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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第九章 ミレー王国・王都レスミア
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5

「ミレーがエスペラルドより西にある事は既にご存知ですよね?歴史についてもこの前の例の文献である程度は知っていると思うので、現在のミレーの様子をご説明します。」


 ベルの言う通り、ある程度の事は閲覧禁止文献から知っている。歴史はエスペラルドとさほど違わない。290年前の「あの出来事」以来、どの国家も同じ道を歩んでいるからだ。エスペラルドと唯一違う点は、ミレーはエスペラルドや他2国と同じ王国だが、支配しているのが王ではなく女王だという事。そして特色としては、各国の王が一夫多妻制で多くの側室を持つのと同じように、女王は一妻多夫で多くの夫を持っている事だ。当然正妻ならぬ正夫がおり、他は側室という感じになっている。地球にも一妻多夫制を採用している民族はあるのでそれほど驚く事ではない。


「ああ、それで構わない。説明を頼む。」

「はい。特色としては、ご存知の通り女王がおり、一妻多夫であるという事。ただし市民は一夫多妻が多いです。」


 アキはてっきり女王が一妻多夫なら民衆もそれに倣うのかと思ったら逆らしい。ベル曰く、一妻多夫が流行らないのは子孫を残す効率が一夫多妻より悪いからだと言う。確かに一夫多妻であれば同時に何人もの子を授かれるが、一妻多夫だと1度に1人までしか授かれない。まあ、当然の話だ。おそらくだが、人間は本能的に優秀な子孫を残そうという力が働いているので、女王が一妻多夫だったとしても、民衆はそれに倣う事はしていないのだろう。


 ただ一妻多夫にも勿論メリットはある。子供を授かりにくい女性の場合、一妻多夫の方が授かる可能性はあがる。特に女王のように必ず子孫、しかも次代の女王を残さなければいけない場合、一妻多夫が断然いいだろう。優秀な男性を何人も側室に持ち、女の子を授かるのを待てば、優秀な血筋を代々受け継いで行ける。


「勿論一夫一妻もあります。経済的に1人しか養えない場合、多くの夫や妻を持つことは難しいですから。アキさんはどうなるんでしょうね?」

「はいはい、どうなんでしょうね。ベル続き続き。」


 ベルの問いかけをはぐらかしたのが気に入らないのか、ミルナ達が拗ねている。答えるわけがない。どう答えても「お話コース」になるだけだと心の中で溜息を吐く。


「うふふ、ちょっと意地悪をしてしまいました。では続きです。為政についてもエスペラルドと大差ありません。システムも法律も大体同じです。」


 女王の名はイアイリス・ミレー。現在は3世らしい。ミレーは290年前まではミレマリアの一部だったのでエスペラルドより王家の歴史が浅くて当然だ。為政はエスペラルドとほぼ一緒らしいが詳細までは知らない。ベルから教わればいいだけが、別に今後為政に関わってく予定はないので必要ないだろう。今重要なのは魔獣制度とそれに関連する法についてだけだ。他の法律などはどうでもいい。王国とだけわかっていれば十分だし、もし必要になったらその時にベルに教えて貰えばいい。


 ちなみにミレーだけでなく、他の2国も基本的にはエスペラルドと同じらしい。どれだけこの世界が魔獣制度に頼っているかがわかる。土地や人柄の特色はあるだろうが、各国の為政や国政に大きな違いはないのだろう。つまり単純に統治者が違うというだけで、国そのものは互いのコピーみたいなものだと言える。


「ただミレーの大きな特徴として、女王が統治しているからか、女性が活躍する場が多い国になっています。魔法職育成に力を入れているのもその一環でしょうね。」


 だからと言って男性が虐げられるわけでもない。ちょうどいいバランスを保っているのだとベルは言う。きっと女王が優秀な統治者なのだろう。


 「魔法に力を入れてるという事はもしかして……?」

 「はい、アキさんの想像通りです。」


 ベルが小さく頷く。魔法に力を入れているという事は、ミレーが魔法組合の中枢であるという事だ。組合の本部も王都レスミアにあるのだとベルが教えてくれる。


 そう考えるとミレー王国に行くのは好都合だったのかもしれない。魔法組合は調べたいと思っていたので、ミレーが中枢なのは丁度いい。ただ何故依頼を「本部への招集」ではなく「魔法学校の講師」にしたのかは謎だ。まあ、今考えても答えは出ないし、行ってみればわかるだろう。


「魔法学校はミレー各地にあり、本校がレスミアにあります。アキさんが講師をするのもそこですね。ちなみに9割のレスミアの女性は魔法学校に行きます。義務ではありませんが、女王が推奨しておりますので。それに女性であれば入学金も授業料もかかりません。男性の場合はかなりの金額がかかりますが。」


 魔法学校は3年制で入学が許されるのは14~17歳の少年少女のみ。つまり17歳で入学した生徒で3年目の20歳が最年長だ。若すぎると魔法の扱いを間違える可能性もあるから、14歳の下限が設定されてるそうだ。さらに各家庭の事情もあるので、14~17歳と幅を設けている。そして入学上限を17歳にしているのは、どんなに遅くても20歳までに卒業させる為だ。つまり魔法の才能がなくても別の道に進めるように考慮しているのだろう。


「魔法職育成に力をいれつつも、個人の人生をダメにしないように考慮されている。さらには各家庭の事情も鑑みているんだな。確かに効率のいいシステムだね。」

「はい。そして魔法の才能がある女性は、冒険者になるもよし、国に仕えるもよし、魔法組合に入るもよし、と多くの選択肢が用意されています。どれも高給が約束されています。まあ……実力・成果至上主義の冒険者以外は……ですね。」


