14
「じゃあ今日はここまで。俺もそろそろ風呂行きたいしな。」
報告漏れはないはずだ。
今日も盛沢山の1日だったので、アキとしては早く風呂に入ってごろごろしたい。アキは夕飯を作ったり、エアル達を送迎していたので、まだ風呂に入れていないのだ。それに今日はミルナ達に一番風呂を譲ったせいもある。いつもは必ずアキを優先してくれるあの子達だが……まあ今日はあの惨状だったので仕方ない。
ただアキが風呂に行く宣言をして、素直に行かせてもらえたことが一度もない。必ずあと一波乱ある。間違いなく今日もあるだろう。
「あの……よろしいですか?」
アキの予想通り、ミルナが何か言いたげな表情をしている。
「なに?」
「いえ、アキさんではありませんの。王女様?いったい何時までアキさんに抱き着いているんですの?アキさんが困っているのでいい加減にしてくださいませ!」
そうだった、すっかり忘れていた。ベルが抱き着いているんだった。ずっとこの状態のまま話していたから普通に忘れていた。
ソフィー達もミルナに便乗して「そうだそうだ」と口を揃えて憤慨している。アキが話をしていたから我慢していただけで、多分ずっと言いたかったのだろう。しかしまあ……元気な子達だと呆れる。
そんなベルは、彼女達を一瞥する事もなく、完全に無視してアキに話しかけてくる。
「アキさん、私も料理覚える。食べて欲しいわ。」
「え、ああ。嬉しい、食べるよ。」
ベルの気持ちは嬉しい。彼女の手料理は是非食べてみたい。でも今はそれどころじゃないだろうが……。ミルナ達の怒りのボルテージが急上昇し続けているので、無視はやめて欲しい。
「王女様!離れてくださいですー!」
「離れなさ……てださい!このおん……王女様!」
ソフィーとエレンが耐え切れずに叫ぶ。だがやはり彼女達の文句は雑音程度にしか聞こえていないようで、ベルは相変わらず見向きもしない。
「アキさん、今日はハエが多いわ。ぶんぶんうるさいの。」
「うん、わかったから。返事してあげなさい。ベル、2回言わせないでね?」
多分アキが注意しないと、ベルはいつまでたっても無視するだろう。
「アキさん、ごめん。つい意地悪しちゃった。ごめんなさい。」
アキだけにはめちゃくちゃ素直なベル。この素直さの1%でもいいからミルナ達に向けて欲しいものだ。とりあえずアキが注意した事で、ベルはアキに抱き着くのをやめてくれた。
彼女は態度を改め、姿勢を正し、ミルナ達に相対する。そして軽く咳払いを1つ。きっと王女へと戻るベルなりの儀式なのだろう。
「みなさん、ごきげんよう。いかがなさいましたか?」
白々しい態度でベルがにこやかに微笑む。
「いかがなさいましたじゃないです!アキさんにくっつきすぎですー!」
意を決してソフィーが叫ぶ。さすがうちの暴走エルフ、臆する事なくベルに突っかかって行った。
「黙りなさい。私を誰だと思っているのですか。」
完全に王女モードのベル。とりあえずベルの頭を引っ叩く。
「アキさん……痛いわ……。」
「話が進まないから止めなさい。あとうちの子達を苛めるな。」
「ふんっ……アキさんばかっ!……でも、コホン……まあそうですね。」
丁寧口調に戻るベル。なんだかんだで一番これがしっくりくる。
「みなさん、私、前に言いましたよね?宣戦布告しますと。」
「え、ええ、確かにいってましたわ。それがどうしたんですの?」
ミルナが緊張した面持ちでベルの言葉を待つ。
「私、アキさんのお嫁さんになる事にしましたので。」
「「「「はぁああああ!?」」」」
うちの子達が一斉に文句や怨言を言い始めた。そこには秩序も何もなく、各自が思いついた言葉をただただ叫んでいる。誰が何を言っているのかすらわからない。わかるのはミルナ達が罵詈雑言をベルに浴びせてるという事くらいだ。
だがそんなベルはどこ吹く風で、くすくすと口に手を当て、愛玩動物を見るような目でミルナ達を見つめている。
「いい子にしてたらペットとして飼ってあげますよ?」
どうやらベルにとってミルナ達はペット程度の存在という認識らしい。
「さっきから聞いてればこのバカ王女!」
とうとうエレンの堪忍袋の緒が切れたようだ。猛獣エレン、なんか久々に見た。王女なんてもうどうでもいいと言わんばかりに飛び掛かりそうな勢いだ。
「ふふ、王女様?貴女がアキさんの妻になるのは無理ですわ。だってアキさんは王になるつもりはないんですもの。ねえ、アキさん?」
そしてミルナは挑戦的な目でベルを睨む。
どうでもいいけどアキに話を振らないで欲しい。巻き込まないで貰いたい。
