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そんな適当な雑談をして構内を歩いていたら、ひと際豪華な扉の前に到着した。ミリー達曰く、ここが学園長室らしい。
とりあえずエアルが先に入室して説明して来てくれるらしいので、アキ達は扉の外で待つ。暫くするとエアルが戻ってきて、学園長室に入るように促される。問題はなかったようだ。
学園長室はふかふかの深紅色の絨毯が敷き詰められていた。歩くだけで妙な浮遊感を感じる。奥の窓際には立派な執務机が置いてあり、部屋の中央には応接用のソファーが2対、テーブルを挟んで設置してある。壁は一面本棚で、所狭しと本が並べられている。いかにも魔法学校の学園長室といった感じだ。
この部屋の主人、つまりこの学校の学園長、は執務机の椅子に座っていた。20代中盤~後半くらいの凛とした美しい女性が優雅に腰掛けている。髪は栗色でセミロング、そしてミルナのような青色の瞳をしている。服装はこの学校の制服だが、金の装飾が随所に施されている。学園長仕様と言ったところか。エアル達の制服とは違った威厳ある印象を受ける。
そして彼女の何よりの特徴がちょこんと生えた可愛らしい耳と長い尻尾。おそらく、いや間違いなく猫の獣人だろう。セシルに軽く背中を小突かれる。目の色を変えるなと怒られてしまった。
「アキ君かな?私がこの学園の学園長エリザベス・ミレンサーク。魔法組合はミレー王国組合長でもある。気軽にエリザとでも呼んで欲しい。」
自己紹介したと同時に揺れる尻尾とぴくぴく動く猫耳についつい目が行ってしまう。そしてエリザベスとか猫にぴったりの名前だなと苦笑する。
「わかりました、エリザさん。私はSランク、メルシアのアキです。依頼の件で打ち合わせに参りました。」
無言のまま猫耳を凝視していも仕方ないので、アキはとりあえず挨拶をする。
「うむ、とりあえず座って話そう。ミリーとエアルも同席するか?」
Sランクとして後学の為に聞いておけという事だろう。アキとしては彼女達がいても別段構わないので、黙って成り行きを見守る。
「はい、ではせっかくなので。」
「同じく、同席させて頂きます。」
エリザは執務机から立ち上がると、尻尾を優雅に揺らしながら応接用ソファーへと移動し腰掛け、アキに対面に座るようにと促す。セシルとアリアは指示するまでもなく、アキの背後に立ち、両手を前で組むようにして待機の姿勢を取る。エアルとミリーも同様に学園長の背後で待機するようだ。
「雑談もいいが、まずは本題を片付けよう。依頼だが受託するということでいいのかな?」
エリザがアキに問う。
「ええ、そのつもりです。」
「ではいつから出来るのかな?」
「何時からでもいいんでしょうか?」
「希望があるなら出来るだけそれに沿いたいと思っているので言いなさい。」
「では明日から1週間。如何でしょう。」
「特に問題はないね。それでいいだろう。」
何時からでもいいという事は、おそらくこの依頼、講義が主目的ではないのかもしれない。勿論講義もさせられるのだろうが、一番の目的はエリザとの対談ではないだろうか。
「それで私は何をすれば?」
「ああ、まずは講義だが、1クラス見てもらいたい。といっても実質講義をするのは半日ほどだ。残りはこの学園長室で私と魔法談義だな。どちらかというとそちらが目的だ。アキ君の魔法は非常に興味深いのでね。」
やはり。だがアキとしてもそのほうが好都合だ。ミレー王国の魔法組合長と一対一で話せるのは、情報収集的にも、探りを入れると言う意味でも、色々と助かる。
「講義というのは?」
「実技の実戦訓練、そして魔素の現象理解に関する講義。基本はこの2つだ。アキ君の魔法理論を生徒が理解出来るかはわからないが、好きにしてくれて構わない。出来れば簡単な事を教えてくれると助かるがね。それに君に興味を持っている教員もいるので、生徒だけでなく、講義を見学する教員も多いかもしれんな。」
