13
アキが作った夕飯をみんなで食べ、エアルとミリーを家まで送ってあげた。本人達はSランクだし大丈夫ですと頑なに遠慮していたが、アキが「女の子を夜遅くに歩かせたくない」と言ったら素直に送らせてくれた。後、何故か物凄く喜んでいた。もしかしたら女の子扱いされたのが新鮮だったのかもしれない。Sランクと言うだけで人外扱いもされたりすると聞く。エリスもそうだった。まあ彼女の場合は特殊な事情もあったが。
「まだ死んでるのか。早く復活しろ。これから今日の報告会だろうが。」
エアルとミリーを送り届け、屋敷に戻ったアキは屍と化しているミルナ達に声をかける。一番文句を言いそうなミルナ達がこの状態なので、「お話」される事もなく平和にエアル達をエスコート出来たのだが、いい加減生き返らせないと肝心の報告会を進められない。
しかし何故こんな状況になっているのかと言うと、それは夕飯時に遡る。エアルが夕食を食べながら「アキさん料理も上手ですね。何でも出来るって凄いです。そしてアリアさんはメイド?セシルさんは秘書?いつもお仕事大変ですね!エリスさんはアキさんの専属騎士で訓練指導!そして王女様は国務で大忙し!……あれ?ところでミルナさん達はいつも何してるんですか?」と言ったことでミルナ達は完全に撃沈した。エアルに悪気があったわけではなく、何気なく言った一言だったのだが、家事をしない上に最近は碌に冒険者としての依頼すらもこなしてないミルナ達にとっては大打撃となったようだ。
「アキさん……私、私……ダメ人間だったんですわ。」
「だめだめエルフです。生きてる価値ないのですー……。」
「わ、私の存在意義ってなんなの。」
「僕……本当に尻尾くらしか役に立ってない……。アキー……。」
ミルナ達はぶつぶつと呪いのような懺悔を唱えて落ち込みまくっている。口から魂が抜けている状態とはまさにこの事ではないだろうか。アキが声を掛けても無反応なのだから相当な重症だ。これは少し荒療治が必要だろう。
「アリア、あと5秒で復活しなければミルナ達の今日の『色』を改めて大声で発表しなさい。」
「はい、わかりました。」
アリアは頷き、5秒数えようとするが、その必要はなかった。
「「「「復活しましたー!!!」」」」
勢いよく立ち上がって引き攣った笑みを浮かべるミルナ達。やはり効果抜群だ。
「ならよし。今日の情報収集だが……ミルナ、何か新情報はあるか?」
多分無いとは思うが、一応確認しておく。
「はい、昨日以上の事は特にございませんわ。」
やはりそうかと頷く。
「了解。気にするな。どのみち今日の主体は俺の報告だ。ベルのおかげでアイリス女王と話せたし、それを共有する。とりあえずベル、迅速な調整助かった。」
「ううん、平気。アキさんの為だもん。」
どうやら今日はもう素のベルで行くらしい。王女はお休みなんだとか。
そしてさっきからずっと嬉しそうに抱き着いて甘えてくる。ベルのような可愛い子にくっつかれていると、ドキドキして劣情を催しそうになるから止めて欲しいのだが。本人にもはっきりとそう言ったのに、一向に離れてくれない。なんでも「アキさんにくっついてないと死ぬ病にかかりました」とか意味不明な事を言われた。
「まあ……とりあえず報告するね。アイリス女王とエリザさんに全部説明した。」
ミルナ達にアイリスとの会談内容を要約して伝えた。エリザが同席していた事、ミレー王国と魔法組合に問題ないとはっきりとわかった事。さらにはアイリスとエリザはアキに支援を約束してくれた事も掻い摘んでみんなに説明する。
「アキさん、サラッと言ってますが凄いことですわよ……?」
ミルナが口に手を当てて心底驚いたような表情を浮かべている。
確かにミルナの言う通り、これは凄いことだろう。大陸にある4ヶ国中2ヶ国がアキを支援すると言ってくれている。そしてその2ヶ国に加え、魔法組合とミレンド商会もアキに肩入れすると宣言しているのだから。まあエスペラルド王国に関しては王ではなくベル個人からの支援という注釈はつくが。とりあえず情報を集めるには最高の人材が集まったと言っても過言ではない。
