11
「お話」はまた後で絶対するらしい。アキが呆れ顔でもう十分だろと不用意に言ったのが不味かった。にこやかに「さらに追加ですね」と宣言されてしまった。もう何も言わないほうが賢明だろう。
とりあえず先に戦闘訓練はしてくれるらしい。アキは彼女達に同行して庭へ出て様子を見る事にする。ベルやアリア達も当然観戦するとのこと。
「アキさん、さすがです。既に担任クラスの女子生徒の下着の色まで把握済みとは。私もメイドとして負けていられません。」
「そんなところ張り合わんでいい。」
隣に立っているうちのメイドが変なところで対抗心を燃やしてくる。
「とりあえず今日のミルナさん達、セシルさん、エリスさん、王女様のをご報告いたします。心して聞いてください。」
「うむ、よくやった。聞こう。」
そう言った瞬間、弓矢がアキの顔を掠める。当たってはいないが、アキの顔ギリギリを通過して行き、屋敷の壁へと突き刺さった。そして間髪空けずに顔面目掛けて火球が飛んでくる。
何事かとアキが庭先へと目を向けると、ソフィーとミルナが優しく微笑んでいた。目は一切笑っていないが。とりあえず目前に迫ったミルナの火球は適当に相殺しておく。
だがそれで彼女達の攻撃が終わるはずもなく、続いてエリス、エレン、レオが本気で斬りかかって来た。
「待て待て。」
そう言いつつ太刀と脇差でエレン達の攻撃を防御する。さすがに彼女達の癖は完璧に把握しているので問題ない。レオは切り上げ。太刀で防御。エリスは袈裟斬り。こちらは脇差で防御。エレンは両手の短剣による左右同時薙ぎ。軽く魔法で軌道をずらしてバックステップして回避。
しかしアキがこんな状況なのに、アリアの報告は止まらない。
「ミルナさんとソフィーさんはいつも通りです。エレンさんはピンクです。」
淡々とうちの子達の下着の色の報告を続けている。それが余計に火に油を注いでいるのだからやめて欲しい。あとついでに言うならアキが攻撃されるのはおかしくないだろうか。
「いや、俺が悪いの?」
むしろ報告を続けてるアリアが悪いと思うんだが。
「聞こうとしなければ許したわよ!」
「アキ、な、何故そんなに知りたいのだ!」
「そうだよ、なんで律儀に報告を聞くのさ!」
どうやら全部アキが悪いらしい。理不尽だ。
その後もエレン達の剣を必死に回避し続ける。だが後衛のミルナやソフィーがその様子を黙って見ているわけもなく、隙を狙って弓矢や魔法を飛ばしてくるから大変だ。
「アキさんのばかー!」
「お仕置きですわ!覚悟してくださいませ!」
1対5はさすがに辛い。防御だけでいっぱいいっぱいだ。彼女達の癖を把握してなければとっくに終わっているだろう。
しかしアキも文句を言われてばかりなのは癪なので、少し反撃してみる。
「でもミルナ達は下着の色くらいいつでも教えるってSランクに上がった時、エスペラルド闘技大会の控室で言ってくれたよね?」
「そ、そうですけど!あれはあれ!これはこれなのですわ!」
「まだ覚えてたのね!こ、この変態!さっさと忘れなさい!」
結局何を言っても無駄なようだ。アキは諦めて防御に専念する事にする。
「セシルさんは水色、王女様は今日は白ですよ、アキさん。」
「委細承知。」
アリアの報告につい返事をしてしまったが、これ以上状況を悪化させないで欲しい。おかげでベルとセシルが鬼の形相になっているじゃないか。
「アキさん、耳あと1時間追加で禁止です。」
「王女として許可します。今すぐにアキさんを殺ってしまいなさい。」
セシルとベルは攻撃にさすがに参加してこないが、当然味方もしてくれない。むしろ外野からこうして舌戦を仕掛けてくるので集中力を乱される。
「アリアのせいで結局俺が訓練する羽目になっているんだけど?」
この状況を作り出してくれたアリアに一応文句くらいは言っておこう。
「知りたくないと?」
「報告してくれるなら聞くけど。」
「では明日からもお任せください。」
「ああ、頼んだ。」
状況を悪化させただけだった。まあ半分くらいは自業自得だとも思うが。でも仕方ないだろう。こんな美少女達の個人情報、教えて貰えるのなら男としては聞くべきではないだろうか。
しかしアキがアリアと余計なやり取りをしたせいで、ミルナ達の攻撃速度が1段階あがった。顔を赤らめながら全員で的確にアキを殺ろうとしてくる。とはいえこの子達の癖が消えるわけではないので、アキも防御速度をあげて彼女達の攻撃に対応する。
まあ毎日この子達とこうして訓練しているおかげで、アキの剣の実力はかなり上達した。勿論剣技だけではまだまだ敵わないが、観察や予測という得意技がアキにはある。だから1対5というこんな状況でも十分に対応出来てしまう。相変わらずの魔法・対人特化というわけだ。
ただエリスやうちの子達はそれが悔しいらしい。いつか対人戦でアキに勝つと意気込んでいる。アキの観察・予測力を身に付け、対人戦闘能力を伸ばしたいと言っていた。奇しくもアキとは逆だ。アキは対人特化に磨きをかけつつ、剣技を伸ばし、地球の知識を元にした魔法に頼らない純粋な実力で彼女達に勝ちたいと思っている。最終目標としては観察・予測すらも使わないで、状況判断や反応速度だけでみんなを圧倒したい。どんな状況でも彼女達を守れるくらいに強くなりたい。
果たしてそんな日が来るかはわからない。だがお互いが刺激し合って毎日充実した訓練を出来ている事は確かだ。エリス、うちの子達はまだまだ強くなるだろう。彼女達を見ていると、アキも負けないように精進しなければと気合が入る。
