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「お話もひと段落しましたし、今日はこの川辺で休むことにしましょう。」
ミルナがそう宣言して一夜を明かす場所を決める。アキはミルナが選んだ場所のどこが良いのかサッパリわからいので聞いてみた。ミルナは「異世界のアキさんにはわからなくて当然ですわね。何も説明せずにすいません」と選んだ理由を丁寧に教えてくれた。なんでもある程度ひらけた川辺で、辺りの警戒がしやすいここのような場所が最適らしい。
「この辺りは基本的にDランクレベルの魔獣しかいませんのでそこまで警戒しなくても大丈夫ですけどね。先ほどの地竜のおかげで魔獣の気配すら感じませんわ。」
アキとミルナが談笑している間にもソフィーやレオが手際よく野営の準備を始めてくれている。ちなみにエレンはもらったライターを握りしてめて、火は自分が起こすんだと意気込んでいるのが微笑ましい。
「交代で見張り番を立てる感じでいいのかな?」
「そうなりますわね。さすがに無警戒は不味いので。ただアキさんは誰かと一緒という形でお願いしますわ。そしてその間に戦闘指導すれば一石二鳥です。」
「なるほど、では初日は誰が相手してくれるのかな。」
「そうですわね……魔法でもいいんですが今日はアキさんと沢山お話したのでエレンに譲りますわ。」
「なんで私なのよ!こいつと2人きりなんて嫌よ!この変態!」
酷い言われようだ。正直自業自得な面はあるのでアキは否定せず、静かに成り行きを見守る。
「まずは短剣がいいかと。自分の身を守る基本として短剣と魔法を覚えるのが一番かと思いましたので。」
「確かにそうかもだけど……!」
「どうしても嫌ならソフィーかレオにお願いしますわ。」
「じゃあ私やりますー!」
それを聞いたソフィーが元気よく返事をする。
「焼き鳥?のお礼もしたいし僕でもいいよー!」
レオも喜んでと尻尾を振っている。間違いなく対価に焼き鳥を要求されそうだ。
「では先に返事したソフィーに……。」
「待って!やらないとはいってないわよ!私がやるわよ!あんたなんか文句ある?」
エレンが必死に声をあげて主張する。いきなりアキに話を振ったのは助けろということだろう。しょうがないなとアキは呆れるが、反抗期の妹だと思うことにする。
「前の世界で触った事くらいはあるし、俺も短剣からがいいな。エレンお願い。」
「しょうがないわね!感謝しなさい!」
エレンは自分が選ばれたのが嬉しいのか勝ち誇った顔をする。それをみたミルナがアキに少し注意する。
「アキさん、甘すぎますわよ。」
「そうかもね。でもせっかくやる気になってくれたんだしさ。それになんだかんだエレンは真面目で優しくて可愛いからね。甘やかしたくもなる。」
「ふふ、そうですわね。」
とりあえず役割も決まったので、引き続き野営の準備を整える。しばらくして簡素な寝床と焚火が完成する。次は食事の準備だ。
「そういや食料はあるの?」
アキが確認するとソフィーとレオが笑顔で食材を取り出す。
「また周囲警戒してるついでに狩ってみましたー!」
「僕も!はい、アキ!」
全部鳥じゃないか……しかも3匹ずつ。どんだけ焼き鳥を要求しているんだ。そしてどんだけ食べる気なんだとアキは呆れた表情を浮かべる。それに気づいたソフィーが申し訳なさそうにアキを見つめる。
「すいません……美味しかったので。ごめんなさい……。」
別に謝ることでもないんだが、ソフィーに言われるとものすごく自分が悪い気がしてくる。そんな曇りのない瞳で見つめられると何としてでも彼女の喜ぶ物を作ってあげないといけない気持ちになる。間違いなくソフィーは魔性の女だろう。それも天然の。
「きっとこういうタイプが最強なんだろうな……。」
「何の話ですかー?」
「なんでもないよ、せっかく狩ってくれたんだし作るね。」
そう言ってアキはソフィーとレオから鳥を受け取る。
「ミルナ、野菜とかないのかな。鳥だけってのも。」
「前に集めたのが少し残っていますわ、使えますか?」
そういってミルナは見たことがない植物と木の実を取り出す。
「何とかしてみるよ。」
「夕食まで作って頂き申し訳ありませんわ。」
