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「やはり女王はアキさんの事が気になるようですね。わざわざ見に来るなんて。」
「注目浴びたくないのに、女王にまで目をつけられてるとか勘弁してほしい。」
エスペラルド闘技大会の時の特殊な魔法、ベルが専属の護衛として新参のSランクを指名した事、さらにはベルが「友人」と宣言している事が相まって、女王はアキに興味津々なのだろう。
「ふふ、アキさんはどこへ出しても恥ずかしくないですもの。」
「ありがとうございます、アイリーンベル王女殿下。」
「べる!べーる!」
この王女様は「ベル」と呼ばれないとすぐに拗ねる。公共の場でアイリーンベルと呼ばないといけない時でさえ拗ねる。ちょっとだけ顔がムスってしているからすぐにわかる。まあ、ほとんど彼女の表情に変化はないので誰も気づいていないだろうが。
「しかし見た感じ、ベルの言った通りまともな女王だな。あと他国の王族もそうだ。」
ベルから事前に各王家の人柄については聞いていた。「私が観察する限りは真面目な人間」というのがベルの評価で、アキが観察したところやはり彼女と同じ評価だった。各国の王族とベルが挨拶していた際、アキは一挙一動を見逃さないように、表情から動作まで全て観察した。そしてこの中に敵に回る人物は多分いないと結論づけた。大抵小説とかだと腐った王子や王女がいるものだが、今のところこの世界にはそれがない。本当に良い国家ばかりだと改めて実感する。やはり魔獣制度の副産物が今の国家なのかもしれない。
「やっぱりアキさんから見てもそう見えます?」
ここに来ている王族という事に限って言えば問題ないだろう。ただ各国にはベルと交流のない王族や、王政に口を出している貴族も沢山いる。彼らが無害とは限らないので完全に安心は出来ない。
だがここにいない人間の考察なんてしても仕方ないし、アキは適当に考えを打ち切る。もしそういう人物がいたら排除すればいい。とりあえずアキ達しようとしている事に反感を抱かないであろう人間がいるとわかっただけで十分な収穫だ。
「そうだな、良い世界だと思う。頑張って何とかするか。」
「はい。頼りにしていますよ。」
王族の観察は十分したので後はこの国のSランクを見ておきたい。ベル曰く、女王が座っている席の反対側にいるらしいが、アキ達が座っている場所からは見えない。さすがにベルの護衛であるアキが勝手に歩き回るわけにはいかないので、Sランクの観察は後回しにするしかないだろう。
「アキさん、闘技大会見てます?」
「あんまり。ベルもほとんど見てないじゃん。」
一応横目で見てはいるが、あまり集中してはいない。ベルとの会話や周りの観察が目的なのだから仕方ない。ちなみにミルナ達も闘技大会には一切興味がないようで、アキしか見ていない。さすがにアレは不自然過ぎるので、後でお説教だなと溜息を吐く。
「優勝はあちらの3人組のようですね。」
「そうだね。次はSランク戦か。これを見に来たようなものだし、さすがにちゃんと見よう。」
開始から5~6時間程で優勝が決定した。アキが無茶苦茶したエスペラルド闘技大会の時よりはさすがに時間が掛かっている。現在は15時過ぎなので、少し休憩を挟んでSランク戦を行い、表彰式で終了だろう。
「ベル、今ミレーにSランクは何人いるか知ってる?」
「ええ、Sランクとして君臨しているのは2人です。去年の優勝者はSランク(仮)になるのを辞退しました。ですので既存のSランクが亡くなっていない限り2人です。」
つまりその2人のどちらかがSランク戦に出てくるという事になる。とりあえず出てきた方の1人を観察して、もう1人の事はベルに聞くしかないだろう。
「休憩は30分程か。」
「ずっと立たせてすいません。アキさんにも座ってもらいたいのに……。」
「護衛だししょうがない。」
ベルは隣に座って欲しいのか寂しそうにしているが、こればかりはどうしようもない。
「私の婚約者にすればよかった……。」
「おい、やめろ。」
そんなことしたら各国の注目に加えて、うちの子達に殺される。ベルの頭を引っ叩きたかったが、この場ではさすがに出来ないので自重する。
「アイリーンベル王女殿下にアキ殿、お話し中のところ申し訳ありません。」
急に声を掛けられ、「やばい、聞かれたか?」と一瞬焦るが、それはないと思い直す。話しているのはわかるだろうが何を言っているかまでは絶対にわからないはずだ。アキとベルはその辺りはしっかりしているので間違いない。
アキはとりあえず声がした方に視線を向ける。
「あら、ミレー女王陛下。いかがなされました?」
流石に護衛であるアキが返事をするのはおかしいのでベルに任せる。
「お願いがあって参りました。少々よろしいですか?」
「はい、構いませんがお願いとはなんでしょうか?」
「アキ殿。」
女王がアキに声を掛けてくる。ベルを見ると「構いません」と合図してくれたのでアキは返事を返す。
「イアイリス・ミレー女王陛下。私にどのようなご用件でしょうか。」
丁寧に一礼する。
「ふふ、卒のないお方。アイリーンベル王女殿下が信頼するのもわかります。では本題です。アキ殿、我が国のSランク戦に出て頂けませんか?」
まさかの提案にアキは心の中で少し驚く。ベルも吃驚したのか、笑顔が少し引き攣る。だが彼女はすぐに表情を正し、平静を装う。さすがベルだ。
