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「では火の番ですが、エレンとアキさん、私、レオ、ソフィーの順番でよろしいでしょうか。」
ミルナが見張り番の順番を提案する。夜中に起きて訓練するのも辛いだろうと気を遣ってくれたようで、アキとエレンを最初に回してくれた。彼女達に特に異論はないようで、賛成とのこと。教えてもらう立場のアキに文句は無いので、皆がいいのであればそれに従うだけだ。
食事と明日の軽い打ち合わせを終えた面々は各自休む準備をする。ただ寝床といっても簡素なもので、地面に軽く敷物を敷いた程度だ。
「俺は構わないけど、みんなこの上で寝るの?」
5つ敷かれた敷物を指差すアキ。ミルナがアキの分も用意してくれている。
「はい。依頼で夜を明かすときは大体こんな感じですー。」
「これで疲れ取れる?」
ソフィーがいつものことなので大丈夫ですと言って、両手で握りこぶしを作って平気アピールをする。だがすぐにちょっと恥ずかしそうな表情になる。
「贅沢は言えません……。でも恥ずかしいのであまり寝てるとこ見ないでくださいです。」
ソフィーの可愛いであろう寝顔には興味はあるが、アキとしても女性の寝顔を見るのは失礼かと思うのである提案する。
「寝顔見るのは申し訳ないと思うし、これ使おう。火の番がいるなら気にせず使えるしね。」
アキはワンタッチテントを取り出す。野営することもあるだろうと考え、地球から持って来たものだ。しかしこちらに来てから自分の愚かさに気づいた。魔獣がいない平和な地球ならいざしれず、魔獣が跋扈するこの異世界で使えるわけがないと。1人でテントに籠っている間に襲われてゲームオーバーなんて目も当てられない。
「なんですの?」
ミルナが不思議そうな顔でアキの手に持ったテントを見る。
「5分くらいで終わるからちょっと待ってて。」
そう言ってアキはテントを組み立てる。よくこれほどまでに簡略化出来るものだとアキは思う。つくづく地球の人類は娯楽に命をかけていたんだなと感心する。この世界の人間にしてみれば呆れるレベルだと思う。
アキが持ってきたテントは2人用だが、3人くらいはなんとか寝られる広さはある。1人は見張りで起きているわけだから問題ないだろう。
「大人数で寝る用には作られてないけど、みんな華奢だし大丈夫かな?」
アキは組みあがったテントを見る。個人的には大満足だ。使いたかったテントを有効利用できる日が来た。やはり男というのはキャンプに心躍るのだろうか。自分は間違いなくインドア派だったんだけどなとアキは不思議に思う。
「あらあら……。」
後ろを振り返るとミルナが口に手をあててこちらを見ている。ソフィーやレオも「おぉ……」と感動している。
「この世界ってテントないの?」
「あるわよ。でもこんなんあるわけないでしょ!」
エレンが驚きつつ、突っ込みを入れる。
「俺の世界に魔獣がいないのは言ったでしょ。だから娯楽として野外で宿泊を楽しむキャンプってやつがあってね。それに使うんだよ。」
「ほんとあんたの世界ってどうなってるのよ。娯楽にどんだけ力入れるわけ?絶対間違ってるわ……。」
エレンは頭を押さえて呆れる。やっぱり呆れられた。でもアキもエレンの立場だったら同じような反応をするに違いない。
「とりあえず、ミルナ、ソフィー、レオはこの中で寝るといい。」
「これは、助かりますわ。それではお先に少し休みます。」
「アキありがとー!」
ミルナとレオはアキに礼を述べるとテントの中に入っていった。ソフィーも自分の敷物を慌てて回収してアキのところにお礼を言いにくる。
「アキさん、ありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして。これで寝顔見られなくて済むね?」
「は、はい……。おやすみなさい!」
ソフィーは照れながらも軽くお辞儀をしてテントに入る。
「さてエレン、よろしく頼むよ。」
「しょうがないわね、私は厳しいから覚悟しなさい。」
エレンは少しだけ楽しそうに笑っていた。
「まずは見てなさい。」
エレンはそう言うと太もものホルスターに収めていた2本の短剣抜いて両手に持つ。そして腰を少し落として姿勢を低くし、左手の短剣を目線の高さまで上げて構える。右手の短剣は胸元の位置に構えている。静かな闇夜にエレンの息遣いが響く。彼女が息を吸って一拍置いた次の瞬間、左足を前に踏み出すと同時に右手の短剣で素早く左薙ぎを放つ。そしてほぼ同時にその軌道と垂直に交差するように左手の短剣が空を斬る。
「これが私の基本よ。あくまで私の独学で流派とかないけどね。何回も繰り返して自分のやりやすい型を見つければいいわ。はい、やりなさい。」
エレンはアキに自分の短剣を渡してくれる。彼女の主要武器である短剣を気軽に貸してくれるくらいには信用し始めてくれているようだ。ただ説明も何もなしかよとアキは思うが、とりあえず文句を言う事なくエレンに従い見様見真似で2連撃をやってみる。
「ちっがーう!何を見てたのよ!」
「というか見えなかったんだが……。」
エレンの動きは早すぎて常人のアキにはエレンが動いた程度にしか認識できていない。ただこれは大きな問題で、早急に何とかしなければいけないとアキは考えていた。視力を鍛える方法なんてさすがのアキにも想像つかない。魔法で視覚上昇して補完できないか明日にでもミルナに確認するもりだ。
「しょうがないわね。いい?こう剣を構えてグッ、そしてドンってして最後にシュッってやるのよ。わかった?」
エレンが再度言葉を交えて剣を振るう。
