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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第十二章 魔法学校Ⅱ
189/1143

8

 用事も済んだのにあまりだらだらしていても仕方がない。もう既に夕刻だ。早く帰らないと訓練の時間も遅くなるので、適当にミレンド商店から引き揚げる。爺さんに改めて礼を言い、エアルとミリーを連れてさっさと屋敷へと戻る。


 屋敷に到着すると、うちの子達やベル達がいつものようにリビングで待っており、お出迎えしてくれた。ただ揃いも揃って……。


「おかえりなさいアキさん、ではそこに座ってください。」

「アキさんおかえりですー!そこに座ってくださいー!」

「おかえりアキ……じゃなくて……こ、この変態!そこに座りなさい!」

「アキ、おかえり。そこに座ろうね。」


 ミルナ、ソフィー、エレン、レオが「おかえり」の二言目には座れと言ってくる。目が怖い。やめてほしい。


「アキさん、おかえりなさい。座ってください。」

「おかえりです、座ってくださいね。」

「おかえりなさいませ、そちらにお座りください。」

「おかえりなのだ!とりあえず座るといいぞ!」


 ベル、セシル、アリア、エリスも同様にハイライトが消えた目で脅してくる。


 全員に言われては勝てそうにない。仕方なくアキはソファーに腰掛ける。ただ相変わらずうちの子達はどんなに怒っていても拗ねていても床に座れとは言わない。アキに対して非情になりきれないのがこの子達の可愛いところだ。


「なに?訓練しようよ。」

「エアルさん、ミリーさんこんばんわ。すいません。しばらくお待ちください。」


 昨日の事があったからだろう、ベルが礼儀正しくエアル達に接している。


「ベルいい子だ。偉いね。ちゃんと反省してくれたんだな。」

「えへへ、当然です。」


 嬉しそうにはにかんでいるベル。


「よし、じゃあ訓練しようか。」


 そう言ってソファー立ち上がろうとした瞬間、アリアに押さえつけられ、両腕をベルとソフィーに捕まれた。どうやら誤魔化せなかったようだ。しかしこういう時だけはチームワークいいんだからと呆れる。普段からこれくらい仲良くしてくれればいいものを。


「まずは今日何をして何を話したかを一字一句教えてくださいですー!」


 ソフィーが面倒な事を言うので、掴まれていた腕を振り解き、頭を引っ叩いて一喝する。


「そんな面倒なことさせんな。」

「うぅ……だってー……。」


 口を尖らせて拗ねるソフィー。そしてまた腕に抱き着いてくる。何が何でもアキを座らせたままにしておきたいらしい。


「ねえねえ、アキ。どこへ行ったかくらいはいいよね?」


 レオが尻尾をぱたぱた振りながら妥協案を提示してくる。くそ、可愛いじゃないか。レオに頼まれたら断れない。それにまあ……それくらいならいいだろう。


 アキは簡単にエアル達と何をしたかを説明する。学校が終わってからガランのところへ行き、いくつかの店を巡って、ミレンド商会で買い物をして帰って来たと教えてやる。


「どんな店に行ったのよ!」

「言いたくない。」

「なんでよ!言いなさいよ!」


 エレンがもっと詳しく教えなさいと食って掛かってくるが、アキはそっぽを向いて拒否権を発動させる。結局エレンもアキに強く出られないのを知っているので、こうやって嫌がれば、絶対追及してこない。


「ではアキさん、そのペンダントはなんですか?」

「はい、私もそれが一番気になります。」


 ベルとアリアが目ざとくも首元に光るペンダントを見つける。この2人以外は気付かなかったようで、全員の視線が一斉にアキの首元へと注がれた。


 隠し通せるものでもないし、隠す意味もない。アキは正直に答える。


「エアルとミリーがプレゼントしてくれた。講義や武器のお礼なんだって。」

「で、それを貰ってアキさんはどう思ったんですの?」


 今度はミルナが不満そうな顔で聞いてくる。


「嬉しかったよ。大事にする。教え子からもらった初めての贈り物だしね。」


 アキがそう言うとミルナはさらに不機嫌そうな表情になる。だが嘘を吐いても仕方ない。本当に嬉しかったのだから嬉しいと言ったまでだ。ちなみにアキの感想を聞いたエアルとミリーは嬉しそうにはしゃいでいる。見事なまでにうちの子達とエアル達が対照的な表情をしているのが面白い。


「不味いです……首も取られました。あとは両腕、両足首、指は残り8本です……。こうなったら残りは全部私が独占するですー!」


 暴走エルフの頭をもう一回全力で殴っておく。止めないとこのエルフは本気でやる。絶対にやる。


「あほか。やめろ。」

「アキさん叩かないでくださいです!アキさんは私のです!私はアキさんの女なんですー!」


 栗鼠のように頬膨らませるソフィー。その姿があまりに微笑ましいので、ついつい甘やかしたくなってしまう。


「可愛いね、俺のソフィーは。」

「えへへ……やった。特別に許してあげますー!」


 相変らず単純なソフィーだ。ただ今度は逆側にいるベルが不機嫌になっている。ムスっとした表情でアキの腕を抓ってくる。次はこっちかと呆れる。まあこのベルも可愛いから結局アキは甘やかしてしまうんだが。


