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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第十二章 魔法学校Ⅱ
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10

 1時間程訓練を行い、その日は終了となる。当然アキも訓練には参加した。エアル達がへとへとになった後、いつも通りアキ対ミルナ達で模擬戦だ。


 訓練後は昨日と同じように、アキが夕飯を作る。そのお手伝いにはアリアとセシルだけじゃなく、今日もベルが加わってくれた。なんでも本人曰く花嫁修業なんだとか。だがミルナ達よりやる気もあるし、覚えも早い。さすが王女様、なんでも卒なくこなしてしまう。ちなみにうちの子達は料理を教えてと言ってきた日以降、キッチンに近寄ってすらいない。あれはなんだったんだとほとほと呆れた。


 そしてエアルとミリーも今日も夕食会に参加だ。どうやらアキの食事が気に入ったらしく、昨日の様に遠慮しなくなった。毎日食べますとまで言ってくる始末だ。嬉しい事ではあるが、おかげでうちの子達の殺気が日に日に研ぎ澄まされて行っている気がする。「最後の一線を超える前に食い止めなければなりません」とかわけのわからん事をミルナ達は言っていた。


 夕飯が終わると、当然アキはエアルとミリーを家まで送る。だが何故か今日は全員がついてくると言って聞かなかった。そんな大所帯で夜道をパレードしたくないので、鉄拳制裁しておいたが、それでもミルナ達は「絶対行く!」と譲らなかった。仕方なく、不承不承ながらも、アキはエリスにだけ同行を許可した。アリアでもセシルでも正直よかったが、何かあった時の為にSランクであるエリスを選んだ。まあこの3人であれば暴走しないし、ちゃんと節度をわきまえてくれるから安心だ。当然うちの子達は暴走するので論外、そしてベルは一応王女様なので却下した。


 ちなみにエリスを選んだ理由は他にもある。実は彼女とはゆっくり話したい事があった。ある意味丁度いいと思い、エリスに同行してもらったのだ。






 エアルとミリーを送り届けた後、エリスと2人きりでゆっくりと夜の街を歩く。


 レスミアの夜はミスミルドとは違った風情がある。ミスミルドの夜はそれはそれで素晴らしい優美な姿をしている。荘厳ある建物が灯りに照らされ、街全体が神々しい雰囲気に包まれる。まさに古き良きヨーロッパを象徴しているかのような美しい夜色に彩られた街並みだ。


 だがここレスミアは少し違う。ミスミルドに比べてレスミアは気温が高いからか建物の建築様式が異なる。そのせいもあり雰囲気は中世ヨーロッパというよりアジア寄りで、建物はタイの古式木造建築に似ている。夜になり、街に明かりが灯ると、南国のリゾート地にいるかのような神秘的な光景が広がる。


 アキはミスミルドの街が好きだ。だがレスミアも悪くない。また違った良さがある。ミスミルドが厳かな雰囲気だとするなら、レスミアは神秘的といった感じだ。


「気持ちいいな。」


 アキは目を瞑り、夜風を体で感じながら小さく呟く。 


 ミスミルドは夜が少し肌寒い。だがレスミアは夜風がとても心地よく、散歩しているだけなのにどこか安らかな気持ちになる。この国は昼間が暑い。真夏日と言っても過言ではない。だからその分夜は気温が下がり過ごしやすいのだろう。


 「今度はミルナ達も連れてきてあげよう。」


 今日は留守番させてしまったが、こんなに気持ちいいのなら連れてきてあげたい。あの子達と一緒の夜の街をのんびりと散歩したい。


 そんな事をボーっと考えながら夜のレスミアを歩く。


 アキはふと横を見る。エリスの髪を夜風が艶やかに靡かせていた。その姿があまりに美しく、つい見惚れてしまう。


「エリス。」

「うん、どうしたのだ?」


 エリスに声を掛ける。だが別に用があったわけじゃない。エリスを見つめていたら無意識に彼女の名前を呼んでしまっただけだ。


 ただ声を掛けてしまったので、このまま彼女と少し話をすることにする。もともとその為に彼女を誘ったのだから。


「エリスを指名したのはさ……ちょっと相談があって。」

「なんでもいいぞ!私はアキのものだからな!」


 エリスは2人きりになると積極的に話してくれる。みんなといる時はどこか一歩引いてしまい、会話にあまり入ってこない。それがずっと気になっていた。エリスは遠慮しすぎなのだ。


