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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第十二章 魔法学校Ⅱ
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15

 午後の授業は一言でいうとカオスだった。


 当然エリザも授業に参加しており、まずそのエリザが食堂で晒した醜態について生徒達から色々と弄られていた。それが落ち着くまで30分程かかった。まあすっかり生徒達と打ち解け楽しそうにしているエリザに水を差せなかったのだから仕方ない。


 次にエアルとミリーが問い詰められていた。ミレンド商会の服をいっぱい買ってもらったのが羨ましかったらしく、ずるいずるいと追及されていた。焦ったエアル達が「私たちは特別なんです!」と言ったことで、さらに大騒ぎになった。最終的にはアキが「Sランクだから特別って意味だ」と上手く誤魔化して収集を付けたのだが。


 そして最後にアキが生徒達から問い詰められる。というよりは言い寄られた。みんなやたらと自分をアピールして来て、いつの間にか「私と付き合うべき10の理由」的なプレゼン大会が始まり、強制的に見させられた。何故かエアル、ミリー、そしてエリザまで参加していたのでとりあえず3人とも引っ叩いておいたが。






「なんでエリザまで参加したんだよ。」


 授業も終わり、学園長室でエリザと雑談している。


「だ、だって……!私も参加しなきゃダメって言われたんだもの!」

「エリザを娶るべき理由が『尻尾触りたい放題で、可愛いお姉さんに甘えられる』だっけ?」

「言わないでよ!ばかっ!それしか思いつかなかったんだもん!仕方ないじゃない!」


 エリザが赤面してそっぽを向く。


 ちなみにエアルは「毎日マッサージして癒します、そしてSランクとしてアキさんを守ります。」で、ミリーは「美味しいごはんをつくる。」だった。あの子達らしい理由だ。


「それでなんで隣に座ってるの?」


 対面のソファーではなく何故か隣に座っているエリザ。そしてやたらと距離が近い。十分に3人は座れる広さがあるのだからそこまで距離を詰めなくてもいいのに。


「こ、これから女王陛下がくるのよ!今朝の返事がさっき来たの!」

「そうなのか。それは助かる。エリザ、ありがとう。」

「そうよ!私はおねーさんだからそのくらい余裕なのよ!」


 誇らしげに尻尾を振るエリザ。


 今日はまだ王族襲撃の首謀者との接触はないだろうし、早めにアイリスと打ち合わせしておけるのはありがたい。そしてこれで準備は全て整うはずなので、明日からは待ちに徹するだけだ。少しはのんびり過ごせるかもしれない。


「でもそれと隣に座っているのは関係ないだろ。」

「な、なによ。嫌なの?」


 さり気なく尻尾をこちらに向けて撫でろと催促までしてくる。すっかり懐かれてしまったようだ。まあ嬉しい事ではあるが。


「にゃ……うん……もっと。」


 アキが撫で始めると、気持ちよさそうに目を細めるエリザ。ただ丁度そのタイミングでアイリスが部屋に入って来た。当然エリザはそのだらしない顔をアイリスに目撃されてしまう。


