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「講師依頼料を100金まで減額してやるわ!あとここで誠心誠意謝罪しなさい!そして跪いて私の足を舐めなさい!」
要求を言い終えてドヤ顔を決めるエリザ。しかしこのバカ猫、もの凄い要求してきたなと呆れる。生徒達がドン引きしているじゃないか。「学園長そんな趣味が……」「変態……だったのね」「あの要求はさすがにないよねー」などと言われている。まあ至極当然の意見だろう。
「取り消すなら今の内だよ?まだお姉さんの名誉守れるかもよ?」
「う、うるさいわね!取り消さないわよ!」
生徒達が言っている事はさすがにエリザにも聞こえているはずだが、今更後には引けないのだろう。顔を真っ赤にしながらも必死に睨んでくる。
さてどうするか……アキは手を顎に当てて一考する。こっちの世界の楽器を見るのは始めてだ。いきなり見たこともないような鍵盤楽器や弦楽器を演奏出来るとも思えない。少し触れば構造は理解出来るだろうが、まともに演奏するには慣れが必要だろう。
歌うという案もある。だがあまり自分の歌声を披露したくない。地球に居た頃、付き合いでカラオケに行った事は数回ある。その時その場の空気を壊さない為に一応歌いはしたが「下手じゃないよ」「全然聴ける」という評価を頂いた。そしてアキの歌声を知っているソフィー達は「私は好きです」という評価で「上手い」という評価ではない。だから音痴ではないとは思うが、決して上手いわけではない。それにそんな微妙な歌声を披露するのは恥ずかしい。
「ふふ、わかってるわ。怖気づいたのね。今なら特別に『お姉さん、生意気言ってごめんなさい』だけで許してあげるわよ!」
猫がなんか言っているが無視する。
まあエリザの言う通り謝るのも一つの手だが、意地でも謝りたくない。謝るとあの騒音みたいなものを音楽と認める事になってしまう。そしてなにより『エリザ』に謝りたくない。絶対この後しばらく、お姉さん風を吹かせて調子に乗ってくるのが目に見えている。一応秘策はある。あまりやりたくない方法だが。しかしこの状況……背に腹は代えられないか。
「俺が勝ったらなんでも言う事聞くの?」
「え?え、ええ……!そ、そうよ!なに?依頼料上乗せかしら?」
てっきりアキが謝ると思っていたらしく、エリザが戸惑っている。
「じゃあ俺が勝ったら今日1日語尾に『にゃ』をつけなさい。後、学園長室に引き篭もるの禁止、生徒から話しかけられても無視するの禁止ってルールを付け加えよう。」
さっきも「にゃあああ」とか叫んでいたし、丁度いいだろう。せっかくここまでお姉さんキャラを崩壊させたんだ。こうなったら徹底的に破壊してやろう。
「はあああああ!?なによそれ!なんでそんな事しないといけないのよ!」
「だってなんでも言う事聞くって。」
悔しそうに地団駄を踏むエリザ。まだ勝負してないのに、何で既に悔しそうにしているのか不思議だ。
そしてその様子を見ていたエアルとミリーがおずおずと口を挟んでくる。
「あ、あの、学園長?アキさんにごめんなさいしましょう?」
「うんうん、今ならまだ間に合うよ。」
エリザにごめんなさいしろと助言するエアル達。他の生徒達も口々に「そのほうがいいよ」って言っている。生徒達はすっかりアキの味方らしい。
「な、なんで私が謝らないといけないのよ!謝るのはアキ君よ!ここまで来て引くなんてできないのよ!そんな恥ずかしい事おねーさんとして出来ないの!アキ君、ほら謝りなさい!依頼料少なくなるわよ!ほらほら!」
必死になんとか自分の正当性を主張してくるエリザ。確かにどう考えてもアキが悪いのは明白だ。だがこうなってしまった以上は仕方がない。エリザに犠牲になってもらおう。
「学園長……?アキさん1ヶ月ちょっとで白金貨35枚稼いだんですよ?」
「だね。昨日私達にも300金近い買い物してくれたし……。」
エアルとミリーの言葉を聞いて愕然とするエリザ。ぶつぶつと「300金ですって?私の何十年分の給与よ……おねーさんの威厳が……」とか呟いている。そしてそんなことを暴露してくれたエアル達のおかげで、生徒達の視線がアキに移る。「アキ先生に気に入られたら一生安泰よ!」「玉の輿よ!玉の輿!」「尻尾を生やせばペットにしてもらえるのよ!」と勝手に幸せ人生計画を立て始めている。