アキとしては別にどうでもいい。それは好きにして貰って構わない。
「せっかくなのでミリーとエアルのクラスを見てもらおう。Sランク同士の交流も深まるだろうし、どうだろうか?」
「ええ、私は構いません。」
ミリーとエアルがエリザの後ろで「やった!」と喜んでいる。
「では明日はまず朝礼で全校生徒に紹介する。その後、午前中は私と対談。午後に講義という形でいいだろうか。勤務時間は午前9時から午後4時だ。」
「問題ありません。」
これで必要な打ち合わせは大方完了だ。後は明日から一週間、学園生活を満喫しつつ、学園長から情報を少しづつ収集しよう。
「今日はまだ時間あるかな?構内見学だけでもしていきなさい。ミリーとエアルが案内してくれるだろう。」
「「はい、喜んで。」」
即座にエリザの言葉に同意するエアルとミリー。確かに明日構内を彷徨うのも嫌だし、少しくらいなら構内散策もいいだろう。アリアとセシルとの買い物は午後から行けばいい。彼女達も「アキさんのお望みのままに」と目を伏せてくれたので、問題ないだろう。
「わかりました。午後は別件がありますのでお昼までであれば大丈夫です。ミリーとエアルは授業に出なくていいのか?」
実際、今も授業中だろう。まあ学園長であるエリザが同席していけと言った時点で何でもありか。それにSランクともなれば依頼で欠席することも多いだろうし問題ないのかもしれない。
「学園長から許可が下りたので特例で欠席します。これも大事なお仕事ですから気にしないでください。」
エアルの発言にミリーも頷く。彼女達がそう言うのであればアキに異論はない。アキは2人に礼を述べ、ソファーから立ち上がろうとするが、エリザに制される。
「待て、最後に報酬についてだ。金貨300枚でいいかな?講義内容や私との対談次第では色も付けよう。それは最低金額と思ってくれ。」
アキはうーんと顎に手を当てて考える。
「不満か?」
実はそれよりも考えている報酬があるのだが、言ってみてもいいだろうかとアキは逡巡する。
「望みがあるなら言ってみなさい。」
エリザが良いって言っているんだし言ってみよう。
「お金は別にいらない。」
「では何が欲しいんだ?」
エリザが不思議そうな顔をする。
「エリザさんの尻尾を触り放題。あと猫耳。そしてついでに語尾に『にゃ』を付けて欲しい。」
何故か空気が凍った。ミリーとエアルはなんてこと言ってんのって顔を引き攣らせているし、背後からは殺気を感じる。主にセシルから。エリザを見ると尻尾が激しく左右に揺れている。相当動揺しているのだろう。猫じゃらしのようだとついつい目で追ってしまう。
「ア、アキ君。君は喧嘩を売っているのか『にゃ。』」
語尾を勝手に付け足してみた。良い感じに可愛くなる気がしたんだがどうだろう。ただ言った瞬間、エリザの尻尾の揺れが激しさを増したので、なかったことにした方がよさそうだ。とりあえず今は。多分アキは後でセシルに殺されるが悔いはない。
「いえいえ、大真面目なんですけどね?」
アキは淡々と話す。先ほどの「にゃ」をなかったかのように淡々と。エリザの尻尾は相変わらず左右にばったばたと揺れている。
「そ、そうなの……な、なんていうかそんな願いは初めてなので正直ちょっと戸惑ってしまっているんだが……。」
「言ってみろっていうから正直に言ってみました。」
アキはエリザの言葉に返事をしつつ、ひたすら尻尾を凝視する。
「あの……アキ君……できたら尻尾ではなく私の目を見て話して欲しいんだが……。」
「あ、すいません。で、どうでしょう。」
「い、いや、まあそれを答える前に、アキ君の後ろの子の殺気をまず何とかした方がいいんじゃないかな?」
さっきから溢れ出ているセシルの殺気の事だろう。やれやれとアキは振り返り、セシルに声を掛ける。
「どうした、我が耳よ。」