「ほう……エリザがすっかりと懐いたものだな。」

「じょ、女王陛下!これは、その!違います!」

「まあ、いいじゃないか。そんなに気持ちいいなら撫でて貰うといい。」


 エリザが羞恥でまた丸まってしまったので、アキが代わりに話を進める。


「すいません、アイリス女王。お忙しいところを。」

「いえいえ、急いだほうがいいかと思いまして。王女殿下抜きでという事は何か重要な話なのでしょう?」


 あの伝言からちゃんとアキの意図を汲み取ってくれたようだ。


「エリザ、大事な話するから復活して。」


 丸まっているエリザの尻尾をそっと撫でてやった。すると体をビクッとさせ、顔を上げる。頬が未だ少し赤い。


「だ、大丈夫よ、早く話を進めなさい。」

「あらあら、すっかりアキさんのペットですね。」


 アキに従順なエリザの様子を見て、アイリスがくすくすと笑う。


「アイリス女王には感謝してます、こんな素敵なペットを頂き。」

「ぺ、ペットじゃないわよ!アキ君、早く話をしなさい!」


 アイリス相手だと分が悪いと思ったのか、話題を逸らそうとするエリザ。


 彼女のおかげで空気が和んだ。アキは早速本題を切り出す。


「この話を知っているのは俺とミレンド商会長のエスタート爺さんだけです。そしてアイリス女王とエリザ以外には事が済むまで話すつもりはありません。」


 アキはそれだけ前置きすると結論だけ先に述べる。


「王族襲撃の首謀者である人物と接触します。」


 エリザが驚いて何かを言おうとしたが、アイリスが手で制す。まずは話を聞きましょうという事だろう。アイリスは少し目を細めてアキに話を続けるように促す。


「では何故接触するのか、どうやって接触するのかを説明します。」


 まずは復習がてら、黒幕の目的は「王族を殺し魔獣制度を止めさせる事」だと推測出来ると2人に話す。前回の会談で説明した事だ。


「これは以前話したので既に理解頂いてますよね?」

「ええ、そうですね。問題ありません。」


 アキの隣に座っているエリザもうんうんと頷いている。


「俺はこの話をした時からこの人物に接触したいと考えていました。」


 魔獣制度に反感を抱いている人物。そしてベルやアイリスの本当の姿を知らない人物。だからこそ接触して建設的な話がしたい。場合によっては協力を仰げるとも思っているのだとアイリス達に伝える。


「でも話を聞くような相手かしら?」


 エリザの疑問はもっともだ。だがアイリスやベルの襲撃方法を鑑みると、黒幕である外套の人物は良識ある人間の可能性が高い。昨日爺さんにも説明した事だ。その理由は、襲撃計画・方法があまりにもお粗末だからだ。ベルはミレーへ移動中に襲われた。確実に護衛がいる状況だ。あの程度の冒険者で暗殺が成功する可能性はよくて50%だろう。そしてアイリスへの襲撃。闘技大会で周囲にAランク冒険者やSランクのミリー、エアルがいるのに襲うなんて失敗して当然だ。


「これだけ見ると計画性がなく首謀者が馬鹿なだけに見える。だがそれは違います。」


 ベルの時は貴族を上手く唆した。そしてアイリスの時は冒険者を見事に説得して仕事を引き受けさせた。これ程の交渉術を使える人間が馬鹿なわけがない。それなのに襲撃計画が稚拙なのは、おそらく黒幕が本当に王族を殺していいのか迷っているからに他ならない。


「魔獣制度はやめさせたい。でもその為に本当に人を殺していいのか迷っているんだと思います。だからその人物の本性は真面目で優しい人間ではないかと。」

「なるほど、確かに……。一応納得出来る説明です。」


 アイリスはアキの推測に感心したように頷く。エリザも「なるほどなるほど」と尻尾を揺らして尊敬の眼差しで見つめてくる。


「何故この話を2人にしたかですが……黒幕が話を聞いてくれたとして、その内容にミレーが関わっているからです。」


 アキの計画では、まず黒幕の人物にアイリスやベルの考えを話す。そしてアキが何をしようとしているのかを伝える。必要とあらば迷い人であることを明かし、自分が持っている知識で改革をするつもりなのだと説明する。


「そして次にその外套の人物に依頼したい事です。」


 襲撃首謀者にしてもらいたい事は、裏からの調査。主に立ち入り禁止エリアについてだ。アキ達が調査に行けばいいのかもしれないが、あまり大々的に動いて冒険者協会や他国に察知されたくない。ただ黒幕であれば王族襲撃の首謀者という悪評もあるし、裏で動く人物だから察知されても問題がないと言える。


「魔獣制度を何とかするには立ち入り禁止エリアで行われている事を廃止させる必要がありますからね。ちなみにアイリス女王はエリア内の事に詳しいですか?」


 もし詳しいのであればこの計画は必要ない。だが多分アイリスは知らないはずだ。


「いえ……アキさんのお察しの通り、私はあまり知りません。視察で訪れた事はあります。ですが見たところで何もわかりませんでした。先代、先々代から受け継がれてきた手順を実行しているだけです。現地の管理者もよくわかっていません。言われた通りの作業を行っているだけです。」