「そしてイリアの件だけど、やっぱりミレー王国は月夜の森での魔獣討伐を依頼してなかったよ。」
「そんな……!」
エレンが悲痛な叫び声を漏らす。
「落ち着けエレン。まず確定している事を纏めるね。イリアが指名依頼を受け、未達成のまま行方不明。内容は魔獣討伐。行先は立ち入り禁止エリア……だとは思うが、違う可能性もある。そしてミレー、エスペラルド王国はその依頼をしていない。」
ミルナ達が聞いたイリア本人の証言は嘘の可能性もあり、信憑性が無いので除外した。つまりアイリス女王、ベル、エスタートの情報を前提に考えると、これらがわかっている事だ。そこから浮かび上がる最大の疑問……イリアの本当の依頼主は誰なのか。
難易度がSランクの指名依頼であることはベルの調査でわかっている。そしてSランクの依頼を発行出来る組織は3つ。サルマリア、リオレンド王国、それか冒険者組合。つまり依頼主はこの3つに絞られる。
「ベル、例えばだけど……エスペラルドがミレーの魔獣討伐を依頼する事ってあるか?いや、そもそも依頼として発行できるのか?」
「ないわ。あ、でも依頼は出来る。ミレーが了承したら出来る感じよ。」
そういう依頼の仕方が出来るとなると、魔獣討伐の場所は不明、一切わらかない。月夜の森と弦月の山ではないという事だけはわかる。何故なら立ち入り禁止エリアの出入りはその国の王家が管理しており、立ち入ったら王家に連絡がいくからだ。つまりエスペラルドとミレーの立ち入り禁止エリアにイリアはいないと言える。
「イリアの行き先はサルマリアとリオレンド全域か、エスペラルドとミレーの立ち入り禁止エリア以外の全域という事になる。」
「アキ、手掛かりどころか捜索範囲が増えちゃったよ……。」
レオの尻尾が悲しそうに小さく震えている。この尻尾いちいち可愛いな。
「リオナ、逆だ。依頼主が特定出来そうだと考えればいい。捜索範囲はたいした問題じゃない。依頼主を突き止めて依頼内容を聞けばいいだけだからね。俺の予想だとリオレンドかサルマリアの立ち入り禁止区域かなとは思うけど。」
とりあえず依頼主は残り2ヶ国か冒険者協会なのは確実だ。
その中でも冒険者協会が怪しい事をミルナ達に説明する。間違いなく何かを知っているはずだと。一応リオレンドとサルマリアにはアイリスが探りを入れてくれるので、そっちは任せてしまってもいいだろう。なのでアキとしては現段階で一番怪しいと考えられる協会に探りを入れて行きたい。
そこでうちの兎さんには大事な頼みがある。
「セシル。」
「はい、わかってます。お母さんですね?」
さすがセシル、既に理解してくれているようだ。
そう、彼女の母親はアリステールの支部長。冒険者協会に探りを入れる相手としては最適だろう。まあ支部長クラスでどの程度の情報を握っているのかは疑問だが、何かしらの足掛かりにはなるはずだ。
「うん、でもババアにあまり迷惑かけたくない。あと……アリステールにも行きたくない。だからセシルが手紙を書いてくれないか?」
アキ達はアリステールを出てけと言われた身なので、行きたくないというよりは行けないと言った方が正しい。まあ頼まれてもあんな街、二度と行ってやならいが。アリアやミルナ達にした仕打ちを考えれば当然だ。
「もちろんです。なんて書きますか?」
セシルは快く頷いてくれたので、書く内容を伝える。
「とりあえず普通にセシルの近況報告を書けばいい。」
「そんなんでいいんですか?」
セシルは不思議そうに首を傾げるが、大事な事だ。彼女をババアから預かっている手前、報告義務があるとアキは思う。それにババアも娘の事が心配だろうしな。
「最後にイリアの依頼内容について教えて欲しいと一言書くだけでいいよ。」
あくまで「ついで」でいい。最後に付け加えるだけでいいとセシルに伝える。
「本当にそんな適当でいいんです?」
「うん、何気なく聞くだけでいいよ。」
