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とりあえず気持ちも大分落ち着いたので、引き続きレスミアの街を散策して回る。さっきは取り乱していて、観察が疎かになっていた。反省だ。アリアとセシルを連れていてよかった。
改めて街を見回すと、ミスミルドではところどころに散見された、男性向けの「夜のお店」がレスミアにはほとんどない事に気付く。やはり女性社会に力を入れているだけあり、そういった店は排除しているのかもしれない。それか目のつかないところにひっそりと配置して、きっちりと住み分けがなされているのだろう。
「レスミアは夜のお店が少ないな。」
「残念ですね、アキさん。」
セシルが鋭い目付きでアキを睨む。兎耳がピンっと立っている。あれは不機嫌の証だ。
「いや、俺が行かないのは知っているだろう。ミスミルドでミルナ達が『入ってみましょう!』って騒いでたのを思い出したんだよ。」
「ああ……あれはバカ丸出しでしたね。」
アリアの毒舌が移ったのか、最近のセシルはうちの子達に対して容赦がない。どうしてこうなった。
「アリアとセシルはわかっていたのに止めなかっただろうが。おかげで俺が説明する羽目になったんだぞ。」
「その方が落ち込むかと思いまして。」
アリアが黒い笑みを浮かべる。基本仏頂面のアリアだが、アキに対しての女神のような微笑みと、うちの子達に対する悪魔のような笑顔だけは決して忘れない。相変わらずうちのメイドは怖い。
兎にも角にも、夜のお店に入ろうとしたミルナ達を止め、懇切丁寧に「夜のお店とは何か」の説明する羽目になったのはアキだ。あれは精神的に辛かった。そして当然ミルナ達はミルナ達で、顔を真っ赤にして慌てていた。必死に「違うんです、これは違うんです!」と言い訳していたのが懐かしい。まあ今となってはいい思い出だ。
「まあそんなことより今日の主役はアリアとセシルだからな。遠慮なく我儘を言うように。いや、言え。音楽が期待外れだった分、2人には我儘を言って貰う。強制な。」
アリアとセシルが「そんなことは出来ません!無理です!」と必死に抵抗する。ミルナ達には遠慮ないくせに、アキにはひたすら遠慮する2人だ。もう埒が明かないのでアキは2人の手を掴んで無理矢理店に連れ込む。
「この2人に似合う服を持って来て。」
未だに抵抗してくるアリアとセシル。諦めの悪い2人だ。
とりあえず、店員に服を持って来てもらい、試着室に押し込んだ。不承不承ながらも試着はしてくれているみたいなので、その隙にアキもアリアとセシルに似合いそうな服を選び、店員が選んだ服にさり気無く混ぜておく。音楽の憂さ晴らしを2人にして貰わなければ。可愛いアリアとセシルを見れば音楽の事なんてきっと忘れてしまうだろう。
「ど、どうですか?」
まずはセシル。何着か着て貰ったが、どれもイマイチで、ピンとくるのがなかった。これが最後の1着らしい。ピンクのフレアスカートに白のフリル付きのトップス。シンプルながらも女の子らしい可愛い配色。アキが選んだ服だ。
「セシル可愛い。」
セシルはいつもきっちりとした制服のような服を着ているので、こういったカジュアルな格好がとても新鮮だ。そして本当に可愛い。うちの兎可愛い。
「えへへ、じゃあこれにします!」
迷う事なく即決するセシル。
「それだけは俺が選んだやつだ。」
「そうなんですか!じゃあ尚更これにする!」
可愛らしくぴょんぴょんと飛び跳ねる。兎耳がピーンとなっていて本当に嬉しそうだ。レオの尻尾と一緒でわかりやすいなと苦笑してしまう。
「じゃあ、次はアリア。ほら、早く出てこい。」
「で、でも……その……。」
アリアがなかなか試着室から出てこない。先ほどまでは店員が選んだ彼女に似合いそうなお堅い服だったので、緊張することなく出てきたが、最後のはセシル同様アキが選んだものなので、多分恥ずかしいのだろう。確かに店員が選んだものとは少しテイストが違う。
「いいから。出てこい。それは俺が選んだやつだ。」
試着室から顔を覗かせていたアリアを引っ張り出す。彼女にしては珍しく、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いている。アキが彼女に選んだのは白黒ボーダーのノースリーブハイネックタイプのトップス。下はミニ丈の青と白のプリーツスカートにストッキングを合わせた。普段はロングスカートしか履かないアリアだからこそ敢えてミニ丈を選んだ。いつもは落ち着いた雰囲気のアリアだが、印象がガラッと変わり、可愛い女の子に仕上がっている。
