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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第十一章 魔法学校I
179/1143

12

「疲れました……。」

「でもいい訓練にはなったねー。」


 エアルとミリーが地面に蹲っている。いくら2人がSランクとはいえ、同じSランクのうちの子達やエリスを相手にしていたのだから疲れたのだろう。さすがにミルナ達やエリスも汗だくになり肩で息をしている。しかしこれだけSランクが揃っているのだから充実した訓練だったに違いない。早々に体力切れで脱落し、ベルの膝枕でのんびりしているアキを除いては。


「相変わらずベルの太ももは最高だな。」

「そ、そうですか?い、いっぱい満喫してください……ね?」


 頬を赤くして顔を逸らすベル。そんなに恥ずかしがるのならしなければいいのにと思うのだが、何故かベルはやたらと膝枕をしてこようとする。アキがこうして訓練で疲れ果てたところにすかざすやって来て膝枕をしてくれる。


 ただこのままだと不機嫌になる子達がうちにはいるので、ベルの太ももは名残惜しいが、そろそろ退いたほうがいいだろう。


 とりあえずアキは訓練を終えたミルナ達を労ってやる。

 

「みんな、お疲れ。汗かいただろうし風呂に入っておいで。俺はその間に夕飯作っておくよ。エアルとミリーも入っていきなさい。飯も食べていくか?」


 汗だくのままだと風邪もひくだろう。それにあれだけ激しい訓練をしたのだから腹も空いているに違いない。アキの提案に、エアルとミリーは「お言葉に甘えます」と喜んでくれた。


 だが何故か納得のいかない表情を浮かべているうちの子達。


「何故拗ねる。」

「アキさんはこうやって新たなる女を篭絡していくですか。狡い手口ですー。」


 日に日にうちのエルフの口が悪くなっている気がする。とりあえず口を尖らせてぶーぶー文句を言ってくるソフィーの頭を引っ叩いておく。


「この駄エルフが。その暴走する癖を直せと言わなかったか?」


 ついでに頬も抓る。特別大サービスだ。ソフィーが涙目で「だってー」と言ってくるが、毎度毎度反省しないエルフなので許してあげない。


 ちなみにミルナ達はソフィーの二の舞になるのを恐れたのか、すぐにアキから目を逸らした。ベル、エリス、セシルまでもが目を逸らしているのには呆れた。どうやらアリア以外の全員がソフィーと同じ考えだったらしい。


 そんなアリアがいつものすまし顔でサラッと宣言する。


「皆さん勘違いしています。こうして自然とお屋敷のお風呂に入らせることにより、私に彼女達の下着の色を確認しろとおしゃっているのです。わかりますか?」


 アリアはアリアで碌でもない斜め上の解釈をしてくるから困ったものだ。とりあえず、エアルとミリーが怯えた目で見ているからやめなさい、とアリアを銀のトレーでぶん殴る。


 「ありがとうございます!」


 目を輝かせるアリア。


 何が「ありがとうございます」だ。やはりこのど変態メイドは殴ったところで喜ぶだけだ。彼女に関しては別のお仕置きを考える必要があると最近心の底から思う。


「目を輝かせるな。後お前はいい加減に下着から離れろ、このど変態メイドが。エアルとミリーが困ってるだろう。」


 エアルとミリーは一応アキが招いた客なので、ちゃんと「お客様」として接して欲しい。訓練中もミルナ達はエアルやミリーの事を「泥棒猫」だの散々罵っていたのは知っている。これはちょっとよろしくない。


 まあアリアに関しては、毒舌発言はしていたが、直接罵っていたわけではないし、直ぐに頭を下げていた。セシルも表情で拗ねる程度で、彼女達を困らせる事は言っていない。だからこの2人は別にいい。それより問題は他の子達だ。アリアとセシル以外の子達にはもう少し礼儀と尊敬を持ってエアル達に接して貰いたい。


 という事で、アキはアリアとセシル以外の全員を座らせ、来客に対する礼儀を説教してやった。だが全員がどこ吹く風だ。反省の色が全く見えない。あまつさえ自分達は悪くないと言い張ってくる。


