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授業も終わり、残すところはエリザへの活動報告だけだ。ただ午後の授業にずっと参加していた彼女に報告する事なんて何一つない。つまりもう今日はこのまま帰ってしまっても問題ないだろう。おかげでエアルとミリーを無駄に待たせなくて済むし、ある意味授業に参加していたエリザには感謝だ。
というわけでアキは早速エアル達を連れ、街へ繰り出そうとしたのだが、何故かエリザに必死に止められた。
「ア、アキ君、学園長室に来てもいいのよ?ほら、1日の報告もあるじゃない?」
誰がどう考えても報告なんて無い。エリザがアキに個人授業をさせる気なのはバレバレだ。生徒達より無詠唱を早く覚えたいという学園長としてのプライドと、魔法をもっと知りたいという魔法バカとしての好奇心だろう。
「エリザはずっと授業にいたから報告も何も無いだろうが。個人授業ならまた明日してやるから我慢しなさい。今日はエアル達と予定がある。」
「そんな!エアルちゃんやミリーちゃんだけに教えるなんてずるいわ!」
「それが本音か、この魔法バカ。」
エリザが腕を掴んできたので振り解き、頭を引っ叩いておく。全く。今の一幕を見ていた生徒達がドン引きしているじゃないか。頼りになるお姉さんキャラはどうした。
「エアル達とは別件で用事があるだけだ。安心しろ我がペットよ。」
「ぺ、ペットじゃないわよ!」
「ごめん、間違えた。安心しろ我が恋人よ。」
「こ、こ、こ恋人ってなによ!べ、別にアキ君とはそんなんじゃないんだからね!」
昨日はペットと言うくらいなら恋人と言えと言ったくせに、本当に言ったら、顔を真っ赤にしてあわあわしている。そして一通り慌てふためいた後、訓練場の隅っこで丸くなってしまった。どうやらあの猫は羞恥が限界ラインを越えるとああなるらしい。
しかしこの世界の女子は基本的に恥ずかしがり屋さんで、すぐに赤面する。あまり直接的な誉め言葉に免疫がないのだろうか。まあうちの子達で見慣れているので、アキが動揺することはすっかり無くなってしまったが。
「よし、エリザで遊ぶのにも飽きた。エアル、ミリー行くぞ。」
羞恥で丸くなっているエリザを放置して、2人に声を掛ける。
「えっと……放っておくんですか……?」
「学園長で遊ばないであげてよ……。ちょっと可哀そうになってきた。」
一応あんな猫さんでもエアル達の学園のトップ。彼女達はエリザを放置しておくことに抵抗があるのだろう。アキはエリザの方を一瞥し、気にするなと彼女達に伝える。
「だってなんだかんだ嬉しそうだろ、あの猫。」
「え、ええ……まあ。」
エアルが歯切れ悪い返事をする。エリザの痴態の状態を正直に答えていいのかわからないと言った感じだ。だがエアルとミリーも、エリも、そして他の生徒達も、丸くなっているエリザが嬉しそうに尻尾を振っているのには気づいている。あの揺れ方が喜びを表現しているのは誰が見ても明らかだ。ただあまりにも乙女な学園長に全員が戸惑っているというだけだ。
「だから大丈夫だ。」
「いいのかな……?」
ミリーがまだ心配しているようだが、安心して欲しい。アキには心強い同僚の先生がいるのだから。彼女に丸投げすればいいだけだ。
「というわけでエリ先生、俺のペットの事あとはよろしくお願いします。」
「ちょ、ちょっとアキ先生!私に押し付けないでくださいー!」
どうせここに居ても、復活したエリザが騒ぎ始めて面倒になるのは明白だ。それならエリに押し付けてさっさと立ち去ったほうがいい。
「アキさん自由過ぎですよー……。」
「うん、さすがに……ね?」
エアルとミリーがやはり煮え切らない様子なので、2人の手を掴んで強引に連れてく事にする。急に手を握られたエアル達はちょっと赤面しているようだが、気にしない。アキはそのままエアル達を連れて訓練場を後にした。
「まってー!アキ先生―!いかないでー!」
背後でエリの断末魔が聞こえるが、まあ……大丈夫だろう。
「えー……ほんとにいいのかなー……?」
ミリーが後ろを振り返りつつ、心配そうな表情で呟く。