「アキさんってバカなのかな……それともこの子達がバカなのかな……。」
「多分両方。いや……それより全部防いでいるアキさんもアキさんだよ。」
エアルとミリーは呆れた表情でアキ達の様子を眺めていた。アキから聞いていた「うちのSランクの子達」というのがミルナ、ソフィー、エレン、レオだろう。
ミルナ達の連携はかなりレベルが高く、エアルやミリーであればあれは防げない。だがそれをアキは難なく防いでいる。当然お互い手加減しているのだろうが、それでも今の自分達に同じことは無理だ。1対1ならなんとかなるかもしれないが、アキのように1対5なんて考えられない。
「そしてエリスさん……だっけ。やっぱり飛び抜けているね。」
「うんうん。」
ミリーが呟き、エアルがそれに同意する。アキの言っていた格上のSランクがエリスという金髪剣士で間違いない。1人だけレベルが違うと言っていた。そしてそれは見ればすぐにわかった。エリスの攻撃はキレも速度も威力も数段階違う。そしてその攻撃に複雑なフェイントや緩急も混ぜているし、2人だったら瞬殺だろう。
「でもそれもアキさんは防いでます。」
「むしろアキさんが何者って感じだよ。」
エアルとミリーは「次に自分達があそこに入る」という事をすっかり失念し、感嘆の声を漏らしながらアキ達の攻防を見守る。
結局アキが許して貰えたのは20分くらい経った後だった。
「アキで準備運動も終わったわ。エアルにミリーだっけ?さあ、やるわよ。」
エレンがスッキリした顔で2人に告げる。あれが準備運動だったのかと目を丸くするエアルとミリー。
「え、あの……そこに転がっているアキさんは?」
エアルが心配そうに尋ねる。ミルナ達は元気そうだが、5人を相手にしていたアキは完全にグロッキーになって地面に転がっている。彼女達が全く心配していないので、アキがちょっと可哀そうになってしまった。
「体力切れで休んでいるだけなのだ。」
エリスが満足気に頷く。
だがエアルとミリーにはよくわからない。2人は首を傾げながら、地面に仰向けになって倒れているアキに目を向ける。するとアリア、セシル、ベルがアキにそっと歩み寄り、膝枕をしたり飲み物を渡したりと甲斐甲斐しく介抱し始めた。
「大丈夫ですわ。アリアさん、セシルさん、王女様が介抱しているでしょう?あの3人はあれが毎日の楽しみなのですわ。だからアリアさんは私達を煽ったんです。セシルさんと王女様も私達を応援したのはあの時間の為ですわ。」
ミルナが「いつもの事ですわ」と説明してくれる。
「羨ましいですー!でもまあ……アキさんはああなるって分かって私達の準備運動役をやってくれているんです。さすがにあんなやり取りしたらどうなるかなんて分かっています。そのくらいの計算は平気でしますからね。」
ソフィーが羨ましそうに3人を眺めている。
「アリアとの即興の茶番だよね。実戦的な訓練をする為のアキの気遣い。でも僕達毎日ひっかかるけどねー……。僕らが結局一番単純なのかもしれないよね。毎回本気で攻撃しちゃっているもん。」
そしてレオがこの状況の日常性を苦笑しながら説明してくれた。
ただどこか全員楽しそうで、凄く幸せそうに笑っている。そんな彼女達を見て、エアルとミリーは今の戦闘の意味を理解した。確かにアキだったらあんな不用意な事は言わない。このくらいの計算は余裕でしているだろう。それにきっと彼女達だからこそ、アキはああいう冗談を言うのだ。
「ふふ、仲いいんですね。信頼し、信頼されているんですね。」
「ね。ちょっと羨ましいね。その関係。」
エアルとミリーが羨望の眼差しで地面に転がっているアキを見つめる。だがそんな視線でアキを見つめるエアルとミリーに納得がいっていない子達がいる事に彼女達はすぐには気付けなかった。
エアル達は何やらおぞましい視線を感じ振り返ると、ミルナ達が不気味に笑っている。さっきアキに向けていた恐怖の微笑みを今度は自分達に向けていた。
「アキさんはあげませんわ。さあ……次は貴女達ですわ!」
「泥棒猫さんにはお仕置きが必要ですー!」
ミルナとソフィーの目が本気だ。エアルとミリーは「ちょっと待って」と言い訳をしようとするが、当然許して貰えるわけがなく……。
「ふふ、根性を叩きなおしてやるぞ!」
「待って、違う、誤解です!」
問答無用とエリスがエアルに斬りかかる。必死にエリスの剣を防御するエアル。先ほどアキにしていたようなフェイントは入れてこなかった。多分手加減はしてくれているのだろう。でも目が怖い。
「アキは私のなんだからね!覚悟しなさい!」
「そんなんじゃないからー!」
エレンも容赦なくミリーに剣を振るってくる。それをなんとか防ぐ。この子だけであれば十分に対応出来る……、とミリーが安堵した瞬間、背後から大剣による斬撃が飛んできた。
「僕もいるよ?」
振り返ると、レオが尻尾をぱたぱた揺らしながら立っていた。
そして少し離れた場所からはミルナとソフィーが微笑みながら自分達に魔法や弓矢を放とうとしている。冷や汗が止まらないエアルとミリー。さすがにアキみたいに複数人対応は出来る自信がない。この子達を落ち着かせる事が出来るとも思えない。
結局なんの対策も出来ぬまま、彼女達が全力で襲い掛かってきた。こうしてエアルとミリーの訓練も無事開始されたのだった。
「「だから待っててばー!」」