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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第十一章 魔法学校I
173/1143

6

「エアル、ミリー?」

「ふん、知りません。」

「アキさんなんて知らないっ。」


 アキは生徒達を連れ、中庭に設置されている訓練場に来ている。生徒達の魔法を見せてもらう為だ。64人もの生徒を移動させるのは大変かと思ったが、全員可及的速やかに行動してくれたので、ものの数分で訓練場に到着した。訓練場は屋根のある広場で、いわゆる闘技場から観客席を取り除いたような場所だ。


 エリとアキが生徒達の前に立ち、早速各自に魔法の行使をお願いする。とりあえずエアルとミリーに見本を頼もうとしたのだが、まだ拗ねているようで、一切こっちを見てくれない。


「嫌われたな。」

「自業自得ですよ……?」


 エリが呆れた表情でアキに告げる。


「じゃあ『私からやります』って人誰かいないか?俺はエアルとミリーに嫌われたから誰か立候補してくれると嬉しい。」

「べ、別に嫌っていません!わ、私がやります!」

「私も!別に嫌いじゃないから!やってもいいよ!」


 代わりになる立候補者を探そうとアキは生徒達に告げるが、エアルとミリーが慌てて割り込んで来た。まあ2人がやってくれるというのであれば彼女達にお願いしよう。Sランクの魔法の実力も見てみたいし丁度いいだろう。


「エアル、ミリー。ありがとう。じゃあ火魔法をあの的に向かって放ってくれ。」


 2人は嬉しそうに頷くと、早速魔法を行使する。


「はい……えっといきます!炎よ来たれ、フレイム。」

「頑張る!……燃やし尽くせ、ファイヤ!」


 テニスボール程度の火球を生成し、的に放つエアルとミリー。無事的には命中したが、速度も威力もいまいちだ。ミルナに比べるとかなり劣る。そして詠唱は2人とも簡潔明瞭だ。本職は近接戦闘の剣士だからだろうか。確かに剣での戦闘中に魔法を使うのであれば、詠唱は極力シンプルな方が使い勝手はいいだろう。


 実際エアル達に聞いたところ、やはりその為に短くしているのだと教えてくれた。


「だからアキさんの無詠唱を覚えられたら……って思っています!」

「そうなの、だから教えて!頑張って覚えるよ!」


 かなりやる気はあるようだ。それならばと、残りの生徒達の魔法を見る前に、2人に1つだけ授業をしておく。きっと他の生徒達の参考にもなるだろう。


「エアル、ミリー、既に無詠唱使えているけど気づいてるか?」


 エアルやミリーが首を傾げる。他の生徒達やエリも不思議そうな表情を浮かべているようだ。やはり誰も気付いていないのか。


 アキはいつも通り無詠唱で火球を顕現させ、ノーモーションで放つ。アキが放った火球は無事命中し、的を跡形もなく溶かしてしまう。それを見た生徒達から「すごーい」と拍手が沸くが……恥ずかしいのでやめて欲しい。


 とにかく、アキは今の魔法について解説する。


「今の魔法は実は2つの魔法で構成されている。火球を顕現させる。飛ばす。この2つだ。エアルとミリーのもそうだな。だが2人は火球を顕現させる詠唱はしていたけど、飛ばす詠唱はしていない。つまり無詠唱ってことだ。」


 アキの説明を聞いたエアルとミリーが「あっ」と言葉を漏らした。どうやら言われて気づいたようだ。他の生徒達やエリも「確かに……。」と言った表情でアキを見つめてくる。以前ミルナにこの説明した際も同じような表情をしていた。


 やはり「飛ばす」という部分が魔法に含まれるとは考えないらしい。だがよく考えれば誰でもわかる事だ。詠唱をして火球を顕現させても飛ばさないと意味は無い。だからエアル達はその火球を飛ばすというイメージを無意識に魔素に伝達している。燃焼の原理に比べれば現象理解は遥かに楽だ。投げる、飛ばすというのは物理的な現象なのだから。


