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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第九章 ミレー王国・王都レスミア
135/1143

3

 ミレーまでの旅路は順調に進んでいる。現在は3日目の昼過ぎ。ちょうど半分くらい来たと思われる。魔獣の襲撃は時折あったが、ミルナ達が処理してくれたので特に問題はない。アキは魔獣討伐では相変わらず役に立たないからベルの側で待機して彼女を守るという役割だ。アキの分はエリスが戦闘を頑張ってくれたのでよしとしよう。


 ただ魔獣のからくりを知ったからか、エリスやミルナ達は少し複雑そうな表情だった。アキは気にするなと言ったが、吹っ切れるまでにはもう少し時間を要しそうだ。


 夜営は基本的に護衛が見張りをするからアキ達は休んでもいいとベルに言われたが、承諾しなかった。アキ達メルシアとエリスの6人で2人1組3交代の見張り役を買って出た。その方が有事の際、アキ達が即座に対処出来る。それにアキとしてはうちの子達やエリスを起こすのは自分でしかたったという下らない理由もある。


「うふふ、アキさんは私達の寝顔を見せたくないのですわね?」


 ミルナが黒い笑顔でからかってくる。


「そうだよ?悪い?」


 アキは真顔で返答する。嫌な物は嫌だ。それに理屈などない。


「そ、そんなことはないですわ……。ありがとうございます……。」


 アキの本気の答えに、からかうつもりだったミルナが少し戸惑う。そしてどことなく頬を染めている。


「当たり前だろう?ほら、こんな可愛いエリスの寝顔、他人に見せられるか。」


 タブレットに入っているエリスの寝顔写真を皆に見せる。エリスが絶句している。


「な、な、なぜまだあるのだ!アキ!消してって言ったよね!」


 エリスが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「可愛いからもったいなくて。」

「アキのばかー!」

「お願いエリス。俺だけしか見ないから。ダメか?」

「うー……わかった、アキだし特別。」

 

 エリスが俯きながら渋々承諾してくれる。最初からちゃんとお願いしておけばよかったのかもしれない。だがこのやり取りも楽しいし、これはこれでありだ。

 

 だがそんなエリスとアキのやり取りを見て、絶対アキの前では無防備な寝顔を見せないようにしよう、と誓った女性陣だった。もし写真を撮られたりなんかしたら、エリスと同じ目に遭うのは想像に容易い。


 ちなみにアキ達の寝床はテントだ。さすがに今回はこの世界産のテントだ。ベルの側近や護衛達もいるので地球産のテントは使用を控える必要がある。ミルナ達は残念そうだったが仕方ない。アキは当然自分専用のテントを用意した。用意しないと間違いなく彼女達と一緒に寝る羽目になる気がしたからだ。ちなみにベルは馬車の中の座席が簡易的なベッドになる作りになっており、そこで寝るらしい。さすが王家の馬車、ベッドまで完備しているとは驚きだ。


「ベルの寝顔も見たい。」

「やめてください。ふふ、本当に極刑にしますよ?そう言えば先ほどのエリスさんの寝顔?あれはなんですか?」


 ベルにはタブレットや写真の説明はしてなかった事を思い出す。どうせ時間もある事だしと、彼女に一通りの機能を説明してやる。

 

「説明したお礼にベルの寝顔を撮らせてくれたりは……?」

「しません。ダメっ!」


 駄目らしい。


 その後もベルやミルナ達と適当な雑談をして時間を潰す。まだまだミレー到着までは時間が掛かる。






「そう言えばさ。」


 アキは気になっていたことを思い出したので、女性陣に尋ねる。


「こういう旅の時、みんな風呂とか暫く入れないけど大丈夫なの?」


 地球の人間なら1日でもシャワーを浴びられないと男でも気持ち悪いと思ったりもする。女性なら尚更だ。彼女達は大丈夫なのだろうか。


「うーん、やっぱり気になるわよ?でも慣れちゃったわね。」

「僕も毎日入りたいけど、しょうがないからね。」


 エレンとレオが答えてくれる。やはり気になるらしい。


「やっぱそうだよな。まあ、ミルナとソフィーは入らなくても平気だろうけど。」

「そ、そんなことないですわ!」

「なんでですかー!」


 アキの発言が気に入らなかったらしく、2人に文句を言われる。


「え、だって2人共部屋汚いし。」

「「アキさんばかー!」」


 それとこれは違うんだと必死に説明してくるミルナ。部屋は汚いけど綺麗好きなんですと力説するソフィー。残念ながら説得力が全くない。とりあえず2人のことは放置して、アキの隣に座っている王女様にも聞いてみる。


 ベルはアキの隣に座っているのをいいことに、移動中ずっとアキにくっついている。最初は気に入らない顔をしていたミルナ達だったが、ベルには文句を言えないので、もうすっかり諦めたようだ。


