1
翌朝、アキは歩いて魔法学校へと向かっている。そう「1人」で向かっている。この1人という数字を確保する為に朝からどれだけ大変だった事か。
アキが出発する前に全員起きてきて、見送ってくれたのは嬉しい。だがベルは本当に首輪をつけようとしてきやがった。ソフィーとミルナはどこから持ってきたのか、指輪をはめさせようとしてきやがった。
「マーキングすんな。」
とりあえず3人の頭を引っ叩く。口を尖らせてぶーぶー文句を言ってきたが、そんなもんつけて学校いけるか。指輪は女性物だったし、首輪なんて持ってのほかだ。
レオとエレンは余計な事はしてこなかったので安心していたのだが、それはどうやら既にした後だったからだ。昨晩一緒に寝た際、アキに抱き着いてずっともぞもぞ動いていたので不思議に思っていた。どうやらそれが彼女達の計画だったようだ。朝、シャワーを浴びようとしたら2人が全力で止めてきたので気が付いた。
「だからマーキングすんな。」
レオとエレンの事も引っ叩く。夜のうちに自分達の匂いをアキにつけようとしたらしい。シャワーを浴びようとしたら止められたのは、2人の匂いが消えてしまうと危惧したのだろう。本当にうちの子達や王女様は碌なことを考えない。
エリス、アリア、セシルにも困ったもので、どうにかしてついて来ようとしていた。
「アキの騎士としてついてくのだ。」
「従者として私を付き従えるべきです。」
「授業中の情報整理の為に私を連れて行くべきです。」
朝っぱらから全員を説得するのは面倒だったので、「待機」と命令して渋々従わせた。これでやっと出掛けられると思ったのに、そこから何故か30分くらい朝の「お話」をされた。理由を聞いたら「アキが女を落として来ない様に洗脳する為」だとはっきりと言いやがった。
とりあえず全員を引っ叩いて、説教して、反省させた。ただうちの子達は結局ずっと口を尖らせたままで、全く反省してなかったが……まあ屋敷を出れたので良しとしよう。
「あいつら朝から暴走しすぎだろう……」
しかし、屋敷から出させてもらえたのはいいが、帰ったら彼女達をいっぱい構って甘やかす事を約束させられた。さらには魔法学校でした事を詳細に説明する約束までさせられた。どうせうちの子達のことだから、何を、誰と、話し、何をしたか、全て聞き出すつもりだろう。間違いない。
「さすがに面倒だから適当に誤魔化す方向で。」
うちの子達を上手く誤魔化す方法を考えていたら、何時の間にか魔法学校に到着していた。とりあえずエリザのとこへ行けばいいだろうと思い、学園長室に向かう。
「勝手には入ってもいいものか……。」
学園長室の扉の前に着いたのはいいが、昨日みたいにエアル達がいる訳でもない。ノックすればいいのだろうか。
「もうなんでもいいや。」
考えるのが面倒になったので、ノックもせず扉を開けて勝手に中に入る。どうせ中に居るのはあの猫さんだ。許してくれるだろう。
「エリザさん、来たよ。とりあえず朝の尻尾を堪能させて。」
「お、お前は開口一番に何を言っているのだ!」
到着して早々エリザで遊ぶ。意外にちょろい。というより獣人はやっぱり尻尾や耳が弱点なのだろうか。その辺りははっきりとレオやセシルに確認したことない。今度聞いてみよう。
「全く……アキ君には昨日から弄ばれてばかりだ。お姉さんなんだから敬いなさい。」
「……敬ってますよ。」
「だから、尻尾じゃなくて目!目をみて話しなさい!」
だったらそんなに尻尾を振らないで欲しい。これだけ揺れてたら目がいってしまうのは仕方ないだろう。そう仕方ない事なのだ。
「好きで揺らしてるわけじゃないんだ!全く……とりあえず朝礼で紹介するのでついて来なさい。」
