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「さすが、アキ君。立派な挨拶で安心したよ。」
エリザが学園長室のソファーに腰掛けながらアキを褒める。
「緊張していたけど後ろでエリザさんの尻尾を見ていたら落ち着きました。尻尾が揺れる度にスカートが捲れあがって見えそうでしたよ?」
「き、君は相変わらず何をしてるんだ!私は学園長だ!偉いんだぞ!み、見るな!」
顔を真っ赤にして叫ぶエリザ。初心だなと苦笑してしまう。
やはり尻尾があると不便な事もあるんだろう。ちなみにレオは、「リオナ」の時はスカートをよく履いていたらしく、いつも特注して尻尾用の穴を開けていると言っていた。多分それをしないとエリザのようになるんだろうなと、今日のエリザを見てもの凄く納得した。しかしレオのスカート姿は是非見たい。絶対可愛い。その為にも彼女を早くリオナに戻さなければ。
しかし朝からずっとエリザを苛めているので、そろそろ怒るか泣くかしそうな気がしてきた。予定通り会話の主導権は握れているが、彼女があまりにも動揺するので申し訳なくなってきた。
「すいません、つい揶揄いたくなるんですよね、エリザさんちゃんと反応してくれるので。それよりお話しましょうか、時間は有限ですし。」
「全く……あまり辱めないでくれたまえ。話をするのはいいがどう進めようか、何か案はあるかな?もしアキ君に何か考えがあるなら遠慮なく言いなさい。」
アキは顎に手を当てて考える。エリザから質問をしてもらい、それに対して答えるのでもいいが、ある程度探りを入れてからでないと渡す情報の取捨が出来ない。つまりアキから質問をしつつ話を進めていくのが最適だろう。
「それでは私が話を進めます。内容に対して質問がある場合は適宜してください。」
「問題ないだろう。では始めなさい。」
エリザの指導者らしい口調に笑いそうになってしまう。明らかに彼女は無理して口調を作っている。そういうのを見るとつい崩したくなってしまうのがアキの悪い癖だ。
「エリザさんって可愛いですよね?」
「い、いきなり何の話だ!」
想定外の質問に焦るエリザ。
「無理して口調を作って学園長の威厳を保とうとしているところとか、頑張ってお姉さんを演じようとしているところとか。普段の言葉遣いは違うんでしょう?ほら……尻尾も動揺してるしやっぱりそうなんですね。」
エリザの可愛い尻尾がアキの言葉を真実だと物語ってくれている。この尻尾は本当にわかりやすくて助かる。
「なんなら口調を崩してもいいですよ?その方が楽でしょう?」
それに素の口調で話して貰った方が、色々と円滑に進みそうだ。
「そ、そういうわけにはいかん!私は学園長だからな!あまり私を揶揄うと客人のアキ君とは言え許さんぞ!」
「別に誰にもばらさないですよ。それにその口調、疲れません?」
「……確かに……疲れはするが……しかし……。」
今の発言でエリザは自分を偽っている事を認めた事になる。ここまで来たらもう一押しだ。
「いいじゃないですか。立派で凛とした学園長じゃなくて可愛い素敵な学園長でも。生徒達から親しみのあるお姉さんとして見られるのもありじゃないですか?多分エリザさんはまだ若いから周りから舐められないようにその姿を演じてきたんでしょう。でもその若さで学園長になれるのは才能があるって事ですから、そんなことしなくてもいいのでは?」
嘘は言っていない。多少世辞は混ぜているが、この若さで学園長を務めるのは本当に凄いことだ。おそらく経営者や指導者として相当優秀なのだろう。
「もう……見抜かれているのね。悔しいわ。」
エリザが諦めたように口調を崩した。どこかちょっと安心したような表情だ。
