13
「今日は何にしようかしら。」
エリザが食堂のメニューをみて悩んでいる。
「弁当作ってきたんだけど。エリザの分もあるからどう?」
「あら、ほんと?是非頂くわ。」
2日も食べればさすがにこの食堂は十分なので、今日からは弁当を作ってきた。朝食を作る合間にちょっとひと手間掛けただけの簡単なものだ。せっかくなのでエリザの分も用意しておいた。どうせ1人分も2人分も大して手間は変わらない。
エリザは弁当を受け取ると、早速食べ始める。1口食べた瞬間、彼女の尻尾がピンッっと天を突いたように直立した。どうやら気に入ってもらえたらしい。
「お、美味しいわ!これ全部アキ君が作ったの!?」
「そうだよ。ここの食堂があまり好きになれなくてね。」
「確かにね、なんとかしたいんだけど……でもこれ本当に美味しいわよ!」
直立させた尻尾を千切れんばかりの勢いで振りまくっている。そんなご機嫌なエリザの様子に周りの生徒達も気付いたようで、アキ達の方を興味津々に見つめている。というよりエリザを見つめている。
だがエリザは生徒達に見られてる事に気付いていないようで、ひたすら弁当を「美味しい美味しい」といって食べている。そんな彼女の姿を見た生徒達は「学園長がアキ先生に完全に飼われているわ……。」「愛妻弁当ならぬ愛ペット弁当ね……。」「でも美味しそう、私も食べたい。学園長だけずるい。」などと、もの凄い事言い始めた。
流石にこれだけざわざわしていたらエリザもいい加減気づく。
「うぅ……ペットじゃないわよ……。」
恥ずかしそうに尻尾をしゅんとさせながら呟くエリザ。生徒達に対しては食って掛かるわけにもいかないのだろう。
「明日からは作ってこないほうがいい?」
「それは嫌!明日も作ってきなさい!おねーさんの為に!」
そのセリフ好きだなと苦笑するアキ。そしてそんな事を言うもんだから、生徒達には「やっぱりペットなのよ!」「きっと毎日愛でられているんだわ。」などと不名誉な事を言われている。アキにはなんらダメージもないので、学園長であるエリザにとって不名誉、という意味だが。あとやはりお姉さんだとはあまり思われていないようだ。
「ペットじゃないもん……。おねーさんよ……おねーさん……。」
まあそんなしょんぼりしていじけてたらお姉さんには見られなくて当然だろう。
「あれ?なんか音が聞こえる?」
弁当を食べ終え、エリザとのんびり談笑していたら、食堂内のどこからか不思議な音が聞こえてくる。昨日まではこんな音していなかったのにと、辺りを見回す。
「あら、珍しいわね。楽器の音よ。ほらミレーって音楽の国って言われているでしょ?だからこの食堂にも楽器が置いてあるのよ。弾ける人いないから滅多に誰も触らないのだけどね。」
目を細め耳をぴくぴく動かして満足気な表情を浮かべているエリザがお茶を啜りながら説明してくれた。そんなに弁当が気に入ったのかと苦笑する。
「楽器だと?」
「ええ、楽器よ?」
この国の音楽についてはもう諦めているが、楽器には興味がある。結局まだ楽器店にすら行けていないので、この世界の楽器があるなら是非見てみたい。どんな楽器があって、何を買うかの参考にしておきたい。
「どこだ。どこにあるんだ。」
「あら、アキ君は音楽に興味があるのかしら?」
「三度の飯より好きだな。それよりどこだ。エリザ、どこにあるんだ。」
アキがやたらとせかすのが可笑しかったのか、くすくすと笑うエリザ。
「はいはい、こっちよ。」
エリザに食堂の奥の方へと案内される。するとそこにはグランドピアノのような鍵盤楽器が置いてあった。他にも不思議な形の弦楽器や笛のような木管楽器が複数設置されている。
どうやらこの楽器は、生徒達が自由に音楽を楽しめるようにと置かれているようで、先ほどの音はこの弦楽器や鍵盤楽器のものらしい。アキとエリザが近づくと、楽器を触っていた女子生徒達が恥ずかしそうに逃げていく。
「ねえ、ちょっと待って。弾いてよ。」
逃げようとする生徒を捕まえてお願いする。
「無理、無理ですー!恥ずかしいからイヤですー。」
そのままアキの制止を振り切って一目散に退散していった。残念だ。
だがそんなひと騒動があってアキ達に注目が集まらないわけがない。気付いたら食堂内にいる生徒達全員がアキやエリザの方をチラチラと見ていた。
「アキさん、ごきげんよう。」
「アキさん。昨日はありがとね。」
ふと背後から声が掛かる。振り返ると、いつもの美少女Sランク2人組が立っていた。どうやらエアルとミリーも食堂に来ていたらしい。
「やあエアルにミリー。丁度いいところに。」
2人の肩を力強く掴んで、逃がさないようにしてからお願いする。
「弾いて?」
「「む、むりです!」」
首をぶんぶん振って嫌がるエアルとミリー。仕方ない、ちゃんとお願いしよう。
「弾いてくれないと今ここで渾名を叫んじゃいそうだ。」