ひとまずこれがどのような植物と木の実か判断する必要がある。しかしそれ以前に、この見た事もない植物や木の実の生体に興味がある。これの本体は一体どんな植物学的構造をしているのだろう。土壌の性質や植生環境は?アキの興味は尽きない。生物、植物学は主要専攻分野ではないので浅くしか知識がない自分が恨めしい。そもそもこの世界の植物を地球と同列に考えようとする事が無意味かもしれない。しかしそれと同時にこの世界には自分が想像もつかないような物が山のようにあるのだという事実がアキの好奇心をくすぐる。これこそ異世界物見遊山の醍醐味。時間をかけてゆっくり観察していこう。今はとりあえず生きる術を彼女達から学ぶことが大事だ。
ついつい思考が明後日の方向に暴走してしまったが、アキは気を取り直して受け取った食材を調べる。適当に調理し、味見してみて出来る料理を考える。ミルナ達は休憩しつつ焚火の周りに腰かけアキの様子を伺っている。
「少し時間かかるから、質問しながらでもいいかな?」
調理の手を止める事なくアキはミルナに話しかける。
「はい、構いませんわ。」
「今、俺たちはどの街に向かってるの?」
「あら……すいません。大事なことお伝えしておりませんでしたわ。今向かっているのはアリステールという街になります。」
アリステールはエスペラルドの中心から東に位置しており、この国では2番目に大きい街だという。ミルナ達はその街を現在ホームタウンにしているらしい。ちなみに王都はエスペラルド北西部にあるミスミルドという街で、国王が住まう王城があり政治の中心部だ。王都の広さはかなり広く、東京の23区くらいの面積があるらしい。
「さすが王都、それは広いね。外に出なくても一生暮らしていけそうだ。」
「そういう方も大勢いらっしゃいますわ。全て揃っているので出る必要もありませんし。」
ちなみにアリステールの街は高い外壁で囲まれており、円のような形をしている。直径を直線に歩くと大体1時間くらいらしい。人が歩く時速が平均5kmくらいと仮定すると直径にして6~8kmというところか。山手線の直径が6kmくらいと考えると結構広い街だ。アリステールの中心には街を統括する領主の屋敷があり、それを囲うように貴族たちの住まいがある。その外側は街が地区ごとに分けられている。円グラフを想像すればわかりやすい。居住、商業、工業、農業などだ。ミルナの説明によると冒険者協会は商業地区にあることが多く、武器屋などは工業地区にある。商業地区はいわゆる繁華街のようなもので、商店や宿屋、食事処が揃っている。工業地区には職人達が店と工房を構えている。農業は文字通り農業する地区で農家が多い。街の中で農業を行っているのは外だと魔獣の危険があるからで、どの街も大体はこの形なのだとミルナは言う。
「普通に暮らすには十分すぎるくらい広い街だね。そこにミルナ達の宿があるの?」
違いますとミルナは首を振る。彼女達は居住地区に小さい屋敷を借りてそこを拠点にしているらしい。ミルナが説明しつつレオのほうを見る。
「Bランクなので宿は無料なんですが、色々不便ですの。レオのこととか。」
「なるほどね。」
アキもレオのほうをチラっと見る。アキとミルナの視線気づいたレオがちょっと悲しそうな顔をする。
「宿とかに泊まっているとね、僕への風当たりとか視線が結構きついからね。皆が気を使ってくれているんだ。」
レオの隣に座っているソフィーも怒ったような顔をしてそれに付け加える。
「それにです、私たちを見る目が嫌なんです。ほんと気持ち悪い。私たちは冒険者であって踊り子ではないんですー!」
料理の仕上げをしながらアキはなるほど思う。人が集うであろう商業地区だとミルナ達は色々と目立つだろうし、宿に泊まっているだけでも不快な思いを沢山したのだろう。
「そりゃソフィーは可愛いからなぁ……。」
アキの呟きが聞こえたソフィーは顔を真っ赤にして下を向いてしまう。「か、か、かわいい……」とボソボソと何か言っているがよく聞き取れない。そこにエレンが割り込んでくる。
「別に見るだけならいいわ。女性チームって珍しいものね。でもあいつ等の視線はそういう『見る』じゃない。ほんとに不快なのよ!声まで掛けようとするのが最悪!」
エレンもその時の状況を思い出したのか怒り心頭だ。
「でもBランクなんだし返り討ちにすれば問題ないんじゃない?」
「そうでもないんだよね。Bランクも意外にいるしさ。それに下手に騒ぎ起こして色々巻き込まれるのは避けたいからね。僕達は早くSになりたいから余計な事に時間使いたくないんだよ。」