「まあ、今はないけど。」
「さすがアキさんですー!というわけで王女様はとっととお帰りくださいですー!シッシッ!」
ソフィーも相当鬱憤が溜まっていたのか、ここぞとばかりにベルを煽る。
レオだけは「僕は知らないからね」といい子に傍観する姿勢を取っている。さすがレオ。さすがアキの尻尾。
「私はアキさんと居られるなら、国くらいいつでも捨てます。」
ベルが言い切った。だがそれはダメだ。アキはベルの頬を抓る。
「ひゃっ……ひゃはいれす……!」
「嬉しいけどそれは駄目。ベルには夢があるだろ?」
「うぅ……だったら王にならなくていいので私に養われるとか……。」
ベルがうーんと悩んでいる。別にこんなことで真剣に悩まなくていいのにと呆れる。
だが何か良案を思いついたのか、ベルがハッと顔を上げる。
「そうです!私の子供を王にしてしまい、私はさっさと隠居すればいいのです!アキさん子供作りましょう!今すぐ!」
ベルがソフィーの如く暴走しているので、もう一発頭を殴っておく。
「あほか。今自分で言った事、もう1回よく考えてみなさい。」
アキに指摘され自分の言ったことを理解したのか、ベルは顔を真っ赤にして蹲ってしまう。やっと気づいたのかと、溜息を吐くアキ。多分勢いだけでしゃべっているから自分でも何を言ったのか理解してなかったのだろう。暴走ソフィーもいつもわかってないからアキとしてはよく見る光景ではある。
せっかくだしもう少しお仕置きしておくか、と蹲っているベルの手を掴む。
「じゃあベル、さっそく俺の部屋行こうか。子供作るんでしょ?」
「ま、まって!ち、ちがうの!まだ……今は!ダメ!」
ベルがダメダメと必死に首を振る。
「だったら不用意な事言うな。あと喧嘩売るな。ミルナ達もだぞ?これ以上やるなら……ミルナ達とベルの事はもう構ってあげない。買い物もアリア、セシル、エリスと行く。」
この子達ならこうして自分を餌にすれば引き下がってくれる。あまり使いたくない手だが、いい加減止めないと泥沼になりそうだ。
「皆さん、すいませんでした。」
アキの言葉を聞くや否や、蹲っていたベルがスッと立ち上がり、謝罪をしている。さすが王女、変わり身が早い。
「「「「王女様、すいませんでした。」」」」
ミルナ達もすかさずベルに謝る。これでひと段落だ。あとは皆が仲良しこよししてくれれば最高なのだが……どうだろうか。
「じゃあミルナとベル。代表して仲直りの握手をしなさい。」
試しに提案してみる。
だがアキがそう言った瞬間、露骨に嫌な顔をするミルナとベル。そんなに嫌か。そこまで嫌か。美少女が台無しレベルの顰めっ面だ。
「え、そんな?」
「「嫌です!」」
「仲直りのハグは?」
「「死んでも嫌っ!!!!」」
全力で拒否するミルナとベル。仲直りに女の子同士のハグなんて可愛らしくていいのに……と思ったのだが、絶対嫌らしい。
「エレン、リオナ。ちょっと2人でハグしてみてくれないか?」
「いきなりなによ……。べ、別にいいけど……。」
「こ、これでいいの?」
素直に抱き合ってくれるエレンとレオ。めっちゃ可愛い。なんかほっこりする。他の子達もこうやって仲良く出来ないものだろうか。
「じゃあミルナとベル。」
「「無理!!死んでも嫌!!!」」
2人の表情が「人ってそこまで嫌な顔出来るんだ」と感心してしまうレベルにまで達している。
「アリア、別に出来るよね?ソフィーとハグ出来るだろ?」
「はい、勿論です。私はアキさんの為にならいつでも死ねます。」
「いや死ねとは言ってないんだが。」
「アキさん、何を言っているんですか?それは『死ね』と言っているのと変わりません。そのくらいの覚悟が必要なのです。」
アリアが「常識です」と言った表情で告げてくる。どうやらアリアにとってソフィーと抱き合う事は死ぬのと同義らしい。ちなみにセシルの方を見ると、こちらも凄く嫌そうな顔をしている。
無理だ。ミルナ達とベル達を友達させるのは諦めよう。この惨状を見せられたら誰だって匙を投げるだろう。
「俺が悪かった。仲良くしろとは言わないけど、尊重くらいはするように。」
適当に話を締め、早々に切り上げる。これ以上この話題を続けたら戦争に巻き込まれそうだ。あとで聞いた話だが、これは彼女達曰く「譲れない女の闘い」だったのだとか。よくわからない。
最期に一波乱どころの騒ぎではない大波乱があったが、とりあえず今日の一幕も終わりだ。明日からもこの子達が繰り広げるであろう言い争いには頭が痛いが……考えるのはやめよう。「女の闘い」なんてアキにはどうする事も出来ない。