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冒険者協会リスルド支部に到着したので、馬車を降りる。
アキ達はメビウスに案内されて協会の建物内に入る。ここでも一悶着あったりするのだろうか。小説のテンプレ通りなら何かあるはずだ。
だがそんなアキの予想とは裏腹に、冒険者連中がチラッとアキ達の方を見ただけで特に絡まれたりすることはなかった。
だがよく考えればそれも当然か。Sランクのアキ達、そして王女のベルですら協会長であるメビウス顔なんてしらなかったのだから、一般冒険者が知る由もない。そしてアキがSランク冒険者だとはリスルドでは知られていない。つまり注目される理由がない。
まあ何人かセシルに見惚れてはいたが……それくらいだ。
現在アキ達は受付カウンター前で支部長が出てくるのを待っている。さすがに受付嬢や職員はメビウスの姿を見て驚いていた。メビウスが受付前に立つや否や、支部長を呼んでくるので待っていてくれと、大慌てで建物の奥に飛んで行った。
そりゃ急に協会長が来たとなればそうなるだろう。可哀そうに。
「セシルは美人だし、やっぱり見るよな。」
「そ、そんなことないです……。」
暇で何気なく呟いた一言だったのだが、セシルが頬を染めて反応する。
「ムカつかないのか?自分の女見られて。」
メビウスが不思議に思ったのかアキに尋ねてくる。
「ええ、別に。」
見た目麗しき人が歩いていたら「綺麗な人だな」くらいは誰でも思うだろう。自然な事だ。そしてそれは別に犯罪ではないし、女性でなくとも美男が歩いていれば、アキは「端正な顔立ちな人だな」と同じように見る。だから何かされたわけじゃないのに腹を立てる意味がわからない。
「俺だったらぶっとばしてるぞ?」
「それはどうかと思いますが。」
メビウス曰く、不埒な輩がまとわりつく前に排除するのだという。でも声をかけるだけならその人物の自由だ。美人と知り合いになりたいと思うのは仕方ない。
まあこの世界の男どもが、見るだけ、声をかけるだけでは満足しないのは知っている。ミルナ達は声をかけられるだけでなく実力行使に出る輩もいると言っていた。地球だと犯罪になるからそういった輩の割合は少なかった。しかしこの世界だとその辺りの線引きは緩い。
「それで彼女になにかあったらどうするんだ。」
「そうなる前に処理します。見るだけは自由です。まあ……声をかけるのも。さすがに焼きもちは妬きますが。でもぶっ飛ばすほどではないです。」
セシルが見られたり声をかけられたりしたぐらいでいちいち喧嘩していては体が持たない。面倒ごとも増えるし、そんな野蛮な毎日は送りたくない。
「勿論不穏な空気を感じたら優しくお話しますよ?」
「ふふ、アキさんのお話は多分優しくないです。」
セシルがくすくす笑いながら断言してくる。失礼な話だ。
「メビウスさん、お待たせしました。支部長のお部屋にご案内します。」
支部長の準備が出来たようで、受付嬢がメビウスに声をかけてくる。だがメビウスは、場所は知っているから案内はいいと断り、アキ達についてこいとだけ声を掛け、勝手に協会の奥へと入って行った。
「メ、メビウスさん!困ります!」
受付嬢の子が困ったような声を上げるが、メビウスはいいからいいからと言って聞かない。そしてちょっと泣きそうになっている受付嬢。さすがに可哀そうなので、アキは仕方なくフォローしておく。
「後であのおっさんしばいとくから仕事に戻りなさい。大丈夫だから。」
そう言うと受付嬢は安心したのか、アキに深々とお礼をして受付へと戻っていった。
「アキさん、私とお話します?」
セシルが怖い。兎耳をピーンと立てて氷のような目で睨んでくる。
「今のは俺のせいじゃないだろうが。」
うちの兎の頭を軽く引っ叩く。
「うぅ……だってー……。」
それよりメビウスの後を追わなければ。セシルとじゃれていたらメビウスが奥の廊下の角を曲がるところだ。
急いで後を追うアキとセシル。
どうやら協会支部の一番奥の部屋が支部長の部屋らしい。そして廊下の最奥まで辿りついたメビウスは、ノックもせずにずかずかと部屋に入っていった。
このおっさん、うちの子達と同じタイプだ。
支部長室はアリステールでみたレイアの執務室と同じような造りだった。中央に歓談用のテーブルとソファーがあり、奥に執務用の机がある。
そしてその机に座っていた女性が非難の声を上げる。
「メビウスさん!ノックくらいしてください!」
「おお、アイリ。ちょっと用事があってな。客を連れてきた。」