 そんなことを考えつつエリスを見つめる。夜の穏やかな風に彼女の金色こんじきの髪がまた靡いている。やはりとても綺麗で美しい。


「アキ?どうしたのだ?相談があるのでは?」


 エリスが首を傾げている。


 ついさっきも見惚れていたばかりなのに、また気づいたら彼女の美しさに魅入られてしまっていた。アキは自分の頬を軽く叩き、気持ちを落ち着かせる。このままでは話が進まない。エリスに見惚れたままこの時間が終わってしまう。危ない危ない。


「ごめん、ぼーっとしてた。」


 アキは気合を入れなすと、彼女にそっと告げる。


「それで相談というかなんというか……エリスが全然我儘を言わないから俺はちょっと寂しいんだ。みんなが騒いでいる時もエリスは一歩引いているだろ?だからちょっと2人で話したくてね。」

「あ……えっ?い、いや別に言いたいことがないからだぞ……。気にすることはないのだ……。」


 エリスは戸惑いながらもいつものように「問題ないのだ!」と返事をしてくれる。だが彼女はいつもみんなが騒いでいても静かに外を眺めていたりするだけだ。今日だって皆がアキにエアル達の事で「お話」している時も、最初にちょっと拗ねただけでその後は静かに見守っているだけだった。


 確かにエリスもアキに対して拗ねるくらいはしてくる。だが怒らないし、我儘を一切言わない。贅沢だって言わない。何かが欲しいとか、何かをしたいとか。こちらから言っても今みたいに「大丈夫なのだ」と返すだけ。ミルナ達は「構え」だの「甘やかせ」だのアキに対する我儘はがんがん言ってくる。でもエリスはそれすらない。


「俺と一緒に来た事、後悔してない?」

「してない!するわけないだろう!」


 エリスはそう言ってくれるが、アキは心配だ。我儘も言わず、文句も言わず、エリスはただただいつも静かにアキの側にいてくれる。それが彼女の負担になっていないのかが心配だ。


 エリスはSランクで実力もある。飛び抜けているといってもいい。悩みの原因であった匂いの心配がなくなった今、彼女には色んな道がある。国に仕えるもよし、Sランクとして名を馳せるもよし。だがエリスはアキについてくることを選んだ。


「もし他にやりたい事があるならしてもいいんだよ?お金返せとか言わないからさ。エリスが去りたいなら去ってもいい。」

「イヤだ!イヤなのだ!ア、アキは私が側にいるのが……その……嫌なのか?」

「まさか。そんなわけない。」


 アキの返事を聞いて安堵の表情を浮かべるエリス。嫌われたからこんなことを言われているのだと勘違いしたのだろう。


 だがそんな事はあり得ない。


 エリスの事を嫌なわけがない。彼女にはいつも助けられているし、頼りになるアキの騎士だ。だからこそエリスにはもっと自分の望みを言って欲しい。何も言わないから色々我慢しているんじゃないかと思ってしまう。アリアやセシルはミルナ達ほど我儘は言わないが、アキによく話しかけてくるし、積極的に接してくる。ベルだってそうだ。だがエリスだけは本当に何も言わない。ついつい他の子達ばかり構い過ぎて、彼女の事を蔑ろにしているのではないかと心配になる。


「エリスにもっと構って欲しいって俺の贅沢か?」

「そんなことない。私が遠慮しちゃうだけだから……。」


 無理してないのならよかった。少しは安心した。まあエリスが遠慮してしまう理由もわかる。うちの子達はあんな性格だし、ベルも強引なとこがある。だからこそエリスは中々会話に入ってこられないのだろう。


 「エリス。」


 アキはエリスの手をそっと掴む。驚いた表情を浮かべ、どうしたのと不思議そうに見つめてくるエリス。


 いつも頑張ってくれるエリスにアキは何もしてあげられていない。それでもエリスはアキの側に居たいと言ってくれる。だからそんな彼女の事も皆と同じくらい大事にしないといけない。それが自分の役目だとアキは思う。