「エアル、ミリー、うちの子達がごめんね。1発殴っとく?」


 むしろ1発とは言わず10発ずつくらい殴って貰いたいものだ。


「無理ですから!私達大丈夫ですから!気にしてないですから!」

「やめて!アキさん!変なとこで振らないで!」


 何故か涙目で拒否された。ミルナ達の威圧感が凄いからだろうか……。まあ他国の王女であるベルもいるし、仕方ないと言えば仕方ない。


 だがそんなエアル達の様子を見て、勝ち誇った顔で高飛車な態度に出るベルやミルナ達。


「つまり私たちは悪くないんです。悪いのはアキさんです。」

「王女様の言う通りです。つまりアキさんがお説教とお仕置きなのですわ。」


 見事なドヤ顔だ。ちょっと可愛いと思ってしまったじゃないか……。


 しかしこれは少し本気で反省させたほうがいいかもしれない。個人的に屋敷に招いた「お客様」に対して敬意を表さない態度がアキは好きではない。それもアキ自身が招いた客となれば尚更だ。だからこそ、うちの子達の態度がどうしても許せない。それに彼女達は忘れているようだが、エアルとミリーは今アキの生徒なのだ。自分の教え子が貶されたら怒って当然だろう。


「あっそ。」


 アキはミルナ達を冷淡な表情で見つめる。そんなアキの視線に驚いたのか、彼女達は体をビクッとさせ、怯えた表情を浮かべる。そう、アキは知っている。ミルナ達が自分のこの表情を何より怖がるという事を。アキにこの視線で見られるのを何より悲しむという事を。卑怯な方法だとは思うが、この子達にはいい薬になる。


「俺が悪い?ならそれでいいよ。でも俺は屋敷に招いたお客様を蔑ろにするのが嫌いなんだよね。それにエアルとミリーは俺の生徒だってわかってる?自分の教え子が酷い扱いをされたら怒って当然だよね?わかるよね?」


 ミルナ達に淡々と告げる。


 エアルとミリーは必死に「もういいから」とアキを止めようとしてくるが、譲るつもりはない。一回ちゃんと反省させないとミルナ達はまた失礼なことをする。


「エアル、ミリー。俺が2人を招いたのにごめんね。何かお詫びさせてほしい。」

「そんな、大丈夫ですから!」

「ええ、気にしてないから大丈夫よ。」


 彼女達は気にしないでと言ってくれるが、それではアキの気が済まない。うちの子達が罵詈雑言を吐いたのは事実だ。ホストとしては何かしらのお詫びをしたい。


「だから何かさせてくれ。そうだな……2人は明日の放課後、暇?」


 エアル達は大丈夫だと頷いてくれる。どうやら予定は空いているらしい。それならば丁度いい。先程エアルやミリーがうちの子達の武器を羨ましそうに見ていたのを思い出したのだ。


 アキは月時雨を抜刀して彼女達に見せる。


「この剣は俺が特注して打ってもらってるんだ。その鍛冶屋とは仲が良く、俺が行くところに必ずついてくる。今もミレーにいるからエアルとミリーの剣を打ってもらおうと思う。それをプレゼントさせてくれ。先ほど羨ましそうに見ていただろ?」


 月時雨の輝きに魅入られていた様子のエアルとミリー。だがアキの言葉を聞いて我に返ったようで、ぶんぶんと首を振って遠慮してくる。


「そんなの貰えません!」

「そうだよ、そんなの悪いよ!」


 アキとしては、ミレーのSランクである彼女達と懇意にしておきたいので、元々いつかは剣をプレゼントするつもりだった。それが少し早くなっただけの事だ。だからアキも意見を曲げる気はない。


「いいんだ、必ず2人の役に立つ。それでも申し訳ないと思うなら、いつか俺が窮地に立たされた時、2人の力を貸してくれ。だから受け取ってくれないか?」


 ちょっとずるいやり方だが、こう言えばエアルとミリーは断れないだろう。


「はい、それなら。必ずアキさんの力になります!」

「うん、私も必ず力になるからね。」


 よかった。無事納得してもらえた。


 ミルナ達もそれがお礼かと少し安心したようで「それくらいなら……」と頷いている。だがこれで終わらす気はない。うちの子達は少し罰を与えて落ち込ませないと、絶対に反省しないのを知っている。