「ベルは?」

「さすがにちょっと気持ち悪いですよ?でも確かに慣れました。」

「やっぱそうだよな、でも不思議。」

「何がですか?」

「ベルもミルナ達も数日風呂入ってないのにいつもいい匂いだよね。今もベルからいい匂いするし。だから不思議だなって。」


 アキの何気ない発言に馬車内の空気が凍った気がした。さっきまでベルの柔肌の感触が左腕にあったのにいつの間にか無くなっている。彼女を見ると、離れて距離を取られていた。アキの近くにいたはずのアリアとセシルもさっきより少しだけ離れている気がする。ミルナ達やエリスはそれほどアキの近くにいなかったにも関わらず、さらに距離を取られた。


「え、なに?俺臭い?ごめんね……?」


 アキは自分が風呂に入ってないから臭いのかと思い、体の匂いを確認する。


「違います!アキさんのばかー!」


 ベルが大声で叫ぶ。いつもお淑やかで気品ある彼女がここまで大声で叫ぶとは思わなかった。以前素のベルを1回見たが、あれ以来の取り乱しぶりだ。


「え、なに?」


 しかし何故ベルがそんなに取り乱してるのかよくわからない。


「「「「ばか!」」」」


 今度はミルナ達だ。何故ここまで一辺倒に罵倒されなければいけないのか。納得いかない。


「さっきのはちょっと良くないです。」

「アキさん、少々デリカシーがないのではないでしょうか。」

「アキのばかー……なのだ……。」


 セシルとアリアにまで注意されてしまった。しかもエリスに関しては完全に涙目だ。とりあえずはさっき自分が口にした事を振り返る。「女の子は風呂に入らなくてもいい匂いなのが不思議」と疑問を呈したが、まさかそれだろうか。確かにしばらく入ってなくて悪臭がするならこの反応もわかるが、それならそもそも口になど出してない。良い匂いするからこそ、不思議に思って聞いただけだ。


「いい香りなのが単純に不思議だったんだ。気に障ったのならごめん。」


 ここにいる女性陣を敵に回していい事はない。考えるだけでも恐ろしい。アキは素直に謝っておく。


「怒っているわけじゃないんですわ……。」


 ミルナが恥ずかしそうに俯きながら説明してくれる。


「お風呂に入ってないから臭うかもしれないって思ったら女性として恥ずかしくなってしまったんですわ……。それに……言われるまで考えなかった自分がさらに情けないというか……。」


 そういう事かと理解する。いくらアキがミルナ達に「いい匂いするから大丈夫だよ」と言っても、風呂に入れてない自分の匂いを考えると気後れするという事なのだろう。


「ベルごめん。真横にいるのに無神経だったな。みんなもごめんね。」


 アキが再度謝罪すると、皆の険しい表情が少し和やかになる。どうやら機嫌を直してくれたようだ。


「もう……。アキさんに臭いとか思われたら嫌だからみんな離れているのに。なんでわからないのよ……。」


 ベルが小さく呟く。


「え、思わないよ。だってベルいい香りだもん。」

「独り言聞かないでください!ばかー!」


 アキに聞こえないように呟いたつもりだったらしい。普通に聞こえたからつい反応してしまった。ここは聞こえない振りをするのが正解だった。選択肢を間違えたようだ。


 しかし風呂に入らなくてもいい香りするんだったらそれでいいのでは、と思ってしまうアキはやはり男性特有の思考なのだろうか。地球で海外の大学にいた時は、レディーファースト文化にも触れたし、女性研究者との交流も多少なりとはいえどあった。だから女性の気持ちがわからないわけではない……と思う。女性の立て方も身についていると自分では自負している。


 ただ女性と付き合った事は未だないので、「恋」というものには少々疎いかもしれない。実体験がないからしょうがないと言えばしょうがない。恋愛小説や映画の知識でなんとなく知っている程度だ。だから細かい恋愛のディテールについてはわからない。


 だがいつかは覚えなければいけない。多分それが今だろう。自分を慕ってくれる子達がいるのだから、勉強する時だ。そう思いアキは彼女達に正直にお願いする事にした。


「女性との接し方なら少しはわかってるけど、実際に誰かと付き合ったことはないから細かい事まではわからないんだよね。もし今みたいに無神経な事を今後言ったら怒ってくれ。そして何が駄目だったか教えて欲しい。」

「ずるいですわ……そんなはっきりと言われたらこれ以上怒れませんわ。それに断れません。教えるしかないじゃないですの。」


 ミルナが同意しつつも口を尖らせて拗ねる。


「ふふ、わかりました。ではその時は遠慮なくいいますね?」


 ベルも快諾してくれた。他の子達もしょうがないなという顔をしている。


「でも正直なのはアキのいいとこだよね。」


 レオが苦笑しながら褒めてくれる。だが別に凄い事ではない。悪いと思った時は正直に謝る。何が悪いのかわからない時はちゃんと聞く。「わからないから教えてくれ」と真剣に言われたら、大抵の人は教えてくれる。頼めばタダで教えて貰えるのだから、恥ずかしがっていたら損をするというのがアキの考えだ。


「そうやって考えられるのが普通じゃないって事に気づいてくださいね。」


 アリアが呆れ顔だ。


「そうなのだ。アキは馬鹿だな。」

 