アイリと呼ばれたお姉さんらしき女性が「相変わらず人の話を聞かないんだから」とメビウスを呆れた表情で見つめている。
「初めまして。私はリスルド冒険者協会支部長のアイリです。」
アキとセシルに気づいたアイリが自己紹介をしてくれた。
アイリは濃いブルーの長い髪をしていて、とても落ち着いた雰囲気の女性だ。眼鏡をかけており、年齢はおそらくエリザより少し上、30台前半くらいだろう。そして兎耳。セシルと同じ兎耳だ。つまり兎。そう兎。兎だ。
「アキさん、落ち着きましょう。ね?あなたの兎はここですよ?」
アキの興奮具合に気づいたのか、セシルが笑顔で睨んでくる。この兎怖い。
「わかってる。アイリさん、初めまして。エスペラルド王国Sランク冒険者のアキです。今日はお忙しいところ申し訳ありません。」
「そ、そうなんですね。何故か私今ちょっと身の危険を感じているんですが気のせいでしょうか?」
アイリが少し冷や汗を垂らしながら兎耳をぴくぴく動かしている。
「ええ、それはもう気のせいです。」
「あの、どこ見てますか?」
アイリの声が少し上ずっている。獣人の危険察知能力が働いているのかもしれない。
「アキさん、もうお話決定ですから。覚悟してください。」
セシルの声色が絶対零度だ。もう何をしても無駄だろう。あまんじて「お話」とやらを受け入れよう。
「なんだアキ君はアイリが気に入ったのか?嫁の貰い手がなくて困ってるんだ。もう1人くらいどうだ?」
「ちょっと!メビウスさん何を言ってるんですか!し、失礼な事いわないでください!私なんて引く手あまたなんですからね!」
アイリがメビウスをキッと睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風だ。
「え、当然では?アイリさん綺麗だし引く手あまたに決まっているでしょう。」
「あ、う、うん……そう?あ、ありがと……。」
アキの何気ない一言に赤面するアイリ。
「アキさん?あなたは女性を落とさないと死んでしまう病気か何かなんですか?」
アイリの好感度は上がったが、セシルの好感度が急降下だ。
「とりあえず突然ご訪問させて頂いた要件をお話してもいいでしょうか?」
アキの言葉にアイリが頷く。何も協会に遊びに来たわけではないので、アイリの兎耳は後で堪能するとして、とりあえずは目的を話すとしよう。
「実は冒険者証に依頼受託処理をする装置を見せて頂きたく。」
「メビウスさんの紹介だしそれは構わないけど、どうしてですか?」
当然の疑問だろう。だがそれに関してはメビウスが上手く言うと言っていたので、その説明は彼に任せる。
「俺もよくわからん、アキ君説明してやってくれ。」
丸投げかよ。まあいいけど。
ちなみに隣にいるセシルも笑ってはいるが、メビウスの無責任さに怒っている。兎耳が明らかに怒っている時の動きをしている。
しかしどう説明していいものか。さすがにメビウスに話したように、全ての真実をアイリには話せない。立ち入り禁止エリアやオリハルコンの事を隠しつつ、納得のいく理由を説明しなければならない。
そう言えば「どういう処理をしているのかわからない」とセシルは言っていた。ベルやエルミラもわかっていなかった。つまりアイリやメビウスがわかるはずがない。その辺りの調査という事にするのがいいだろう。
「そうですね……。まずその装置の名前教えてくれませんか?説明するのに呼称がないと不便なので。」
「確かに。一般には知られてないですからね。我々は『依頼受託装置』と呼んでいます。」
どうやら呼び方はそのままらしい。どのみちアキが使っている識別印刻印機の呼称はさすがに大っぴらに使えないので、アイリの言う依頼受託装置で通すのがいいだろう。
「ありがとうございます。その依頼受託装置ですが、ミレーやエスペラルド王国から調べて欲しいと言われておりまして。それでメビウスさんを紹介されました。」
サルマリアの冒険者協会に来たのは、メビウスがこの国に居たからで、別にどこの協会支部でもよかったのだとアイリに伝える。
「そうなんですね。確かに私達もよくわかってない装置なので納得です。」
嘘をつかないで上手く誤魔化せたようだ。
王家が調べろと言っているという発言は嘘ではない。ただそれが全てではないというだけだ。アイリスやベルから魔獣政策を何とかして欲しいと言われていて、その為にはこの装置の確認が必要なのだ。
「それでは早速見せて頂けますか?」
「はい。さすがに受付では目立ちますし、こちらに持ってきますね。数十分であれば依頼処理に時間が掛かっていると誤魔化せますので問題ないでしょう。」