「つまり無詠唱はみんな出来ているんだよ。あとはその使い方だ。炎を顕現させる時に応用するだけだ。」


 さらにとアキは続ける。


「俺は今『投げる』という動作をしないで火球を放ったけど、エアルとミリーはその動作があったよね?あれいらない。あの無駄を省けるだけでどれだけ戦闘が有利になるかミリーとエアルならわかるだろ?」


 2人が必死に頷いているのが可愛い。


「アキ先生凄いです!私も、私にも教えてください!」


 まさかのエリが叫ぶ。先生業はどうした。すっかり一生徒に成り下がっている。


「まあ……俺が授業する時はエリ先生も生徒になればいいんじゃないですかね?」

「はい!なります!」


 即答だった。なるらしい。 


「とりあえず、エリ先生も含めた全員に今と同じ魔法を撃ってもらう。みんなの実力を確認してからどうやって教えるか考える。だから今日は俺にみんなの魔法を見せて欲しい。」

「「「はーい!」」」


 生徒達は元気よく返事をすると、1人1人アキに魔法を披露してくれた。詠唱は長い子がいたり短い子がいたりと様々だが、魔法の速度や威力は大体エアル達に似たり寄ったりだ。おそらくエリの教え方が上手いのだろう。魔法を同レベルで使えるという事は、彼女達の現象理解が同じだという事に他ならない。つまりエリの授業がわかりやすく、生徒達全員がちゃんと内容を理解しているという事だ。さすがにエリ自身は、教師だけあってか、皆より威力と速度が数段高かったが。


「エリ先生、やっぱ凄いですね。みんながちゃんと同じ威力で使えている。」

「そ、そんな……まだまだですよ。」

「これだけの生徒が同じ精度で魔法を使えるという事は、先生の現象理解を教える力が優れているという事です。今度エリ先生の授業風景みてみたいです。」

「あ、ありがとうございます!はい!是非見てください!」


 エリがもの凄く喜んでくいる。先生として評価された事が何より嬉しいのかもしれない。そして授業見学の許可も貰えたし、今度見てみよう。自分で理解するのと人に理解させるのは全く別物だ。他人に教える技術をエリから少しでも学べたら、ミルナに詠唱破棄をもっと上手に教えるヒントが得られるかもしれない。


「よし皆の実力は大体わかった。明日から色々教えるから頑張って覚えてね。」


 相変わらず元気よく返事をしてくれる生徒達。こんないい子達の担任を出来るエリが少し羨ましい。


 そう言えば……とアキは気になる事が浮かんだので生徒達に聞いてみる。


「参考までに教えてくれ。今後も魔法職として戦闘を生業としていきたい人はどのくらいいる?冒険者になる予定の人は?」


 誰も手を上げない。やはり魔法職で冒険者は難しいと考えているのだろう。この現状を打開する為に、アイリスはアキに講師依頼をしたのかもしれない。


「質問を変える。もし魔法が不遇職じゃなくなったらそういう方向に進みたい人は?」


 今度は過半数の生徒が手を挙げる。どうやら冒険者になりたくない訳ではないようだ。


「アキ先生、冒険者は皆の憧れなんですよ。色んなところに旅が出来ます。正義の味方のようにかっこいいです。それに何より自由ですから。毎日決まった時間に仕事へ行っての繰り返しじゃありません。1日1日が違うじゃないですか。だから憧れなんです。不遇職である今のままでは無理ですけどね。」


 エリが生徒達の気持ちを代弁するかのように語る。


 冒険者はやっぱり人気の職業のようだ。なれるならなりたいという事か。勿論大変な仕事だし、実力がなければやっていけない。ただその分自由がある。それにSランクにまで上り詰める事が出来たら、収入も安定し、優雅な人生を謳歌出来るだろう。エリスのような例外もいるが……。


「そういう意味でも魔法職でSランクのアキさんは憧れの的なんですよ?」


 だからアキは人気があるのだとエアルが補足してくれる。特殊な魔法が使えたり、女王を救ったりしたのもあるだろう。だが一番の理由は「魔法職で冒険者になり、成功している事」なのだとか。