エアルとミリーは体をビクっとさせ、半分涙目でアキを見つめてくる。
「その選択肢は卑怯です!アキさんのおにー!あくまー!」
「そうだそうだ!この鬼畜教師!」
全く酷い言われようだ。
そんなやり取りをエアル達としていたら、その状況を見ていたであろうエリザが仁王立ちして、偉そうに声をかけてくる。見事なドヤ顔だ。
「あら、アキ君は楽器を弾いて欲しいのね?特別にお姉さんが弾いてあげてもいいわよ。」
「あ、いいです。」
即答で断り、エアルとミリーに再度弾いてくれと懇願する。
エリザの申し出をあっさりと断ったのに、エアル達には必死でお願いしているアキの姿が相当気に入らなかったようで、エリザが尻尾を逆立てて叫ぶ。
「こら!アキ君!私が弾いてあげるって言ってるのよ!ありがたく聴きなさいよ!こう見えても私は楽器を嗜んでいるのよ!」
ふーふー肩で息をしながら必死に説明してくるエリザ。そんな彼女を見て周りの生徒達は哀れみの視線を送っている。アキに遊ばれているエリザに同情しているのだろう。
「えー……だってエリザってセンスなさ……。」
「お黙りなさい!アキ君はありがたく私の素晴らしい演奏を聴けばいいの!」
アキが言い終わる前にエリザが胸元を掴んで揺すってくる。雑音を聴かせられたらアキは暴走する自信があるから止めているのだが、エリザは弾くと言って聞かない。仕方ないので渋々了承する。
「ふふ、わかったならいいのよ。じゃあそこでお姉さんの素晴らしい演奏を聴いていなさい。」
エリザが鍵盤楽器の前に座り、アキにすまし顔で宣言してくる。何故そこまで自信が持てるのだろうか……。
「ああ、わかった。」
耳を塞いでアキは聴く準備をする。
「耳塞がないの!どこが聴く準備よ!ちゃんと聴いて!」
そろそろ本当に泣き出しそうなので、アキは諦めてエリザの演奏に耳を傾けることにする。万が一、億が一、上手いという可能性だってあるかもしれない……。
ちなみにエアルとミリーはアキの隣でエリザの演奏を聴いていくようだ。他の生徒達も、あれだけ豪語したエリザの演奏に興味があるようで、食堂にいる全員がエリザに注目している。
「エリザ上手いの?」
エアルとミリーに尋ねるが、「わかりません」と首を捻る。どうやら今まで生徒達の前で披露したことはないらしい。
エリザは軽く深呼吸をして……鍵盤を叩き始める。やはり街中で聞いたような単音。当然スケールなどは無視、長調なども無視。本人的には曲を奏でているつもりなのかもしれないが、アキにとっては騒音だ。エアル達は特に不快な顔はしていない。多分ミレーではこれが一般的な音楽なのだろう。この世界では下手でも上手でもないと言ったところか。
「だが……騒音は許せん。」
1分程聴いたあたりでさすがに我慢の限界が来た。エアルが手に持っていた魔法学の教本を強引に奪い取る。
「アキさん……?なにを……?」
エアルが不思議そうに聞いてくるが、無視して、無言のままエリザの背後に近づき……猫の頭に向かって教本をおもいっきり振り下ろす。
「にゃあああああ!?」
エリザが叫び声をあげて演奏を中断する。相当痛かったのか、涙目になって両手で頭を抑えている。そしてやっぱり「にゃ」と言った。だが今はそれはどうでもいい。
「な、なにするのよ!?ばかっ!!痛いじゃない!!!」
エリザは非難の声を上げるが、アキがさらに大声で叫ぶ。
「このバカ猫が!騒音まき散らしおって!耳が腐るだろうが!」
もう一発殴っておく。
アキが叫んだのが珍しいのだろう、エアルとミリーは吃驚して目を丸くしている。他の生徒達も似たような表情だが、多分彼女達はエリザを引っ叩いた方に驚愕しているような気がする。
「騒音ってなによ!!!」
「うるさい!どこが音楽だ!こんなのは騒音で公害だ!極刑がふさわしい!」
「ひどい!そこまで言わなくてもいいじゃない!」
エリザもアキが感情を露わにしたことには驚きを隠せないようだ。尻尾が吃驚した時の動きをしている。だがエリザはそれよりも、「騒音」と言われた事の方が気に食わないらしく、顔を真っ赤にして文句を言ってくる。
「せっかく弾いてあげたのに!今日という今日はお姉さん本当に怒ったわよ!」
「怒ったからどうだっていうんだ。」
「ふふ、思い知らせてあげるわ!お姉さんの恐ろしさを!大体、弾いてもいないアキ君に言われる筋合いはないのよ!そんなに言うなら自分で弾いてみなさい!」
エリザが耳と尻尾を逆立て、仁王立ちしながら偉そうにビシっと指を差してくる。
「せっかくだし、今ここにいる生徒達に決めてもらおうじゃない!もしアキ君が勝ったらなんでもいう事を聞いてあげるわ!でも私が勝ったら……!」
何を要求するつもりなのだろうか。面白そうなのでアキは黙ってエリザの言葉を待つ。
「講師依頼料を100金まで減額してやるわ!あとここで誠心誠意謝罪しなさい!そして跪いて私の足を舐めなさい!」