな誘惑に劣情を少しでも抱いた自分がものすごく癪だ。だからもう一発ソフィーを殴っておく。
「いたいですー……なんで2回も……うぅ……。」
「で、どこで覚えた。いや誰から覚えた。」
暴走しがちでヤンデレの素質がある彼女だが、基本的には純朴で純粋だ。そんなソフィーが「私を食べて」というセリフを思いつくはずがない。
「ミルナさんが練習しているのを見て覚えました!」
あの暗黒物質は一体なにを練習しているのだろう。しかもソフィーにバレてるとかまた黒歴史を増やしているじゃないか。
しかしミルナやソフィーはなぜこう無駄な方向への努力だけ頑張るのか。その熱意を少しでもいいから部屋の片づけに向けて欲しい。
「だからアキさん!私を食べていいからここに居させてくださいですー!」
この暴走エルフは意味をわかって言っているのか。いや、多分わかっていないだろう。教えてあげないけど。
「わかった。じゃあ今日はソフィーの部屋で寝よう。いくぞ。」
とりあえずこのエルフを諦めさす必要がるので、ミルナと同じ方法で追い払おう。
「えっ!?」
アキはソフィーの手を掴んで引っ張るが、頑なに動こうとしない。ソフィーを見ると、冷や汗を垂らしながら目を泳がせている。予想通りか。これで上手く追い払えそうだ。ただまた汚部屋なのかと思うと少しやるせない気持ちになる。
「どうした、ほら行くぞ。」
「あ……えーっと……アキさんまた今度にしましょう!ね!私用事が!あるので!」
そう言うとソフィーはミルナと同じように一目散に部屋を飛び出していった。とりあえず部屋の件については明日にでもお仕置きだ。
「ルティア、お待たせ。」
部屋の扉を閉めて振り返ると同時に胸に飛び込んでくるルティア。
「また寂しかったのか?」
「うん。」
やっぱりルティアもああやって馬鹿な話をしたりしたいのだろう。これは一刻も早くルティアを皆に紹介するべきだ。ミルナ達ならきっとわかってくれる。まあお話はされるだろうけど……。
「そっか、今晩はもうここにいなさい。」
この寂しがり屋さんはもう1人になりたくないだろう。特別に今夜はここに居させてあげよう。暴走エルフが再度襲来してもルティアならちゃんと隠れるだろうし大丈夫だ。
「うん。アキといる。」
その後はルティアとだらだらと2人だけの夜を過ごした。彼女はずっと楽しそうにしていて、それは何よりだったのだが、寝る時もルティアはアキの側を離れようとしなかった。絶対に隣で寝るんだと抱き着いて来たので困った。アキだって男なんだから無防備すぎるだろうと必死に説教したのだが……。
「別にアキならいいよ?」
「ダメ。」
こんな美少女に迫られて理性で劣情を抑えた自分を褒めてやりたい。ルティアは「失敗した」とまた呟いていたが、聞かなった事にしておこう。まあ彼女はすぐに可愛い寝息を立て始めので執拗に迫られる事はなかったが。