「エアル、買い物好きなんだよね?」

「え、はい!大好きです!」


 エアルが嬉しそうに返事をする。本当に好きなのだろう。


「じゃあ明日、鍛冶屋終わったら3人で買い物も行こうか。ミレンド商会に知り合いがいるから安くしてもらえるよ?それにまだレスミアに詳しくないから色々案内して欲しい。ケーキくらいならご馳走するから。どうかな?」


 うちの子達がしたがっていたことを敢えて2人と先にする。これできっとミルナ達、ベル、エリスは大打撃を受けてくれるだろう。セシルとアリアは先日既に一緒に行ったからダメージは受けないはずだ。まあこの2人はエアル達に失礼な態度をとってないので反省させる必要はない。


「ほんとですか!やったー!いきます!」

「エアル程ではないけど、私も買い物好き!いいよー!」


 エアルとミリーは「やった」とぴょんぴょん飛び跳ねている。ミルナ達、エリス、ベルは案の定、この世の終わりを迎えたかのような表情になっている。そこまで落胆されるともの凄く悪い事をしている気がするが……仕方ない。彼女達を反省させる為だ。


「アキさん!そんなー!私と!私といくですー!」

「邪魔。」


 ソフィーが涙ながらに足に縋り付いてくるが、心を鬼にして振り払う。


「ダメだ、お前らは全員留守番だ。アリアとセシル以外はちゃんと反省しろ。」


 アキは冷たく言い放つ。ミルナ達とエリスはすっかり意気消沈しまっている。涙目で俯いていて、反論する気力すらないようだ。ちなみにソフィーはアキが容赦なく振り払ったことで完全に灰と化してしまった。


「アキさん……あの、その……怒ってますか?」


 そしてベル。王女である彼女はあまり怒られた経験がないのか、今にも泣きそうになっている。もしかしたらベルが一番凹んでいるかもしれない。なんとか平常心を保とうとはしているようだが、今のベルにいつもの王女の威厳なんて皆無だ。


「じ、冗談です、本気で言ってませんから……。だ、だから怒らないでください……ね?お願い……だから。」


 ベルは許しを請うようにアキの袖をギュッと掴み、涙を堪えながら上目遣いで見つめてくる。


 だがそんなベルを冷たく突き放す。


「冗談でも言っていい事と悪い事があるよね。王女であるベルならわかるだろ?俺は分別のない人間は嫌いなんだ。わかったらしばらく黙ってろ。」


 部屋が沈黙に包まれる。アリアとセシルは口を出す気はないようで、アキの後ろで静かに待機してくれている。彼女達はアキが「絶対」なので、ミルナ達だろうが王女様だろうが、助ける事はしない。


 そして何故かエアルとミリーまでもが泣きそうになりながら抱き合っている。この雰囲気に呑まれたのだろうか、彼女達はなんも悪くないのに。後で謝っておこう。


「うぅ……ぐすっ……あきさ……ん。ひくっ……おこらないで、ぐすっ……きらいにならないで……。」


 この沈黙を破ったのはベルだった。泣きそうなくらいに悲痛な表情を浮かべてはいたが、まさか本当に泣き出すとは思わなかった。あの凛としていて威厳あるベルが普通の女の子のように泣いているから驚いた。ミルナ達も彼女の気持ちがわかるのか、一緒になって涙目になり、鼻水を啜っている。


