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「アキさん、ここに座ってください。」
ベルが隣に座るように促してくる。
今日からアキ達はベルが依頼主である「エスペラルド王女のミレー王国までの護衛」の依頼を遂行する。予定通り昼過ぎに王家の使いが屋敷に来たので、荷物を持ってベルの元へ向かった。
エスタートやガランはさすがに王女一行に同行する事は出来ない。彼らは別行動でミレーに向かう予定だ。プライベートであればベルも許可してくれただろうが、国務なのでそうもいかない。アリアとセシルに関しては従者登録をしたので、アキの従者としての同行が許可されている。
エリスに関してはアキが「護衛の補助をエリスに依頼する」という形で同行を許可して貰えた。勿論Sランクのエリスは国境間の移動は自由に出来る。別行動でミレーに入ってもらってもよかったのだが、1人にするのは可哀そうという事でベルにお願いした。
ベルとの待ち合わせ場所に到着すると、既に馬車が数台待機していた。いつでも出立出来るようだ。
アキ達の到着に気付いた執事のベルーリが声を掛けてくる。
「アキ様、メルシアの皆様、本日からよろしくお願いいたします。」
丁寧に頭を下げる王家専属執事のベルーリ。
「こちらこそ非才なる身ではありますが全力で警護に当たらせて頂きます。」
ベルーリの言葉を受け、アキも丁寧に頭を下げる。従者であるアリアとセシルもアキに続く。さすがにこの2人は卒が無い。対照的にうちの子達はアキやアリア達の行動を見て慌てて真似している。その光景が彼女達らしくて、どこか微笑ましい。
「それではアイリーンベル王女殿下の元にご案内致します。詳細な指示は王女殿下ご自身で行いたいとの事です。」
「かしこまりました。よろしくお願いします。」
アキ達がベルーリの後に続くと、ひと際大きく豪華な馬車に案内された。以前アリステールからの移動に使ったエスタートの馬車の数倍はあるだろう。10人は余裕で乗る事が出来そうだ。さらに装飾なども豪華で気品がある。これ1台で庶民が人生を何回も遊んで暮らせると言われても不思議ではない。さすが王族だ。
「では、お入りください。アイリーンベル王女殿下から許可は頂いております。」
ベルーリが馬車の扉を開けてくれる。馬車の内装も当然豪華で、立派な装飾品が飾られていた。全体的に赤と金で彩られているが、決して派手ではなく、気品がある。爺さんの馬車も豪華だったが、格段に違う。座席も豪華なクッションがあつらえてあり、座り心地もよさそうだ。
肝心のベルは奥の座席に座っていた。彼女の姿を確認するや否やアキは彼女の正面に立ち、一礼して片膝をつく。王族に対するこの国の礼節を爺さんに確認したところ、どうやら地球の英国と一緒で、挨拶は男性がお辞儀、女性はカーテシーでいいらしい。ただし会話の際は王族より低い姿勢を取る必要がある。とりあえず片膝をついておけば問題ないと爺さんには教わった。
「アイリーンベル王女殿下、ご依頼頂きました護衛に馳せ参じました。短い間では御座いますが、何卒よろしくお願い申し上げます。」
誰に見られていてもいいように、正式な王女に対する挨拶を行う。馬車の扉は未だ開いている。それに馬車の中に従者の気配もあった。ベルと2人きりならいくらでも無礼は許してくれるだろうが、公式の場ではそうもいかない。
「メルシアのアキ。本日は私の依頼を受けて頂き感謝いたします。それでは指示を与えます。内密な事も含みますのでメルシア以外は馬車から退出してください。」
ベルが早速命令を出す。やはり馬車には数人の側仕えがいたようで、彼女の指示通り従者が退出し、扉が閉まる。完全に馬車内がアキ達だけになった事を確認したベルは溜息を吐く。やはり王女の仮面は重いのだろう。
「もぉ……疲れる。アキさん、いらっしゃい。」
ベルが嬉しそうに微笑みながら見つめてくる。
「ベルは凄いな。所作の1つ1つが美しい、さすが王女様。」
「うふふ、ありがとうございます。でもアキさんもしっかりしていましたよ?」
「そう?少し不自然だったかなと不安だったんだけど。」
「完璧ではないですが、十分及第点です。少なくとも王の謁見があっても問題ないです。」
ベルに及第点をもらえるなら大丈夫だろう。それに彼女のおかげで本当の謁見があった際の練習にもなる。
「アリアさんとセシルさんはさすがですね。全く問題ありません。ミルナミアさん達やエリスさんもぎこちないですが大丈夫でしょう。」
ベルはミルナ達の評価もしてくれた。ミルナ達はアキの後ろでカーテシーを行い跪くだけだったが、一応練習させておいた。レオ、そして意外にもエレンは、すぐに覚えてくれた。ただミルナとソフィー、そしてエリスが無駄に苦戦していたので、スパルタで叩き込んだ。相変わらずなお姉さん達だ。何回頭を叩いたか覚えてない。
「スパルタで叩き込んだ。」
「ああ……なるほど。」
ベルがくすくすとお淑やかに笑う。ちなみにベルはエリス、アリア、セシルの事は愛称で呼ぶ。だがミルナ達の事は決して呼ばないと決めているようだ。多分色々と思うところがあるのだろう。
「では護衛ですが、基本的に私の馬車にいてくれるだけで結構です。私の従者には席を外させます。アリアさんとセシルさんがいるから言い訳は立つでしょう。アキさんの従者は優秀なので問題ないとでも言っておきます。それに私もアキさん達だけのほうが気楽ですしね。」
つまり移動している最中は休憩みたいなものだ。そして逆に休憩中は馬車外に出たりするので、肩を張らなければいけないということだろう。ベルから他に指示は特になく、魔獣が出た際の処理を頼まれたくらいだった。
「レスミアでの指示は向こうについてからします。屋敷も用意しているので安心してください。」
「わかった。ありがとう。」
ベルの言う通りとりあえずレスミアまで無事に辿り着くことだ。向こうでの予定や、講師依頼の話は到着してからでもなんら問題ない。
「それでは出立しましょう。ちょっとだけ指示してきますね。」
ベルは馬車の扉を開け、従者達に簡単な指示を飛ばす。あとは従者達がベルの指示通り連携して動くだろう。
ちなみに今回の一団は、ベルが乗るこの馬車を中心に馬車6台が取り囲むようにして進む。馬車の構成はメイド、執事用の馬車が3台、国務用の従者が乗る馬車が1台、護衛兵士が乗る馬車が2台となっている。
既に護衛がいるのにベルがアキ達に依頼を出したのには勿論ちゃんとした理由がある。基本的な護衛は兵士が行うが、アキ達はベルだけを守る。言い換えればベルの私兵だ。それに魔獣は護衛じゃ対処出来ない可能性もあるので、魔獣討伐に特化した戦力とも言える。
一通り指示を出し終えるとベルは馬車の扉を閉め、先程座っていた座席に戻る。そして手でポンポンと隣の座席を叩き、アキに座るよう促してくる。
「さあ、アキさん、ここに座ってください。」