「でも嬉しいわ、そうやって認めて貰えるのは。バレちゃった事だし、今だけだからね?アキ君も別にもう丁寧語じゃなくていいわ。気楽にいきましょう?」
「年長者には一応敬意を表すべきだと思うのですが……自分だけ要求しておいてエリザさんの要求を突っぱねるのはおかしいですね。じゃあ崩しますが、もし不快に思ったら遠慮なく言って欲しい。」
「ええ、わかったわ。」
「うん、そっちの方がずっとエリザさんらしい。絶対今より生徒達に人気出ると思うんだけどな。」
「そ、そうかしら……でもまだ恥ずかしいから無理よ。それよりアキ君。」
頬を染めてそっぽを向くエリザ。素の口調になった事で、彼女の表情もすっかり豊かになったようだ。
しかしこれで大分話しやすくなった。アキは早速話を進める。ただこの可愛い猫さんを見る限り、おそらくアキが懸念しているような問題はないだろう。一応念の為に、昨日ミルナ達に言った事を確認はするが。
「魔法談義を始める前に少し教えて欲しい。何故俺を講師として招いたのか。そして組合が何故依頼してきたのか。俺はただの新人Sランクだ。だから不思議に思ってね。」
エスペラルドの闘技大会で特殊な魔法を使うアキを見て、魔法組合やミレー王国が自分に興味を持ったという事はわかっている。ただ依頼の経緯や理由の詳細は聞いておきたい。それにこのくらいなら聞いてもなんら不自然ではないはずだ。依頼の請負人であるアキが依頼主に理由を尋ねるのは異様な事ではない。
「ああ、それね。エスペラルド闘技大会の後、アキ君の事が魔法組合で話題になったのよ。無詠唱で特殊な魔法の使い手だって。勿論私も報告書で読んだわ。それで組合は、魔法研究の為にアキ君を組合へ呼ぼうって満場一致で決まったわ。その為にとりあえず何かしらの依頼をしようってなったの。エスペラルド王国は一度断ったみたいだけど、幸いにも魔法組合は魔法水晶の生成に深くかかわっているおかげで国に影響力もあるのよ。で、丁度アキ君達がミレーに来るって聞いたから魔法学校講師依頼って事になったのよ。」
一度は魔法組合の依頼を断ったというのはベル言っていた話と合致する。おそらくベルはミレーへの護衛があるからと言う理由で断ったのだろう。だが組合はその理由を逆手に取って、ミレーでの魔法学校講師依頼を新たにしてきた。ベルはそれも何とか断ろうとしてくれたらしいが、魔法水晶の供給に影響を与えるから断り切れなかったと言っていた。
ベルとエリザの話に相違はなさそうだ。やはり組合はシロだろうか。しかしたかが魔法談義の為にそこまでしてアキを呼ぶ理由が気になる。
「アキ君、そもそも魔法組合が設立した経緯って知っている?」
アキが次の質問をする前に、エリザの方から話を切り出した。
「いや、聞いた事ないな。」
「初めはね、魔素を使って不思議な事が出来る、魔法が使える、もっとこの力の事が知りたい、っていう魔法に魅了された人達の会合だったのよ。その研究の成果もあって、いつの間にか魔法は生活には欠かせない物になっていたわ。そしたらただの会合が、いつの間にか魔法組合なんて呼ばれるようになっていたのよ。」
魔法を初めて使った人間が誰なのかはわかっていないらしい。ただ大陸全土で一気に普及したのを考えると、何人かの人が同時に気づいたのかもしれない。まあ呼吸をして願いを口にすれば魔法が発動するのだから、「燃えろ」とか言ったら偶々火魔法が顕現したりした事から始まったのだろう。
魔法組合自体も本人達が意図して誕生させたものでもないようだ。魔法マニアが集まって魔法談義をしていたら、何時の間にか世の中に多大な貢献をしてしまい、組合として認定され、認識されるようになった。まあ彼らにはとっては、会合だろうが、組合だろうが、どうでもよかったはずだ。研究者というのはそういう物だ。魔法研究が滞りなく出来るのであれば何でもいい。