 ベルもそうだった。彼女も詳しくはわからないと言っていた。この制度が始まった290年前頃であれば、王家ももっと理解していたのかもしれない。だが世代が代わり、手順だけが継承され、今となっては何もわからない。だからアイリスやベルも魔獣制度を改革したいと思っても、何をしていいのかがわからない。


「なのでその人物に俺が知りたい情報を月夜の森で調べてもらいます。侵入報告がアイリス女王にあるでしょう。そしてアイリス女王であればその情報は握り潰せますよね?」

「なるほど、だから私がこの場に必要なんですね。」


 上手く侵入出来ればいいが、出来なかったとしてもミレーの月夜の森であればアイリスがなんとでもしてくれるだろう。そんな情報揉み消すくらい容易いはずだ。


「報告もアイリス女王にしてもらいます。そしてアイリス女王がベルに。国境を越えての情報のやり取りは王家に任せたほうが確実でしょう。俺達は一旦エスペラルドに戻り、冒険者協会を調べます。もしかしたらまた他国へ行くかもしれませんが。」


 アキ達が冒険者協会を調べ始めたら敵対勢力に注目されるかもしれない。だからこそミレーから離れるべきだ。そうすれば視線を分散できる。ある程度目立つことなく月夜の森の調査が出来る。さらにもし黒幕がイリアであった場合、ミルナ達をミレーから遠ざける必要があるので、そういう意味でも丁度いい。


 正直やりすぎかもしれない。アキ達の事なんて誰も気にしておらず、ここまで情報操作をする必要はないのかもしれない。敵対勢力すらいないかもしれない。ただそんな確証はどこにもないから徹底的に出来る事をやる。それだけだ。


「まあ、今後どう動くかは黒幕の握っている情報次第ですね。あと……そいつが誰なのかにもよります。」

「つまり簡単にまとめると、黒幕である外套の人物は良識ある人間だからアキさんが説得する。その後どうするかについては向こうが何を知っているかによるって事ですね?」


 アイリスが簡単に話を総括してくれる。


「そうですね。勿論俺の推測が全て正しいと仮定した場合ですが。」

「ではアキさんの推測が正しくなくて、首謀者が良識ある人間で無かった場合はどうされるんですか?」

「その人物が誰なのか確認して……殺しますよ。」

「なるほど……わかりました。協力は約束します。」


 納得したように頷くアイリス。そうならない事を祈っていますと優しい目で見つめてくる。だが大丈夫だ。観察や推測はアキの何よりの特技だ。全てを正しく推測出来るとは思わないが、大筋は間違っていないはず。だから黒幕である外套の人物を殺す事にはならない。確証に近い自信はある。何といってもこれがアキの唯一の才能なのだから。


「ミルナさん達?だっけ?には言わないのかしら?」


 エリザが心配そうな顔で尋ねてくる。


「まだ言わない。あの子達には推測でものを言いたくない。うちの子達は泣き虫だからね。確証を持ってからじゃないと話したくないんだ。その人物がイリアじゃないとわかって、言う必要があったら、終わってから言うよ。」


 アキの言葉を聞いてエリザがくすっと笑う。


「ふふ、大事に思っているのね。」

「まあね。」


 嘘は吐きたくないので正直に認めたが、さすがにちょっと照れくさい。さっさと話しを進めてしまおう。


「では最後に接触の方法、そして説得方法ですが……。」


 接触の方法については爺さんが動いている旨を説明する。その駒として使う貴族については追って始末するつもりだともアイリスに言っておく。彼女にとってその貴族は王家転覆を考えた不穏分子だ。処分しても文句は言われないだろう。