「大変光栄なお誘いありがとうございます。ですが私はアイリーンベル王女殿下の護衛、持ち場を離れるわけにはいきません。」
正当な理由を付けて断るのが正しい選択肢だろう。Sランク戦に出るにしても、その決定は主人であるベルの仕事だ。
「アイリーンベル王女殿下、お願いできませんでしょうか。先日の公爵の件は聞いておりますので心配なのはわかります。王女殿下に危害が及ばないよう、Sランク戦の間は私の側にいて頂き、私直属の護衛も付けます。」
ここまでの条件を付けられたとなるとおそらくベルに断る事は出来ない。女王が譲歩している以上、外交という意味でも受けざるを得ないだろう。
「はい、それでしたら問題ございません。あとはアキ次第でございます。」
ベルは「ごめん」という目で見つめてくる。気にするなと同じように目で返事をし、アキはベルの言葉を続ける。
「イアイリス・ミレー女王殿下。ご配慮ありがとうございます。私が参加することは吝かではありませんが、貴国のSランクを差し置いて参加するのは如何なものかと思います。」
「ふふ、お二人は本当に仲がいいのですね。しかしアキ殿のおっしゃる事はもっともです。では我が国のSランクに確認して問題無いようであれば参加して頂けますか?」
どうやらベルと視線でやり取りしていたのはバレバレらしい。さすが王族は一筋縄ではいかないと舌を巻く。それはさておき、ミレーのSランクと対話出来るのであれば断る理由もない。
「はい。それでしたら私は喜んで参加させて頂きます。」
「おい、Sランクの2人をここへ呼べ。」
女王はアキの言葉を聞くや否や、側近に声をかけ、Sランクを連れてくるように命令する。
程なくして2人の人物が女王の前に現れる。
「お呼びでしょうかイアイリス女王陛下。」
「いかがいたしましたでしょうか。」
現われた2人の女性が優雅なカーテシーを行い、女王に挨拶をする。
まさかミレーのSランクが女性だとは思わなかった。そして2人共が周囲を魅了する美貌の持ち主だ。さすが女性が活躍出来る国だけあるのかもしれない。ただ2人の得物を見る限り、ミレーが力を入れている魔法職ではないようだ。1人がレオと同じ大剣、そしてもう1人はエリスと同じ長剣だ。
「こちらはアキ殿、エスペラルド王国のSランク。魔法を得意としている。せっかくなのでSランク戦を彼にお願いしたいと思っている。ただ彼は他国のSランクが参加するのは2人に申し訳ないと言っておってな。確認の為に呼んだのだ。」
女王がアキを彼女達に紹介する。Sランク2人は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに姿勢を正し、アキに挨拶をしてくれた。
「アキ殿、お心遣いありがとうございます。私はミレー王国Sランク冒険者のエアルと申します。アキ殿がご参加いただけるのでしたら是非お願いいたします。異論はございません。」
エアルと自己紹介した女性は薄い桃色ような髪をしていて長剣使い。物腰が柔らかく、お淑やかな雰囲気の女性だ。持っている剣を本当に振るえるのか疑いたくなるくらい華奢な身体をしている。
「右に同じく。私はSランクのミリーです。アキ殿が参加される事に私も異論はございません。魔法でSランクとは是非拝見したいです。」
こちらのミリーは大剣使いだ。ミルナより少し濃いブルーの髪色。ミリーも雰囲気からするに穏やかな感じの女性で、エアルと同じように細腕でとてもSランクには見えない。
「実は2人は腕を磨く為、Sランクとなった今も魔法学校に通っております。ですので尚更アキ殿の魔法に興味があるはずです。お願い出来ますでしょうか。」
女王が2人の言葉を補足する。
「さすがミレー王国でございます。Sランクが女性というだけでなく、頂点に君臨されておりますのに、さらに魔法の技術まで学ぼうとされている。私も見習わなければなりません。イアイリス・ミレー女王陛下、非才なる身ではございますが、私の全力を持って務めさせて頂きたい所存です。」
アキは丁寧に礼をする。そしてエアルとミリーにも声を掛ける。
「エアルさん、ミリーさん、同じSランク同士仲良くしてください。殿はいりません。そしてお2人の出番を奪った分、期待以上のものをお見せできるように頑張ります。」
「はい、アキさん。こちらこそよろしくお願いします。」
「アキさんも堅苦しい言葉遣いはしなくていいですよ、気楽にお話しましょうね。」
エアルとミリーが笑顔で返事をしてくれた。
「では決まりですね。アキ殿、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「はい。かしこまりました。」
女王が嬉しそうに微笑んで礼を述べてくれる。
アキも女王に丁重に返事をし、続いてベルに伝える。
「それではアイリーンベル王女殿下、いってまいります。」
「はい、期待しておりますよ。アキ。」
ベルは優しく微笑んでいるが目が拗ねている。明らかに拗ねている。おそらくSランクのエアルやミリーと交流していたのが気に入らないのだろう。チラっとミルナ達を見ると「お話ですー!」ってソフィーの声が聞こえてくる気がする。何を話していたかなんて聞こえていないはずなのに、不満そうにしている。どうやら向こうでもエアル達との交流は不評のようだ。間違いなく帰ったら「お話」だろう。