18
「ふう……本当に長い1日だったな。」
アキは自室に戻り、いつものように考え事に耽る。だが今日はそれほど目新しい情報があるわけではないし、少しだけ情報を整理したら、読書や音楽鑑賞するのも悪くないだろう。
本格的に魔法組合に探りを入れるのは明日からだ。アイリスとベルとの三者会談も明日以降。ミルナ達が街中で得た情報に使えそうなものはない。
彼女達が大した情報を得られない事は分かってはいた。大体そんな簡単に情報を街中で拾えるのであれば、イリアの件はとっくに片付いているだろう。だがアキは敢えてミルナ達に情報収集に行かせている。もしミルナ達に対して何かしらの動きがあるようなら、黒幕である外套の人物はミルナ達の知り合いである可能性が高いという事になるからだ。そのひと握りの可能性を無視は出来なかったので、ミルナ達に情報収集をお願いしている。
今日の考え事はこれくらいでいいだろう。のんびりと音楽でも流して読書でも楽しもう、と思っていたその時、自室の扉が開く。
「アキ、来たよ?」
「は、はいるわよ!アキ!覚悟しなさい!」
レオとエレンだ。今日は一緒に寝ようと言ってあったから、来てくれたのだろう。しかし何を覚悟すればいいのかと呆れる。まあこの天邪鬼さがエレンらしくて微笑ましいが。
「うん、おいで。」
アキが声を掛けると、2人はもじもじしながらも素直にアキが腰掛けているソファーのところまでやって来た。
レオは大きめのシャツを一枚だけ着ている。普通のパジャマだと尻尾が邪魔になるのだろう。エレンはピンクの可愛らしいパジャマのような寝間着だ。エレンがかわいい物が大好きなのは知っている。恥ずかしがって絶対認めないが、彼女の部屋にはぬいぐるみや小物が結構飾ってあるのを見たことがある。
「それが2人の寝間着?」
「うん、そうだよ。尻尾が苦しいからこういう格好なんだ。」
レオが尻尾を可愛らしくバタつかせながら教えてくれる。やはり尻尾が理由らしい。しかしレオの格好はミルナと同じでシャツ1枚なのに、全くエロくはない。可愛い妹という感じでとても微笑ましい。何故ミルナが着るとあれだけ無駄にエロくなるのか不思議だ。
「そっか、似合ってるよ。リオナ。」
そう言ってそっと撫でてやると、レオは気持ちよさそうに目を細める。彼女を撫でるのも久しぶりだ。
「な、なによ!文句あるの!こ、この変態!」
エレンはピンクのパジャマを見られたのが恥ずかしいのか、顔を赤くして罵倒してくる。でも照れ隠しにとりあえず罵るのはやめて欲しい。納得いかない。
「いや。エレン可愛いなって。」
アキが褒めると、彼女は顔をさらに赤くしてそっぽを向く。
「あ、さすがに寝る時はツインテールにしてないんだね。」
「あ、当たり前でしょ?」
エレンがそっぽを向いたから髪を下ろしているのに気が付いた。綺麗な銀色の髪が彼女の肩先にかかっている。元々ショートツインなので、髪の長さはさほどあるわけではない。それでもこうして髪を下ろしているエレンの姿は新鮮だ。
「結んでないエレンもいいね、大人っぽい。」
「ほ、ほんと?」
エレンが嬉しそうに振り向いて、上目遣いで見つめてくる。彼女の何よりの特徴である蒼と紅のオッドアイはやはり美しい。
「うん。それにやっぱりエレンの瞳は綺麗だね。」
アキはやっぱり彼女の瞳が好きだ。ただエレンがまたそっぽを向いてしまう。ちょっと見つめ過ぎたようだ。
「あ、ありがと……。」
ボソッと呟き、アキの服の裾をそっと握ってくるエレン。恥ずかしいけど、褒められた事は嬉しかったらしい。
「リオナ、尻尾いい?」
エレンとばかり話をしていたからか、レオが少し寂しそうにしているのに気づいた。彼女を構ってあげるには、やはり尻尾を愛でてあげるのが一番だ。レオは自慢の尻尾をアキに愛でられながら褒められるのを何より喜ぶ。
「う、うん。いいよ?」
レオは尻尾をアキの方に向けてくれる。アキはレオのこの仕草が好きだ。アキが触りやすいように尻尾を持ち上げて、そっと膝の上においてくれる。
「やっぱりレオの尻尾は最高に気持ちいいな。」
「えへへ、嬉しい。」
レオの尻尾を優しく撫でる。ふさふさしていてとても触り心地がいい。きっと毎日ちゃんと手入れしているのだろう。そういえばアキが作ったシャンプーとリンスを一番喜んでいたのはレオだった。なんでも尻尾の手入れがもの凄く楽になったとか。それに艶が出てふわふわになって最高だよと大騒ぎしていたのを覚えている。
たっぷりと2人の事を構い、レオとエレンもすっかり満足してくれたようなので、そろそろ寝るかとアキはベッドへ向かう。ただ2人はもじもじしていて動く様子がない。多分恥ずかしさが勝り、自分からはベッドに潜り込んで来られないのだろう。