「ほっとけ、明日から学園長も大人気だ。俺のおかげだな。」
「いや……アキさんのせいではありませんか?」
エアルが苦笑いしながら苦言を呈してくる。
「でも今の学園長のほうが可愛いだろ?それに楽しくないか?」
「「はい!」」
アキの言葉に力強く頷くエアルとミリー。2人ともどこか楽しそうだ。やっぱりエリザはあれでいい。きっと最初の内は皆から弄られ、羞恥に悶える日々になる。だがそれもすぐに慣れるだろう。それに生徒達から弄られるという事は、それだけ距離が近づいたという事だ。
「だからエリザはあれでいいんだよ。可愛い学園長でいいんだ。それよりさ……エアルとミリーも明日は大変だね?」
アキは白々しい表情を浮かべ2人を見つめる。
エアルとミリーの手を掴んで強引に訓練場から逃げるように出て来たのだから、生徒達からはいい注目の的だ。それに女子は色恋話が大好きだ。エアル達がアキと手を繋いでいる姿を見てキャーキャー騒いでいた。「アキせんせーとデートだって!」「エアルとミリーも恋人なのかしら!」などと盛り上がっていたので、明日はきっと2人は質問攻めに遭うだろう。まあその噂が最終的にうちの子達に伝わり、一番大変な思いをするのは自分になりそうな予感がするが……。
「あ、ああああ!アキさんのばかー!わかっててやりましたね!」
「や、やだ……明日学校きたくない……。」
アキに指摘され、エアルとミリーはその事実に気付き慌てるが、時すでに遅し。的確に明日の自分達の状況を想像したようで、頭を抱えている。
「俺のおかげで2人も明日から大人気だ。それよりさっさと鍛冶屋のとこ行くぞ。」
アキは2人の手を離し、工業地区に向けて歩みを進める。
「アキさんのせいです!せい!」
「私達なにもしてないのに!ばか!」
文句言いつつも、素直にアキの後を小走りで追いかけてくる2人が微笑ましい。
アキはエアルとミレーを引き連れ、レスミアの工業地区へとやって来た。ガランから臨時で借りている工房の場所は聞いているので、エアル達に場所を伝え、案内してもらう。どうやら歩いて30分くらいかかるそうだ。
「そういえば、昨日、アキさんの戦闘訓練を見たときに思ったんですけど……剣使うんですか?」
エアルが顎に手を当てて不思議そうにアキを見つめてくる。確かにアキは愛刀である月時雨を常に持ち歩いているが、彼女達の前で使ったことは一度も無い。訓練中、防御の為には使ったが、攻撃には使っていない。闘技大会でも、エアル達との模擬戦でも、月時雨は一切抜刀していない。彼女達がそう思っても不思議ではないだろう。
エアル達になら明かしても問題ない。アキは自分の戦闘能力について説明する。
「使うけど使えないが正しいかな。俺、そんな強くないんだよね。」
「そ、そんなことないです!私達を完封しましたし、ミルナさん達5人を相手にしてたじゃないですか!」
アキの言葉を信じようとしないエアル。アキは嘘を吐いているわけではないが、やはり色々と無理にパフォーマンスをしたからだろう。あの影響がここに出るとは思わなかったと苦笑する。
「エアル、ミリー。2人にだから教えるけど絶対誰にも言わないでね。」
アキが神妙な面持ちで言ったからか、2人は「はい」と真剣な表情で頷き、口外しないと約束してくれた。
「闘技大会ではわざと派手にパフォーマンスした。ミレーが魔法に力を入れていると聞いたからね。魔法学校の生徒達が見ていたのもある。そしてミルナ達との戦闘。攻撃しなかったんじゃない、出来なかった。防御で手一杯だったからね。それにあれを抑えられたのは、あの子達の癖を俺が知っているからなんだ。」
アキは自分が観察が得意という事を説明し、反射神経で対応しているのではなく、予測のみで防いでいる事を明かす。さらにミルナ達の事はよく知っているので、攻撃を誘導し、自分が望む場所に攻撃をするように仕向けているのだと教える。
「2人はSランクとAランク冒険者の差って知ってるよね。」
「うん、対人戦闘だね。」
ミリーが頷く。さすがにSランクである彼女達であれば知っている。
「俺は対人特化しているだけなんだ。魔法が特殊だからね。」
