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「アキさん、ここだよー。住所が合ってるならね。」
ミリーが工業地区の一角にある古びた建物を指差す。
ガランの工房は工業地区の少し入り組んだ場所にあった。エアル達の案内が無ければ辿り着けなかっただろう。
工業地区は相変わらず煤臭い匂いが漂っている。建屋の雰囲気もミスミルドやアリステールとほとんど大差がない。やはり工業地区はどこへ行ってもこんな感じなのだろう。まあ作っている物が基本的には一緒なのだからしょうがないのかもしれない。だがアキとしては割と心地が良いので、ここの雰囲気は好きだ。
「オッケー。じゃあ入るぞ。」
ガランの工房と思われる建物の扉を開け、中に入る。さすがに臨時で借りている工房だからか、綺麗に片付いている。というより何もなくて閑散としていると言ったほうが正しい。きっとガランもここで商売をする気はないのだろう。それにあいつはとにかく剣が打てればなんでもいいとさえ言っていた。
「だ、誰もいませんね……?すいませーん!」
「こんにちはー!」
エアルとミリーが気を利かせて工房主であるガランを呼んでくれた。だが返事はない。2人は困った様子でどうしようかと首を捻っているので、気にするなと伝える。真面目なエアル達ではガランを気付かせる事は無理だ。よく見てなさいと2人に言い、今度はアキが叫ぶ。
「相変わらず糞みたいな剣だな。ほんとここの剣は食材を切るにも使えないゴミだ。もっと腕の良い鍛冶屋を紹介してくれー。」
「アキさん、それは不味いのではないですか!」
「失礼にもほどがあるよ……!」
まさか暴言を吐くとは思わなかったらしく、アキの袖口を掴んで引っ張ってくるエアルとミリー。
「んだとこらああああ!!!!!」
工房の奥から怒号が鳴り響く。エアルとミリーはすっかり怯え、アキの後ろに隠れてしまった。まあこのやりとりは何時もの事なので、アキにとっては何でもない事だが、彼女達にしてみればアキが乱心したと思うだろう。
「てめええええ!どこのだれだ!……ってアキか。どうした。」
鬼の形相で飛び出してきたガランだったが、アキの顔を見るなりすぐに怒りを収める。
「だから今日行くと言っただろうが。」
「おお、そうだったな。新しい長剣と大剣だったか?」
「ああ、この子達の新しい武器だ。」
そう言ってアキの背中に隠れていたエアルとミリーを引っ張り出す。
「また新しい女に貢ぐのか!ふはは、さすがアキだな。節操がない。」
「うっさい、黙れ。そんなじゃない。」
「その状態で言われても説得力ないぞ?」
ガランが呆れた顔をしている。
どういうことだと思いエアルとミリーに目を向けると、2人は相変わらずアキの服をぎゅっと掴んで縮こまっていた。先程ガランが威圧したからまだ萎縮しているのだろうか。Sランクなのに可愛い子達だなと苦笑する。
「とりあえず追加の資料を持ってきてやったぞ。」
そういってガランに紙の束をくれてやる。こっちの世界の文字で資料を書き出すのも一苦労なので、こうして分割して渡している。それにどうせ一気に全部渡しても読み切れないだろうし、理解も出来ないだろう。詰め込み教育駄目絶対。
「おお!感謝するぞ!これでまた1段階上の剣が作れるかもしれん!」
「そりゃいいことだ。ちなみに昨日頼んだ剣はいつ頃出来る?」
来週くらいまでには出来るとありがたい。ミレーを去る前に彼女達に渡したいし、プレゼントする物だから一度は自分の目で確認しておきたい。
「ああ、もう出来たぞ?」
「はえーよ。昨日の今日で剣が出来てたまるか。」
徹夜でもしたのかと思ったが、徹夜しても1日で剣が打てるわけがない。
「まあ大剣はお前んとこの狼の少年が使ってるだろ。剣だって金髪剣士の子に打ったばっかだろうが。お前の太刀以外にも練習で色々打ってるから作りかけのが山ほどあるんだよ。エスペラルドから持ってきたからな。だから徹夜で最後の仕上げをしただけだ。」
どのみち徹夜はしたのかと呆れるアキ。
確かにレオの大剣、エリスの剣は以前依頼した。大剣はそもそも刀身の厚さや重さが大きく変わるので、ミリーの現在の武器を参考にする必要はない。エアルの長剣はエリスの剣と長さも重さも変わらなかった。さらには昨日ミリーとエアルの剣を貸してもらい、ある程度の情報も調べてある。そして使いを出す際、その情報も合わせて連絡しておいたので、作りかけの剣を調整するだけで完成させられたのだろう。さすが優秀な職人だけはある。
「ほれ、これだ。」
まずは大剣。アキが受け取ってミリーに渡す。
「凄い!軽い……!」
「強度は今の大剣以上、斬れ味も上がっているから慣れるまでは気を付けろ。」
「うん、いっぱい練習しなきゃ!」
ミレーは大事そうに大剣を抱えている。喜んでもらえたようで何よりだ。
「長剣はこっちだ。ほれ。」
ガランがまたアキに手渡してくる。直接エアルに渡すのではなく、一旦アキに渡すのはガランなりの気遣いだろう。アキからこの子達に渡してやれという意味だ。
「はい、エアル。」
「は、はい!」
エアルはアキから長剣を受け取ると、さっそく鞘から剣を抜き、うっとりとした表情で見つめている。美しい刀身の輝きに魅入られてるようだ。
「使えそうか?」
「がんばります。絶対使えるようになります!」
最初は違いに戸惑うだろうがSランクの2人ならすぐに慣れるだろう。それに今日の夜の訓練で色々試してもらえばいい。レオやエリスと言った姉妹刀の持ち主もいるし、助言もしてくれるだろう。
「気に入ったらしいぞ、ガラン礼を言う。」
「気にするな、お前からは情報や資金まで融通してもらってるからな。問題ない。」
剣の代金を毎回いちいち渡すのは面倒なので、ガランにはまとめて1000金渡してある。さらには研究用に使ってもいいと伝え、足らなくなったら遠慮なく言えとも言った。だからガランの工房で金銭をやり取りする事はほとんどない。エアル達が剣の代金の心配をしていたので、さっきついでに説明しておいた。最初は「自分で出します!」と言って聞かなかったが、贈り物だから受け取れと言ったら渋々引き下がってくれた。
「よし、用が済んだならさっさと出てけ!邪魔だ!」
ガランはアキが1人で来た時はこんなことは絶対言わない。アキが誰かを連れ立って来た時はこうして必ず追い出す。彼なりの気の使い方だ。不器用な職人だなと思いつつも、彼にまた来るとだけ伝え、工房を出る。