15
「全く、ベルの下着がライトグリーンのせいで話が逸れた。」
やっと「お話」から解放され、やれやれと呟くアキ。
「アキさんのせいでしょ!私のせいにしないで!あと色をいちいち言わなくていいから!」
「違う、ベルの下着のせいにしたんだ。」
「一緒!一緒だから!ばかっ!」
必死にアキに抗議するベル。
「こ、このやりとり凄くデジャブを感じますわ……。」
ミルナが嫌な事を思い出したかのように呟く。
「もぉ……。ふふ、でもアキさんの話は勉強になります。」
呆れた表情を浮かべるベルだったが、それもまたアキらしいと笑ってくれた。
「ところでアキさんの『相手の所作から真意を見抜く方法』は是非覚えたいです。国務でも使えそう。教えて頂けませんか?」
「うん、いいよ。」
「やった。……でもアキさんがいい人で本当によかった。し、下着の色を確認するのに使うくらいですし。悪用すれば国くらい直ぐに乗っ取れそう。それくらいその考察力や洞察力は脅威です。味方にしておいて本当によかった。」
「褒めてもなんも出ないぞ。」
「うふふ、本当の事言っているだけです。」
ベルが優しく微笑む。
「でも確かにアイリーンベル王女殿下の言う通りですわ。」
ミルナが会話に入ってくる。
「そうよね、あれ使われたら隠し事なんて出来ないわ。」
「アキさん凄いですー!」
エレンが同意するように頷く。そしてソフィーは無邪気に喜んでいる。
「僕なんかすぐに尻尾にでるもん、アキにとっては楽だよね。」
レオはそう言いつつも、どこか嬉しそうに尻尾を振っている。揺れる尻尾を見ていると、モフりたい衝動に駆られるが何とか我慢した。
「アキ、尻尾?」
レオが尻尾を差し出してくる。どうやら触りたそうにしていたのが表情でバレバレだったらしい。
「撫でる。」
「しょうがないなー、アキは。さっき触ったばっかなのに。」
レオは苦笑しつつも、アキが撫でやすいようにとそっと尻尾を膝の上にのせてくれた。やはり気持ちいい。最高の癒しだ。
レオの尻尾を心行くまで堪能したので、そろそろ肝心の話を続ける。
「それより公爵の裏にいる人物の話だ。」
「誰だかわかりますの?」
ミルナがアキに訪ねる。
「誰かはわからない。だが目的は何となくわかる。可能性は2つ。」
アキは説明する。もし、魔獣制度の事をベルがよく思っていない事を知って襲ったのであれば、現在の制度を崩壊させたくないから暗殺しようとしたと考えられる。
「これが1つ目だ。でもこの可能性は低い。何故ならベルがこの制度をよく思ってないってどうやって知る?ベルが言わない限り知る方法はない。そしてベルが言うはずない。態度にすら出してないはずだ。」
「ええ、確かに。アキさんは私との会話から見抜きましたが、あれは状況が状況なだけに特殊です。普通は無理でしょう。それに私は自信を持って言えます。アキさん以外には知られた事はないと。」
「まあ、万が一もあるからな。一応これが1つ目の可能性って事だ。そして2つ目の可能性はこの逆だね。」
現在の犯罪抑制システムである魔獣制度をよく思っていない人物がベルを暗殺しようとした。この制度を施行したのは王家だ。当然事実を知っているのも王家という事になる。
「つまり、ベルを狙ったんじゃない、王家を狙ったんだ。」
「なるほど、納得いく理由です。」
ベルが頷く。
「アキさん……その人物ってまさかイリアですの?」
ミルナが悲しそうな表情で聞いてくる。さすがミルナ、アキの話からそこまで推測したか。確かにその可能性はある。
「いや、可能性はあるというだけだ。そもそも外套の人物が女とは限らない。あの証言からわかるのは、小柄な人物という事だけだ。男の可能性もある。先入観で決めつけるのはよくない。」
ミルナが少し安心したように頷く。