 おそらく冒険者になるのはごく一握りのみ、むしろ魔法職が不遇とされている現状、ほとんどいないだろう。大体は高給である職を選ぶはずだ。


「もちろん魔法適正がなかった子達も絶望というわけではありません。服飾などの仕事も充実しているので、いくらでも仕事は用意されています。」


 高給をもらえる可能性が高いのが、魔法適正のある子達というだけで、無くても努力次第では十分それに匹敵する職にはつけるという事らしい。魔法学校に「とりあえず」入学し、魔法適正を確認してから別の道を選んでも問題ないというわけだ。確かにそれなら女性はこぞって魔法学校に通うだろう。


「でもそれだと少し女性優遇に偏っている気がするけど?男は金がかかるんだろ?」

「はい。ですので騎士学校があります。こちらは男性が授業料免除、女性が入るには結構なお金がかかります。騎士の才能があるものには同じように国の兵士、貴族の私兵、冒険者、と似たような高給職への道が用意されています。」


 それなら納得だ。男性はそもそも魔法職をあまり選ばない。女性より筋力がある分、冒険者になるなら近接職を選ぶとミルナ達も言っていた。不遇と呼ばれる魔法職を選ぶ理由がないからだ。そして国の兵士や貴族の私兵も女性魔法使いより男性騎士の方が好まれるのだろう。


 ベルの話を聞く限り、ミレー王国は男女のバランスを上手く保っているように思える。だが一つ問題点を挙げるとするならば、冒険者だ。


「それで俺を講師として呼んだ可能性はあるな。騎士学校を卒業し、冒険者でSランクになれる可能性はあるけど、魔法学校からのSランク冒険者はいないんじゃないか?」


 魔法が不遇職である限り、魔法学校から冒険者という道は無いに等しい。それでも冒険者を選ぶのは、エリスのような戦闘狂(バトルジャンキー)か冒険や自由が純粋に好きな子だけだろう。


「確かに。それはあるかもしれません。男女平等にするのであれば、魔法学校から冒険者になる道を開拓したいのかも。間違いなくアキさんはその先駆者ですからね?」


 ベルがくすくすと笑う。


「ベルに褒められるのは嬉しいな。それより気になる事がある。」


 ここで疑問が1つ浮かぶ。魔法学校を運営しているのは魔法組合。だが学校への入学を推奨しているのはミレー王国だ。そこの関係性はどうなっているのだろうか。国と組合の繋がりがどの程度あるのか知る必要がある。


「魔法組合の運営する魔法学校を女王が推奨しているという事は王家と組合は仲いいのか?」

「うーん、そうですね。良い方です。ただ騎士学校を運営する騎士組合とも同等に良いです。ですので魔法組合と特段仲良くしているとかではありません。」

「じゃあ魔獣政策関連の情報がレスミア王家から組合へ流れてる可能性は?」

「その情報を知っているのが女王だけと仮定した場合、ありえません。あの方は優秀な統治者です。国家機密を漏らすような人物ではありません。あくまで私の観察眼での話ですが……。」

「なら可能性は0だな。ベルの目は信じてるからね。」

「あ、ありがとうございます。」


 アキがはっきりと断言したのが嬉しかったのか、ベルが少し照れている。


「女王以外の王家の人間がこの事を知っていた場合、漏らす可能性はあるという事か。」

「そうですね。ただこの事実を女王以外が知っているとしても、あの女王の性格からして、正夫だけでしょう。なのでその夫が漏らさない限り情報は漏れていないはずです。ちなみにエスペラルドで知っているのは王、王妃、そして王女である私のみです。そこまでが正式な王家とされています。つまり王家でない側室では閲覧禁止図書も見る事は出来ません。」


 てっきり側室なども王家かと思っていたが、そうではないらしい。正式な王家は王、王妃とその子供たちといった少数のみだ。


 しかしそうなるとSランクはどれだけ特殊なんだと呆れる。正式な王家しか見られない閲覧禁止文書をSランクは自由に見られるのだから。もしかしたらアキやベルの考えている以上の秘密がSランクにはまだ隠されているのかもしれない。


「確かにアキさんの言う通りです……。Sランクの特権はおかしい。今アキさんに言われるまであまり意識したことがなかったです。」


 ベルはまだまだ思慮が浅いですと肩を落とす。


「偶々気づいただけだ。そんなに気にするな。とりあえず俺はミレーで講師をしつつ、組合がどの程度の情報を持っているのか、何故俺に依頼したのかを探る。それでいいかな?」

「はい……。気を付けてくださいね?私も出来る限りのフォローはします。」


 まだベルの髪を乾かしながら会話しているので表情は見えないが、声色で心配してくれているのがわかる。


 しかし一連の会話でもう1つ確認しておくべき事が増えた。


「ベル頼みがある。」

「はい、なんなりと。」

「闘技大会はいつ?」

「到着後の翌々日です。」

「ベルは王族席だよね?」

「はい、王族専用の席になります。」

「なら闘技大会をベルの側で観戦させてくれ。女王や正夫、各国の王族、そしてこの国のSランクを観察したい。特にSランクだな。」

「なるほど……。わかりました。なんとかします。」


 全てを説明するまでもなく、アキの目的を察して頷いてくれる。さすがベルだ。髪もちょうど乾かし終わったので、感謝の意味を込めて優しく撫でてやる。すると彼女は振り返り、嬉しそうに微笑んでくれた。

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