10
「アキさん、お疲れ様ですわ。では交代しましょう。」
アキは深呼吸してゆっくり息を吐く。集中して長時間短剣を振っていたので体に乳酸が溜まっている。
「少しクールダウンしてから休むよ。エレン、先に休んでいいよ。」
「そう?じゃあそうさせてもらうわ。」
エレンはテントに向かうが、何かに気づいたようで、立ち止まって振り返る。
「と、ところでアキはどこで寝るの?」
視線を逸らしながらモジモジしているエレン。名前で呼ばれてちょっと驚いたアキだが、すぐに何もなかったかのように答える。
「俺は自分用のテントがもう1個あるから大丈夫だよ。」
「な、ならいいわ!一緒に寝るなんて言ったら殺していたわよ!」
エレンはそれだけ捲し立ててテントの中に入っていく。ただ最後にひょこっと顔だけ出して小さく「おやすみ」とアキに呟いた。それを見届けたアキは改めてストレッチをしようと焚火の方へと振り返る。
「う・そ・つ・き」
目の前にミルナの顔があった。
「テントなんてないんでしょう?」
「なんだバレてるのか。」
「それくらいわかりますわよ。」
エレンじゃないんですからと頬を少し膨らませる。
「俺はその辺で適当に寝るよ。」
「あの3人、朝それに気付いたら間違いなく怒りますわよ?」
「だろうね、でもしょうがない。」
「ちなみに私はもう怒っています。」
アキを笑顔で見つめるミルナ。
「言い訳が思いつかないし、目覚めの珈琲を淹れるからそれで手を打ってくれ。」
「まったく……仕方ありませんわね。ところで珈琲?ってなんですの?」
アキはバックからインスタントコーヒーを出して焚火でお湯を沸かす。
「俺の世界での嗜好品の一つで目が覚めるとか言われている。」
飲み物の中では特に珈琲を好んでいたアキ。当然異世界に持ってくる物の1つとして真っ先に挙げた。インスタントは正直いって美味しいものではないが、無いよりましだ。それよりもこのインスタントコーヒーが無くなる前に代替品を見つけるか珈琲中毒から脱却しないといけないだろう。
お湯が沸いたのでアキはコップに注ぎ、インスタントコーヒーを溶かす。
「はい、どうぞ。結構好き嫌いあるからまずはこのまま飲んでみて。」
「では、頂きます。……っ、苦いですわ。」
本当に苦そうな表情を浮かべ、ちょっとだけ舌をだすミルナ。アキはミルナからコップを受け取り、コーヒーフレッシュを1つ入れる。
「じゃあ今度はどう?」
「あ、少しまろやかになりましたわ。」
「本当はミルクのほうがいいんだけどね。あと甘いのが好きな人は砂糖いれるね。」
「なるほど。私はこれくらいがちょうどいいですわ。でも確かに目も覚めるし温かくて落ち着きます。アキさんは何もいれないのですか?」
「俺はこの苦みが好きなんだ。」
アキは自分用に入れた珈琲を口に含む。久々の味に体が喜んでいるのがわかる。根っからの珈琲中毒者だなと自分に苦笑するアキ。
「話は変わりますけど、エレンと何かありまして?」
「いや、なんもないけど。」
「そうですか……どんな訓練したか聞いてもいいですか?」
「別に構わないよ。」
「エレンの言っていた事わかりました?」
「いや90%くらいは意味不明だった。」
「あの子は感覚派ですからね……。おそらく擬音語だけの説明だったのでしょう?」
ため息を吐くミルナ。
「わかっているならエレンにまかすなよ。」
「いえいえ、アキさんなら大丈夫かと思いまして。そのあとは?」
アキはエレンに教わったこと、それを動画にとって学んだこと、そしてそれをひたすら繰り返したことをミルナに伝える。
「動画っていうのですか、凄いですわね。今度私も撮ってくださいな。」
「いいよ。」
「ふふ、ありがとうございます。でも凄い集中力でしたわね。」
「ああやって考え事をしながらが一番捗るんだ。」
「どんなことを考えたんですの?」
「前の世界でのことかな……そしてこの世界のこと。」
ミルナがもっと詳しく教えてくださいという目でアキを見つめる。
「あんまり話したくないんだけどな。」
「そうなんですか?」
ミルナが目に見てわかるように拗ねる。わざとらしいが、彼女が結構本気で拗ねているのがアキにはわかる。
「まぁ、ミルナにならいいか。面白い話じゃないよ?」
ミルナは立ち上がりアキの隣に来て腰掛ける。
「うふふ、嬉しいですわ。」
アキは先ほど自分が考えていたことをミルナに話す。前の世界で感じたこと、今の世界で感じた事。そしてミルナ達に出会い変わったこと、感謝している事。もちろんチョロい部分とイリアに対する覚悟やらは割愛したが。
アキが話し終わるとミルナはそっと寄り添ってくる。
「素敵なお話でしたわ。」
「そうかな?」
「えぇ。それにアキさんは勘違いされていますが、貴方は最初から素直で正直でちゃんと感情を出せていますわ。私達は何もしていません。」
「いや、そんなことは。」
アキの言葉をミルナが遮る。
「あります。そうでなければ私達はこんなにすぐに心を許しませんわ。きっと少し下手だっただけです。感情を出すのが『今のアキさん』より下手だっただけ。」
