12
今日はエリスと王都の街を歩いている。先日彼女に約束したお出掛けだ。屋敷を出る際、ミルナ達がぶーぶー文句を言ってきたが、振り切ってエリスを連れ出した。
アキがエリスを治療して以降、彼女はすっかり女子らしい服を着るようになった。今日は先日闘技大会で着ていた服を着ている。きっとアキがこの格好で遊びに行こうと言ったのを覚えていてくれたのだろう。
そのせいか、街中ではかなりの注目を浴びている。元々美人なエリスが可愛い格好をしていたら誰しもが振り返るのは当然だろう。ただアリステールの頃とは違い、とても過ごしやすい。視線は感じるが、ヘイトを稼いでいるような感じではない。やはり闘技大会で見せたパフォーマンスやSランクという肩書は偉大なのだろう。
「やっぱりみんなエリスの事を見るね。」
「うう……恥ずかしいのだ。」
「誰もが振り返るくらい可愛いんだから仕方ないだろ。」
「嬉しいけど恥ずかしいから可愛いとか言わないで……!」
エリスは恥ずかしそうにアキの背中に隠れようとする。だがエリスがそう言った行動をしてもアキへの暴言がほとんどない。羨望の視線があるだけだ。
「見ろ。Sランク、メルシアのアキだ。」「隣にSランクのエリスもいるぞ。」「Sランクともなるとあんな美人に慕われるのか羨ましいぞ。」「くそ、俺もあんな美人連れて歩きたい。あんな冴えない男より俺のほうが……。」「おい、やめろ。変な事言うと燃やされるぞ!」
アリステールの頃とは聞こえてくる声の毛色が違う。闘技大会後からはずっとこんな感じで、ミルナ達と歩いている時もそうだった。アキが悪く言われてないのを聞いて、ミルナ達は満足気な表情を浮かべていたのを覚えている。特にレオなんかは本当に嬉しそうだった。アリステールの時の事を考えると当然かもしれないが。
ちなみにレオにはそろそろ女性に戻ってもいいんじゃないかと提案したが、「イリアの事が片付くまで」と決めたからまだ続けると言い切った。本人がそれでいいのならアキから特に言う事はない。彼女の決めた事が一番正しいはずだ。それにレオ曰く「アキが女の子扱いしてくれるからもうなんでもいい」そうだ。そう言われたときはさすがに少し照れ臭かったのを覚えている。
「Sランクにもなると一目置かれるんだな。」
アキは周りの視線を感じながら呟く。
「まあ、アキは思いっきり目立ってたからな。」
エリスが苦笑しながら答える。どうやら、楽にトーナメントを勝ち抜く為、エスペラルド王家や各国にアピールする為、無駄にパフォーマンスした影響がここに出ているらしい。ただ気になる言葉を何回か聞いた。「魔人のアキだ、あれが噂の魔人だ。」……と、何故かアキが魔人と呼ばれている。
「何故魔人なんだ……?そもそも俺は人間だ。」
さすがに思うところがあり、アキはついつい愚痴を溢してしまう。
「何を言っているのだ?」
エリスが不思議そうに首を傾げる。
「いや、『魔人のアキ』とか意味の分からない事を言われているから、ついな。」
「ああ、それか。Sランクにもなると2つ名で呼ばれるんだ。誰が考えているかは知らんがな。アキの場合は『超越した魔法を使う人』から魔人になったらしいぞ。この前話しているのを聞いたのだ。」
エリスが説明してくれる。そういう意味での魔人かと溜息を吐く。別に何でもいいが、2つ名とはなんとも恥ずかしい。それにもうこれだけ広まってしまったら変える事は出来ないだろう。2つ名がつく事を事前に知っていたらベルの力を全力で行使して無難なものを広めたのにと後悔する。
「エリスの2つ名は?」
「あ……その……。」
エリスが言いづらそうに口籠る。それほど恥ずかしい2つ名なのだろうか。彼女の外見や剣技から考えると「金色の剣士」とかが妥当な気がするが。そんな事を考えていたら、アキ達を見ていたであろう人達から話声が聞こえる。