エリザが諦めたように呟き、学園長室を出る。アキも言われた通りに彼女の後を追う。ただエリザの後を追うこの位置だと、どうしても余計に尻尾が目に付く。
「こら!アキ君、隣!隣を歩きなさい!」
本能で身の危険を感じ取ったのか、横を歩くように言われる。残念だ。
「尻尾触られるのってそんなに嫌なものなんですか。」
「いや、その……敏感なものでな。」
「なるほど。うちの子達が尻尾や耳を撫でられて気持ちよさそうにしてるのはそういうことか……。」
アキがそう言うと、エリザが「そうか、気持ちよさそうにしているのか」とボソッと呟いたので、ちょっと触らせようという気になってくれたのかもしれない。
朝礼は、礼拝堂のような講堂で行われるらしく、既に全校生徒が集まっていた。講堂に入ると、その荘厳さに目を奪われる。ルネッサンス時代の教会のような絵や装飾が随所に施されていて、とても美しい。
アキはエリザの後に続いて、壇上へ上がる。エリザが壇上の中央にある演台に立った瞬間、講堂内が静寂に包まれた。きっとそれが朝礼開始の合図なのだろう。
しかし見渡す限り女子生徒しかいない。男性も少しはいると聞いていたのに、ぱっと見では全くわからない。どこかにはいるのだろうが、しっかり探さないといけないくらいに女子比率が高い。きっと騎士学校はこの逆なのだろう。男で魔法学校、女で騎士学校に通うには相当な金がかかるので、この男女比率も仕方ないのかもしれない。
それはともかく同じ制服を着た人間がこれだけ一堂に会しているのは圧巻だ。壇上で注目を浴びているとちょっとした有名人になった気分になる。しかもアキの事を見ているほとんどが女の子ともなれば尚更だろう。悪い気分はしないな……とか思ったらミルナ達に殺されそうだからやめておこう。
そんな事を考えながらアキは壇上から辺りを見回す。すると右手に制服を着てない人達が15人程並んでいるのが見える。おそらくあれが講師陣だろう。どうやら講師にも男性はいないようで、女性講師ばっかりだ。完全な女子校だなと苦笑する。一見天国のような場所に思えるが、これだけ女性しかいないとなると、思いもよらない苦労が待ってそうだ。
演台ではエリザの話が続いている。話の内容は、先日の闘技大会の事だったり、学校行事の案内だったり、基本的な報告や連絡事項だ。
「最後にもう1つ連絡がある。今日から一週間、エスペラルド王国Sランク冒険者に講師を依頼している。皆も知っている通り、先日の闘技大会で素晴らしい魔法を披露してくれた人物だ。あとは本人から挨拶してもらいたい。アキ君、お願い出来るかな。」
エリザから紹介を受けたアキは、彼女と立ち位置を変わるようにして演台に立つ。
「みなさん、おはようございます。本日より1週間臨時講師として依頼を受けたアキです。担当はエアルとミリーのクラスだと聞いています。勿論、他のクラスの皆さんも気軽に遊びに来てください。有意義な講義が出来るかはわかりませんが、頑張りますので皆さん仲良くしてくださいね。」
当たり障りのない挨拶をし、軽くお辞儀をする。演台に立った時から聞こえていたざわめきが、割れんばかりの拍手へと変わる。どうやら生徒達には歓迎してもらえているようだ。闘技大会で女王を救った効果かもしれない。なんにせよ、少し緊張していたのでホッとした。ちなみにエアルとミリーは最前列でアキにずっと手を振ってくれていた。見知った顔があるとやっぱり心強い。彼女達には後で礼を言っておこう。
「アキ君ありがとう。それでは皆、今日も勉学に励んでくれたまえ。」
エリザが最後に一言告げ、朝礼を締め括る。
午前中は講義ではなくエリザとの魔法談義らしいので、アキは彼女の後に続いて壇上を下り講堂を出て、そのまま学園長室へと戻った。