「ベルも可愛い。ベルも俺の女だもんね?」

「はい!そうです!」


 満面の笑みでギュッとアキの腕を握り直すようにして抱き着いてくる。


 無事彼女達の機嫌を直すことには成功したようだ。そして当然のように、ミルナやエレン、他の全員に対しても「俺の女は最高だな」って半ば無理矢理言わされた。それでいいのかと思ったが、いいらしい。どうやらこの子達はひたすらアキに「お話」と言う名の愚痴や文句を言って、最後に甘やかして貰えたらそれでいいらしい。なんだそれ。


 しかしこれだけ「俺の女」とか言いまくってるとどこか心が痛い。あっちにもこっちにも「俺の女」宣言しているただの最低外道野郎な気がしてしまう。だがこれ以外に彼女達の機嫌を取るいい方法が思いつかないのも事実。それになんだかんだミルナ達も嬉しそうにしている。そう、だからこれは必要な事なのだ、仕方ないのだ……と自分に言い訳しておく。


「あー……なるほど!そういう事だったんですね!」


 突然エアルが何かを理解したかのように手をポンっと叩く。


「アキさん、私に街でお店を色々と紹介させたのはみんなとお出かけする時の為だったんですね。えへへ、そうでしょう?」


 余計な事に気づきやがってとアキは肩を落とす。さっきエレンにどこの店に行ったか言わなかったのはこれが理由だ。デートの為の下調べとかはさり気なくやっておきたかった。


「ばらすな深紅。」

「ちょっと!深紅って言わないでください!」


 余計な事に気付いたエアルへのささやかな仕返しだ。


 それにうちの子達が嬉しそうににやにやしながらこっちを見ている。もの凄く癪だ。この子達にバレたら絶対こういう表情をするとわかっていたから言いたくなかったのにエアルのやつめ……。


「だからさっきどこ行ったのか詳しく聞いても言わなかったのね!」


 エレンが納得したようにうんうんと偉そうに頷いている。


「うるさいな。たまにはちゃんとエスコートしたいんだよ、悪いか。」


 言い返してエレンで遊んでもよかったのだが、偶には素直に拗ねてみる。だがそれが案外効果覿面だったようで、ミルナ達は嬉しそうに微笑んでいる。どうやら今日のエアル達とのお買い物は「自分達とのデートの予行練習」と理解したようで、さっきまでの不機嫌顔が嘘のようにはしゃいでいる。本当に喜怒哀楽の激しい子達だ。


「そう言えばエアルさん、ミリーさんは何か買ったんですかー?」


 ソフィーが首を傾げながら2人に尋ねる。


「あ、うん……アキさんが買ってくださいました……。」


 エアルが申し訳なさそうに頷く。アキが爺さんと話している間、調子に乗って選んだ服を全部アキが買ってくれたのだとエアルが話す。そしてミリーがそのお礼も兼ねてペンダントを上げたのだとソフィー達に説明する。


 まあミルナ達にもまとまったお金は渡しているし、特にこれに関しての文句はない。何より「アキが服を選んだわけではない」から問題ないんだとか。重要なのはそこらしい。


「なるほど、アキさんらしいですね。」


 セシルもくすくすと笑っている。そういえばまだ今日はまだ兎耳を触ってない。とりあえずセシルの耳を掴む。


「やっ……なんでっ……急に!」

「黙れ、兎耳の時間だ。」

「そんな時間しらない……っ!なんでええええ!」


 暫く兎耳を愛でて満足した。セシルをポイする。


「愛でるなら最後までちゃんと愛でてくださいってば!」

「うるさいぞ我が兎。後が支えてるんだ。次は尻尾の時間だ。リオナ。」

「し、しょうがないなぁ……アキはもう。はい、どうぞ?」


 レオは恥ずかしがりながらもアキの元へとてとてやって来て、そっと尻尾を膝の上に乗せてくれる。アキは心ゆくまでその尻尾を愛でる事にしたのだが……目の端になにやら蹲っていじけているアクアブルーの髪色をした美少女の姿を発見した。


「で、そこの暗黒物質はなんで絶望に打ちひしがれているんだ。」

「えーっと、僕が思うにミル姉が大好きなミレンド商会の服を大量にあの子達に買ってあげたからじゃないかなー……。」


 レオが呆れた様子で説明してくれた。彼女の尻尾もしょうがないミルナお姉さんを見るような雰囲気でアキの膝上でゆらゆら揺れている。隣を見るとエレンとソフィーもうんうん頷いているし、間違いなくそういうことなのだろう。