「もし今後も王族が狙われるようであれば、2つ目の理由が目的である可能性が高い。兎にも角にも今は様子見しかないね。」
「そうですね……気を付けます。」
「大丈夫だ。俺が守るから安心しろ。俺の女なんでしょ?」
ベルが少し不安そうにしていたので励ましておく。
「はい!」
嬉しそうに頷くベル。喜ぶベルとは対照的にソフィーが無言で「あとでまたお話です」と圧をかけてくる。うちのエルフ様は相変わらずだ。
それよりもアキは気になっている事をベルに尋ねる。
「ミレーの女王やベルの両親は聞いている限りだと凄く良い統治者に思える。何故この魔獣制度に納得しているんだ?それがわからない。」
サルマリアやリオレンド王国の王については何も知らない。だがミレーの女王は立派な統治者で、男女が平等に活躍できる社会を作ろうと尽力しているのがベルの話からわかる。エスペラルドについても同様だ。ベルを見ていれば良い統治者なのは一目瞭然だ。そもそもベルの両親は彼女に「好きな人を見つけて好きに生きなさい」と言っている。それはつまり「ベルが望む国を好きに作れ」と言っているのと同義だ。だからこそ、そんな統治者達が現在の魔獣制度に納得しているとは到底思えない。
「……それは多分、怖いんです。」
ベルが悲しそうな表情で呟く。
「変化が怖いんです。今は一応平和ですからね。いつ終わるかわからない平和ですが、平和なのは事実です。それを自分の手で壊す勇気がないんです。だからよくわからない物に頼ったままなのです。」
自然に破綻して平和が壊れるならしょうがないが、敢えて自分から壊す事は出来ないという事か。まあ、気持ちはわかる。多少の犠牲で平和が保たれているのだから無理に変えたくないのだろう。だがそんなわけのわからない、何が結末として待っているかもわからない制度に頼り続けるくらいなら、一度壊して、もっと良い物を創り上げる方が絶対いい。
「はい、アキさんの言う通りです。きっとお父様もお母様もそれはわかっています。でも怖いんです。」
「じゃあベルは強いね。自分から壊そうとしてるんだから。凄いな。」
「そ、そんなことは……。」
「凄いと思うよ?何かを創るには、一度全て壊してからでないと駄目だ。間違っている物に正しい物を積み上げても効果は薄い。一度全てを更地に還す勇気。ベルはその勇気を持っているって事だ。俺はかっこいいと思う。そんな王女がいる国に住めるのは誇りだよ。」
「ふふ、嬉しい。ありがとう。でも手伝ってくださいね?私1人じゃ無理です。絶対無理。アキさんがいれば出来ると思うから。」
ベルが嬉しそうに微笑んでアキにもたれかかる。
「俺に出来る事なら喜んで。アイリーンベル王女殿下。」
「『ベル』です。ばーか。」
ベルが小さく呟く。いい雰囲気で今日も終わりそうだ。
「じゃあ今からお話ですー!」
速攻でソフィーが雰囲気をぶち壊す。破壊神駄エルフの称号を与えてもいいかもしれない。
「ヤダ。話が終わってお風呂とか行く流れじゃない?それに『お話』はさっき2回もしたじゃん。」
アキの抵抗むなしく、いつの間にか背後に立っていたミルナに肩を押さえつけられる。ソファーから立たせないつもりだ。
「うふふ、アキさん。何を言っているんですの?『また』したくなったんです。文句ありますか?ないですわよね?」
ミルナがくすくすと真っ黒な笑みを浮かべる。どうやらミルナ達を差し置いてベルといい雰囲気を作ったのが駄目だったらしい。既に3時間はお話されたのにまだやる気だ。
「この変態!今日は嫌というほどお話してやるわ!」
「僕も!今日はいっぱいお話するからね!」
エレンとレオが仁王立ちしながらアキの前に立つ。アリア、セシル、エリスに助けを求めるが、「次は私達です」という目をして助けてくれなかった。どうやら彼女達も愚痴がたっぷり溜っているらしく、今回は加わる気満々だ。