何故なら、今までミルナ達はイリアの言葉を信じていたので、わざわざ冒険者協会に依頼の確認をしていない。だからこそ普通に聞くだけでいい。「ミルナ達がイリアを探していて、彼女が受けた依頼の内容を教えてくれないか」と聞くだけで十分だ。人探ししているのだからそのくらいの事を聞くのは決して不自然ではない。
一応、メルシアはSランクになった事も添えるといい、とセシルにアドバイスしておく。Sランクという肩書があれば、教えて貰いやすくなるかもしれない。
「まあ、教えて貰えたら儲けものって感じで行こう。」
「はい!ではすぐに書きますね!……って耳ダメ……なんで……急に触るの……!」
「お礼に兎耳を愛でただけだ。」
「そ、そんな……アキさん都合しらないっ……からっ!もぉー……!」
口ではそう言ってるものの、セシルは目を細めて気持ちよさそうにしている。というより彼女は最近、アキに撫でられるのをまったく嫌がらない。むしろ「撫でてくださいー」と自分から兎耳をぴくぴくさせながら近づいてくるくらいだ。うちの兎可愛い。超可愛い。
「協会の方はとりあえずセシルの母親の連絡を待とう。後は爺ちゃんとアイリス女王からの情報待ちだな。あまり不用意に動いて王家襲撃者を刺激したくない。」
ミルナ達はもう十分に動いた。もし外套の人物がイリアで、ミレーにまだいるのであれば、間違いなくミルナ達の存在には気づいたはずだ。だからこれ以上ミルナ達を出歩かせる意味はない。それにこちらの情報を晒したくないという意味でも彼女達の情報収集は一旦中止でいいだろう。
「じゃあ私達はどうすればいいですかー?」
ソフィーが手を挙げて尋ねてくる。
「ソフィーお得意の食って寝てをしててもいいよ?」
「イヤです!それはもうイヤなんです!だめだめエルフは卒業するんですー!」
何かやることをくれと必死に叫ぶソフィー。どうやらエアル達はうちの自堕落エルフに良い影響を与えてくれたようだ。このまま更生して欲しいが……まあ期待はしないでおこう。
「冗談だ。今は味方を増やしたい。だからソフィー達はエアルやミリーと交流しておけ。あと彼女達と一緒に訓練して腕を磨きなさい。目標はエリスを単騎で抑えられるようになること。わかったな。」
ミルナ達の表情が少し暗い。目標を達成できる自信がないのだろう。まあこうなると思っていたので、アキは用意していた飴を与える。
「今後対人戦闘は間違いなく増える。ミルナ達も対人戦で俺の隣に立てるくらいになって欲しいんだよ。『エレン、ソフィー背中は任せた。』とか言いたいんだけどな?どうかな?」
ミルナ達の目にやる気の炎が少し灯った。あと1歩だろう。
「もしエリスに勝てたら……指輪でもなんでも好きな物を1つ買ってあげる。」
「「「「勝ちます!」」」」
うちの子達が声を揃えて叫ぶ。相変わらずわかりやすい子達だ。
勿論エリスへのフォローもちゃんとしておく。
「エリス、ミルナ達を頼む。皆が強くなったらエリスにもなんでも買ってあげるし、どこへでも連れてってあげる。俺なんかでよければだけどね?」
「ほんとか!やる!アキと一緒にお出掛けなのだ!」
何でも買ってあげると言っているのに、お出掛けの方に食いつくのがエリスらしい。この子は本当に我儘を言わない。もっと好きにしてもいいのに。
「まあ……今日明日で出来る事じゃないからのんびり行こう。あと皆と買い物に行くのはご褒美でもなんでもない。普通に行く予定だから安心しなさい。」
ミルナ達が嬉しそうに「はい!」と返事をする。飴の効果は抜群だったようだ。ただアキに抱き着いているベルが「私は?私は?」って顔で見つめてくる。そう言えばこっちを忘れていた。
「ベルも行こうね。」
「うん、行く。」
これでよし。
とりあえず今日の報告はこんなところだろうか。しかし情報待ちというのはどうもむず痒い。まあ明日からは本格的に魔法学校の講義があるし、少しは気が紛れるだろう。それに学園には可愛い猫さんもいる。癒しまで完備しているのだからまさに完璧だ。
