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「あ、あのー……。」
ミルナが遠慮がちに手を挙げる。
「どうしたの、ミルナ。」
「王女様と2人でいい雰囲気作らないでくださいませ!アキさんのばかっ!」
いきなり罵倒された。
「急に暴言を吐くとは酷い暗黒物質だ。」
「極刑にしましょう。」
「イヤです!今回は私は悪くないですわ!王女様との会話に私達が入れないのをいい事に長々と2人でいい雰囲気で話して!私達の存在忘れないでくださいませ!」
ミルナが必死に全部アキが悪いのだと説明してくる。
「別に忘れてないよ?ベルの事は気にしないでいい。俺がなんとかする。だから遠慮せずに会話に入ればいいよ。」
「話している内容がわからないのですわ!言わせないでください!」
ミルナの言葉にソフィー達が同意するように頷く。
「アリア、セシル、わからなかった?」
アキの頼りになるメイドと秘書に聞いてみる。ちなみにエリスは間違いなくわかってないので聞くまでもない。ずっと空を見て「小鳥が飛んでいるのだ」と現実逃避していたのは知っている。
「いえ、わかりました。私が会話に入らなかったのは大事なお話をしているからです。」
「私もです。いつも通り会話をメモしてたのでお話に入るつもりはなかったです。」
さすがアリアとセシル、相変わらずの有能ぶりだ。
「その2人がおかしいんですー!アキさんの浮気者ー!」
今度はソフィーが頬を膨らませて文句を言ってくる。エレンとレオも口には出さないが不機嫌そうな表情を浮かべている。
「やれやれ、うちの子達はしょうがないな……。」
アキがミルナ達を構ってやろうとしたら、ベルが「待ってください」とアキを制してきた。
「いい機会なのでこの際はっきりとこの子達に言いたいんです。」
ベルはミルナ、ソフィー、エレン、レオの4人を睨む。王女の鋭い視線を受け、萎縮するミルナ達。
「私、ちょっと不愉快なんです。」
ベルがさらに威圧感を出してうちの子達を睨みつける。
「自分達がどれだけ優遇されているか知らないでアキさんに文句ばかり言って。気づいてないのですか?貴女方だけがアキさんに特別扱いされているという事を。」
何を言ってるのかわからないという表情を浮かべるミルナ達。彼女達のその様子を見てベルがさらに不快感を強める。
「前言撤回します。ちょっとじゃないです。本当に不愉快な人達です。知っていますか?アキさんが『うちの子達』と表現する際、それは貴女方の事しか指してない事を。知っていますか?アキさんが貴女方を見る時の目が本当に大切な人を見るような目をしている事を。そこにアリアさん、セシルさん、エリスさん、私も含まれてはいないんです。アキさんは私達にも当然優しいです。でも貴女方はさらに特別扱いされているんです。」
ベルが本気で怒っている。ここまで苛ついた彼女を見るのは初めてだ。
「多分アリアさん、セシルさん、エリスさんも同じ感情をお持ちかと思います。」
ベルが付け加える。
アキはアリア達の方をチラッと見る。ベルの言葉を肯定するかのように彼女達は冷酷無情な顔をしている。ベルとの会話に文句を言ったり、不機嫌になっていたのは確かにミルナ達だけだ。アリア、セシル、エリスは一切文句を言っていない。不満そうな顔すらしていなかった。
「何か言う事はないんですか。言い返さないのですか。」
ベルが冷淡な表情で彼女達を睨むが、ミルナ達は俯いたままで何も言わない。するとミルナ達ではなくアリアが口を開く。
「では、僭越ながら私から。私はアキさんのお側にお仕え出来るだけで幸せです。だからアキさんがどんな女性とどんな関係になろうが構いません。偶にはその……拗ねたりいじけたりもしますけど。」
アリアがそっぽを向いて恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「私もアリアさんと一緒ですね。本当にただの兎耳要因だとしても嬉しいです。」
