13
「みんな緊張してないんだね?」
アキ達は本館の客間に移動して公爵の到着を待っている。ベルが提案したこの会談部屋は屋敷の最奥にあり、他の部屋からは隔離されている。公爵を始末するには最適な環境だ。
「だってアキさんがいますもの。計画された通りに動けばいいので何の心配もいりません。アイリーンベル王女殿下も同じお考えかと思いますわ。」
ミルナの言葉にベルが頷く。
「そうですね、先ほどから冗談や軽口を言えるのもアキさんを信用しているからなんです。わかっていますか、アキさん?」
「光栄です、アイリーンベル王女殿下。」
ベルに一礼する。
「ベーる!」
口を尖らせてベルが文句を言ってくる。アキに「ベル」以外で呼ばれるのが本当に嫌らしい。そしてアキ以外には絶対呼ばれたくないらしい。どうやらすっかり懐かれたようだ。
「よし、最終確認だ。公爵が到着したらミルナ達は退出。ミルナとソフィーは公爵の従者達を待機させる別室を見張れ。動きがあったら何とか止めろ。エレンとリオナはこの部屋の外で待機。何があっても扉を開けるな、開けさせるな。俺が中から開けない限り、外から開けることは禁止だ。」
「「「「はい。」」」」
ミルナ達が声を揃えて返事をする。ちなみにアリアとセシルは別館で待機だ。荷物の片づけや屋敷内の簡単な掃除をお願いした。さすがに戦闘能力のない彼女達の出番はない。それに2人を危険に晒したくない。最初は少しだけ不満そうにしていたが、アキがそう説明したら納得してくれた。
「俺とエリスはこの部屋に隠れる。エリス、俺が動くまでは動くな。ベル、適当な日常会話で繋げ。任せる。暴言や暴挙に出る前に片付けるから心配しなくていい。」
「わかったのだ!」
「はい、わかりました。」
最終確認は終わりだ。後は公爵が到着するまで待機だ。どれくらい時間が経ったかはわからない。暫くするとベルのメイドが公爵を別室に通した旨を伝えに来た。アキの予想通り、同行者は従者2人のみのようだ。
「では10分後に公爵をこの部屋に案内しなさい。」
ベルの命令を受け、メイドが退出する。10分後としたのはアキ達が準備する時間を考慮しての事だろう。そこまでの指示をしていなかったのにさすがはベルだ。
「ミルナ達は予定通り、行動開始。ベルは公爵を出迎えろ。俺とエリスは5分前になったらそこのカーテンの後ろに身を隠す。」
ミルナ達は指示通り配置についたようだ。ベルはソファーに座り、公爵を出迎える位置に着く。エリスとアキも、5分前になったので、カーテンの後ろに身を隠す。だがカーテンの後ろは当然狭い。エリスと出来るだけ密着して公爵にばれないようにしなければならない。つまり、アキは現在、エリスを抱きしめるような形で隠れている。
「エリスごめん。我慢してね。」
「ううん、平気。嫌じゃないよ。」
エリスの吐息が首元にかかってドキドキしてしまう。さらに彼女が身動ぎをするとエリスの金色の髪がアキの顔を擽ってくる。その度に野花のような優しい香り漂ってきて理性が飛びそうだ。
「エリスいい匂いだね。」
「そ、そう?アキがくれた香水つけてみた。」
そう言う事かと納得する。確かにアキがエリスに上げた香水は野花をイメージして作ったものだ。しかしいつの間にか彼女の口調がすっかり女の子だ。多分うちの子達と同じように男性への免疫がないからだろう。アキと密着する事で緊張しているのかもしれない。エリスは緊張したり取り乱したりすると、すぐに口調が素に戻ってしまう傾向がある。
「なんかこうしてると落ち着くな。」
彼女の温もりと甘い香りが気持ちを落ち着かせてくれるのかもしれない。
「ほんと?嬉しい。」
小声でそんな会話をしていたら、ベルの歩く音がする。公爵が来たのかと思い、アキとエリスは口を噤んで気配を殺す。
すると急にカーテンが捲られ、ベルがむすっとした顔で仁王立ちしていた。