さらにエリザが言うには、魔法組合へと成長した組織が魔法水晶を発明し、世にさらなる貢献をしたのだとか。魔法に詳しい人間じゃないと魔法水晶への刻印が難しいらしく、今でも製造に深くかかわっているのだとエリザが教えてくれた。
「でもそれだけ生活に魔法が不可欠になっても、戦闘職としては魔法は相変わらず不遇扱いされ続けたわ。アキ君なら理由はわかるわね?」
「使える魔素に制限があるから。」
「その通りよ。だから魔法組合としてはそれをなんとか打開したいと思っているの。色々試したんだけどなかなかうまくいかなくてね。女王陛下もその一人よ。まあ陛下の場合は魔法に魅了されたというよりも、女性がもっと活躍できる社会を作る為ね。女性は男性より魔法職を選ぶ事が多いから。」
「なるほどね、ちなみにエリザさんは女王陛下の仲がいいのか?」
アイリスと懇意にしているのか確認するタイミングはここしかないだろう。
「仲良しよ。友達というよりは尊敬する人って感じだけどね?だってこの魔法学校を設立させたし、魔法職の戦闘改善に力をいれているのよ。尊敬しないわけがないわ。」
「この学校の設立は組合じゃなく女王陛下なのか?」
「そうよ。でも組合としても大歓迎だったわ。魔法の事をそこまで考えてくれる国なんてミレーくらいだもの。だから魔法学校設立と同時に組合の本部はミレーに移ったのよ。ここまで言ったからもう言っちゃうけどね……。」
エリザは言葉一旦区切る。
「魔法組合ってただの魔法バカの集まりなだけよ。組合としてどう運営していこうとか難しい事に興味はないのよ。たちが悪いのが魔法の事になると目の色を変えて迫ってくるということくらいね。」
エリザがくすくすと笑う。
「で、そんなエリザさんも組合員であり、支部長でもあると。」
「ええ、私も魔法バカよ?そこへ現れたアキ君よ。そりゃ魔法組合が飛びつくわよ。勿論私もよ。今日が楽しみで眠れなかったんだからね。実はね、本当は魔法組合本部で対談してもらう予定だったの。でも講師依頼が適任って幹部達を説き伏せて私がこの時間を勝ち取ったの!」
どうやら本当の事らしい。彼女の尻尾が喜びに満ち溢れている。
とりあえず組合が魔法学校講師依頼をしてきた理由がわかった。エリザのせいというかおかげらしい。彼女がどうしてもアキと1対1で魔法談義をしたかったから、学園に呼んだだけという至極単純な理由だ。裏があるのかと色々思案していたが、蓋を開けてみればなんでもないことだったようだ。
「いいのか、そんな事ばらして。尻尾触らしてくれないと教えないとか言うぞ?」
「そ、そんな!で、でも……尻尾で教えて貰えるなら……。」
エリザが頭を抱えて悩んでいる。その姿を見て、本当に魔法バカだな、としみじみ思う。
「まあ、それで俺を呼んだと。」
「ええ、しかもミレーに護衛依頼があるって事だったから、逆に好都合だったわ。それに女王陛下もアキ君の事は面白い魔法を使うと褒めていたのよ?ふふ、この依頼、組合だけじゃなく女王陛下も一枚噛んでいるのよ。」
なるほど、納得した。おそらくアイリスと魔法組合、主にエリザ、が話し合ってアキに講師依頼をしたのだろう。ミレー闘技大会Sランク戦に参戦させられたのもそのせいだ。どうやらアイリスに上手く利用されたらしい。そもそもベルはミレー闘技大会観戦の為、この国を訪問している。そしてその護衛依頼を受けたアキ。闘技大会にも現れると容易に推測が出来る。おそらくアイリスはそこまで読んで、元々Sランク戦をアキに任せるつもりだったのだろう。そして彼女の策略通り、アキは闘技大会Sランク戦に出場、魔法を披露してしまった。魔法学校の生徒達やミレー国民に、魔法職でも希望があるという事を伝える為の見世物にされたと言う訳だ。