「アキさん、ちなみに魔法学校の方はどうなんですの?」
確かにその報告はまだしてなかった。
ミルナはいつもアキが伝え漏れている事を指摘してくれる。さすがメルシアのお姉さんだ。アキが褒めると、ミルナは「そんなことないですわ」と照れているが、どこか嬉しそうだ。
「魔法学校だけど、明日からちゃんとした講義をするよ。エリザさんにはミルナと同等の事を教えるつもりだ。生徒にはエリザさんと相談した上で教える内容を決める。」
今度こそこれで全部報告しただろう。一応質問はあるか、と聞いたところ、うちの子達はそれぞれに何かあるそうだ。アキは遠慮なく質問するようにとミルナ達を促す。
勢いよくエレンが立ち上がる。どうやら彼女からのようだ。
「まず私からよ!アキ……か、可愛い子はいたのかしら!?」
「そんな質問?いたけどエレンのほうが可愛いよ?」
アキの回答に満足したらしく「ならいいわ」と嬉しそうに着席する。それだけなのかと呆れる。
入れ替わるように今度はレオが立った。緊張しているのか尻尾がピンっと逆立っている。一体何を聞くつもりなのだろうか。
「ぼ、僕の尻尾とその猫の人の尻尾どっちがいいの?」
「当然リオナ。リオナの尻尾が1番だ。」
アキの言葉を聞いてぱたぱたと尻尾を振り始めるレオ。こちらも満足したらしい。さっきから学校全く関係ない質問なのだが……。
「次は私、ソフィーですー!私の事好きですかー!」
「それ質問か?大体全く学校関係ないだろうが……まあいいけど。勿論ソフィーの事は好きだよ。」
やったーと叫びながら兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねるソフィー。
なんだこのよくわからない時間は。確かに質問があるなら言えとは言った。だがこんな意味の分からない質問が来るとは思わなかった。「今日の報告に関して」と前置きしなかったアキが悪いのだろうか。
最後はミルナだ。
「えっと……魔法のレベルはどうでした?」
「さすがミルナ。まともな質問を本当にありがとう。」
真面目に答えてやろう。
「生徒達の魔法はミルナより威力も速度も劣っていた。詠唱は様々だったな。エアルとミリーは剣士だから詠唱は短めだった。ああ、エリザさんだけはさすがにミルナより上かも。そしてその詠唱はミルナ以上に恥ずかしかった。」
アキが端的に魔法レベルの感想を答えてやったのに、何故か納得のいっていない様子のミルナ。おかしい。誠心誠意答えてやったのにその反応は甚だ遺憾だ。
「おかしいですわ!なんでそれで納得すると思ったんですの!納得いくわけありませんわよね!?なんでまともな質問をした私の回答がまともじゃないんですの!」
「よかったなミルナ。エリザさんの火魔法の詠唱は『世界の理を持って、炎を顕現することを願わん、ファイヤ』だったぞ。ミルナのより恥ずかしい。そして本人も恥ずかしがっていたから思いっきり苛めてやったよ。」
ミルナの肩をぽんぽんと叩いてやる。
「学園長になにしてるんですの!?可哀そうだからやめてあげてくださいませ!」
魔法職同士というのは仲間意識でもあるのだろうか。確かエリザもミルナの事を庇っていた。ミルナも現在進行形でやめてあげてと哀願してくる。
「詠唱恥ずかしい同盟結成出来るよ?」
「しませんわよ!してたまりますか!」
ミルナがぜーぜー言いながら突っ込んでくる。そこまで必死にならなくてもいいのに……まあそんなミルナの姿は微笑ましいけど。
「明日から講義だから『大気を燃やせ~』って詠唱広めていい?Sランクのミルナが考えたって生徒達に教えて……ミルナの名声を世界に広めたい。」
「名声ではないですわよね!?アキさんのばかー!そんなことしたら絶対、絶対許しませんわよ!もう!もう!」
今日もたっぷりミルナで遊べたのでアキとしては満足だ。ミルナには「私で遊ばないで!」ともの凄く拗ねられてしまったが……。
まあ結局撫でたらすぐに許してくれたので、やっぱりチョロ可愛いミルナだ。