「アリアも可愛い。いつもは凛として綺麗だけど。今日は可愛い。」
「ちょっと……は、恥ずかしいです。」
「よし、それにしよう。」
お世辞抜きで本当に可愛いと思った。やはりアリアも元がいいからどんな服でも着こなせてしまうのだろう。
アキは店員を呼んでこの2着を購入する旨を伝える。そしてこのまま着ていくからアリアとセシルが着ていた服を屋敷まで届けるようにと指示を出し、さっさと持って行かせた。
「アキさん、ちょっと!ちょっと待ってください!私の服!」
アリアが必死に止めようとしてくるがもう遅い。こうでもしないと絶対いつものメイド服に着替え直すだろうと思ったので、少々強引な手を使った。
「諦めろ、もうアリアのメイド服とセシルの制服は屋敷へと旅立った。」
「アキさんのいじわる!」
「アキさん……酷いです。」
相当恥ずかしいのか、アリアとセシルは下を向いてもじもじしている。彼女達らしからぬ可愛い姿にアキは満足だ。いつもきっちりしている子達だから、偶にはこういう可愛い服を着てもいいだろう。本当ならあと数十着は着せ替え人形したいのだが、2人が羞恥で死にそうなのでまた次回だ。
「もう今日は仕事終わり。従者としてじゃなく、アリアとセシルと俺は買い物したいんだから付き合え。わかった?」
アキは2人の手をまた強引に掴み、店を出る。まさに両手に花状態。嫌がるかなと思たけど、セシルとアリアも握った手をしっかりと握り返してくる。なんだかんだで楽しんでくれているようだ。おかげでアキも雑音という名の音楽の事はすっかり忘れ去っていた。
それからもアキは2人を連れまわした。雑貨屋でアクセサリーを見たり、カフェでお茶したり、のんびりとレスミアでのひと時を彼女達と楽しんだ。本当は楽器を買いに行きたかったが、それは今度にしよう。アリアとセシルを楽しませるのが目的なのだから、今日は行かなくてもいい。
「このケーキ美味しいです!」
「ええ、私も好きです。」
それにこんなに喜んでくれている2人の水を差したくない。
うちの子達もそうだが、アリアとセシルも食べるのが大好きだ。特に甘味には目がないの。いつもアキが作ったデザートを本当に嬉しそうに食べているからすぐにわかった。
「でもアキさんのケーキの方が美味しいです!」
「私もそう思います。」
「ありがと。食べている途中で悪いけど、これセシルとアリアに。」
アキは紙袋を2人に手渡す。先ほどこっそり買っておいたアクセサリーだ。ミルナ達にはあげたが、アリアとセシルには未だだったので、何か贈ってあげたいと思っていた。知り合った順番で行くと、この2人が次だ。
「なんですか?開けていいです?」
セシルはそう言って紙袋を開ける。彼女にはシンプルなシルバーのペンダントを選んだ。ペンダントトップは兎の形をしているのでセシルにぴったりだろう。
「あ、可愛い!貰っていいんですか!」
「ダメっていったら返すの?」
「嫌です!もう貰ったので返しません!」
セシルは大事にそうにペンダントを握りしめている。気に入って貰えたようだ。
「アリアも見てくれ。」
「はい……あ、綺麗です。」
普段メイド服のアリアは、ネックレスやブレスレットだと使いづらいと思い、イヤリングにした。細長いシルバーのスティックイヤリングで、小さなガラスのクリスタルが装飾としてついている。
「メイド服の時でもそれなら使えるかなって。」
「はい。嬉しいです。大切にしますね。」
アリアが本当に嬉しそうに笑う。いつもの仏頂面ではない素のアリア。とても笑顔が可愛い女の子だ。これで何時もアキの従者として頑張ってくれている2人に少しは恩返しが出来ただろう。
その後、適当にカフェで雑談をして店を出た。アリアとセシルは早速あげたアクセサリーを着けてくれている。相当気に入ったらしい。
「もう夕方か。」
全然気づかなかった。彼女達との買い物に夢中で時間が過ぎるのを忘れていたようだ。空はすっかり茜色。太陽が沈み始め、夕焼けがレスミアの街を紅く染めている。
もういい時間だ。そろそろ帰ろうかと、2人に提案しようとしたその時、前方のとある店に白髪の男が入っていくのが見えた。
「あれ?もしかして爺ちゃんか?ちょっと寄っていい?」
セシルとアリアは「勿論です」と快く頷いてくれたので、アキ達は爺さんの後を追うようにして店に入る。