「泣く事はないだろ。」

「だって……ひくっ・あきさ……んに……ぐすっ・・きらわれ……。」


 少しお灸が過ぎたかと、反省する。泣かせるつもりはさすがになかった。アキはそっとベルを抱きしめてやる。こうして自分からベルを抱きしめるのは初めてかもしれない。


 ベルの美しい銀髪が顔にあたり、彼女の優しい香りが鼻孔をくすぐる。アキはベルにしか聞こえないように耳元で囁く。


「王女が泣くな。嫌いになってないから。」

「……うぅ……ほんと……?」

「ああ、ベルは俺の女なんだろ?だから泣くな。」


 ベルはアキの胸の中で小さく頷いて、ギュっと服を握り締めてくる。


 そのまま暫く抱きしめてやる。するとベルも大分落ち着いたのか、小さく呟く。


「ごめん、我儘な女でごめんね?」

「いいよ。我儘なベルがいい。でも反省はしなさい。」

「うん。する……あのね、ちょっと前の答え。国とアキさんならってやつ。教えてあげる。アキさん。今はもうはっきりと言える。アキさんなの。」


 そうだろうなとアキは苦笑する。嬉しい事だ、一国の王女が国より自分を取ると言ってくれているのだから。


 ベルの気持ちは十分に伝わって来た。ならばアキもちゃんと言ってあげなければならない。


「ありがとう。これからも俺の側にいろ。ちゃんと大事にする。」

「うん、してね?」


 ベルが目に涙を溜めたまま、嬉しそうに微笑む。満開の花が咲いたような可愛い笑顔で見つめてくる。


 これでベルも大事にしなければならない女性になってしまった。勿論後悔はしていない。女の子がここまで言ってくれたのだから、男としては受け止めなければいけないだろう。


 もうベルだけじゃなく、ミルナ達だけじゃなく、ここにいる全員を大事にしていく覚悟を決めよう。エリスも、アリアも、セシルも。さすがにエアルとミリーは除くが……。


 アキは一度ベルを離し、全員に聞こえるように優しく語りかける。


「まあ……各自反省はするように、ケジメは大事だからね。明日はエアルとミリーと出かけるけど皆いい子にしていなさい。」


 ミルナ達とエリスは涙を拭きながら素直に頷いてくれる。


「俺の泣き虫王女様もわかった?」

「王女泣かすとか極刑だもん。アキさんのばーか。べっーだ。」


 口では憎まれ口を叩きつつも、ベルもちゃんと反省してくれているようなので、よしとしよう。


 しかしこんな些細な事で説教したり一喜一憂したりできるなんて平和だなとしみじみ感じる。世界の滅亡なんてかかってないし、人命もかかっていない。こんな下らない事をこの子達と言い合えるのがアキには楽しい。まあ彼女達にとっては地獄の時間だっただろうが……。


「ほんと地獄だったわよ!でも……ごめんね、アキ。だからもう怖いのは嫌よ?」

「うん、確かに平和だね。僕は平和でいいと思うけどね。……あとごめんね?」


 エレンとレオが謝りながらも小さく微笑む。


 部屋が和やかな雰囲気に包まれる。


 だがアキにはどうしても言わなければならない事がある。これを言わないと話が進まない。むしろ途中からずっと言いたかった事だ。


「えーっと……お前らほんと早く風呂入れ。汗まみれ、涙まみれ、鼻水まみれで酷いことになってるぞ?さっきから俺の方まで皆の良い香りがしているけどいいのか?もちろんエアルとミリーもだぞー。」


 ミルナ達の表情が再び絶望に染まる。今回はエアル達もだが。


「「「「「「「アキのばかー!」」」」」」」」


 訓練に参加していた7人は飛び出すように部屋から出て行った。アキ以外で部屋に残っているのはアリア、セシル、ベルの非戦闘組だ。


 特にエリスなんかは動きが見えなかった。そしてまた泣いていた気がする。まあエリスは……仕方ないか。


 それよりエアルとミリーまで「馬鹿」と言いやがった。後で説教だ。


「アキさん、容赦ないですね……。」


 セシルが苦笑いしている。


「だって言わないとあの子達いつまでも動かなさそうだし。俺はお腹が空いたのだよ、セシル。」


 夕飯を作る為、キッチンへ行こうとソファーから腰を上げる。


「いい薬になったと思います。アキさん、お夕飯の準備お手伝いします。」

「私も手伝いますね。」


 アリアとセシルはいつも手伝ってくれるので本当に助かる。8人分作るのは結構手間だが、アキには優秀なメイドと兎がいるからかなり負担が減る。


「ベルはどうする?」

「あ、その……私も手伝う。アキさんと一緒にいたいの。いい?」


 王女の仮面は捨ててすっかり素に戻っているベルだが、アキはこっちのベルの方が好きだ。しかし王女に料理を手伝わせてもいいのかと一瞬逡巡したが……まあ本人がやりたいならいいかと深く考えるのはやめた。それにせっかくベルが一緒に料理したいと言ってくれているのだから水を差したくない。


「ああ、いいよ。ありがとう」

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