「アキさんのばかっ!ひとでなし!」
理不尽な誹謗中傷をアキに浴びせると、ベルはカーテンを乱暴にアキ達に被せ、王女らしからぬ豪快な足音でソファーに戻って行った。一瞬の出来事に戸惑ったエリスとアキだが、顔を見合わせて苦笑する。
「しょうがない王女様だ。」
「でもアキは気に入っているんだね?」
「そうだな。」
コンコン。
扉がノックされる。アキとエリスは即座に気配を殺す。どうやらメイドが予定通り公爵を部屋の中に案内したようだ。会話はまだ聞こえない。公爵が驚いているのか、ベルが何かの読み合いを仕掛けているのかはわからない。どっちにしろ公爵はまず王女に挨拶すべきだ。だがそれが行われないという事はベルが生きている事に戸惑っているのだろう。
公爵に使いを出す際、ベルとしてではなく、エスペラルド王家として使いを出すように指示した。おそらく公爵は「ベルが死んだから代わりに国務に出るように」と言われると思って意気揚々と来たのだろう。大体よく考えればこんな短期間でベルの死亡がエスペラルドに伝わって、王からの伝言が届くわけがない。何かしらの罠だという事は直ぐにわかる。それなのにのこのことやって来たのだからお笑いだ。
「こ、これはアイリーンベル王女殿下。相変わらずお美しい。無事にミレーに到着されたようで何よりです。旅路はいかがでしたか?」
「ブレスレルド公爵、ごきげんよう。とりあえずお掛けになってはいかがですか?」
ベルが予定通り、公爵をソファーに座らせる。後はタイミングを見計らってアキが始末すればいい。だが情報収集もしなければならないので、もう少し様子を伺う。
「私に内密のお話があるとの事でしたが。」
「はい。その前に質問に答えていませんでしたね。旅路ですが一度襲われました。」
「な、なるほど、ご無事でなによりです。優秀な護衛をお連れだったのですな。」
「ええ、私の友人でもあるSランクの方に専属の護衛を依頼しました。犠牲者もなく、すぐに賊を鎮圧する事が出来ましたよ。」
「そ、それはそれは。どなたですか?」
公爵の声色からして驚いているのがわかる。だがそんなに感情を出しては駄目だろう。自分が犯人だと言っているようなものだ。まあ、稚拙な計画を実行するこの公爵レベルならそんなものかもしれない。
とりあえず驚き具合から推測するに、ベルがアキ達に護衛依頼をした事を知らなかったのは間違いない。公爵がイリアや立ち入り禁止エリアに関する情報を持っていればと淡い期待を寄せていたが、これでその可能性は低くなった。ベルを暗殺して王になるという完全に私利私欲な動機で動いているのはほぼ間違いない。
「俺のことだな。」
アキが静かに告げる。
「だ、誰だ!」
公爵が大声で叫ぶ。
「Sランクのアキ。こっちがエリスだね。闘技大会見てなかった?」
エリスを後ろに付き従えるようにしてカーテンから姿を見せる。アキは自己紹介をしつつ、公爵に悟られないよう彼に近づく。エリスにはベルの側にいるよう指示を出しておいたので、さり気なく彼女の近くまで移動している。
「こ、ここに何故いるのだ。」
「私はアイリーンベル王女殿下の護衛ですので。」
公爵に十分な距離まで近づいたアキは脇差を抜いて彼の太ももに突き刺す。
「ぐあああっ……・。」
賊と同じように醜い悲鳴を上げようとしたので、彼らにした時と全く同じように首を掴んで口内に火球を放り込む。
「うるさい、声をだすな。」
アキは脇差を抜いて再度突き刺す。悲鳴を上げようとするが喉が潰されているのでわずかな嗚咽しか出ないようだ。野盗の時と同じ方法で芸がないのはわかっている。だが効果的な方法をいちいち変える必要はない。
「俺は治癒魔法を使えるから返答次第では治してやる。わかったら頷け。5秒以内に返事しないなら殺す。それ以外の行動をしても殺す。好きにしろ。」