「申し訳ありません。こちらは現在貸し切り中でございます。」
入店したところで店員に止められた。おそらく爺さんが視察にくるから一時閉店にでもしたのだろう。さすが商会長だ。
「あ、そうなんですか。でも。大丈夫だと思います。」
アキの言葉を聞いて店員は困ったような表情を浮かべる。まあそれはそうだろう。店員からしてみれば意味の分からない客だ。あまりアキの我儘で従業員を困らせるわけにもいかないので、どうしようかと考えていたら、丁度爺さんが見えた。
「爺ちゃん、店を貸切るとか相変わらずだね。」
アキの声にエスタートは驚いたように振り返る。
「おお、アキか!なんじゃびっくりしたぞ!」
「偶々店に入ってくのが見えたから声をかけたんだよ。」
さすがにもう店員に止められる事はなく、すんなり通して貰えた。ただ爺さんの顔馴染みだと知らなかった事をもの凄く丁寧に謝られた。むしろ悪いのはアキの方なので気にしないで欲しい。
「で、ここは爺ちゃんの店なの?」
「うむ、そうじゃ。ここは宝石類などを扱っておる。せっかくレスミアに来たし、いくつかの店舗を視察しようと思っての。」
店内を見回すと、確かに指輪やネックレスが整然と並んでいる。多分どれもかなりの高級品だろう。どのアクセサリーにも燦然と輝く立派な宝石がついており、装飾や細工もかなり凝っている。
「おや、そちらの嬢ちゃん達はアキのメイドと秘書じゃろ?服装が違うから一瞬わからなかったわい。」
「ああ、今日は休みだし2人を連れて買い物だ。服はさっき買って着させた。」
「ほほ、いや可愛いの。似合っておるぞ。」
爺さんが褒めると2人は恥ずかしそうにしつつも、お辞儀をする。
「譲ちゃん達、どうじゃ?アキに指輪でも買って貰ったらどうじゃ?」
「さっきアクセサリーあげたんだよね。でもこっちの方が確かにいいかも。」
ここに並んでいる物に比べると、先程アリアやセシルに上げたアクセサリーが霞んで見えてしまう。こっちを買ってあげたほうがよかったかもしれないという思いが脳裏をよぎる。
「そ、そんな!ダメですよ!それにアキさんに貰ったのが1番です!」
「そうです、アキさんが下さったアクセサリーの方がここにあるどのアクセサリーよりも私にとっては高級品です。」
嬉しい事を言ってくれる。そこまで言われると少し恥ずかしいが。
「じゃが貰ったのは指輪ではなかろう?ほれ、指輪は……欲しくはないかの?お嫁さんになれるかもしれんぞ?」
セシルとアリアが少し頬を染める。以前ミルナ達に聞いた話だと、この世界でも結婚の際には指輪を贈る習慣があるらしい。
しかし何言ってんだこのクソじじい。
ただ爺さんの問いかけに、セシルが小さな声で「ほ、ほしいけど……。」と呟くのをアキは聞き逃さなかった。アリアも同じような表情をしている。まあ彼女達が欲しいなら別に買ってあげてもいいのだが……こんな前置きをされたら、さすがに指輪を贈るのは少々恥ずかしいと思ってしまう。
「ふむ、ならこれとかはどうじゃ?」
爺さんは店の一角へと歩いて行き、そこに展示されていた指輪を持って来た。
「爺ちゃん、それは?なんか他のと少し雰囲気違うよね。」
エスタートが持ってきた指輪には宝石などは特に付いておらず、シンプルな細工が施してあるだけ。華やかに光り輝く指輪とは違い、黒、青、赤といった単色系のバンドリングだ。
「これはの、主従の指輪じゃ。従者が主人を敬っているという証につける物じゃ。主人と従者で対になっておる。まあ、そこまで主人を慕っている従者はなかなかおらんがの。」
爺さんの説明によると、特殊な効果などは無く、ただの信頼の証のようなものらしい。従者が仕えさせて貰っている喜びを表すために主人に贈るものだ。そして自分用にも同じ物を買って、対で信頼関係を表す。地球でいうところのペアリングだろう。
「これがなかなか売れんのじゃ。」
「おい、不良在庫を押し付けるなじじい。」
「ふはは、バレたか。」
やれやれと思うアキだが、セシルとアリアはそうでもないようで、声を合わせて叫ぶ。
「「買います!」」
絶対買うと意気込んでいるアリアとセシル。爺さんめ。この2人なら買うと読んで勧めてきたに違いない。アキは爺さんを睨みつけるが、なんら効果はないようで、どこ吹く風だ。
「アキはいい従者に恵まれておるの。」
「ああ、それは俺も思うよ。」
