9
アキが剣を振りながら思考の海に浸かっている頃、エレンはただただずっとアキを見ていた。
「ほんとに全然こっち見ないじゃない、ばか。」
ずっとやれと言ったのはエレンだ。矛盾しているのはわかっているが何故か釈然としない。彼の動きはまだまだだが、段々とよくなってきている。少しずつではあるが動きから無駄が削ぎ落されていく。
ただエレンは驚いていた。実力にではない、彼の集中力と真剣さに。今まで彼女は冒険者協会に頼まれて渋々短剣の技術を他人に教えたことがある。だが彼ほど真剣にやったものはいない。すぐに次を教えろ、基礎は飽きただの言う連中ばかりだった。挙句の果てにはエレンの教え方が悪い、バカにしているのかなど暴言を浴びせられることもあった。エレンも自分が教えるのが上手い方だとは思っていない。ただアキは自分が教えた事に対してなにも文句を言わず、必死に自分の言葉を読み解こうとしてくれた。そして自分が出した課題を愚痴一つ零す事なくひたすらやり続けている。
「不思議な人ね。」
最初はむかついた。人の事をバカにして恥ずかしめて。でも本気でエレンを乏しめていないのはすぐに気づいた。変な目でも見てこない。何より自分を怖がらないで何度でも構いに来てくれる。それがエレンには嬉しかった。
「それに綺麗な目をしてるって言ってくれたのは嬉しかった……。」
今までの男は変な目で見るやつらばかり。下心が丸分かりで気持ち悪かった。気の強い方がそそる、胸が無い方が魅力的だ、とか意味の分からない事ばっかり。威圧したら女の癖にと暴力に訴えてきた。返り討ちにすると二度と近づいてこなくなった。勿論アキも男なので下心はあるのだろうけど、それを一切見せないで純粋に可愛いって言ってくれた。エレンのオッドアイを綺麗だと言ってくれた。普通に褒めてくれたのが嬉しい。それに何よりエレンに優しく接してくれる。きっとミルナ、ソフィー、レオも同じ気持ちなのは見ていてわかる。特にミルナ。彼女があんなに楽しそうにしているのは久しぶりに見た。皆の言う通り彼はどこかイリアに似ているのかもしれない。
「次からはもっと優しくしようかしら。」
エレンは出来もしないことを口にする。自分でもわかっている、急に今までの自分を変える事なんて出来ないと。でもアキにだけは努力してみよう。そんな事を考えながら剣を振るうアキを見続けていた。
「もう交代の時間なのにミルナ起きてこないわね……。」
普段なら少し前には目を覚ますのに、今日は時間をすぎても一向に起きてこない。しょうがないわねとエレンはテントの中を覗き熟睡しているミルナを見つけて肩をゆする。
「ミルナ、時間よ。起きなさい。」
ゆっくりと目を開けるミルナ。何が起こったのかわからないようでボーっとしているが、エレンを見た瞬間に我に返る。
「シッ、2人を起こすわよ。」
エレンが横を指差す。ソフィーとレオが気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「すいません……今起きますわ。」
エレンは先にテントから出てミルナを待つ。直ぐにミルナも目を擦りながら出てくる。
「珍しいわね、ミルナが起きてこないなんて。」
「すいません……自分でもびっくりですわ。」
ミルナがここまで熟睡することなんてほとんどない。本当に気持ちよく寝られたのだろう。アキのテントのおかげか、アキ自身のおかげかはわからない。
「ふぅ……よし。もう大丈夫ですわ。」
軽く自分の頬を両手で叩き気合を入れる。
「そう、じゃあ交代ね。」
「ええ。でもアキさんは?」
「あそこよ。」
エレンが指を差した先には一心不乱に短剣を振るうアキの姿があった。
「ずっとですの?」
「そうよ、集中するって言ってからずっとあの状態よ。」
「あらあら、エレンはさぞかし寂しかったでしょうね?」
「えぇ……ちょっと寂しかったわ。」
予想外の返答にミルナは目を丸くする。
エレンはアキの側まで歩いていって肩にそっと手を置く。
「ミルナと交代の時間よ、今日はそれくらいにしなさい。」
そう言われて初めてアキはエレン達に気づいたようだ。