 エアル達に服を買った事に対して誰も文句はない……と思っていたのだが、どうやら「ミルナ以外には」という注釈をつけ忘れていたようだ。


「ええい、めんどくさい。さっさと復活しろ。我が癒しの光よ。」

「だからそれは早く忘れて!アキさんのばかっ!私があそこの服好きなの知ってるくせに!ずるいずるいずるい!私も欲しいの!私にも可愛い服買ってよおおお!」


 ミルナが子供かと思うくらい駄々をこねている。さすがのソフィー達もドン引きだ。ただこんなミルナの姿はちょっと新鮮で可愛い。


「いいよ?ミルナが欲しいって言ってくれら俺は買うよ?ミルナもわかってるだろうに……。言わせるな恥ずかしい。」


 アキの言葉聞いてすぐに我に返った様子のミルナ。涙目になり、顔を真っ赤にして俯いてしまった。多分感情が暴走してしまったことを反省しているのだろう。


「うん……ごめんね……。我儘言ってごめんね?」

「いいよ。ほら、おいでミルナ。」

「うん。」


 レオの尻尾を愛でるのを一旦やめ、今度はミルナを隣に座らせ優しく撫でてやる。素に戻ったミルナは素直にアキに甘えてくる。


 しかし本当にこの子達はこういう我儘を一切言わない。あれが欲しい、これを買って、とか絶対に言わない。渡したお金で無駄遣いなんて一切しない。だからこそ今のミルナみたいに欲しいと言ってくれたらすぐにでも買ってあげたいと思っている。だがこの子達は決して言わない。まあそれがこの子達の良いところでもあるのだが。


「我儘言ってもいいんだよ?300金分ミルナの服買っていい?」

「ううん、大丈夫。いらない。」

「じゃあ今度買い物行ったら俺が勝手に選んで買うね。覚悟しておけ。」

「それならいいよ。やった、楽しみ。」


 これで一応ひと段落だろう。


 とりあえず爺さんと話した事については誰も追及してこない。不審にも思ってないようだ。順次上手くいった。


 エアルとミリーと買い物に行った時点でこの子達が「お話」したがるのは当然想定済みだ。あとはこの子達の文句をちゃんと聞いてやれば、爺さんとの話には触れてこないだろうと考えていたのだ。その他にもカモフラージュを二重にも三重にも張り巡らせておいた。ガランのところにエアル達の剣を作る為に行った、ミルナ達とのデートの下見の為に街を案内してもらった、ミレンド商会だと割引が聞くから爺さんのところに行ったなど。


 まあどれも必要な事だったので、上手く誤魔化せた。木を隠すなら森の中というように、沢山の情報の中に知られたくない情報を紛れ込ませる。嘘はバレるが嘘は吐いていない。アキはちゃんと「爺さんと話してる時にエアル達が買い物していた」と言った。ミルナ達は他の一幕に気を取られ、「爺さんとの話」を深堀してこなかっただけだ。


 なんだかんだ皆素直だからこういう計画遂行がしやすい。爺さんの言う通り、後でもの凄く怒られそうだが……。まあそれは仕方ない。しかしアキのこういう考えには相変わらず誰も気付けないようだ。ミルナ達もまだまだだな。たださすがにベルだけはあの一言に気付いたようで、今にも「爺さんとの話」について聞いて来そうな勢いだ。


 だが当然それを忘れさせる一手も用意しておいた。


「ベル。これ、あげる。」

「はい?なんですか?」


 アキはベルに大きめの箱を手渡す。


「これは?開けていいですか?」


 ベルが不思議そうに箱を開ける。


 中に入っているのはシンプルな服と髪留めだ。普段は豪華なドレスを着て、髪を下ろしているベル。そんな彼女にアキが選んだのは、フレアスカートにフリル付きのトップスだ。トップスもスカートも基本は黒色で白のフリルが随所についている。後は黒いリボンの髪留め。全身黒で少し重めだが、彼女の銀色の髪と瞳に映えると思いこれにした。


「あ、可愛い……でもアキさんどうして?」

「いつものドレスだとベルだとバレるでしょ?一緒に買い物に行くなら服がいるかなって思ってね。それに俺が選びたかった。髪を上げればさらに分からなくなると思って髪留めも買ってみたよ。ベルの綺麗な銀色の髪と瞳に似合うといいけど。」


 アキが説明すると、その様子を見ていたミルナ達も、確かにと納得してくれる。


 そしてベルは服を両手でギュッと抱きしめ、ものすごく嬉しそうに微笑んでいる。小さな声で「えへへ、やったやった。」と呟いているし、気に入って貰えたようだ。


「アキさん、ありがとう。うれしい……!」

「うん、どういたしまして。」


 これで上手く爺さんと話していたという部分を全員の記憶から薄めることが出来ただろう。まだ知られるわけにはいかないから追及されたら困っていたところだ。実のところアリアも気付いていたっぽいが……まあうちメイドは絶対に口を割らないから大丈夫だ。彼女はアキ絶対主義だから心配していない。


 これで計画の最低限の下準備は整った。あとはエリザを通してアイリス女王に連絡を取って貰って計画を進めればいい。


 その前に今日の訓練だ。エアル達も待ちくたびれただろう。


「よし、じゃあ訓練しようか。」

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