そんな会話を爺さんとしていたら、アリアとセシルは既にどの色にしようかと、指輪を選んでいる。まあ……いいか。アキが渡したお金の使い道をやっと彼女達自身で決めたのだから。
アリアとセシルはまだ指輪を選んでいるし、もう暫くかかりそうだ。だが丁度いい。爺さんと2人きりになれたので、例の件を一通り報告しておこう。頼み事もある。
「爺ちゃん、こんな場所で悪いけど急ぎの案件がある。」
「なんじゃ。」
アキの真面目な雰囲気を感じ取ったのか、爺さんが真剣な表情になる。
「ミレーの女王、そしてうちの王女が襲われた。」
爺さんにベルとアイリスの襲撃の件を伝える。そして、アキの推測ではあるが、黒幕の目的や理由についても説明した。つまりその人物が、魔獣制度に不満を持っていて王家転覆を狙っている、という事だ。さらに闘技大会で見た各国の印象もつけ加える。
「だからこそ黒幕に秘密裏に接触したい。おそらく協力し合える。」
「なるほど、そんなことがあったとは。わかった、わしの方でも積極的に調べてみよう。王家が狙われているとなれば、わしとて黙って見ている気はない。商会の損益にも関わってくる可能性があるしの。」
実際は、商会関係なく、爺さんはアキの為だけに調べようとしてくれているのはわかっている。商会を理由にすれば、アキが気にする事もない、と気遣ってくれたのだろう。
「ありがと。俺に気を遣わなくてもいいよ。爺ちゃんには我儘言うって言ったじゃないか。」
「ふっ、そうじゃの。だがアキよ。これが全て嬢ちゃん達の為なのはわかる。だが少しは自分自身の身も案じろ。わしはそれが心配じゃ。」
「悩んだら相談しに行くよ。あ、じゃあついでに1個お願いが……。」
丁度爺さんとの話が終わったタイミングでアリアとセシルが駆け寄ってくる。どうやら無事指輪を購入し終わったようだ。
「はい、これがアキさんの分です。」
「私からもです。アキさんいつもありがとうございます。」
セシルからは青、アリアからは黒の指輪を渡される。2人は既に自分の分は指にはめている。アキは2人に礼を言い、貰った指輪を早速右手の小指と薬指につける。その様子を嬉しそうに眺めていたアリアとセシル。
そんな2人の表情を見て、爺さんが小声でアキに呟く。
「この子達を泣かすんじゃないぞ。」
「そうだな。気を付ける。」
アキもこの子達を悲しませる事はしたくない。
その後爺さんに別れを告げ、足早に屋敷へと戻る。だが戻る前に、どうしてもアリアに伝えておかなければならない事が1つある。
「アリア。もう1個プレゼントがある。」
「そんな!これ以上はいただけません。」
アリアが「もう十分です」と首を左右に振る。だが気にする必要はない。何故ならこのプレゼントは物ではない。先ほど爺さんにお願いしておいたものだ。
「妹さん、一人前のメイドになったら爺ちゃんのミスミルドの本宅で働けるように手配してもらった。後、出来るだけ爺さんの側仕えとしておいて貰えるようにもお願いした。爺ちゃんは基本俺について来たがるからね。それなら妹さんともいつでも会えるでしょ?」
爺さんが本当に側仕えにするかはどうかは完全に妹さんの頑張り次第だ。だがアリアの妹ならきっと大丈夫だろう。それに最低でもミスミルドへは確実に来られる。本宅は大きいし、メイドが1人増えても問題ないはずだ。
アリアにそう言うと、彼女はいつの間にか目に涙を浮かべていた。
「アキさん……そこまで私の為にしなくてもいいのに。」
アリアがここまで感情を露わにするなんて初めてかもしれない。涙を拭いて必死に感情を抑えようとしているが、溢れ出す涙は止めらないようだ。
アキはアリアをそっと抱きしめてやる。
「そういえばアリアを抱きしめるのは初めてだね。いつもありがとう。こんなことくらいしか出来ないけど、俺は立派な主人出来ているかな。」
「うん、出来てる。アキさんありがとう。ずっとずっと仕えるから。」
本当に嬉しかったのだろう。アリアは泣きながら嬉しそうに笑っている。
妹は唯一の家族だとアリアが言っていた。だから何とかしてあげたいとずっと思っていたのだ。爺さんもきっと同じ考えだったのだろう。アキが提案したら、即断即決で了承してくれた。
セシルも感動したのか、ちょっと涙目になって微笑んでいる。
「爺ちゃんにアリアとセシル泣かすなよって言われたのにもう泣かせちゃったな。」
「アキさんのバカ。これは嬉し泣きだからいいんです。」
アリアはアキに抱き着いたまま、幸せそうに暫く泣き続けた。