「そうだとしても、やっぱりミルナ達のおかげだね。」
「ふふ、そうかもしれませんわね。でも私達が救われたのも事実なのでおあいこってことでいいじゃないですか。」
「救うって程でもないよ。戦闘に口出ししただけだし。」
「そのことだけじゃありませんわ。」
「ほかに何かあるのか?」
「内緒ですわ。」
絶対教えませんって顔をしてミルナはアキを見上げる。そして優しく微笑んだ後、何故かアキに抱き着く。
「ふふ、やっと2人きりになれましたわ。」
ミルナの豊満な胸が体に押し当てられて柔らかい感触が伝わってくる。そしてミルナはアキの胸に顔を埋めながら妖艶に囁く。
「あら、抱きしめてくださいませんの?」
アキはミルナを見つめるだけで特に何も行動しない。そんなアキに対してミルナは目を少し潤ませアキの首に手を回す。お互いの息が顔にかかる距離まで近づいてミルナはさらに艶やかに微笑む。
「私って魅力ありませんか?」
それ聞いてアキは……ミルナの額を指で弾く。
「うう、痛いですわ……。」
ミルナは弾かれた額の部分を撫でる。
「なんで試した?」
アキが真剣な目でミルナを見つめる。
沈黙が流れる。アキはミルナから視線を逸らさない。ミルナの返事があるまで逸らす気はない。暫くしてミルナは観念したようにアキの隣に座りなおす。
「なんでわかりましたの?」
俯いていて表情はよく見えないが声が少し緊張している。
「話の持って行き方が不自然すぎる。いや不自然ってレベルじゃない。それに出会って間もないのに誘惑されたらおかしいと思うだろ。それかミルナが淫乱なのか。淫乱なの?」
「い、淫乱なんかじゃないですわ!」
恥ずかしそうに顔を赤くするミルナ。やはりそっち系の話には慣れてないのが丸分かりだ。そもそもこんな短時間で皆に懐かれるだけで驚きなのにそれ以上の事があったらさすがに疑うというものだ。やるならもう少し時間を置いてからにすればいいものを。
「それに色仕掛けをするなら震えていたらダメだね。ミルナこういうことするの慣れてないでしょ。」
少しは落ち着いたのかミルナは申し訳なさそうに顔を上げる。
「申し訳ありません。アキさんを信用してなかったわけではありませんの。」
「気持ちはわかる。レオが男装しているのを見てもわかるように色々あったんだろう。」
「はい……。」
「大丈夫、怒ってないから。」
アキはもう気にするなと頭を振る。
試されるのは気に食わないがミルナの気持ちもわかる。女性だけのチームに男性がいきなりはいったのだから。男を警戒していないのであればレオを男装させる必要なんてそもそもない。アキもミルナにこういうことをされる可能性はあると彼女の日中の態度から考えていた。本当に襲われたらどうするのだと思ったが、普通に返り討ちにされるだけだとすぐに理解する。彼女達との実力差はそのくらいはある。だからミルナもやろうと思ったのだろう。
「なんで?怒って?私は怒られてもしょうがないことしたの……。」
「怒れないよ。」
アキは説明する、自分がミルナでも相手を見極める為に間違いなく同じ事をやるだろうという事を。だから怒らない、怒れない。ソフィー、エレン、レオが傷つけられる可能性があるなら試しておく必要がある。皆を守る為にミルナは自分を犠牲にしてアキを試した。万が一アキが実力を隠していて、襲われる可能性だって十分にあるのにそれを全て覚悟の上で。
アキの説明を聞いたミルナは両手で顔を覆う。
「ごめんなさい。」
「だから怒ってないって。」
「でも……。」
「人は間違いを犯すもの。だからこそ間違いを許すのも大事なことじゃないかな?」
小説の受け売りなどを伝えて格好つけて内心の焦りを誤魔化す。正直ミルナのような女性に迫られて耐えるなんてできない。エレンとの訓練の時、彼女達に誠実に対応すると決めていたからこそ何とか耐えられたし、冷静に彼女を観察する事が出来て演技だと気づいた。
アキはそれ以上ミルナを追及することもなく静かにミルナが落ち着くのを待つ。暫くしてミルナが深呼吸を数回繰り返し、改めてアキに頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。」
「謝罪を受け入れます。」
「ありがとうございます。」
ある程度いつもの調子が戻ってきたようで、ミルナが少し微笑む。
「じゃあこの話は終りでいいね。」
「はい、でもこれだけは言わせてください。」
「なに?」
「アキさんが先ほどされた前の世界の話、私達に出会って変わったお話。素敵だと思ったのは本当ですわ。これだけは信じてくださいね。」
「ありがとう。俺も1つだけ言わせて。」
「なんでしょう?」
「次は襲うからね?」
ミルナは袖口で口を覆うわざとらしい仕草をして笑う。
「あと、口調を崩した素のミルナのほうが俺は好きだよ。じゃあそろそろ休むね。」
さすがにそろそろ休まないと明日に差し支えるので、アキは敷物を適当な場所に敷いて横になり、焚火に背を向けて目を瞑る。
「はい、おやすみなさい。よき夢を。」