利用されたのは癪だ。でもアイリスやエリザの理由なら笑って許せる。そもそも彼女達に怒りなどはない。あるとしたらそこまで読めなかった自分自身にだ。でもそれも仕方ない事だとアキは思う。彼女達がアキを利用した理由は、国を良くしたいから、魔法談義がしたいから、といったもので、そこに「悪」はない。彼女達の「想い」だけだ。アキの事を騙そうとしてるわけではないし、見抜けないのも当然だ。何故なら彼女達の望みに裏は無い。腹の探り合いも何もないのだから。
「一言でいうならエリザもアイリスも優しい人だ。うちの子達のように。」
アキは苦笑交じりに小さく呟く。
「アキ君、何か言ったかしら?」
「独り言だから気にしないで。」
やはりエリザにはなんの問題もなかった。組合も間違いなくシロだろう。女王との繋がりも隠すことなく教えてくれたし、この猫さんはとてもいい人だ。魔法バカでお人好しな猫のお姉さん。彼女なら大丈夫だという確信を持てたので、もう少し踏み込んだ質問をしてみよう。上手くいけばエリザはアキの味方になってくれそうだ。
「それで俺の魔法の知識をエリザさんに話せばいいのか?」
「そうよ!それがずっと楽しみだったのよ!」
エリザが嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「もちろん。教えるのは構わない。でも俺の知識なんて大した事ないよ?むしろ組合の方が断然詳しいんじゃないかな。空気中に魔素があるのを発見したのも組合なんでしょ?」
「ええ、でも現象理解でどうしても躓いてしまうのよ。アキ君は無詠唱よね?無詠唱は現象を完全に理解しているから出来る事よ。私達にはできないの。だから新しい魔法は開発できても現象理解を深める研究はあまり進んでいないわ。」
エリザが小さく溜息を吐く。
だがそれはしょうがない事だ。アキの知識は原子論といった地球の科学技術を元にしているし、あれを発見する事自体が奇跡に近い。それにここには地球のような研究設備もない。この世界の文明・技術レベルであればアキと同等の現象理解に辿り着くのは難しいだろう。
「ちなみに空気中の魔素を直接利用しようとか考えなかったの?そしたら魔素の量は考えなくて済むし、現象理解してなくても好きな魔法を好きな規模で発動できるだろ?」
アキはまた1つ核心の質問をする。この質問をしても不自然じゃないように上手く会話を誘導出来た。この返答次第ではエリザや組合はオリハルコンの存在を知っているという事になる。エリザを見ている限り大丈夫だと思うが果たして。
「さすがアキ君ね。その発想、普通ではなかなか辿りつかないのよ。魔素に精通しているから考えることよ。勿論魔法バカである私達も考えたわ。大気魔素を直接使えたら魔法を不遇職から脱却させることができるって。でも無理だったわ。いくら研究しても魔素をどうすれば直接利用できるかわからなかったのよ。」
エリザはあっさりと大気魔素の直接利用を考えたことがあると教えてくれた。これで完全に組合やエリザは疑うべき点はないと言い切っていいだろう。オリハルコンや立ち入り禁止エリアに関して知らないのは明白だ。知っているならオリハルコンがその役割を果たしているという仮説に魔法バカなら間違いなく辿り着く。エリザ達は本当にただ魔法知識を高めたくてアキに講師依頼をしたのだ。
だだエリザがその事を知らないからと言って、アキの知識を全て共有することは出来ない。組合であればミルナ以上にアキの話を理解してさらなる発展へと繋げるだろう。組合の立ち位置が最終的にどちらになるか判明しない限り、教える内容については吟味せざるを得ない。今は敵ではないにしても、将来敵になる可能性がある限りは用心すべきだ。とりあえずアイリスとベルとの話し合いが終わるまでは、エリザに教える魔法知識は限定しよう。