「おい、あれ魔人のアキと悪臭のエリスじゃないか?」
「ほんとだ、Sランク同士仲がいいのは珍しいな。」
どうやらエリスはそっちの特徴を2つ名に使われたらしい。彼女の方に顔を向けると、ちょっとだけ悲しそうな表情を浮かべていた。
「あいつら殺して来ていい?」
アキの騎士であるエリスを侮辱されたので苛つくのは当然だ。それに今は体質改善したのだから2つ名も変えるべきだろう。今度ベルに相談してみようかと真剣に考える。
「やめるのだ!大丈夫だから!アキが怒ってくれただけで嬉しい。ありがとう。」
必死にアキを止めてくる。エリスに「いいのか?」と確認するが、彼女にさっきの悲しそうな表情は無く、穏やかで優しい微笑みを浮かべている。
「まあ、エリスがそういうなら。」
「それに私の事も知られたからそのうち変わると思うのだ。」
「そうなのか?」
「ああ、闘技大会でちょっと噂になったと聞いている。アキのおかげだ。」
確かにあのエリスがいきなり女性らしい格好で登場して、普通に戦っていれば疑問に思うだろう。そしてすぐに気付く。今のエリスからは昔のような悪臭はしない事に。
実際よく街の声を聞くと、そんな噂が聞こえてくる。
「あのエリス、もう悪臭しないらしいぞ。」「なに!ほんとか!それなら食事に誘いてーな。」「相手はSランクだぞ、やめとけ。」「ああ、それにもうSランクのアキの物らしい。」
エリスの言う通り、ちゃんと認識されているようだ。これならベルを使うまでもなく2つ名はそのうち勝手に変わるだろう。
「確かにそうみたいだな。今更エリスの魅力に気付いたのか。馬鹿な奴らめ。」
「アキは今も前も私への態度は全く変わっていない。私の匂いに関係なく接してくれる。それが……その……嬉しかったのだ。」
不衛生にしている人にならともかく、病気の人に対して態度変えたりするのは地球では差別と見なされてしまう。そんな環境で育っているから、アキに特別な事をしたという感覚はない。だがエリスにとっては何よりも特別だったようだ。
「しかし……よかったのか?今日1日私だけの為に。」
不思議そうに尋ねてくるエリス。駄々をこねるミルナ達を無視してまで彼女を連れ出したのだから気になるのだろう。勿論エリスとのお出掛けにはちゃんとした理由がある。
「王都に来てからSランクになるまでエリスには特に世話になった。一番迷惑かけたし、力になってくれた。だからせめてものお礼だ。ありがとう。」
「わ、私は別に何もしてないのだ!」
「そんなことはないさ。まあ……俺と出かけることがお礼になるかはわからないけど。」
そう言って肩を竦めるアキ。
「そんなことはない!最高のお礼だ!」
エリスは嬉しそうに笑ってくれる。
この王都では本当に世話になった。だからこそエリスにお礼がしたい。王都に来てから闘技大会が終わるまで、エリスはずっとアキ達と訓練してくれた。自分の事なんて二の次に、ここ一ヶ月ずっとアキの屋敷でミルナ達に対人戦の指導をしてくれた。勿論ミルナ達自身も一生懸命だったし、アリアやセシルも色々とアキの手伝いをしてくれた。ただ一番の功労賞は間違いなくエリスだと思っている。ミルナ達はイリアの事があるから当然頑張らなければいけないし、セシルとアリアの手伝いは一応従者としての仕事の一環だ。だがエリスだけはなんの見返りもないのに、善意だけでアキ達に付き合ってくれた。体質改善のお礼なのかもしれないが、それでもアキは彼女に感謝している。だからこそエリスを今日買い物につれて来たのだ。
「そ、そんなことないのだ……別にたいしたことはしてないよ?」
それを聞いたエリスは照れて言葉尻が少し女の子らしくなる。
「俺にとっては大した事だった。だから今日は何でも付き合う。いっぱい遊ぼうな。」
エリスは力強く頷き、早速行きたい店があるとアキの手を引く。
「うん!まずはこっちなのだ!」