「ぐっ……そ、それでも引けないのよ!どうするのアキ君!やるの!?謝るなら今よ!本当に今!」
必死に謝罪を推奨してくるエリザが微笑ましくて可愛い。意地っ張りなところがどこかうちの子達に似ている。
「まあ別にいいけど。とりあえず1曲弾いて、生徒達に判断して貰えばいいんだな?」
「え?え、ええ……そうよ。ほ、本当にやるの?アキ君?」
不安そうな顔で聞いてくるエリザ。
「やる。エリザ、謝るならいまだぞ?」
「はぁ!?な、なんで私が謝らなきゃいけないのよ!」
しかしよく考えてみて欲しい。エリザが勝ったら、アキがエリザの足を舐める。アキが勝ったら、エリザが1日語尾に「にゃ」を付ける。どう転んでもエリザの名誉が無くなるだけなのだが、気づいていないのだろうか。今すぐエリザから謝っておいた方がいいと思うんだが。
「ア、アキ君の方こそ謝ったほうがいいわよ!ね?アキ君、そうしましょ?」
「だって謝ったらあの騒音を音楽と認める事になるから出来ない。」
「くっ……!言ってくれるじゃない……!なら勝負よ!もう絶対に絶対に許さしてあげないんだからね!」
そう言ってエアル達の隣に移動するエリザ。さっさとやれと偉そうに仁王立ちして尻尾を揺らしている。
アキは早速鍵盤楽器に座り、順番に鍵盤を押し、初めて見るこの世界の楽器を確認する。なるほど。どうやら構造はピアノと同じらしい。ただこの楽器にはピアノのように黒鍵は無く、白鍵が横に一列に並んでいるだけ。これは慣れるには相当時間が必要そうだ。とりあえず角度的にエリザや生徒達からアキの手元は見えない。これなら何とかなるだろう。
アキはポケットに入っている音楽プレーヤーを取り出す。毎朝アリアがそっとポケットに入れておいてくれる。本当に優秀なメイドだ。ただ学校では必要ないから、タブレットもプレーヤーもみんなで使っていいよ、と言っているのだが、頑なに1個は必ずアキに渡してくる。なんでも彼女達曰く、1個はアキが自由に使えないと駄目、なんだそうだ。もう1個は取り合いにまでなっているのに、アキの分に関しては絶対喧嘩しないし、文句も言わない、とアリアが言っていた。全く、うちの子達の気遣いには呆れる。
だがおかげでこの局面を乗り切れる。アキが考えている方法はなんら難しい事ではない。単純に音楽プレーヤーの音を風魔法で増幅させて流すというものだ。まあ所謂弾いてる振り、口パク。うちの子達と音楽鑑賞する時によく音量増幅魔法は使っているので、どの程度の魔素でどのくらいまで音が増幅するかは把握している。あとは鍵盤を弾いているように見せ、口を歌声に合わせればいい。
正直あまり気の進む方法ではない。他人の曲や歌声を自分の物として偽るわけなのだから。まあ異世界での事だし、偽ったところで誰にも迷惑は掛からない。それに今回だけだ……と心の中で言い訳しておく。
後はどの曲を使うかだが、ピアノと歌声だけの曲を選ばなければならない。さすがにフルオーケストラの曲なんか流したらずるしてるのがバレてしまう。そしてそれがバレたらエリザにどれだけ罵られるかわかったものじゃない。
そう言えば確かソフィーがとある音楽家の歌声がアキに似ていると言っていた。その人の楽曲には「花言葉」というピアノの曲があったはずだ。歌詞も青春時代を謳歌する若者向けの物だし丁度いいだろう。それにしよう。
とりあえず使う曲も決まった。後はずるして勝って、エリザに罰ゲームをさせるだけだ。見事なまでの外道。さすがの腹黒さだと自分自身に苦笑する。
「じゃあ頑張ってみるよ。」
アキはそう言って音楽を再生すると同時に風魔法を発動。音を風に乗せ、鍵盤をたたく振りをする。我ながらかっこ悪いなと軽く凹む。だがまあ……評価は上々のようだ。ミレーの音楽しか知らない生徒達は、アキが奏でている和音や音階に驚きを隠せないようで、目を見開いている。すっかり聴き入ってくれているようだ。
ちなみにエリザだけは絶望の表情をしている……気がする。
続いて肝心の歌が始まったので、適当に口の動きを合わせる。よく聞いている曲でもあるので歌詞は覚えているし不自然ではないだろう。エリザやエアル達は急に聞こえ始めた歌声に驚いている。だが音に声を乗せているとわかると、感動したように目を輝かせてくれた。エリザの尻尾も音楽に合わせてゆらゆらと揺れているのが可愛らしい。