 だからこれはその初めの一歩だ。


 握った彼女の手を自分の方へと引き寄せ、エリスを優しく抱きしめる。


「ア、アキ……なに?ど、どうしたの?」


 急に抱きしめられて慌てているのか、すっかり口調が乙女エリスになってしまっている。表情は見えないが、きっと顔を真っ赤にしている事だろう。


 抱きしめる事で彼女が喜んでくれるかはわからない。けど今アキに出来る事と言えばこれくらいだ。まずはエリスを抱きしめる事から始めてみようと思った。


「遠慮するな。俺はもっと我儘なエリスがいい。いつも俺の為に頑張ってくれているエリスはもっと好き勝手やっていいんだ。」


 エリスからはもう嫌な匂いはしない。「悪臭のエリス」という不名誉な二つ名なんてもう必要ない。彼女の金色こんじきの髪からはただただ柔らかい野花のような優しい香りがそっと漂ってくるだけだ。


「で、でも、アキに嫌われたくないの。」


 そんな事を心配していたのかと苦笑するアキ。


 口調は凛々しくて男勝り。実力も飛び抜けているSランク冒険者のエリス。戦闘に関しては頭も回るし、切れる。ただそれ以外だとエリスは本当にアホの子だ。会話も下手だし、頭を使うのも苦手。一緒にいるようになってそんな彼女を知った。そして可愛い物が大好きで、純真無垢な可愛い女の子だとも知った。


「むしろ俺がエリスに嫌われて、見限られるんじゃないかって心配だ。」

「そんなことは絶対ないもん!」

「だったらもっと好きにしろ。わかったか?俺はエリスが大事なんだ。」


 優しく、語りかけるようにエリスに伝える。


「いいの……?私言いたいこといってもいいの?」

「ああ、いいよ。」


 するとエリスがアキの腕の中で小さく頷いた。そして呟く。


「も、もっと構ってよ。もっと私をみてよ。私だけを見てよ。他の子ばっかずるい。それにアキは節操なさすぎ。どれだけ女の子落とすの。バカ。でも許す。アキだもん。誰にでも優しくて、好かれる。私はそんなアキがいいの、好き。大好き。」


 これがエリスがずっと言いたかった本音。


 奥手で恥ずかしがり屋で言いたいこと言えない女の子。ずっと溜めこんだらいつかどこかでおかしくなる。やはりエリスに早めに話をしておいてよかったのかもしれない。


「ごめんね。ありがとう。エリス。欲しいものとかはないのか?」

「別にない。あ……でも一緒にお出かけはしたいかな。」

「じゃあ行こうね、いつでも誘ってくれていいから。」

「うん。」


 そう言って今度はエリスの方から抱きしめてくる。嬉しそうに、優しく、そっと、抱きしめてくれるエリス。


 これで少しは彼女も会話に入ってくるようになると嬉しい。アキとしては全員でわいわい楽しくやっていきたい。1人でも仲間外れがいるのは嫌だ。この子達を大事にするという覚悟を決めたのだからちゃんと平等に彼女達を大事にしてあげたい。






 その後、エリスが落ち着くのを待って、仲良く手を繋いで屋敷まで戻った。


 幸せな気持ちで屋敷に帰る事が出来たので、アキはのんびりごろごろしようと思っていたのだが、アキを待ち受けていたのはうちの子達による「お話」だった。どうやらエリスとアキが手を繋いで仲良く歩いている様子をアリアがどこからか見ていたらしい。うちのメイドの神出鬼没さに戦々恐々とした。このメイド怖い。


 ただお話については、ミルナ達もエリスがいつも遠慮して一歩引いているのはわかっていたようで、あまりねちねち言われることはなく、「今度私達とも手をつないでお散歩です」と約束させられたくらいで終わった。なんだかんだ言い合いはよくしているが、しっかりとお互い仲間意識を持っているようで安心した。アキという「お話」の被害者の上に成り立っていそうな仲間意識だが……まあこの子達が楽しいのならそれでいいだろう。

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