アイリは待っていてくださいと可愛い兎耳を揺らしながら部屋から出て行った。
数分もしないうちに、アイリは件の装置を抱きかかえて戻って来た。装置自体は両手で持てるくらいの大きさだが、結構重そうだ。
「大丈夫ですか?持ちますよ?」
「あっ……ありがとう。たすかります。」
さすがに女性に重い物を持たせて傍観しているのは主義に反する。アキはアイリから装置を受け取り、部屋の中央にあるテーブルへと運ぶ。やはり見かけより重い。アキですらそう感じるのだからアイリにとってはかなり重かっただろう。
「このくらい俺が持ちますからアイリさんは無理しないでください。」
「そ、そう?ありがとう……優しいのですね……。」
少し頬を赤らめるアイリ。そして頬を膨らませて拗ねているセシル。対照的な兎だ。
「では早速見させてもらいます。セシル、隣に来て。」
「は、はい!」
アキはソファーに腰かけつつセシルを呼ぶ。急に呼ばれてビクっとしていたが、すぐさま嬉しそうに耳を揺らしながらアキの隣に座るセシル。さっきからあっちこっちで兎耳が揺れている。楽園はここにあったのだ。
まあそれは今は置いておこう。アキはなんとか兎耳を触りたい誘惑を断ち切って、目の前の装置に集中する。
「わからない事あったら聞くから教えてね。」
「なんでも聞いてください!」
うちの兎はやる気満々だ。アイリなんかに負けてたまるかという気迫を感じる。兎同士の争いだろうか。
とりあえずアキは依頼受託装置を確認する。
大理石のようなもので出来ている立派な装置だ。中心には窪みがあり、左右には取っ手がついている。これは持ち運ぶ為のものだろうか。中心の窪みに関しては、おそらくここに冒険者証を置くのだろう。自分のSランク証を軽くかざすと、ぴったり収まる。通行許可証や同行許可証も冒険者証と同じ大きさだ。セシルとベルから許可証を以前見せてもらっているので間違いない。
そして窪みの周りには魔法印と同じように円が2つ書いてあり、その間には例の模様が刻まれている。立ち入り禁止エリアの魔法印の模様とは多少異なるが、命令付与印とどこか似ている部分がある。アキはルティアメモを取り出し、命令付与印の模様と見比べる。
「なるほど。」
どうやら魔素集約の模様は存在していない。ただ命令付与印と一か所だけ同一の模様を確認出来た。おそらくこれが識別信号を表す模様だろう。しかし魔素集約の模様が存在していないという事は、この装置は体内魔素で十分に発動する何らかの魔法印だと推測できる。
「セシル、これの使い方は?」
「はい、まずこちらの窪みに冒険者証を置きます。そしてこの両端の持ち手を10秒程握るだけで大丈夫です。」
つまり持ち手の部分から体内魔素を吸収して魔法を発動させるようになっているのだろうか。それなら「取っ手より体内魔素を集約して魔法印を発動」と術式には記述されていると推測できる。
「ちなみに何か考えたりする?何も考えずに取っ手を持つだけ?」
識別刻印に有効期間を指定するのであれば、日数を変数として代入するような術式になっているはずだ。取っ手を持って魔素を注入する時に日数を思い浮かべれば日数指定も可能だろう。しかし体内魔素を使用している時点で変数を代入するのは考えにくい。変数が大きくなればなるほど魔素使用量は大きくなるはずだからだ。
「いえ、何も考えませんね。」
やはり有効期限の指定はないようだ。
そうなると次に考えられるのは、「識別印の有効期間は依頼完了報告まで」という条件が術式に組み込まれている可能性だ。だが依頼報告をどうやって判断するのだろうか。アキにはその方法が思いつかない。依頼の完了報告は協会にするだけだし、魔法印がそれを自動的に判断できるとは到底思えない。依頼達成時にもう1回この装置に冒険者証を通すのだろうか。
「依頼の完了報告の際、この装置を通す?」
「いえ、通しません。」
やはりか。その答えは予想はしていた。
この装置に記述されている魔法印は1種類だけだ。つまり識別印付与のみ。何も考えないで使用している時点で付与や除去といった複雑な術式でないのは明白だ。
それではどうやって冒険者証に期限付きの識別印を刻印しているのだろうか。いやそもそも期限付きなのだろうか。
「そうだセシル、装置ってこれ1種類だけ?」
「はい、1つだけです。」
複数あるのであればまだ色々と可能性は考えられたが、行き詰った。
アキは頭を抑える。悔しい、命令付与内容がわからない。こんなに自分は馬鹿だったのかと軽く落ち込む。
「アキさん、無理しないでください。」