「それを言うならエアルやミリーだってSランク冒険者。皆の憧れの的だろう?」


 アキの近くにいた赤毛の女子生徒に尋ねる。


「はい、エアルやミリーちゃんは憧れます。強くて綺麗で格好よくて。それでいて冒険者。私もなりたいです……うらやましい。」


 羨望の眼差しでエアルとミリーを見つめる赤毛の女子生徒。


「赤と縞々でも?」

「は、はい。」


 律儀にも返事してくれた。この子もいい子だ。


 しかし赤と縞々でもやはり憧れなのだ。よかったなとアキはエアルとミリーの肩をポンポンと叩き、優しく声を掛けてやる。


「そ、それは今関係ないです!アキさん、もう許しませんから!」

「そうよ!覚悟しなさい!」


 エアルとミリーが上手く挑発に乗ってくれたとほくそ笑む。


「じゃあエアルとミリー、俺と模擬戦しようか。覚悟しなさいってのはそういう事でいいんだよね?丁度よかったよ。皆の魔法を見るだけだと授業として申し訳ないと思ってたんだ。だから2人が『敢えて』挑発に乗ってくれたから助かるよ。」


 アキの言葉を聞いて「えっ」と驚いた表情を浮かべるエアルとミリー。だがアキの言っている事を理解したのか、直ぐに取り繕ったように模擬戦に応じる。


「ええ、もちろんです。敢えて乗りました!」

「当然、わかってたわ!アキさんの為に喧嘩を売ったの!」


 周りの生徒達は呆れた様子でSランク2人を見つめている。この子達って強くて可愛いけど頭が少しバカだったんだな、と同情と憐みの視線も入っているようだ。


「みんなよく見ておいてね。2人をボコボコにして魔法職の可能性みせるから。」


 アキの宣言に生徒達から歓声があがる。どうやらアキの方を応援してくれているみたいだ。


「アキさん!ミレーSランクの実力見せてあげます!」

「そこまで言われて簡単に負けないんだからね!」


 普段友達である生徒達がアキについたことで拗ねているのか、ちょっとだけ口を尖らせているエアルとミリー。2人は早速訓練場の中央で剣を抜刀する。アキも彼女達の正面に立つ……が抜刀はしない。魔法職の可能性を見せると言ったのに、剣を使うわけにはいかない。Sランクに対して無謀とも思える行動かもしれないが、多分余裕だろう。エリスがエアル達は搦め手に弱いと言っていた。それに対人・魔法特化しているアキだ。エアル達を完封できる要素は十全に揃っている。


「エリ先生、合図を。」

「は、はい!では……はじめ!」


 開始の合図をしたがエアルとミリーは一向に動く気配がない。


「あれ、かかってこないの?」

「動けなくしてるのはアキさんですよ……?」


 エアルが冷や汗を垂らしているかのような声色で返事をする。


「動いたら氷刃に斬られるのね。アキさんは私達が避けられるようにと、敢えて見やすいように飛ばしてくれているわ。これ本来ならもっと視認性低いよね。」


 ミリーも真剣な表情だ。アキの氷刃をどう対処すればいいのか冷静に分析している。彼女の言う通り、アキは敢えて氷刃の視認性をあげて2人の周囲に放っている。だが当てるのではなく、動けなくする為にだ。エリスであれば勘で避けてくるが、この2人にはまだ無理だろう。だから当たらないように細心の注意を払って魔法を展開している。さすがにエアルとミリーを怪我させたくない。Sランクとはいえ、今はアキの生徒だ。それにこの攻撃は元々当てるつもりはない。あくまで行動を制限する為の牽制だ。