「ばかー!すぐにそうやって他の人の尻尾とか耳を触ろうとして!あと誰がアキさんの耳ですか!ばかっ!」
セシルが側仕えの時にここまで取り乱すのは珍しいとアキは驚いた表情を浮かべる。屋敷に居る時ならともかく、今の彼女はアキの従者だ。そんなに気に食わなかったのだろうか。
「え、だってしょうがなくない?あの尻尾、レオの尻尾やセシルの兎耳とは違った癒しがありそうじゃない?金よりあっちでしょ?」
「知りません!普通はお金を取りますから!」
「じゃあセシルにあと10万金くらい稼げば許してくれる?」
「やめて!ほんとに出来ちゃうからやめてください!」
「冗談だ。触れたら俺のやる気も出るってだけで、断られたら諦めるよ。だからとりあえず殺気を出すな。あとでじっくりお話でも何でも聞いてやるから。」
「わかりました。あとでお話ですからね。」
セシルはそっぽを向いて拗ねてしまう。とりあえず殺気は治まったのでいいだろう。
「エリザさん、お待たせ。円満解決しました。」
「それのどこが円満解決なのか小一時間ほど問い詰めたいが……。」
エリザが呆れた顔でアキを見つめてくる。
「しょうがないじゃないですか。エリザさんがそんな猫耳と尻尾を持っているのが悪いんです。ずっと揺らしているし、どういうつもりですか!そんなの私に触れといっているようなものでしょう。報酬が300金?なんならその報酬支払ってでも触りたいです。何か文句ありますか!」
ついつい熱弁してしまった。ミリーとエアルが完全に呆れ果てている。
「な、ないが……アキ君、ほらエアルとミリーも引いてるぞ……?」
「むしろよくドン引きしてないと思います。自分だったら軽蔑の目を送っている事でしょうからね。」
「自分でも言ってることが頭おかしいって一応わかってはいるんだな……・。」
さて、どうしよう。どうやって収集をつけようかと悩むアキ。
「アリア。」
「はい。」
「会話の終着点がどっか飛んでった。なんとかして。」
アリアに丸投げした。
「そうですね……間を取って私が猫耳と尻尾を付けるというのは如何でしょう?」
「偽物に興味はない。」
「大丈夫です、捥ぎますので。」
アリアがいつも通り無表情のまま、エリザの尻尾と耳を見つめる。彼女のただならぬ雰囲気を受け、慌てて尻尾と耳を隠すエリザ。この猫意外に可愛いところがあるな、と和んだ。
「エリザさんの尻尾のせいで脱線したので話を戻してもいいですか。」
そろそろ話を切り上げるかと、アキは提案する。
「いやいや!私のせいではないだろう!」
「はい、エリザさんの尻尾のせいです。」
「一緒だ!それは一緒!」
セシルとアリアが「この会話知ってる」って表情だ。アキも3回目くらいだなと感傷に浸る。
「じゃあ報酬は予定通りでいいです。もし気が向いたら尻尾を触らせてくれるという事で。勿論嫌なら断ってもらっても構いません。ただのおまけだと考えて下さい。」
「ま、まあそれならかまわんけど……。」
「ありがとうございます。あとついでにこの学園ください。」
アキは丁寧に一礼する。
「はあああ?い、いきなり何をいうのだね!乗っ取りかな!」
さらに取り乱すエリザ。学園よこせ発言に相当驚いたようだ。まあ当然だろうが。
「いえ、魔法学校の学舎が気に入ったので学舎だけください。」
「えっと……冗談だよな?さすがにそう言ってもらわないと困るんだが。」
このままエリザで遊ぶのも悪くないが、今日はもういいだろう。アキは適当に話を切り上げる事にする。
「学舎は冗談です。でも尻尾は本当に触りたいです。とりあえず構内の案内や午後の予定も控えていますので、これで失礼してよろしいですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。」
「それでは明日からよろしくお願いします。」
アキはエリザにそれだけ告げると席を立ち、エアルとミリーを連れて学園長室から退室した。今日の打ち合わせもなかなかに上出来な結果だろう。