このままでは埒が明かない。彼女達が意を決するまで30分はかかりそうだ。そんなに待ってられるかと、アキは2人の事を強引に抱きかかえる。
「ちょっと、アキ!」
「お、下ろしなさい!こらっ!」
レオとエレンは暴れながら文句を言ってくるが、無視してベッドの上に放り投げ、自分自身もベッドに入る。しかし2人とも軽い。みんなより身長が低いのもあるのだろうが、ちゃんと食べているのか心配になる。
「最近あまり構えてなくてごめんな。」
ベッドに転がされて恥ずかしそうに縮こまっていた2人だったが、アキの言葉を聞いて嬉しそうに両側から抱きついてくる。
「ううん、我儘ばっかり言ってごめんね。」
「リオナはいつもいい子だからもっともっと我儘言ってもいいよ。」
申し訳なさそうな目で見つめてくるので、アキはレオを抱き寄せてやる。
「アキ、温かい。いつもありがとう。大好き。」
「こちらこそ、ありがと。」
男の振りをしているというだけでレオは普通の女の子だ。彼女の柔肌はとても心地よく、優しい温もりが伝わってくる。それにレオは自慢の尻尾をアキに毛布のようにそっと上に乗せてくれる。これは気持ちがいい、直ぐに寝られそうだ。
だがその前にエレンの事も甘やかさなければならない。アキは寝落ちする前に、エレンの事も優しく撫で、レオを抱きしめていない方の手でエレンを抱き寄せる。こんな可愛い2人を両手で抱きしめて寝られるとはまさに両手に花。アキは今、この瞬間、全男性を敵に回したかもしれない。
「素直じゃなくてごめん。憎まれ口ばかり叩いてごめん。こんな私可愛くないよね?」
抱きしめられたエレンは嬉しそうに笑い、素直な言葉を口にした。どうやらいつもの強情なエレンは先に就寝してしまったようだ。
「そんなエレンが可愛いんだって言わなかったっけ?」
「でも!素直な方が可愛いんでしょ!それにむ、胸だってないもの!」
きっとエレンはもっと素直になりたいと思っている。けどなれない。それが彼女の何よりのコンプレックスなのだろう。
しょうがないなと思い、力一杯抱きしめてやる。
「エレンはエレンでいいよ。それにほら、ちゃんと胸が当たってる。」
「ば、ばかっ!」
小さいけど、柔らかい感触はちゃんとある。
ただそうエレンに指摘したら、顔を真っ赤にして罵倒された。少しデリカシーが無かったかと反省する。でもエレンはアキから離れようとしない。どこか嬉しそうにエレンの方からもギュッと抱きしめてくる。
「私、アキが好きよ。貴方が隣にいてくれないと私はきっと駄目になる。」
「ありがとう、エレンもいっぱい我儘いってくれ。素直じゃないかもしれないけど真面目だし、優しいし、エレンは魅力的だと思う。」
アキの言葉に幸せそうに笑うエレン。いつもムスっとした顔をしている彼女だが、アキの前だけでは本当に楽しそうに笑ってくれる。
明日からはまたしばらく魔法学校の依頼で構ってあげられなくなる。2人の事は今日いっぱい構ったから、きっと許してくれるだろう。ミルナやソフィーは……うん、それは怖いから考えないようにしよう。
目を閉じ、ボーっとそんな事を考えていたら、アキに抱き着いたままのエレンとレオが何やらもぞもぞと動き回っている。
「なにしてんの。寝られないから動くな。」
アキが突っ込むと、2人は必死に「違うの!」って言い訳してくる。間違いなく何か良からぬことでも考えているのだろう。しょうがない子達だ、と溜息を吐く。
しかしエレンやレオにも「好き」と言われたのは嬉しいが、本当にこの子達は自分でいいのだろうかと考えてしまう。そしてうちの子達だけでなく、ベルやアリア達からも好意を感じるから尚更そう思ってしまう。あの子達は全員とてもいい子だ。真面目で真っ直ぐで、人として尊敬出来る。だからこそ、人を観察してばかりで腹の中が真っ黒な立派な人間とは程遠いこんな自分でいいのかと思ってしまう。他にもっと彼女達を幸せに出来る人がいる気がしてならない。でも彼女達が他の人のところへ行ったらそれはそれで絶対に嫌だ。矛盾しているのはわかっているが嫌なものは嫌だ。
こんな事を彼女達に言ったらまた「お話」なんだろうなと苦笑する。あの子達なら間違いなく「アキさんだからいいんです!アキさんじゃないと嫌なんです!」とはっきりと断言するだろう。ならアキがすべき事は1つだ。あの子達はアキを選んでくれたのだから、その時が来たらちゃんとみんなを受け入れよう。それがアキのしなければいけない事だ。それに自分でもそうしたいと、今ならはっきりと思える、迷いなく言える。
今度はアキのほうから言ってあげるべきだろう。「大好き」だって。
でもさすがにアキでもそんな事を言うのは恥ずかしいので、照れないで言えるように今度こっそり練習でもしておこう。