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「アキさん、ありがとうございます。大事にします。」
「私も大事にする、ありがとう。」
ガランの工房を出て工業地区から商業地区へ戻る途中、エアルとミリーが丁寧に頭を下げて剣のお礼を言ってくる。
「いいえ、どういたしまして。」
彼女達に喜んで貰えたのならなによりだ。それにこれはエアル達への先行投資でもある。彼女達を味方につけられるのであれば、剣くらい安い贈り物だ。まあ剣なんて贈らなくてもエアル達はアキの仲間になってくれるだろうけど、アキとしては何かしてあげたかった。
ちなみにエリスと同じようにエアル達も剣の名前を欲しがったので、ミリーの大剣には黒月、エアルの剣には神無月と名付けた。ミリーの大剣はレオの姉妹刀なので月白の逆で「黒月」。そしてエアルの神無月はエリスの姉妹刀という事で、時雨月の異名である「神無月」をつけた。安直な名前だが、彼女達は気に入ってくれたようなのでいいだろう。
しかもよほど新しい剣が嬉しかったのか、早速装備してくれている。いつもの大剣や剣を携えてなかったのは、なんでもこの為に持って来なかったのだとか。それ程楽しみにしていてくれたのであれば贈る者としての冥利に尽きる。
「よし、買い物しようか。レスミアを案内してくれ。」
「「はい!」」
商業地区に入ると、一気に人通りも増え、街が活気に溢れてくる。
アキはエアルとミリーに全てを任せ、ただただ彼女達について行く。今日はこの子達におすすめの店を紹介してもらうつもりだ。今度うちの子達と来る際のいい予行練習になる。アキだって偶にはミルナ達をしっかりとエスコートしてやりたいのだ。だからこそミルナ達とお出掛けする前に、エアルとミリーを誘ったという理由も実はあったりする。
さすがエアルは買い物好きとだけあって、穴場な店をいっぱい知っているようだ。これを買うならここ、あれはあそこ、など色々と詳しくレスミアを案内してくれた。
「ところでエアル、何も買ってないけどいいの?」
たださっきから何も買う様子がなく、ひたすらウィンドウショッピングをするだけのエアル。商品を見て「可愛い!欲しい!」とか言っているだけだ。ミリーも同様で、何も買っていない。
「あはは……お金がないんですよね……。」
「それに学校行ってるから今は依頼受けてないんだよね。」
彼女達曰く、今まで受けた依頼の報酬は、騎士学校に行った際に借りたお金の返済に全て当てたのだと言う。どうやら彼女達は魔法学校の前に、騎士学校にも通っていたらしい。女性の剣士でSランクというからもしやと思ったが、やはりそういうことだったのかと納得する。しかし今までアキが出会ってきたSランクは何故揃いもそろってこうも極貧なのか……。
「でもエアルやミリーみたいな美人が騎士学校にいたらモテモテだろ?」
男子校のような学校にこんな子達が2人もいたらそれはもうアイドル並みの人気になるのは間違いない。ただそんな男子校のような学校に居たにも関わらず、2人はあまり男性に対する免疫がないみたいだ。何故なのだろうか。
「言い寄られたりはしたけど……私達より弱いしその……なんか嫌だったもん。」
「はい、あまり関わらないようにしてました……視線があまり好きじゃなかったので。」
そう言えばそうだったとアキはアリステールでの一幕を思い出す。この世界の男性は無作法な連中ばっかりだった。女なんて強引に落とせばいい、そんな考えを持つ連中が多い世界。ミルナ達もそう言っていたし、エアルとミリーが嫌悪感を抱くのも仕方のない事かもしれない。
「「あ、あと美人じゃないですから!」」
2人が頬を染めながら声を合わせて否定してくる。だがそんな事は無い。エアルとミリーは間違いなく美少女だ。
「いや、2人は美人だ。ミルナ達を毎日見ている俺がそう言うんだから間違いない。まあ自分で美人だと思う必要はないけど、周りからはそう見られているって自覚しなさい。注意しておかないと痛い目に合うかもしれないからね。」
以前ソフィーにしたのと同じ注意をしておく。Sランクだから大丈夫だとは思うが、念の為だ。
「わ、わかりました……でも恥ずかしいのであまり言わないでください……。」
「うん……嬉しいけど恥ずかしいから……言わなくていいってば。」
エアルとミリーが頬を染めて俯きながら呟く。
理解してくれたのであればそれでいい。実際、今もエアルとミリーに視線を送っている男は大勢いる。それに彼女達曰く、声はよく掛けられるそうだ。お食事やデートの誘いなんてしょっちゅうなのだとか。まあこの子達は笑顔も可愛いし、元気いっぱいの美少女だ。人当たりもいいからモテモテで当然だろう。
だが今日はアキがいるせいか、さすがに声を掛けてこない。