アキがゆっくり数える。すると公爵は5秒数えるまでもなく必死に頷きを返してくる。エリスとベルは表情一つ変えず冷淡無情にその光景を見つめている。相変わらず精神力の強い2人だ。
「よし、治す前に説明してやる。騒がれても面倒だ。何故こんな事をされているのかわからないだろ?いや、わかってるのかもしれないな。」
アキはタブレットを取り出す。こういう時の為に賊が自白した時の映像を録画しておいた。地球の機械を見せるのはどうかと思ったが、どうせ公爵は殺す。アキの素性がバレたところで問題はない。公爵は怪訝な表情を浮かべるが、動画の内容を見ると直ぐに顔面蒼白になる。
「お前が賊を嗾けた事はもうわかっているし言い逃れは出来ない。ここに証拠があるからな。だから無駄な言い訳はするな。今から喉を治す。俺の質問にだけ的確に答えろ。そうすれば足も治してやる。俺が望む答え以外が返ってきたら殺す、嘘を吐いても殺す、動いても殺す。わかったな?」
公爵が諦めたように頷く。アキは公爵の喉を声が出る程度に治してやる。
「ベル、質問はあるか?」
公爵はアキが王女を「ベル」と呼んだ事に驚きを隠せないようだ。
「ええ、私を狙った理由を述べなさい。」
ベルが質問をする。
「自分のものにならないのなら消せばいいと思ったから。」
丁寧にしゃべる余裕はないのか、痛みで上手く話せないのか、公爵はたどたどしい簡潔な口調で答える。
続いてアキが尋ねる。公爵の目と表情を観察しながらゆっくりと尋ねる。
「オリハルコン、魔獣、立ち入り禁止エリア、何か知っている事は?」
「な、何の話だ。」
何も知らない目だ。顔の動きからも嘘を言っていないのはわかる。
「聞いただけだ。じゃあ次が最後の質問だ。誰が王女を殺せと指示した?」
「ア……」
ベルが驚いてアキの名前を叫ぼうとしたが、すぐに声を抑える。さすがベル、なんとか自制出来たようだ。ベルですら反応したのだから、公爵がこの質問に対して無表情でいられるわけがない。わずかに顔の筋肉が反応した。当然アキはそれを見逃さない。
「答えろ。」
この公爵程度の頭脳なら、エスペラルドでベルを暗殺しようとしたはずだ。わざわざミレーで殺し、国務を代行して、エスペラルド王国に取り入るまで思いつかないはずだ。襲撃自体は稚拙だったが、全体的な流れは筋が通っている。だから立案者が別にいると思いカマを掛けてみた。案の定誰かの差し金だったようだ。
「わ、わからない。外套をかぶった男。女かもしれない。」
「なぜそんな不審者の言葉に従った。」
「説得力があった。殺した後にレスミアで国務を代行すれば王家に恩を売れると言われた。」
大体予想通りだ。わざわざこんな話を持ち掛けるという事は、説得出来る自信があったという事になる。そして説得力があるという事は、頭も切れるという事だ。まあ、公爵は野心に溢れて王になりたいと望むような男だ。言葉で操り、ベルの暗殺を仕向けるなんて容易いだろう。
さらに注目すべき点は、公爵と秘密裏に接触したという事だ。つまりそういう事が出来るレベルの人物。相当な隠密性と実力があると予想できる。
「そうか。質問は終わりだ。じゃあ死ね。」
「まっ……約束がちが……」
公爵が何か言いかけるが、アキはそれを手で制す。
「言い忘れてた。お前が死ぬのは王女を暗殺しようとしたからじゃない。俺の女を殺そうとしたからだ。じゃあ死ね。」
公爵の胸に月時雨を突き刺して殺す。野盗の時のように全て燃やそうとも思ったが、死体がないとミレーへの説明が面倒になる可能性があるので止めておいた。個人的な感情では骨も残さず灰にしてしまいたいが仕方ない。
「とりあえず俺の屋敷で話そうか。その前に俺はシャワー浴びてくる。ベル、後の事まかせていい?」
「はい、お任せください。ゆっくりしてきてくださいね。」
ベルが優雅なカーテシーでアキを見送ってくれる。