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ベルとの打ち合わせで忙しかったアキとは違い、ミルナ達は1週間のんびりと準備に使えた……はずだった。
今日の昼にはベルとの待ち合わせ場所に向かい、ミレー王国へ向けて出発する。だからミルナ達は既に完璧に出立の準備を終えているはずなのだ。1週間も自由な時間があったはずなのだから。そう、あったはずなのだ。だが現状は違う。
「ひゃひさん……ひぇめてー!」
「ひゃってー!」
アキはミルナとソフィーの頬を捻り上げている。このダメ姉2人組は相も変わらずの汚部屋だったので、お説教の真っ最中だ。
「2人はお留守番したいのかな?今日は許さないからね?」
エレンとレオは呆れた目で2人を見つめている。
「ミル姉にソフィーは相変わらず部屋散らかしていたんだってね。」
「ほんと、懲りないわね。あれだけ言われてるのに。」
アキは彼女達を信用して何も口を出さず、各自に旅支度を任せていた。そして出立の日の朝の今日、念の為にアリアに2人の部屋の状況を報告させたところ、相変わらずの惨状だったのだ。しかもそのままの状態で出立しようとしていたらしい。いい度胸だ。
5分くらい本気で抓っていたので、ソフィーとミルナの頬が大分赤くなっている。
「いますぐ片付けてこい。まだ時間あるから。」
出立予定は昼過ぎなのであと数時間ある。
「む、無理ですー!」
「見逃してくださいませ!」
涙目で必死に哀願するソフィーとミルナ。
「2人はこの1週間何してたの?理由によっては見逃すから言ってみて?」
一応確認する。どうせこの2人の事だから間違いなく許すことにはならないとわかってはいるが。
「あの……えっと……。」
ソフィーが言いづらそうにしているのでエレン達に話を振る。
「エレン、リオナ、教えろ。」
「ソフィーは毎日だらだらしてたわ。起きて食べて寝てだったと思うわよ。慌てて昨日の夜に準備してたわね。」
エレンがソフィーの堕落っぷりをあっさり暴露する。
「エレン!何言ってるのよ!」
ソフィーが必死にエレンの口を塞ぐが時すでに遅し。アキはソフィーの頭を思いっきり叩く。
「この自堕落エルフが。」
「だ、だってー……」
次はミルナだ。レオに話せと促す。
「ミル姉は……えっと……その……。」
レオが言いづらそうにしている。
「リオナ、いいから言え。許す。」
「基本的にソフィーと同じで食べて寝てかな……。後、よく部屋に籠って誘惑の練習してた。部屋から『このポーズかしら?』とか聞こえてきたからね……。準備は昨晩まで全くしてなかったと思うよ……?」
「ほお……そんなに暇だったのか。」
アキはミルナを冷めた目で睨む。
「ち、違うんですわ!必要、必要なことですの!」
必死に言い訳をするミルナ。
「じゃあ練習してた誘惑を今すぐやれ。そしたら特別に許そう。」
「むり!やだ!やらせないで!お願い、ねえ、お願いだから!」
ミルナが縋りついてくるので、ミルナの頭も引っ叩く。本当に1週間もそんな自堕落な生活を送っていたのかと駄目姉2人に頭を悩ます。
「少しはエレンとリオナを見習ったほうがいいんじゃないか……?アリア、セシル、エリスもちゃんとしてるぞ?」
エレン達やアリア達はちゃんと準備し、部屋も綺麗に掃除してあった。レオはもともと真面目だし、エレンは言われ事はちゃんとやるいい子だ。アリアは勿論完璧だし、セシルも几帳面な性格なので問題はない。エリスも意外に女子力は高く、部屋を一度見せてくれたが、凄く女の子らしくて可愛い部屋だった。それに比べてこの駄エルフと暗黒物質は……と呆れる。
2人はわかりやすくうな垂れて落ち込んでいる。反省しているようには見える。だがそれはいつもの事だ。反省するだけで一向に改善されない。
なので今回はもう少し追い詰めてやろう。
「リオナ、こんなミルナをどう思う?エレンはソフィーをどう思う?遠慮なく言え。」
「えーっと……ここまでだらしないとは思わなかったよ。ちょっと幻滅。ミル姉って呼ぶのやめようかな。」
「そうね、ここまでソフィーが女として終わってるとは思わなかったわ。今までは笑顔が可愛くて女性として絶対に勝てないと思ってたけど、私のほうがずっと女子力高い気がしてきたわ。」
辛辣な意見を口にするレオとエレン。妹分である2人からはっきりと言われたら相当ショックだろう。だから敢えて言わせた。予想通り、効果は覿面だったようで、ミルナとソフィーは絶望の表情を浮かべている。
