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昨日の話し合いでミレーに向かうことが決定したので、今日からはその準備に走り回る。ガランや爺さんに予定を伝えなければならない。先ずはガランからだ。
早速ガランの工房を訪れ、彼にミレー行を伝えたらやはり「俺も行く」とのこと。王都を本拠地にするのですぐに戻ると言ったが、工房は残しておくけどミレーにはついて行くと言い放った。こうなると間違いなくあの爺さんもついてくるのは想像容易い。段々とアキ一行が小隊みたくなっているのが恐ろしい。しかも今回はあの王女様もいるから尚更だ。このまま行ったら師団とかになるのではと本気で心配する。
とりあえず次はエスタートの屋敷へ向かう。到着するとメイドのイリアナがいつも通り出迎えてくれた。先ずは彼女に「既成事実」の件について説教しておく。全く反省していなかったが、文句は言えたのでよしとしよう。
屋敷の書斎に通されると、既にエスタートが待機しており、アキを見るなり祝の言葉をくれた。Sランクになってからは爺さんにまだ会えていなかったから改めて祝ってくれたのだろう。爺さんに祝辞の礼を述べ、今後の予定について話す。信頼出来る爺さんになら話しても問題ないので、ベルとのやり取りを全て伝えておく。
「何から驚いていいものか悩むわい。とりあえず王女殿下を篭絡したんじゃな。」
「ちげーよジジイ。人の話聞いてたか。」
「ふはは、そうとしか聞こえんわい。まったく。次は王女殿下とはの。」
爺さんには何を言っても無駄なので好きに言わせておく。
「まあ、いい子だよ。」
「アイリーンベル王女殿下じゃろ?一度お見掛けしたことがあるが真っ直ぐな王女様じゃ。いい子を味方につけたの。」
「ああ、それは俺も思うよ。」
ベルがいい子なのは誰よりもわかっているつもりだ。真面目で真っ直ぐな王女様。そんなベルが自分に懐いてくれているのだからこれ以上ない結果だ。この王家との繋がり、可能な限り利用させてもらう。ミルナ達の為に使えるものは使うと決めたのだから。まあ、ベルにも自分を好きに利用して貰うつもりだし、お互いに協力し合えればいいだろう。
「利用するだけしようとか考えているんじゃろう?だがどうせアキにはそんなこと出来んわい。お主は優しいからの。アイリーンベル王女殿下の為にも全力になるのが目に見えるわい。」
「人の心を読むなジジイ。」
「ふふふ、お主より長く生きてる分、その程度はお手の物よ。王女様との事は別に心配はしておらん。だが先ほど言っていた各国の話については別じゃ。」
「ああ、慎重に動かないとな。」
「ある程度はアイリーンベル王女殿下がなんとかしてくれるじゃろうが……本気で2人がそんな改革を考えてるのだとしたらちょっと心配じゃの。」
「でも、爺ちゃんは俺側なんでしょ?」
「ああ、そうじゃの。」
爺さんの表情を見ればわかる。立ち入り禁止区域の話を聞いて、難しい顔をしていた。さらにはアキがベルに提案した改革案を話したら感心した表情を浮かべた。さすがに爺さんは話を理解出来たようだ。理解した上で、アキ側につくという顔をしている。
「そんな国、いいの。見てみたいもんじゃ。だがわしにはそこまで時間がない。」
爺さんは少し寂しそうな顔をする。確かにこの改革は数年で出来る物ではない。おそらく実現するには30年以上の歳月はかかるだろう。
「でもそんな国の礎を作る計画に爺ちゃんは携われる。それが嬉しいって顔をしてるけどね。」
「ふはは、そうじゃな。ああ、そうじゃ。」
「俺だけじゃないしな。ベルがついてるのは大きい。さらにはアリア達やミルナ達。きっと出来るさ。まあ確実な計画が完成するまでは秘密裏に動くけど。」
1歩間違うと反逆罪で罰せられるし、ベルや爺さんにも迷惑がかかる事になる。それだけは避けたい。
「多少の迷惑なんぞ気にするな。むしろわしはかけて欲しいんじゃ。商会なんて最悪誰にでもくれてやるわい。わしはアキの言っている未来が見てみたい。そう思えるようになったからの。」
嬉しい事を言ってくれる爺さんだ。
「じゃあその時は遠慮しないでお願いするよ。」
「それでアキはミレー王国にいくんじゃな?」
エスタートが確認する。
「どうせ爺ちゃんも来るんだろ?」
「ふはは、当然じゃ!孫について行って楽しい老後ライフじゃわい。」
「そういう事にしておくよ。」
間違いなく爺さんはアキの為について来てくれる。エスタートがいたほうが情報収取も間違いなく捗る。それをこの爺さんはわかっている。
「じゃあ早速頼みがある。爺ちゃんはミレーの王都はレスミアにも屋敷あるんでしょ?また今と同じくらいの屋敷があるなら手配して欲しい。」
「うむ、それくらいならお手のもんじゃ。でもアイリーンベル王女殿下の護衛じゃろ?一応王女様に確認してからにした方がいいんではないか?」
「ああ、確かにそうだね。滞在場所は爺ちゃん手配の屋敷でいいかベルに確認してから改めてお願いするよ。」
屋敷の話でエスタートは何かを思い出したようで、書類の束を取り出しアキに渡す。
「あの屋敷の書類じゃ。」
闘技大会や情報収集ですっかり忘れていた。ミスミルドの屋敷を爺さんから買い取る約束をしていたんだった。1万金くらいかなと思い書類を見るが、金額がどこにも見当たらない。それにやたらと書類の量が多い。見積もりなら多くても数ページだろう。
「ああ、そうだった。でも見積もりにしては書類が多くない?」
「やる。」
「え?」
「屋敷はやる。それは見積もりではなくただの権利書じゃ。つまりあの屋敷は既にアキのものということじゃな。全て手続きは終わっておる。」
「いや、さすがにタダで貰うわけにはいかんでしょ。」
親しき仲にも礼儀ありだ。理由もないのに貰うわけにはいかない。正当な金銭は支払うべきだと爺さんに伝える。
「それをいうならわしはお主に何十万金と払わねばならん事になるぞ?おぬしの提供してくれている商品や情報にはそれくらいの価値がある。そうじゃな……理由が欲しいならやろう。Sランク昇格祝いじゃ。文句あるか?」
無理だ。この爺さんを説得するのは無理だ。何があっても屋敷を無償で譲渡する気だろう。仕方のない好々爺だと苦笑する。
「わかった、爺ちゃん。ありがとう。屋敷、大事にするからな。」
「ほほほ、よくわかってるの。それを言われるのが一番嬉しいんじゃ。」
本当に嬉しそうに笑うエスタート。アキの事がそれほどまでに可愛いんだろう。アキとしてもこの世界に肉親はいないから嬉しい事だ。
アキは爺さんに改めて礼を言い、ミスミルド出立の日時を伝え、屋敷を後にする。
エスタートはアキの後ろ姿を屋敷の窓から眺めていた。
「アキよ、お主は何になるつもりじゃ?イリアの嬢ちゃんの件が終わった頃にはお主を放っておく国はないかもしれんの。わしも出来る限りの事はするから安心して動くがいい。アキになら屋敷なんぞいくらでもくれてやるわい。」
エスタートは本当の孫を見るような優しい目をアキに向けながら小さく呟いた。