「ではその人物に話をどうやって聞かせるつもりなんですか?」


 アイリスの言う通り、これが一番の問題だ。普通に「やっほー!黒幕の人、ちょっと話しよ!」で話を聞いてくれるのであれば楽でいいが、さすがにそうはいかないだろう。アキの言葉に耳を傾けさせる必要がある。


 その計画は当然ある。アキはエリザとアイリスに詳細を端折らず説明した。


「もしその人物が俺の予想通りの人間であるならば……これで話を聞かせる事が出来ると思いませんか?」

「そんな!?アキ君、ダメ!絶対ダメよ!」


 アキの両肩を掴んで心配そうな目で見つめてくるエリザ。やっぱりなんだかんだでアキの事を気にかけてくれる優しい猫さんだ。


「なるほど。アイリーンベル王女殿下を同席させなかった理由がこれですね。」

「ええ。アイリス女王であれば国と俺となった場合、国をちゃんと取るでしょう?」


 ベルがいない理由を理解したアイリスは、少し困った表情を浮かべている。


「知ってます?この前ベルは国と俺なら俺を取るってはっきり言ったんです。本当に困った王女様です。」


 でもベルの言葉は嬉しかった。そこまで自分の事を慕ってくれているのだから。そしてそんなベルだからこそ、この計画からは外している。当然ミルナ達もだ。彼女達は絶対に許可してくれない。


 だからアキはアイリスを頼った。彼女の協力は不可欠だ。


「アキ君!私は反対よ!反対!ダメだからね!」


 だろうな。エリザは反対すると思っていた。でも彼女は同席させる必要があった。何故なら彼女が魔法学校学園長でミレーの魔法組合長だからだ。これ以上アキの計画に適した人物はいない。


「大丈夫だ、エリザ。爺さんにも絶対に死ぬなと言われているんだ。」


 アキはレスミアの地図を広げ、貴族の屋敷と黒幕との接触予想地点をエリザとアイリスに指し示す。爺さんから連絡を受け、アキがその地点へ向かう際、アイリスとエリザにも一報を入れると2人に説明する。


「アイリス女王には情報統制をお願いします。そしてエリザは黒幕との話し合いが終わる頃、この接触地点に来て欲しい。エリザ、お願い出来ないかな?」

「アキ君……だから私なのね?確かに私が誰より適任よ。けど……はぁ……もう……わかったわよ。私がその役目引き受けてあげる。だから、安心しなさい。」


 エリザは頷き、アキをしょうがない子を見るような目で見つめてくる。


「ごめんね、エリザ。でもエリザじゃなきゃ駄目なんだ。」


 彼女はどんな状況でも冷静に対応してくれる頼りになるお姉さんだ。だからこの役目はエリザじゃなきゃ出来ない。


「わかってるわ。何故アキ君が私を選んだのかなんてね。」

「うん。でもね、エリザにお願いする理由それだけじゃないよ。」

「他になにかあるのかしら?」


 エリザは不思議そうに首を傾げる。


「だってエリザは俺の大事なペットだからね?」

「もぅ……。でもそうね、その日だけは特別にアキ君のペットになってあげるわ。」


 エリザはそう呟くと、いきなり抱きしめてきた。


 いきなり何を……とエリザを見上げると、優しい笑顔でアキを見つめている。彼女の綺麗な青碧の瞳に吸い込まれそうになる。そしてエリザはアキを抱きしめたまま、御自慢の尻尾を使ってそっと顔を撫でてきた。ふさふさの毛がとても心地よく、エリザの優しい香りに包まれるアキ。


「頼りにしてる。エリザ姉さん。」

「勿論よ。おねーさんに任せておきなさい。」


 アイリスはその様子を穏やかな表情で見ている。彼女にしては珍しい表情だ。後でアイリスにこの時の気持ちをこっそり教えて貰った。なんでも「エリザが異性に興味を示した事がお母さん的な立場のアイリスとしてはとても微笑ましかった」のだとか。






 とりあえずその後、連絡手段と方法をアイリスやエリザと確認して打ち合わせは終了となった。これで準備は万全。後は爺さんからの連絡が来るのを待つだけだ。


 果たして明日か、明後日か。


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