「そんな顔するんなら治せ。ミルナとソフィーはやればできる子なんだから。」
2人を優しく撫でて慰める。これぞ伝家の宝刀の飴と鞭だ。
アキの目論見通り、彼女達はガッツポーズして「頑張る」と宣言してくれた。飴を与えただけですぐに元気になるのだから困った子達だ。しかしこれで少しはましになればいいんだが、希望的観測が過ぎるだろうか。とりあえず経過観察という事で今日はこれくらいで勘弁してやろう。
「よし、毎度のことだが全員で2人の部屋の掃除だ。俺も手伝う。異論は許さん。昼までに終わらすぞ。」
「「ダメ!待って!それはダメ!」」
必死にアキを止めるミルナとソフィー。つまり下着が散らばっているのだろう。本当に学習しない2人だと溜息を吐く。
「安心しろ。まずはエレン、リオナ、セシル、アリア、エリスの5人に手伝ってもらえ。見られたくないものから片付けろ。入れるようになったら俺も手伝う。それでいいだろ。」
ミルナとソフィーがそれならと、安心したように頷く。
「ベルにお願いしてミルナとソフィーの2つ名を 『汚部屋の純白と漆黒』になるように手を回して貰おうかな。」
「お願い!アキさん、それ本当に出来ちゃうからやめて!」
「いやです!そんな渾名いやですー!」
涙目で訴える2人。ベルなら間違いなく出来るだろうから彼女達も必死だ。だがそんなに嫌ならちゃんとして欲しい。念の為に次にやったら本当にすると脅しておく。
「そういやミルナ達は2つ名もうあるの?もともと渾名ついていたけど。」
2つ名で丁度思い出した。いい機会なのでついでに聞いておこう。
だがミルナ達は首を横にふる。どうやら知らないようだ。もしかしたらまだないのかもしれない。
すると話の成り行きを見ていたエリスとセシルが口を開く。
「あると言えばあるが、2つ名ではないのだ。やっぱりアキの印象がずば抜けていたからな。」
「そうですね、どちらかというとメルシアのアキと4人という感じです。」
やはり闘技大会のパフォーマンスが相当効いているようだ。
「あるにはあるってのは?」
この質問にはアリアが答えてくれた。
「はい。ミルナさんは 『アキの愛人』、ソフィーさんは『アキの正妻』、エレンさんは『アキのおもちゃ』、そしてレオさんは『アキのペット』って呼ばれているようです。先日買い物に出た際耳にしました。」
それを聞いたアキは複雑な表情を浮かべる。なんという嫌な認識のされた方だ。そしてそれを聞いたミルナ達の反応も様々だ。
「えへへ、正妻……えへへ。」
「僕はあまり変わらないね?」
ソフィーは嬉しそうにトリップしている。目がイってるので怖い。レオは元々の渾名である「ペット」から変化がさほどないので、あまり気にしてない様子だ。だが「アキの」がついた事が嬉しいのか、尻尾を小さく振っている。
「ちょっと!愛人ってなんですの!異議を唱えますわ!」
「はああああ!おもちゃってなによ!おかしいでしょうが!」
レオ達とは対照的に、ミルナとエレンは渾名に納得がいかないようで、地団駄を踏みながら文句を言っている。
「皆がそう呼ばれるのは俺も嫌だ。ミルナ達は俺の物じゃない。俺の仲間だからね。ベルに頼んでおく。せめて前の渾名になるように。」
アキの言葉を聞いて、ミルナとエレンは少しは落ち着いたようだ。
「アキさん、ありがとうございます。」
「当然だろ。」
ミルナが小さく微笑む。だがエレンは「前の渾名」と聞いて複雑そうな表情を浮かべている。
「安心しろ。エレンのは『世界に解き放たれた断崖絶壁の猛獣』に変えておいてやる。」
「余計なもの増やすなっていってんでしょうがあああ!そして毎回私をオチに使うんじゃないわよおおお!」
エレンが猛獣の如く牙向いてアキに飛びかかってくるので、いつものように抱きしめ……ないで、敢えて躱す。エレンは避けられると思っていなかったようで、地面に見事なヘッドスライディングを決めた。
「なんで避けるのよ!ばかー!しねー!」
「最近エレンが俺にくっつく為にわざと突っ込んで来ている気がする。」
「そ、そそそ、そんなことないわよ!」
やはり図星かと思うアキ。しかしそうなるとエレンを弄るのも面白くない。今後は別の遊び方を考えなければいけないだろう。
「あんた!今碌でもない事考えてるわね!」
無駄に勘のいいエレン。
「冗談だ。」
エレンをちょっとだけ撫でてやる。
「よし、じゃあ話は終わり。早速ミレーはレスミアに出立……の前に部屋の掃除だ。」
なんとも締まらない終わり方だが、これはこれで悪くない。