ただみんなにはこれがアキの歌声だと思われているだろう。それが忍びない。生徒達は「アキ先生の声綺麗!」とか言ってくれているが、世界的に有名な音楽家様の歌声なんだから綺麗なのは当然だ。本当にこの方法はかっこ悪い。今すぐやめて死んでしまいたい。完全に黒歴史だ。こんな方法、二度と使わない。
永遠とも感じられる1曲が終わる。やっと解放されたと溜息を吐くアキ。だが生徒達からは拍手があがる。「すごいすごい!」「アキせんせー格好いい!」ともの凄く褒めてくれた。気持ちは嬉しいが、アキとしては相当居心地が悪い。完全にずるしているので全く胸を張れない。
「アキさん素敵でしたよー!」
「うんうん、音楽っていいね。私に好きになりそう。」
エアルとミリーもアキを絶賛してくれる。しかし音楽を好きになってくれたのは嬉しい誤算だ。今回の行動は音楽の普及という意味では有意義なものになったかもしれない。これを聴いた生徒達の影響で街中の音楽も変わってくれたら最高だ。一度アイリスに聴かせてミレーの音楽事情の改善を求めてみてもいいかもしれない。そうだそれがいい。そうしよう。
「うちの子達も音楽が好きなんだよね。それにエレンとかエリスは歌うのが凄く上手いんだよ。今度うちに来た時みんなで音楽鑑賞でもしようか。」
「「はい!」」
エアルとミリーにも歌わせてみてもいいかもなしれない。ちなみにミルナもあれから練習して実はちょっと上手くなってきている。アキが付きっきりで音程指導をしているので、かなり上達した。ミルナは歌うのが本当に好きみたいだし、もっと上手くなって欲しいものだ。
それはともかく……今はしなければならない事が1つある。
「じゃあエリザと俺のどちらが上手かったか決めようね。」
生徒達に向かって宣言するアキ。
「アキ君!待って!聞かなくていいわ!これ、なかった事にしよう?ね?特別にアキ君の事許してあげるわ!おねーさんだから!」
慌ててエリザが叫ぶ。
ただ「許してあげる」とか上から目線で偉そうな猫だ。そして負けるとわかった途端、大人の事情を持ち出してきて全てを無かったことにしようとするとはさすが汚い。この猫汚い。生徒達も「大人ってサイテー」とひそひそ噂している。
「ダメ。偉そうに言ってるとこがまずダメ。」
「だ、だってー!お願い……ね?アキ君……?」
涙目で必死に訴えてくるエリザ。尻尾もすっかり垂れ下がっている。まあエリザは十分醜態晒したし、さすがに可哀そうになって来た。
そろそろ助け舟を出してやる事にする。
「じゃあ1回だけ『にゃ』つけて?俺に小声で言うだけでいい。それで終わり。」
妥協案を提示してみた。何も無しでもよかったが、是非エリザが言うところを聞いてみたい。それくらいなら許容範囲だろう。
「う、うん。それなら……。アキ君。あ、ありがとにゃ?」
耳をぴくぴく動かして首を傾げながら呟く。うん、可愛い。素晴らしい破壊力だ。やはりこの猫どうにかして連れて帰らねばならない。しかしエリザは本当に恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして丸まってしまった。どうやら今日も羞恥が限界点を突破してしまったらしい。
「勝負は引き分けにしよう。わかったな。あとこの可愛い猫は俺のペットだから俺以外が苛めるのは許さないから。みんないいね?」
生徒達は素直に「はーい」と声を揃えて言ってくれた。なんとかこの場を収める事が出来たようだ。まあ……「やっぱりペットなのよ!」「学園長可愛い!」「すっかりアキ先生のモノね!」とキャーキャー騒いでいるのは諦めよう。女の子は総じて色恋話が好きだと聞くし、そんなものだと割り切った方がよさそうだ。それにエリザは丸まっていて聞こえていないようだし大丈夫だろう。
そろそろ午後の授業だ。生徒達は自分達の教室へと離散して行った。食堂に残されたのはアキとエリザ。アキもさっさと教室に向かいたいが、この猫が丸まったままなので動けない。昨日のように放置するのはさすがに可哀そうだ。
「エリザ、そろそろ授業だぞ。」
丸まっているエリザはチラッと顔を上げ、手を伸ばしてアキの袖をギュッと掴んでくる。
「ぺ、ペットじゃないわよ……。あと、か、可愛いとか言うのは嬉しい……けど恥ずかしいからダメ……。」
エリザが頬を染めたまま呟く。いつの間にかすっかりペットとして従順になってくれたようだ。これは僥倖。連れて帰れる日も近そうだ。学園長をペットにする計画は無かったのだけど、猫だから仕方がない。そう仕方がないのだ。