レオがアキの料理している鳥肉を凝視しながら「屋敷を借りたほうが色々と波風が立たないんだ」と教えてくれる。鳥肉を移動させるとレオの視線が一緒についてくるのが面白い。
「なるほど。アリステールについたら俺はどうすればいい?」
ミルナに向かって尋ねる。というよりやることは決まっているので確認に近い。
「アキさんになら説明するまでもないような気がしますが、冒険者登録して私達のチームに登録してもらいますわ。そして武器の調達をして訓練ですわね。街の案内もしますのでそこである程度の生活必需品も整えましょう。住む場所ですが、私達の借りている屋敷に部屋が余っていますのでそこを使ってもらいます。」
「そして当面の目標はAランク依頼を後1回達成してAランクに昇格、そしてAで10回以上依頼を受託し達成率90%をキープ。そして闘技大会か。」
「はい、そうなりますわ。」
「俺が冒険者登録すると当然Eランクからだよね?でも4人は既にBだから俺が入ってもチームランクはBのまま。言ってしまえば、4人がAなら俺のランクが何であれ闘技大会参加条件であるチームとしてのAランクは満たせるね。」
「その通りですわ。あら、アキさんの言っていたパワーレベリングが出来ますわよ?」
ミルナはいつものように袖口で口を覆いくすくす笑う。そして夕飯の配膳を手伝いますとアキに近づいてくる。だが側まで来ると少し辛そうな目をしてアキにしか聞こえない声色で囁く。言いづらいことを伝える為に自然を装い側に来たのだろう。
「だからこそアキさんへの風当たりは強いものになりますわ。間違いなく。チームへの加入、同じ屋敷で生活、アキさんの冒険者ランクや実力。」
なんとか出来ればいいですが、何も思いつかず申し訳ないとミルナ。間違いなくアキの身に降りかかるであろう未来を想像して悔しそうな表情を浮かべる。
「そんなのはどうでもいいんだけど。レオへの風当たりを減らすって提案したのは俺だし。それに逆に好都合だよ。」
全く気にしてない様子でアキはどこ吹く風だ。その態度にミルナは拍子抜けしたのか、すかさず尋ねる。
「本当に大丈夫なんですの?」
「慣れてるしね、問題ない。」
地球で両親や自分が研究結果を発表した際に向けられた風当たりを十分に体験しているので、他人からの厳しい視線は大した弊害ではない。アキにとって精神的にはほとんど気にならないレベルである。単純に生活するのに面倒ごとが多くなる程度の事だ。
「では好都合とは?」
「うーん、今は内緒。」
「私にもですの?」
ミルナは不満そうにアキを見つめる。引き下がるつもりがないと彼女の目を見て理解したアキは自分の考えや計画をミルナに話す。それを聞いたミルナの表情が段々と暗くなっていく。
「でも……アキさん……それは。」
悲しそうな声をだすミルナ。だがアキは気にするなと頭を振ってミルナを宥める。
「気にするな。わかった?」
「うん。」
こういう時はミルナが少し幼く見える。暗い話がもともと得意ではないのだろう。だがアキが考えている事は本当に自分にとって何でもない事なのであまり気にされても困る。
「ただそれをするにあたって確認したいことがあるんだよな……。」
「まだあるの……?」
「これは本当に今は内緒。」
ミルナは又少し不満そうな顔をするが、これは今は本当に言えない。
「さぁ、ご飯できたから食べようか。」
ずっと内緒話なんかしていたらエレンが速攻で文句を言いに来るのはわかっているので適当に切り上げる。
「ソフィーとレオが頑張って鳥を狩ってくれたので鳥尽くしだな。」
アキはとりあえず焼き鳥を全員に配り、ミルナから渡された植物と鳥のスープ、そして炒め物を並べる。
「アキ、これなに!これ!」
レオが今すぐに食べさせろという勢いで尻尾を振りまくっている。料理の説明なんかしておあずけさせたら殺されそうだ。
「とりあえず食べていいぞ、レオ。説明は今じゃなくてもいいでしょ。」
「うん!さすがわかってるねアキ!」
レオは焼き鳥にかぶりつく。でも意外に上品な食べ方なんだよなとアキは思う。獣人族だからもっと豪快に行くのかと思ったが、レオもなんだかんだ女の子ということなのだろう。ソフィーやミルナはスープから口にしているようだ。ちなみにエレンはすでに焼き鳥は食べ終えている。むしろエレンのほうが獣人族では……と考えてしまうほどの豪快さだ。そんなことを考えながらアキは適当に会話を始める。
