表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第二章 魔素
20/1143

8

 昔から音楽や読書など、1人で出来る事が趣味だった。観察や考察も趣味といえるかもしれないが、楽しんではいなかった。勉強も自分に必要だと思ったからひたすら知識を詰め込んだだけであって特段好きだったわけではない。本当に心から楽しいと思ったのは音楽と読書のように1人でできる趣味に没頭している時だけだ。自分の世界に入ることができ、何もかもから遮断される。世界に希望もなにも感じていないアキにとっての唯一の至福の時間。


 地球ではスポーツは苦手だったがランニングは日常的にしていた。音楽を聴きながら走る事で考え事に集中できたからというのと、スポーツは苦手でも体を動かしておく必要はあると思っていたからだ。だからアキは体力には多少の自信があった。それにこの世界の重力は地球の半分という事で今まで以上の速度で動いたり跳躍する事が出来る。体が軽い。ただそれはあくまで普通に比べてだ。プロのサッカー選手などがこちらに来たら凄まじい身体能力を叩き出せるだろう。今のアキはせいぜい地球上のプロ選手より少し動ける程度だと思う。それでも十分凄いとは思うが、エレン達には基礎体力でも身体能力でも到底かなわない。彼女達も凄まじい努力しているのだから当たり前だ。あくまで重力差のある地球で暮らしていたおかげで、筋力がこちらの世界の一般人より少し高いだけだと考えたほうがいい。スタートラインが少し有利なだけ。何も特殊なものはない。凄いのは自分じゃなく地球の重力で鍛えられたおかげ。


 アキは自分の実力を言い聞かせるように何度も何度も同じ動きを繰り返す。ひたすらエレンに教わった剣戟の動作を行う。段々と剣を振るう動きが体に馴染んで来た。慣れてきたら色々と考え事をする余裕も出てくる。元々体を動かしながら考え事をするほうが集中できるので、アキはそのまま思考の海へと身を投じていく。


 この世界に来て数日。色んなものを観察してきた。面白い植物があった、驚きの生物がいた、魔法を見た、未知を知った。そしてエレン達との出会いがあった。前の世界ではコミュニケーションが苦手だったわけではない、しなかっただけ。特段暗い人間だったわけでもない。必要な時には明るく振る舞ったし、ノリの良い人物を演じたりもした。ただそれは生きていくのに必要だと思ったから。世界に興味がなかったし、当然その世界を生きている人間にも興味が沸かなかった。勿論尊敬に値する凄い人や自分を超える天才も山ほどいたと思う。ただ両親にした世界の仕打ちが許せなかった。両親の事件が偶々だと思い込もうともしたが、自分に対しても同じような仕打ちをされそうになって完全に世界に絶望した。


 そんな世界とは違うこの世界に希望を持ってやってきた。まだまだこの世界のことはわからない。でも希望をもって世界を見るとこんなにも違うのかと思い始めている。なぜなら……。


「らしくない。」


 アキが素振りをしながらつぶやく。


 そう、エレン達と出会ってからの自分はらしくない。いつもならもっと観察して冷静に相手の事見て、相手が自分に望む姿を演じる。だが彼女達といると、ミルナと雑談に興じたり、エレンを弄って遊んだりと、普段ならしないような事をいつの間にかしていた。彼女たちのペースに巻き込まれていたのだろうか。皆の楽しそうな姿を羨ましく思ったのだろうか。ミルナはいつの間にかアキが中心にいてアキのペースに巻き込まれると言っていた。それは違う。多分逆だ。ミルナ達がアキを彼女達の中心に置いてくれ、皆のペースに巻き込んでくれたのだと思う。


 だからこそその時間がとても楽しかった。あの輪の中にいられるのが楽しかった。可愛い女の子達だから?それもあるだろう。でもそうじゃない。きっとあの子達がどんなに辛いことがあっても楽しそうにしていたからだ。


 ミルナと話すのは楽しい。だがミルナと話して人と話すのがこんなに楽しいものだと初めて知った。今まで会話は他者とのコミュニケーションの道具程度にしか考えてこなかった。ソフィーの笑顔を見て女の子の可愛さを知った。世の中の男が女の尻を必死に追いかける意味が今なら理解できる。レオからは世界はそんなに悪くないという事を教わった。男装しているレオに世界は厳しいはずなのに、アキのように世界に絶望していない事に驚いた。エレンからは素直さと優しさを知った。自分の気持ちを素直に表現出来る人には自然と自分を大事に想ってくれる人が集まるのだと。


 今なら前の世界に戻っても楽しくやっていける気がする。ダメだったのは世界ではない、自分だったのだ。小さい頃に絶望を見たことでトラウマになって負の世界しか見ていなかったのかもしれない。きっと前の世界にも綺麗な場所は沢山あるんだろう。でもここに来たことを後悔はしていない。彼女達に出会えてそれを教えて貰ったのだから。


 最初は打算であの子達に近づいた。使う、使われる。そんなWin-Winの関係でいいと。ただそんな考え何時の間にか消えていた。いつのまにか彼女達といるのが読書しているより音楽聴いているより楽しいと心から思えたから。だからアキは打算やメリットだけでなく純粋彼女達の力になりたいと思った。