「アキさん……いいですよ。怪我してもいいのでお願いします。」

「うん、恨んだりしないからお願い。」


 アキの考えを読んだのか、エアルとミリーが攻撃してくれとお願いしてきた。そこまで真摯に頼まれたら断れない。


「なら……こういうのはどうかな。」


 アキは氷刃を止め、今度は氷矢を放つ。だが躱せるようにと少しだけタメを作っておく。2人は当然のようにそれを難なく躱す……が、そこにアキの氷刃が着弾。2人の足元を抉り、彼女達は転倒。手加減なしの氷刃だ。視認性も元通りだからエアル達には見えなかっただろう。


 そして最後にとどめの炎魔法を撃ち込む。


「くっ……!」

「よけっ……」


 2人は必死に横へと飛ぶ。アキはてっきり降参するかと思ったが、エアルとミリーは驚異的な身体能力を見せ、火球を躱した。さすがSランク。その辺の冒険者なら今の火球で終わっている。

 

 だが避けたところに氷刃を再び放つアキ。確かにエアル達が火球を避けた事には驚いたが、人間離れした動きはエリスで慣れている。彼女達が予想外の動きをしたとしても慌てる事はない。


 氷刃によってエアルとミリーは再度転倒。そして先程と同じように火球を放つ。もしまた火球を避けられたとしても、これを繰り返すだけだ。氷刃を躱せるようにならない限り、彼女達に打つ手はないのだから。


「降参します……。」

「私も降参よ。」


 火球を放った瞬間、エアル達が呟いたので、アキは風魔法で強引に火球の軌道をずらす。氷矢から火球という同じ展開が2回繰り返された事で、エアル達ではアキに勝てないと判断したのだろう。実力はエリスにかなり劣るが、状況判断は的確だ。この子達はきっともっと強くなる。


「ごめんね。ちゃんと傷が残らないように治すから安心してくれ。」


 アキは蹲っている2人に近づき、彼女達の足に手を当て、治癒魔法を発動させる。


「ううん、ありがと……。」

「ちょっと恥ずかしいねこれ。」


 エアルとミリーはちょっとだけ頬を染めている。乙女の足を触るのは軽率だったかと反省する。まあこの程度の治癒は一瞬で出来るので、すぐに終わらせて彼女達から手を離す。


「Sランクのうちの子達と毎日訓練している。よかったら参加するか?2人ならうちの子達の良い相手になるし、エリスとやればかなり成長できると思う。俺とエリスで話していたんだけど、2人は搦め手にまだまだ弱い。実力は申し分ないからそのあたりを一緒に訓練しに来ないか?」


 アキはエアルとミリーに提案する。この2人が味方になってくれれば最高だ。それにミルナ達の訓練相手にも最適だろう。エリスはうちの子達にとって格上なので、彼女達の為に互角の対戦対手が欲しいと思っていたのだ。他国のSランクとも交流はしておくべきだし、エアル達とうちの子達はきっといいライバル、そして良き友人になれる。


「いきます!」

「うん、行きたい。」


 快く了承してくれたので、2人には今日から参加してもらおう。帰り一緒に帰ればいいだろう。授業後にはエリザとの打ち合わせがあるから、それが終わるまで待たせることになるが……2人は待つと言ってくれているので問題なさそうだ。


 とりあえずそろそろ授業も終盤だ。アキは生徒達の方へ向き直し、「先生」として宣言する。


「見ての通りSランク相手でも魔法だけで十分圧倒出来る。要は使い方次第。魔獣相手だとあまり有用ではないけど、前衛職の手助けにはなるだろう。だからみんなも冒険者を目指して見てもいいと思うよ。俺でよければ力になるから、やりたいことをやっていこう。」


 ちょっと先生っぽいことを言って授業を締め括る。意外に楽しい。素直に「はい!」と言ってくれるのが癖になりそうだ。


 そんな事を考えていた一瞬で生徒達に囲まれ……揉みくちゃにされた。なんでもアキの魔法と今の言葉に感動したらしい。皆の目がやる気で漲っている。まあやる気があるのはいい事だ。アキがこの子達にいい影響を与えたのであれば何よりだし、授業としては大成功ではないだろうか。


 とりあえずエリがなんとか場を収めてくれたので、本日の授業は無事終了となった。

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