「そうだな、私はアキの騎士として彼を守るだけだ。それ以外に文句などあるはずがない。」
セシルとエリスもアリアに同意する。確かにアリア達は本気でアキに文句を言ったり怒ったりした事はない。ミルナ達のようにボイコットもしないし、我儘も言わない。偶にちょっと拗ねたりいじけたりするだけだ。
「拗ねたりするくらいだったらいいんです。でも我儘を言ったり文句を言ったりしてアキさんを困らせたら許しませんから。王女の権力でもなんでも使って貴女方を潰します。それだけは覚えておきなさい。」
ミルナ達は完全に意気消沈している。彼女達の悲しそうな顔を見ているのがアキには辛い。そういう意味では確かに特別扱いなのかもしれない。
「ベル。やめなさい。」
とりあえずアキはベルを諫める。
「でも!アキさん!」
「いいから。気持ちは嬉しい。セシル、アリア、エリスもありがとな。」
アキはベルやアリア達に礼を言い、大事な「うちの子達」に声を掛ける。
「ミルナ、ソフィー、エレン、リオナはこれでいいんだ。俺はこれがいいんだ。この世界にきてずっと俺の側にいてくれた。そりゃ特別だよ。それはこれからも変わらない。だから気にしなくていい、今のミルナ達のままでいてくれ。」
彼女達にアキの気持ちが伝わるよう優しくゆっくりと語りかける。次の瞬間、銀髪ツインテールの少女が胸に飛び込んできた。
「どうした、エレン。」
アキは彼女をそっと撫でてやる。
「うぅ……ぐすっ。ごめんね、ごめんね。」
アキの胸に顔を埋めて呟くエレン。
「泣くことないだろ。」
「だって、だってー。」
まさかエレンが泣くとは思わなかった。ベルの言葉が相当効いたのだろう。ミルナ、ソフィー、レオもごめんなさいと涙声で謝ってくる。
「別に怒ってないから。だから今のままでいてね?」
アキの言葉に嬉しそうに頷くうちの子達。
「はい。アキさん。」
「私達は特別です。」
「嬉しい、僕はこのままでいいんだね。」
ミルナが穏やかに微笑み、ソフィーが嬉しそうに声をあげる。レオも可愛いらしい笑顔を浮かべている。ただ今度はそれを見ていたベルやアリア達が不貞腐れている。あっちを立てればこっちが立たずとはまさにこのことだ。
「いいでしょう。その喧嘩買います。貴女方の『特別』すぐに奪ってやります。そしてプチっと踏み潰してあげるので覚悟なさい。」
ベルがミルナ達に宣戦布告する。虫を見るような目付きなのが怖い。
「全面的に協力致します。アイリーンベル王女殿下。」
迷う事なく光の速度で同意するアリア。
「私もします。」
「そうだな、私もするのだ。」
セシルとエリスも頷く。
「その喧嘩受けて立ちますわ。」
ミルナがいつでかかってこいと言わんばかりにベル達を睨みつける。ソフィー達も殺る気満々の顔だ。
「やめろ。身内で喧嘩するな。」
このまま放っておくとミルナ達とベル達が本気の殴り合いを始めそうな勢いなので、何とかして場を納めたいところだ。ミレーに着く前にそんなごたごたは勘弁してほしい。
「アキさんは黙っていてください!」
「そうですわ!これは私達の問題なのです!」
ベルとミルナに怒られた。仲裁しようとしただけなのに理不尽だ。
「えー……仲良くしようよー。」
「「誰のせいだと思ってるんですか!」」
ミルナとベルが同時に叫ぶ。息はぴったりだ。仲がいいのか悪いのか。アキはやれやれと溜息を吐く。どうせ今はこの子達に何を言っても無駄だろうから好きにさせよう。いざという時は協力し合ってくれるだろう。
「はいはい、もうそれでいいから話の続きしようね。」
アキは適当に彼女達を諫めつつ、セシルの兎耳を撫でる。
「ひゃっ……な、なんで今、耳を触るの……!」
「癒しが足りないんだ。わかれ。」
「もぉ……いいけどね。」
セシルが耳を愛でられながら嬉しそうにはにかむ。
「王女様、兎耳を捥げる法を作ってください。」
「ええ、作りましょう。すぐ作りましょう。兎狩りです。」
ミルナとベルが恐ろしい計画を立て始めたので引っ叩く。セシルが怯えているから止めなさい。そしてそんなの作ったら本気で許さん。アキの癒しが無くなってしまう。