 まだ出会ったばかりなのに。合って間もないのに。人間ってこんな簡単に考えや自分自身を変えられるものなのかと驚く。いや、多分アキがこの世界に対して持っている希望、そして彼女達の人としての魅力、この2つの要素があったから簡単に変わる事が出来たのだろう。


 アキは苦笑する。例えそうだとしても、こんなすぐに変わろうとしている単純な自分に。そしてその変化が心地よいと感じている自分に。


 どれくらい思考の海で泳いでいたかはわからない。ただ頭の中がすっきりしている。今までモヤモヤしていたわだかまりが消えたように。彼女達の前だけはもう少し素直になろう、ちゃんと自分の気持ちを隠さないで出そう。観察や演技をしない本当の自分でいるのも悪くない、そう思えた。お礼ではないが、それが色々教えてくれた彼女達に対する礼儀に思えた。


 そんな彼女達だが2点心配がある。1つ目は全員チョロすぎるだろうということだ。当然ミルナも含めてだ。特段優しくしたわけではないのに懐かれ始めている。地球のフェミニストだったら100回くらいは既に彼女達を落とせているとすら思う。あのレベルの美人たちがチョロいってギャルゲーを攻略サイトを見ながらやっているようなものかもしれない。ミルナはしっかりしているように見えるけど案外隙だらけだし、ソフィーは可愛いって言われただけで嬉しそうに懐いてくる。レオは胃袋を掴めば懐くし、エレンに至っては優しい言葉をかければ嬉しそうにする。

 

 この世界の男がそんなに酷いのか、冒険者一本で生きていた彼女達に免疫がなさすぎるのか。両方かもしれない。アキ自身、女性に可愛いとか甘い言葉を意識しないで言うようになったのは海外に行ってからだ。海外の男は女性にさらっと綺麗だの可愛いだの言うし、恥ずかしくなる様な言葉も臆する事なく言う。始めはアキもなれなかったが、女性が嬉しそうにするのを見て、人心掌握するには有効な手段だと思い自分の演技の一部として取り入れてきた。そして気づいたら自然と使うようになっていた。これは異世界でも有効な手段なんだろうなとアキはミルナ達を見て改めて思う。


 ただチョロいを通り越しておかしいと思ったのが、まだ出会って間もないのに懐かれているという事だ。いくらなんでも早すぎないか?とアキは思う。これが数週間くらい経ったあとならまだわかる。つまり、何か裏があるか、それとも彼女達の心の隙間が想像以上に大きかったということだろう。彼女達の性格や雰囲気からして前者とは考えにくい。なのでおそらく後者。イリアの不在、Sランクへの焦り、そして街での出来事が彼女達を不安定にさせていたのではないだろうか。そこにアキが現れ、不安を取り除けるような提案をしたことで心を許した。あとは彼女達を助けたという感謝補正もあるのかもしれない。


 正直、アキも男なので美人に好かれるのは決して悪い気はしない。けれどこれではダメだ。何故なら彼女達にはイリアという目的がある。目的が達成された後ならともかく、今はアキに懐いて色恋沙汰などに揺れ動いていている暇はないはずだ。


 だからこそ心配な点の2つ目が彼女達の目的に対する覚悟の甘さ。イリアを助ける事にどの程度本気なのか。助ける為に人を殺す必要があったとしたら果たしてミルナ達は躊躇なく殺す事ができるのだろうか。闘技大会自体が生死をかけた戦いだと言っていたのにミルナ達にはその覚悟が見受けられない。彼女達は良く言うととても優しい。悪く言うと甘い。多分この子達は人を殺めた事なんてない。アキだって人を殺したことがあるわけではないが、生半可な気持ちで生死をかけた戦いなんて出来ないと思っている。自分なら間違いなく殺す瞬間に躊躇するだろう。小説によくある様にその躊躇が命取りになることだってきっとある。Sランクになれないだけならいいが、もしそれで死んだらどうする?彼女達に人殺しまでしてイリアを救う覚悟があるのか。無いならそれは無謀な挑戦だと思う。


 そしてアキは彼女達にその覚悟が無いのを知っている。いや、気づいていないと言ったほうが正しいかもしれない。イリアを助ける目的の為に猪突猛進に行動しているだけでそれに必要な犠牲について考えていない。ミルナ達は獣や魔獣であればいくらでも殺せる。でも人の形をしたものを殺すことは出来ないだろう。アキが観察してきた短い時間でもそれは見て取れた。


 アキの事を「殺す」とよく言うエレン。でもその刃に本気を感じたことがない。「最悪俺を殺せばいい」ってミルナ達が話していた時もそうだ。誰も本気でアキを殺そうとなんて考えていなかった。声色や表情を見ていればわかる。本当に優しい子達だとアキは思う。そんな優しい子達だからこそアキは救われ、大事な事を教わった。今度はアキの番だろう。自分に出来ることをしてあげたい。彼女達に人の命を奪う覚悟の必要性を教えようと思った。ミルナ達が目指している場所はそんな場所のはず。だが誰も殺したことのないアキが教えても意味がない。自分達で理解してもらうしかない。せっかく懐いてくれているのであれば逆にそれを利用しよう。その為の計画草案は考えているので、予定通り事が進めば自然と効果は発動するはずだ。ただ後で間違いなく色々と怒られる。最悪嫌われるだろうな……とアキは思うが自分が悪者になる程度で彼女たちの力に慣れるなら安い買い物だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