わかるわけがない。と突っ込みたいがエレンの目は真剣だ。つまりエレンは本気で教えているつもりなのだろう。いわゆる感覚派の天才肌というやつで理論派のアキに理解するのは難しい。しかしエレンが真剣に教えている以上、アキも自分にできる努力をしなければいけないだろう。動きが見えないのはどうしようもないが、それは今は後回しだ。エレンの説明と動きを何とか理解する方法を考える。
「エレンごめん、もっかいだけやってみせて。」
「何回やらせるよの。」
口では文句を言いつつもエレンはしょうがないわねと短剣を再度振るう。
「どう?わかったの?」
「うーん、まだだけど。でもほらこれ。」
そう言ってアキはエレンにタブレットの画面を見せる。アキはエレンの動きを動画で撮影した。電子書籍や音楽をいれてある最近のタブレットは多機能で、電卓やメモ、写真撮影などにも使える。あまり大っぴらにはできないが仲間内であれば問題ないだろう。ただタブレットの最初の有効活用がエレンの撮影だとは想像もしなかったが。
「なによこれ!私がそこにもいるわ!」
当然タブレットの存在など知らないエレンは自分と瓜二つの人物が写っている事に目を丸くしている。
「これは俺の世界の機械で色々な機能が詰まっているんだ。今やったのはエレンの動きを映像として記録したんだよ。」
「よくわからないけど、そこに居るのはさっきの私ってことね?」
「そうそう、可愛いエレンがいつでも見れる素晴らしいものだ。」
「か、可愛いって!あんた何バカなこと言ってるのよ!この変態!」
エレンは両手で自分の体を守るように抱きしめる。
「冗談だ。でも可愛いのは本当。まあ、これでエレンにお願いしなくても何回も動きを勉強できる。」
「そ、そういうことなら特別に許すわ。」
「しかも動きが見えない俺でも見る事ができるんだ。」
「どういうことよ。」
アキはとりあえず地面に腰を下ろし、エレンに隣に座るように促す。一瞬の戸惑いを見せたエレンだったが意を決したように隣にチョコンと座る。
「ほら、もっと近くきて。」
「へ、変態!何する気なの!」
「違う違う。もっと近寄らないと見えないからだって。」
自分の横の地面をポンポンと叩く。エレンは少し頬を赤らめながらしょうがないわねと呟きつつアキの肩に触れるくらいまで近づく。
アキはタブレットの動画再生をコマ送りで再生する。
「ほら、こうして速度を落として再生することが出来るんだ。」
「ほんとね、凄い。自分の動きをこうやって見るのは初めてだわ。」
「さっきのグッってやつこれに合わせて教えてくれないかな。」
「ええ。ほらここでグッってやって、次はそこでドン、で最後のここでシュッよ。」
説明は相変わらずの擬音語のみだが、コマ送りの映像と合わせるとある程度推察できる。まずエレンがグッっていったのは剣を構えているところだ。しっかりと脇を締めているのがわかる。おそらくそれがグッの意味だろう。次にドンは踏み出した瞬間に言っていたのでおそらく重心移動のこと。エレンの重心移動をしっかりと観察する。アキの観察力があれば読み解くのはそんなに難解な事ではない。最後にシュッというのは剣を振るう瞬間で、力まず素早く振れという意味だろう。エレンが剣を振る瞬間、腕の力を一瞬抜いて鞭のように振り抜いているのが動画で確認できる。アキは何度も何度も繰り返して動きを観察する。
「うぅ……そんなに何回も見られるのは恥ずかしいわ。」
エレンは恥ずかしそうにするが集中しているアキには一切聞こえていない。
アキは動画で見るエレンの洗練された動きに目を奪われていた。スローにしてもここまで綺麗な斬撃は見たことがない。武道の手合わせや軍隊の戦闘動画などは見た事があるが、彼女ほど美しい剣技は初めて見る。
「エレン、ほんと綺麗だよな……。」
「な、何言ってるのよ!」
エレンが焦ってアキの方を見る。だがアキは相変わらず真剣な表情で動画を見ている。
「ほら、エレンのこの流れるような斬撃。本当に無駄がなく綺麗だと思う。」
「そ、そうね。斬撃ね。うん、私綺麗よね。」
「綺麗だ。」
斬撃の事を指しているのはエレンもわかっているが、自分の事を言われているような気がして顔を真っ赤にしている。だが今回ばかりはアキも気づかない。ひたすらエレンの斬撃を繰り返し再生して確認している。
「わかった気がするからやってみる。」
アキは立ち上がると短剣を再び構える。エレンの動きを脳内でなぞりつつ自分の体で再現する。
「さ、さっきより大分ましよ。あとはそれが自然に出来るまで繰り返しやりなさい。」
まだ少し顔が赤いエレンだがアキの動きはちゃんと見ていたようで感想を述べる。
「ずっとか?」
「ずっとよ。それが出来たら次よ。」
アキは頷き、言われた通りひたすら無心に剣を振るう。何度も何度も。
「うーん、いまいち集中できない。自分が集中できる環境でやっていいかな。」
「いいわよ。むしろその方がいいんじゃない?」
アキはわかったと答え、ジョギングに使う用の音楽プレイヤーを取り出す。タブレットで音楽を聴くのは不便な場合も多いのでこちらも持って来ていた。イヤホンを両耳に装着してポケットにプレイヤーを突っ込む。
「それはなに?」
「音を再生できる機械だよ。これを耳につけていると周りの音を遮断できるんだ。」
「まぁいいわ、じゃあやりなさい。」
「エレン、俺これつけると声掛けられても気づかないから何かあったら止めてね。」
「わかったわ、頑張りなさい。」
エレンは近くの岩に移動すると腰掛けてアキの方を眺める。両耳にイヤホンを装着したアキはエレンの視線には気づかない。音楽を再生し、完全に自分の世界へ入る。