 エリスにだけは言われたくない言葉だった。なんか悔しい。


「アキさん、せっかくなので1つ聞いてもいいですか?」


 セシルが兎耳をぴくぴく動かしながら尋ねてくる。


「何?セシルの兎耳が好きな理由?3日くらい語ろうか?」

「ちがうからっ!嬉しいけどちがうから!」


 兎耳が動かないようにとしっかりと握りしめるセシル。どうやらアキの視線が彼女の耳にいっていたのに気づいたらしい。


「冗談だ。なに?」

「もお……。えっとアキさんもお風呂入ってないのに何でいい匂いなんですか?むしろ私達なんかよりずっといい匂いがします。それの方が不思議です。」


 兎耳から手を放し、首を傾げるセシル。兎耳がまたぴくぴく動いている。


「え?だって毎晩水浴びしているからね。頭も髪もちゃんと洗ってるぞ。やっぱり水浴びくらいはしないと気持ち悪いからな。」


 ちなみにこの世界にも石鹸などは普通にあり、地球の物とほぼ変わらない。ただシャンプーやトリートメントはなかった。勿論速攻で爺さんに作らせた。製法は当然タブレットにいれてある。


 ラノベや小説では異世界で地球の物が無くて困ったという描写は多々あった。だからアキは異世界にないであろう物を片っ端からリストアップし、それに関連する電子書籍をタブレットに入れた。それ以外にも考えうる地球の技術、医療、製品等の本は思いつく限り全部入れた。


 やはり必要な情報を事前に集めておいてよかったと思う。シャンプーやトリートメントがあるとないとでは大違いだ。どうやらこの世界の人達にもシャンプーとトリートメントは大好評らしい。爆発的に売れていると爺さんが言っていた。ミルナ達にも渡したところ、髪がさらさらになっていい匂いだと大喜びしてくれたのを覚えている。最近はシャンプーとトリートメント無しでは生きられないと言っている程だ。


 そんなことを考えていたら、また空気が絶対零度になってる事に気づく。


「え、どうしたの?」

「「「「「「「「ばかー!」」」」」」」」


 全員に罵倒された。


「何1人だけ優雅なことしてるんですの!この唐変木!」

「王女の私を差しおいて水浴びとかずるい!死刑!死刑です!」


 ミルナとベルが叫ぶ。どうやらまたお怒りらしい。しかし水浴びしていただけで死刑とは穏やかじゃない。当然この2人だけではなく残りの子達ももれなくお怒りで、30分くらい文句を言われた。彼女達の愚痴を要約すると「1人だけ水浴びしてずるい。何故教えてくれなかったのか、この人でなし。」だそうだ。


 つまり彼女達も水浴びをさせろと言っているのだろう。しかしアキは首を傾げる。何故やってないのかと。携帯用のシャンプーやリンスはすっかり渡し忘れていた。それは確かにアキのミスだ。だが風呂はともかく水浴びくらいはしていると思っていた。「風呂に入ってないのにいい匂いする」というアキの発言は正確には「風呂に入れずシャンプーやリンスをしていない、水浴びしかしていない皆がいい匂いなのは不思議」が正しい。


「ミルナは魔法使えるんだし、むしろなんでやってないの?」

「えっ……?」


 ミルナが何を言っているのって顔をしている。


「水浴びは自分の水魔法使ってやってるんだけど。まさか……ミルナ気づいてなかったの……?」

「そ、そんなことないですわ!と、当然知っていましたわ!」


 必死に否定するミルナ。だが気付いてなかったのはばればれだ。相変わらずのポンコツお姉さんだと呆れる。そしてミルナを除くうち子達の標的は当然ミルナへと移った。


「ミル姉、なんで気づかないさ!」

「ほんとよ!今までの苦労はなんだったのよ!」

「ミルナさん!どういうことですかー!」


 レオ、エレン、ソフィーは長年一緒に旅をしていたから追及も厳しい。


「だって、だってー!アキさん!」


 ミルナが涙目で助けを求めてくる。完全に自業自得だと思うが、仕方ないので悪いのはミルナだけじゃないと助け舟を出してやる。


「ミルナもミルナだけどさ、魔法水晶持ち歩けば水浴びできるんじゃないの?みんな持ってないのか?」

「あ……。」

「た、確かに……。」


 セシルとアリアはそもそも旅をする事がなかっただろうから思いつかなくても仕方ない。だがミルナ達、エリスやベルは気付いてもおかしくない事だ。特にエリス。


「エリス、まさか考えた事なかったのか……?体質で苦労してたんだから一番思いつきそうなのに。」

「ち、ちがうのだー!」


 エリスがわかりやすく頭を抱える。


「ベルは?王女だよね?よく国務で遠征するだろ?」

「な、なんのことでしょう?そ、空が綺麗ですね。」

「現実逃避すんな。」


 ベルの頬を抓る。


ひゃめてくらさい(やめてください)!」


 もしかしたらこの世界の人達は物事を応用するということが苦手なのかもしれない。決められた道具は決められた通りにしか使えないと思い込んでいるのだろう。


「じゃあ次の休憩でみんな水浴びでもする?ミルナが魔法を使えば俺に見られる事もない。シャンプーとかは貸すから好きに使いなさい。」


 全員が激しくアキに同意したのは言うまでもない。

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