「だから今日は楽です。アキさんありがとうございます。」
「その分アキさんに不快な思いさせてるかもだけど……。ごめんね?」
確かに嫉妬の視線は感じる。自国のSランクの美少女達を他国のSランクであるアキが連れて歩いているからムカつくのだろう。ただアキにはアイリス女王を救った功績もあるので、そこまで敵意は感じない。プライマイ0といった感じだ。まあそもそもアキはこういう視線は基本的に気にならない質なのでどうでもいい。
「どうでもいいって思えるアキさんは凄いと思うよ。」
「ええ……しかもこの人本気で言ってます。」
2人が心底呆れた表情を浮かべている。ミルナ達にもアリステールで同じことを言われたなと苦笑する。ただそんな事を言われても気にならないものは気にならないのだからしょうがない。それに一々他人の視線なんて気にしていたらアキはとっくのとうに発狂しているだろう。ミルナやベル達のような美少女を連れ立って歩くという事はそういう事だ。こればっかりは自分の性格に感謝だ。
「そんなことよりミレンド商会なら顔が聞くから好きな物を買うといい。絶対割引させるから楽しみにしておけ。せっかくだし遠慮するな。」
街を案内して貰ったんだし、何かお礼をしてあげたい。それにせっかく買い物に来てるのに、何も買わないというのは何か嫌だ。何よりエアル達に可愛い服を着せたい。可愛いは正義だ。
「ほんとですか!で、でも……申し訳ないです。」
「うん、嬉しいけど、悪いよ……。」
エアルとミリーが遠慮するので、気にするなと伝えておく。アキが買ってあげるわけではないし、そもそもミレンド商会は馬鹿みたいに儲けている。多少割引いたとしても大した損害ではない。
「まあ買うかどうかはおいといて、欲しい物があったら店員に言いなさい。それで最終的に全部の金額を聞いて、どうするか考えればいいだろう?それにタダにしてもらうってわけじゃないんだし気にする事はない。」
アキは適当な案を出しておく。とりあえずはエアル達にはお金の事なんて気にせずおもいっきり楽しんで貰いたい。
「あ、そうですね。じゃあそうしてみます!ミレンド商会で割引してもらえるなんて早々ないですし!お買い物楽しむことにします!」
「その意気だ。店を指定されているからそこに行こう。これどこかわかる?」
今朝爺さんから使者が来て、指定の店に来るようにとの指示を受けている。エアル達と街に来た真の目的は実はこれだ。爺さんから「話がある」と昨晩使いが来たので、あの茶番を利用してエアル達と買い物に行く方向に話を持っていった。そして爺さんにはミレンド商会の店で話そうと返事をし、その回答が今朝来たというわけだ。まだ爺さんに情報収集を依頼して1日しか経ってないが、あの爺さんなら1日もあれば余裕なのだろう。
ちなみにこんな面倒な方法を取った理由は2つある。1つはうちの子達にはまだ計画を明かしたくなかったからだ。2つ目はミルナ達がアキを1人で絶対に出かけさせてくれないから。必ず誰かついてこようとする。前に一度理由を聞いたのだが「アキを1人で出かけさせると女を落としてくるからダメ」と理不尽な事をはっきりと言われた。なんでも女性陣の間で「アキを1人で出掛けさせては駄目」という暗黙のルールがあるらしい。だからあの手この手を使ってついて来ようとする。どうやら未来永劫アキに自由はなさそうだ。
だからエアル達への態度がなってないという茶番を利用した。勿論ミルナ達のエアル達への態度が気に入らなかったのも事実だが、敢えて怒った。いつもなら優しく諭すだけのところ、敢えて説教した。そしてエアルとミリーとのお出掛けであればうちの子達も渋々納得するだろうと読んだ。あと例のお説教も相当効いたのだろう。彼女達は不貞腐れながらも今日は静かに見送ってくれた。
こうしてアキは自由を獲得した。何故1人で出掛ける為にここまで策を張り巡らさなければならないのかと溜息しか出ないが……まああの子達がアキを慕ってくれているからこそなのはわかっている。うちの子達は本当に仕方ないなとつい笑みが零れる。
そんな事を考えていたら、店の住所が書かれた紙を見ていたエアルとミリーが前方を指差し、嬉しそうに教えてくれる。どうやら2人は店の場所を知っているようだ。
「この店ならこの先にあります!服から雑貨、宝石類までなんでも揃うんですよ!私が好きなお店の一つです。あはは……高いので手が出ませんけどね。」
「私もこの店は好き!本当にここで好きなの選んでもいいの……?」
何でも揃うという事は百貨店のような店なのだろうか。とにもかくにもそんなに商品がある店なら爺さんとの話し合いの間、2人を待たせる事もないだろう。エアルとミリーが好きな店なのも都合がいい。
「好きなの選んでいい。とりあえず行ってから考えればいいさ。」
「「はい!」」