アキは自分の魔法が対人戦闘と相性がいい事を語る。何故人には有効で、魔獣にはあまり効果的ではないのか。アキの観察眼は癖が顕著に出る人間相手だからこそ有効なのだと彼女達に説明する。
「だから剣の訓練をしてるんだ。エリスに毎日教えて貰っている。でも多分C~Bランク程度の実力しかまだない。俺は魔法と防御に特化しているだけ。さらに言うなら対人特化だね。魔獣相手だったら手も足も出ないよ。」
「そ、そうなんですか?」
信じられないと言った感じでエアルが首を傾げる。
「純粋な剣だけの勝負になったらエアルとミリーには勝てないよ?勿論うちの子達にも。ただルール無用の対人戦ってなると話が変わるってだけ。」
アキは別に強くない。人を殺すことに特化しているだけだ。
「だから俺にはミルナ達が必要なんだ。あとエアルとミリーもね。いざとなったら助けてくれるんでしょ?頼りにしているからね?」
自分の不甲斐なさに改めて呆れる。
だからこそ心強い味方が欲しい。いつどんな窮地に立たされるかなんてわからないのだから。魔獣相手は勿論の事、魔素使用を封印出来る技術だってあるかもしれない。そうなるともうアキに残されているのは観察・予測のみ。魔法も使えない、剣も使えないアキなんて何も出来ないに等しい。だからこそ、守ってくれる仲間が必要なのだ。
「じゃあ私もアキさんを守りますね?」
「うんうん、私達もう仲間だよ。Sランク同士仲良くしようね。」
エアルとミリーが優しい目でアキを見つめてくる。どうやら彼女達ともいい関係が築けそうで安心した。うちの子達の訓練相手にも最適だし、何より2人はとても頼もしいSランクだ。この世界の女性はほんとに強いからな……と苦笑する。
「でもアキさんの弱点知っちゃいました。」
エアルがうふふと意地悪な笑みを浮かべる。
「言いふらすなよ。」
「えーどうしようかな。」
ミリーも悪乗りしてアキを弄ってくるので、仕返ししてやる。
「じゃあ俺もしま柄のミリーと深紅のエアルって2つ名をうちの王女様に頼んで広めさせるからな。王女権限使えば多分余裕だろうな。」
「「それはやめて!!!」」
頬を染めて必死に止めてくるエアルとミリー。
「でも今日もそうだったよね。」
「「うそ!なんで知ってるの!?」」
本当に息の合っている2人だ。確か2人は幼馴染だと前に言っていた。ずっと小さいころから一緒なのだとか。だからこそ余計に阿吽之息なのかもしれない。
「へえ、今日もそうなんだ。」
昨日の注意もあってか、今日はちゃんと足を閉じて視線を意識していたから、教壇から彼女達の下着が見えることは無かった。だから適当にエアル達を誘導してみただけなのだが、こうもあっさり引っかかるとは思わなかった。
「わかったか2人共。誘導尋問はこうやるんだぞ。」
「「だから私達でやらないでって言ってるでしょ!」」
スカートを押さえながら恥ずかしそうに俯くエアルとミリー。
しかしSランクでこうも真面目で大丈夫かと思ってしまう。それ言ったらエリスもそうなんだが、絡め手を使われたら本当にすぐにやられてしまいそうだ。
そういやエスペラルドのSランク冒険者であるバルトとルーカスも意外に素直だった事を思い出す。ルーカスは多少騙し討ちなどが出来るようだったが、アキから見れば子供騙し程度の物だ。この世界の対人戦はあの程度でも十分に渡り合えるという事なのだろう。それはエアルとミリーがSランクとして君臨している事からもわかる。
ただ今後はアキのような対人特化の人間が出てくる可能性もあるので、少しその辺りも訓練に組み込むかと、脳内予定に付け加える。
「こういう絡み手には弱いって自覚しろ。2人にあったら嫌だから本当に気を付けろ。エリスもそういう方面ではまだまだだしな。今日からちょっとその辺りも鍛えようかな……。」
ずっとエッチだの変態だの、ぶーぶー文句を言っていたエアルとミリーだったが、アキの言葉を聞いて、素直に頷いてくれた。そしてすっかり機嫌がよくなっている。アキが2人の心配をした事がそんなに嬉しかったのだろうか。そういえば昨晩も2人を送っていった際、似たような表情を浮かべていた。エリスもそうだが、やはりSランクになるような強い女性はあまり女の子扱いされないのかもしれない。