「イリアの剣技はそんなに凄いの?」
「凄かったわよ!思わず見惚れたもの!」
珍しくエレンがアキに答えてくれる。
「助けてもらった時も本当に凄かったんだって?」
「凄いなんてもんじゃないわよ!」
エレンはイリアの剣技を真似るように焼き鳥の串でシュッ、シュッと彼女の凄さを熱弁する。
「そりゃいつか見たいな。」
「あんたなんかが見たら凄すぎて腰抜かすわよ!」
イリアを褒められたのが嬉しいのか、ご飯が美味しいのか。エレンは上機嫌で答えてくれる。
「でも4人を助けたイリア……なんか俺の時と状況似ているね。」
「全然ちがうわ!あんたなんかと一緒にするんじゃないわよ!」
エレンは頬を膨らませて怒る。飛び掛かって来ないところを見るとアキの存在にもちょっと慣れてくれたのかもしれない。
「ふふ、そうですわね、似ていますわ。やっていることは真逆でしたけどね。」
ミルナが笑う。
「言動とかも全然違います。でもイリアと何故か似たような雰囲気がします。何故でしょう?」
ソフィーが可愛らしく首をかしげる。狙っているわけではないのが魔性の女(天然)たる所以かもしれない。
「だからみんなアキにすぐ親しみを持ったのかもね。」
レオがなくなった焼き鳥を悲しそうに眺めながら会話に入ってくる。しょうがないのでレオに自分の焼き鳥を一本あげると満面の笑みで受け取った。
「えへへ、アキ大好き!」
どうやらアキの価値は焼き鳥1本らしい。
「そうですわね、気づいたら会話の中心にいますもの。どこかイリアに通じるものがあるかもしれません。そうでなければこんなに早く皆が懐きませんわ。」
もちろん私もですけどねとミルナが微笑む。だが懐くという言葉にエレンが反応する。
「懐いてないわよ!あんた勘違してたら殺すわよ!」
「エレンにそう言われるのは悲しいな。でも俺はイリアとは違うからね。しょうがないか。」
「そ、そうよ……。」
言い過ぎたと思ったのかエレンの言葉尻が小さくなる。
「イリアに初めて会った時、エレンはなんて言ったの?」
「あんたかっこいいわね!私にもそれ教えなさい!」
「基本上から目線なのな。」
アキは相変わらずな調子のエレンに呆れる。ソフィーやミルナもしょうがない子を見るような目をしている。
「わ、悪い?あんたの時とは違うのよ、わかったかしら!」
「確かに違う、初めて会ったときエレン達は俺に……。」
皆がアキに初めて掛けた言葉を思い出す。
ミルナ「さて……それで、貴方はどちら様ですの?」
ソフィー「なぜ戦闘は手伝ってくれなかったのですか?」
レオ「なんで僕の跳躍では足りないとわかったの!」
エレン「なんて素敵な人!助けてくれてありがとう!大好き♡」
「勝手に人の過去捏造するんじゃないわよ!ぶっ殺す!」
「あれ、違ったか?」
「ふざけんじゃないわよ!そんなこと言うわけないでしょうが!」
「そうだっけ?思い出すから試しに『大好き♡』って言ってみて?」
「言えるかー!バカ!変態!死ね!」
2人のやり取りをやれやれという感じで眺めるソフィーとレオ。ミルナに至ってはおもちゃで遊んでいるアキを羨ましそうに見ている。そこで羨ましがるのはどうかと思うぞと苦笑する。
「死ねなんてひどいな、エレン……これあげようと思ったけどレオにあげようかな……。」
アキは焼き鳥を1本レオに渡す。
「やったー!アキ最高!」
嬉しそうに受け取るレオ。やはりレオにとってアキの価値は焼き鳥1本のようだ。しかしその様子を絶望の表情で見つめるエレンをアキが見逃すはずがなかった。
「でもいい子だからやっぱりエレンにもあげよう。」
「し、しょうがないから貰ってあげるわ。」
口ではそう言ってはいるが、眩しいくらいの笑顔で受け取り、幸せそうに焼き鳥を頬張る。
「ほら、ミルナとソフィーもいるか?」
元々それほど大食漢でないアキにとってこの量は多すぎる。他のみんなはすぐに平らげてしまったようだが。きっと冒険者ともなれば消費カロリーが果てしない事になるのだろう。
「ありがとうございます!やったー!」
ソフィーも嬉しそうにアキから1本受け取る。
「まったく……うちの子達は。完全に胃袋でも掴まれていますわね。」
ミルナは呆れた表情を浮かべる。人の事は言えませんけど、とミルナも素直に受け取るのが微笑ましい。